軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

12話:鉱山の町*2

そのオーガは、燃えるような長い赤毛を揺らし、金褐色の目を細めてにたりと笑う。

……こういった輩にエメディアが見つかってしまったとなると、いよいよ厄介である。

何せ、エメディアは……とにかく、好かれる。そして『好意』というものは、様々な厄介ごとを引き連れてくるものだ。

「おい。お前、俺の女になれよ」

……つまり、こういう類の厄介ごとだ。

「悪いけれど趣味じゃないわ。他を当たって」

エメディアは早速、オーガの誘いをすげなく断っていたが、オーガはそれに大声で笑った。

「ほーお!気が強い女は嫌いじゃねえ!いいなあ、ますます欲しくなった!」

……オーガはめげる様子が全く無い。それどころか、ますます元気にエメディアを口説こうとしている。それはそうだ。エメディアの恩恵のことを考えれば、エメディアと言葉を交わし、エメディアを見つめ、エメディアの傍にいるだけで……どんどん、エメディアを好きになってしまうのだろうから!

この手の連中のしつこさはグレイも知っている。……欲しいものを手に入れるまで、ひたすら対象を追いかけ回すつもりだろう。

「他を当たれ、と言われてもなあ。他にお前ほどの女はそうそう居ねえ。俺は絶対、お前を手に入れる!」

オーガがそう大声で宣言すれば、周りの連中がそれに歓声を上げ、或いは囃し立て、そして、エメディアへ下卑た視線を送ってくる。エメディアはこれに顔を顰めて居るが、オーガは全く気にした素振りが無い。

オーガはカウンターから断りなく 燐寸(マッチ) を取り、懐から出した煙管に火をつけると……その煙を存分に吸い、そして、エメディアに吐きかけた。

「なあ、俺と来いよ!」

エメディアが煙に目を細めた隙に、オーガはエメディアの腕を掴んだ。……流石にこうなっては、グレイが黙っていてやる義理はもう無い。

「離せ」

……グレイは、こうした連中に最も有効である言語……暴力によって、オーガの腕を離させた。

即ち、オーガの腕に向かって、斧槍を振り下ろしたのである!

「っと、危ねえなあ……」

然程素早く振り抜かなかったこともあり、オーガは、さっ、と腕をひっこめ、斧槍に腕を切断されることは免れた。

……だが、これでオーガはエメディアのみならず、グレイのことも認識することになる。オーガ以外の全員も。……そして、食堂内が静まり返る。『あのオーガに斧槍を向けた愚かな奴』の様子を窺うために、グレイ以外の全員がグレイを見つめていた。

「……おいおい、何しやがる?なあ」

「こっちのセリフだ。食事くらい静かに摂らせてくれ」

オーガは凄んできたが、グレイは斧槍から手を離すことなく、それでいて声を荒らげることはせずに、ただオーガへそう告げた。……これで相手が引いてくれることもある。あるが……恐らくは期待できないだろうな、ということは、グレイも分かっていた。

「静かに?まるで俺が迷惑かけてるみてえな言い方するじゃあねえか。なあ?」

……案の定、オーガは引いてはくれないらしい。グレイは眉間に皺を寄せてため息を吐きつつ、『さて、どうしたものか』と考えたが……。

「なあ。この女、俺に寄越せ。……お前より俺の方が、こういう上玉には相応しい。それとも、そう『分からせて』やろうか?」

相手が憎悪の視線をグレイに向けながら、そう言って、にやり、と笑ってくる。

まあ、このように相手から一線を踏み越えてくるとなると……話は早い。厄介だが。

「ああいいぜ。喧嘩か?買ってやるよ」

……こうした連中に最も有効である言語は、暴力である。

即ち、こうした連中を黙らせるためには……喧嘩で勝たなければならない。非常に、厄介だが!

グレイが喧嘩を了承すれば、店内にどよめきが走った。

「へえ。……本気か?」

ほかならぬ、喧嘩を吹っかけてきたオーガ自身も驚いている様子である。同時に楽しんでいるらしく、ひゅう、と口笛など吹いてみせてくれているが。

「ああ、本気だ。そうでもしないと、あんた達、黙らないだろ」

「ほー……随分と自信があるみてえだなあ」

「まあな。ああ、俺に負けたからって、後から文句言うなよ?」

売り言葉に買い言葉。グレイはできる限り相手を苛立たせてやるべく、言葉を選ぶ。

……戦いは既に始まっているのだ。

「じゃあ、俺が勝ったらあの女は貰うぜ」

「彼女は別に、俺のもんじゃないんだが。……まあ、そういうことなら、『彼女を口説いても俺は止めない』ってことでいいか?それで、俺が勝ったらあんたは彼女に話しかけるな」

「おお、いいぜ。ったく、いけすかねえ野郎だが、その度胸だけは買ってやるよ」

オーガは実に楽しそうに笑う。……オーガというものは基本的に戦うことを好む種族であるが、こいつもその例に漏れないらしい。

「表に出な。逃げられるとは思うなよ?」

「そうか。まあ、俺はお前が逃げても止めないけどな。腰抜け呼ばわりされてもいいなら、そうしてもいいぜ」

グレイは存分にオーガを煽ってやりつつ、椀に残っていたシチューを掻きこむと、席を立った。……さっき、オーガがカウンターから持ってきて卓の上に置き去りにしていった燐寸をそっとくすねて、篭手に隠しつつ。

……そうして店の外に出たところで。

「グレイ、あの……大丈夫なの?」

エメディアが、実に心配そうにグレイにそう、囁いてくる。

……とはいえ、既に、逃げられる状態ではない。オーガは店の外で『決闘だ』と大声で吹聴して回っているし、それに野次馬がどんどん集まってきていることだし。

「まあ……この状況であのオーガ相手なら、なんとかなると思う」

「あのオーガ相手『なら』?」

「ああ」

相手は岩をも砕くオーガだが……同時に、何故だか社交的な様子のあるオーガである。彼の取り巻きの多さを見ても、今、野次馬をどんどん集められているところを見ても、まあ、彼が今のコルザの町の中心人物なのであろうことは想像がつく。

……そこが、彼の弱点だ。そこにこそ、グレイが付け入る余地がある。

「まあ……何か、策があるなら、いいのだけれど……いざとなったら私が入るからね?」

「ああ、頼んだ。……だが、オーガの攻撃なら、ドラゴンの攻撃を防ぐよりは簡単だろうからな。そんなに心配しなくてもいい」

エメディアはまだ心配な様子だったが、グレイは笑って、兜を被ってバイザーを下ろす。

「丁度、ジョードの爺さんが直した鎧も試してみたかったところだったしな」

「……えっ?何か仕込んであるの?」

「さてね。それは『見てのお楽しみ』ってことで」

グレイは大楯と斧槍を手に、オーガの元へと向かう。……さあ、喧嘩の始まりだ。

「じゃ……始めるかぁ?死んでも文句言うなよ?」

「まあ、死んだら文句は言えないだろうな。俺も、あんたも」

グレイは、観衆に囲まれながらオーガと対峙する。オーガは、特に武器も何も手にしていない。対するグレイは、鎧と大楯に斧槍、といういつもの恰好だ。

「あんた、武器は要らないのか?」

「ああ。テメエ1人仕留めるぐらい、これで十分だからなあ!」

……オーガは、その場で拳を地面に叩きつけた。途端、石畳が割れ砕け、観衆からは歓声が上がる。流石のオーガだ。こうした見世物には実にもってこいである。

そして。

「さっさと死ね!」

オーガは一直線に、グレイに向かって突進してきた。

この手の手合いには、慣れている。

結局のところ、自分よりガタイのいい魔物が突進してくることなど、盾役のグレイにとってはよくあることなのだ。

相手がドラゴンだろうがオーガだろうが、同じことだ。グレイは冷静に、大楯を構える。

……この手の相手は、真正面から受けずに相手の勢いを流してやるのが定石だ。真正面から耐えていては、こちらの体が持たない。

が、今のグレイは、その定石から外れて『真正面から受け止める』ということも視野に入れている。というのも……1つには、グレイが今、ジョード老が手掛けた魔導鎧を着こんでいるから。そしてもう1つは……『その方が見栄えがするから』だ。

瞬時に損得を計算したグレイは、大楯で真っ向から、オーガの拳を受け止めた。

岩石すら砕くオーガの拳であるが……グレイの大楯は流石に、破れない。

が、オーガもここまでは、想定していたはずなのだ。鋼鉄の分厚い大楯を『破る』ことなど目的ではなく……真の目的は、大楯を『倒す』こと。大楯の裏に隠れたグレイを、大楯で圧し潰すことだったはずである。

……しかし、ここでオーガが想定していなかったであろうことが起こる。それは、グレイの魔導鎧に備えられた『耐衝撃』の発動だ。

観衆から、どよめきが起こる。

それもそのはず。皆が見守る中、自信満々に大楯へ突っ込んでいったオーガの拳が大楯に弾かれ、オーガがよろめき……だというのに、大楯を構えたグレイ本人は不動の姿勢であったのだから。

……ざわめく観衆の中、最も動揺していたのはオーガ本人であったことだろう。まさか、自分の拳が大楯を押し倒すに至らず、それどころか自分自身が弾き返される、などとは想像もしなかったことだろう。

そして……オーガにとって不運なことに、ここは、観衆の真っただ中であった。

「自信満々に来た割に、この程度か。これだけ野次馬集めておいて、自分の醜態を晒したかったのか?」

グレイがオーガを嘲笑ってやれば、オーガにとって、観衆のざわめきは自分への嘲笑へと変わる。

「……テメエッ!」

案の定、直情的で喧嘩っ早いオーガは、さっさと激高してくれた。

怒り狂った相手というものは、その分、力が増す。魔力のノリもいい。だが……理性を欠く分、動きが読みやすい。グレイにとっては、多少、威力を上げて殴り掛かってこられることよりも、相手の動きが読みにくく、素早さに翻弄されるようなやり方の方が面倒だ。

また、鎧の性能は非常に良いが、『耐衝撃』にも限界はある。特に、連続使用は負荷が高い。『次』をやるなら、もう少し時間をおいてからにしたい。

……だからこそ、見栄えのする最初の一発……観衆に大きく印象付けられるその初手の初手で、切り札を切ってやった。『俺はこれを当たり前にやってのける』と騙し、『そう何度もこれはできない』などとは思われないように。

……ということで、グレイは斧槍を構えた。大楯が駄目なら次はこっち、と、オーガが狙いに来るであろうと予想されるのは、大楯ではなく斧槍のある、右側だ。

無論、流石に斧槍だけでオーガとやり合う趣味は無い。グレイは、自分の得手不得手をよく理解している。

右から突っ込んできたオーガは、斧槍で対峙するのではなく、多少無理のある姿勢になったとしても、大楯で『受け流す』ことを優先する。……ここにきてようやく、大楯の定石だ。

オーガは手数を優先して殴り掛かってくる。それらをなんとか大楯で捌き切ったグレイは、涼しい顔でまた『たかが盾1枚、どうこうできないってんじゃ、オーガの名折れだな』などと言ってやる。あくまでも、自分には余裕があるかのように振る舞いつつ。

……実際、このまま長期戦に持ち込まれたら、グレイが負けるだろう。

手数を優先しているはずのその拳の一撃一撃が、或いは、脚の一撃一撃が、非常に重い。大楯で受け流すにせよ、延々とやっていたくはないところだ。

だからこそ、グレイはここで、賭けに出る。

「ほら、来てみろよ。それとも、ビビったか?最初に言ったが、別に逃げてもいいんだぜ?俺はあんたを追いかけはしないぞ?」

分かりやすく挑発してやれば、オーガは容易くそれに乗った。

怒りに吠えながら真っ直ぐ突っ込んでくるオーガを見て、『ああ、こりゃ真正面から受け止めたら鎧の充填魔力が一発で持っていかれるな』と理解した。だが……ここで退くことはできない。

グレイは覚悟を決めて大楯を構える。そしてそこに、オーガが突っ込んできた。最初の一撃よりも速く、強く。

そして。

ガキン、と、金属と金属をぶつけ合ったような重い音が響く。

真正面からぶつかった、大楯とオーガの拳とが奏でた音だ。

「っお、いおい、この程度か?」

……グレイはそう煽ってやりながらも、オーガの一撃に体力をすっかり持っていかれていた。大楯を握る手は痺れ、痛んでいる。

鎧の『耐衝撃』も、これでもうしばらくは使えないだろう。つまり、『次』はもう、無い。

……が、オーガとしても、渾身の一撃を凌がれたことへの衝撃は小さくないようである。グレイの大楯の前、姿勢を崩したオーガを見て、グレイは一気に距離を詰め……。

……観衆からは大楯の影になって見えにくいであろう位置で燐寸の束を一気に擦って、オーガの服の襟の中にそっと落としてやったのである。

大楯の突進に身構えていたオーガは肩透かしを食らい、そして……。

「あづっ!?」

唐突に肌を焼く炎に、怯んだ。

……その、ほんの1秒程度。完全に、グレイから意識が逸れたその1秒程度があれば……グレイが斧槍をオーガの首に突き付けることもまた、可能であった。

どよめく観衆の輪の中心で、グレイはただ黙って斧槍を突き付け続け……オーガは茫然としていた。

……ひとまず、勝った。

この場に居る全ての観衆が証人である。そして、『グレイー!やったー!』と1人はしゃぐエメディアも、また。

グレイは兜の下で小さく、安堵のため息を吐くのだった。

ひとまず、お姫様の不興を買うことはせずに済んだようである。

その時だった。

「何の騒ぎだ」

野次馬の列が、すっ、と退いて、その人物のために道を開ける。

道は真っ直ぐ、オーガとグレイにまで届き……そこでオーガもグレイも、その人物を見ることになった。

それは、今、グレイが戦ったオーガより体格の良いオーガである。ただし、若くはないのだろうと見え、その表情には老いと共に老獪さが滲んでいた。

……つまり。

「お、親父……」

オーガがその金褐色の目を見開き、茫然と呟くのを聞いて、グレイは概ね、目の前のオーガがどんな者なのかを悟った。

……また厄介なのが来たようである。