作品タイトル不明
11話:鉱山の町*1
野盗らは、グレイが大楯を構えているのを見てすぐ、『戦う気だな』とばかり、武器を構え始めた。その直後現れたエメディアを見て少々驚いた様子を見せていたが……『さっさとあの盾持ちを殺してあの女を頂く!』とばかり、一斉にグレイに向かって襲い掛かってくる。今日も『嫌われ者』は絶好調だ。
「ま、やることは簡単だな。エメディア、頼んだ」
「任せて!そっちもよろしく!」
……ということで、ダンジョンでゴブリンやドラゴンと対峙していた時と同様、グレイは大楯を構え、エメディアは杖を構えて、それぞれの役割を果たすべく集中するのだった。
グレイがやることは、只々守り、防ぐことだ。
ただし……その実、ゴブリンやドラゴンを相手にしていた時とは、大きく異なる。
何せ、人間は連携してくる。
だが……言葉が、通じてしまう。
まず、2人……正面から向かってきた奴2人を、大楯で弾いてやる。それから1人、グレイの横から鎚で殴り掛かってきた奴は、斧槍でなんとかいなす。
その時、視界の端にまた別の野盗が斧を振りかぶるのが見えたので、そちらに大楯を向けて斧を受け止めつつ……『今ならいけるだろ』と、斧槍を突き出し、斧を振り下ろした野盗の脇腹を、容赦なく刺し貫いてやった。
直後、グレイの後ろからちんけなナイフを持って突進してきた奴がいたが、その程度は鎧で十分受け止められる。更に振り返りざま、大楯で横からぶん殴ってやればそれでいい。
……手数は圧倒的に向こうが上だ。相手が連携して動いてくる以上、慎重にやらねば簡単に死にかねない。
だが。
「おいおいどうした?こっちは1人だってのに、お前ら寄って集ってこのザマか?随分と情けない野盗が居たもんだな。さっさとお家に帰って泣いてろよ」
……相手は、人間である。これは、魔物相手の時よりも相手が賢く……同時に、『言葉が通じてしまう』ということを意味する。
人間というものはありがたいことに、ドラゴンよりも明確に、挑発されてくれるのだ!
ということで、グレイは非常に口が汚かった。人間相手の時はいつでもこうだ。……とはいえ、そもそも、今までの人生の中で、人間と戦ったのはそう多くないが。……何せ、グレイは基本的に、自分1人では戦えない。そして、誰かとつるんでいることは少ない。そういうことである。
「流石、野盗に落ちぶれるだけのことはあるなあ、おい。冒険者になれる腕前も無い。まともに働く頭も無い。その上、誰かから盗むのだって上手くいかないとなりゃ、随分と惨めな人生じゃないか!」
グレイは最大限、野盗を嘲笑い、馬鹿にして、彼らを怒らせ、冷静さを欠かせて視野を狭め……連携を崩し、同時に、自分だけに注目させた。
野盗は今や、グレイに夢中だ。『こいつを殺せ』とだけ思っていて、積み荷を奪うことやエメディアに手を出すことなどは、全て頭の外である。
ありがたいことだ。グレイは兜の奥でにやりと笑いながら、連携が乱れてきた野盗の攻撃を大楯で、斧槍で捌いて……さて、そろそろか、とエメディアを振り返る。
「グレイ!」
……そしてやはり、そろそろであったらしい。エメディアは構えた杖にきらめきを纏わせ……そして、それを一気に解き放った。
「……もうちょっと、弱めにやるべきだったかしら」
「いや……まあ、いいんじゃないか。襲ってきたのは向こうだ」
そうして、一気にカタが付いた。……エメディアは、ゴブリンと戦った時同様、『相手に魔力を流し込んで溢れさせて殺す』ということをやってのけたのだが……今回は一応人間相手ということで、手加減はしたらしい。
が、手加減をした割に、倒れている人間達の中には死んだ者もいるようである。
無論、野盗を殺すこと自体には、特に問題が無い。こんな世の中だ。『襲い掛かってきた相手であっても優しく生かして帰してやれ』などという甘いことを言う奴は全員死んだので、もう居ない。
……が、エメディア自身は、少々、自らの魔法に戸惑っている様子だった。
「あー……ダンジョンで強化した分を、勘定に入れ忘れたか?」
「そうみたい。……やっぱり私、強くはなってるのね。そこに、制御が追い付いていないみたいだけれど……」
エメディアは、ダンジョンの核で自分の魔力を強化した後、今回初めて魔法を使ったことになる。それ故に、調整が上手くいかなかった、ということらしいが……。
「ま、気にすることじゃない。制御については追々何とかしてもらわなきゃ、危なっかしいだろうが……」
「そうよね。うん……昔から、魔法の制御はどうも、苦手で。……うーん、本当に気を付けなきゃ」
エメディアが少々しょげているのを見て『まあ元気出せよ』と言いつつ、グレイは……野盗の死体や、まだ死体ではないものを適当に退かして馬車のための道を準備する。
エメディアも慌てて手伝おうとし始めたところ、馬車の中からぞろぞろと人が降りてきて、大勢が手伝ってくれることになった。グレイ1人で10人以上の人間の体を運ぶのは少々面倒だ、と思っていたところなので、非常に助かる。
……エメディアが居ると、周りの人間が手伝ってくれて、とても便利だ。グレイ1人では、こうはいかない。グレイは、『やっぱり好かれるってのは便利なもんだな』などと思いつつ、また1人分、野盗の死体を片付けるのだった。
そうして馬車は無事、進み始めた。
多少遅くなったが、この程度なら誤差の内だ。馬車の乗客達は、口々にエメディアに礼を言った。……エメディアはその度に、ちら、とグレイを見てなんとも気まずそうにしていたが、グレイは寝たふりでやり過ごした。
……礼を言われないのは慣れているし、今更何かを思うこともない。ただ、エメディアが困った顔をするのは、少し申し訳なかった。
夕方には無事、宿場に辿り着き、そこでまた、食糧不足を知らされ、近くの湖でエメディアに釣りをさせて……前日同様に食事を調達した。
昨日とは異なり、魚は何匹か釣ってもらった。馬車の乗客達や宿場の者にも分けてやるためである。
これについても、人々は口々にエメディアに礼を言い、エメディアを称えた。エメディアはここでもすっかり人気者である。
……そして、そのおかげで、この日の宿泊については、部屋代を宿で持ってもらえることになったので、グレイもそれにちゃっかり助けられ、出費が抑えられた。金はあるが、まあ、出費が減るならそれに越したことは無いのである。
……そうして、翌朝。王都を出発して、2日。
「……野盗はもう大分慣れたわ」
「そいつは何よりだ。対人戦はできるに越したことは無いよな」
「そうね。それも慣れたわ。多分、王都を出る前よりも、魔力の調整は上達したと思うの。……でもそれ以上に、『野盗がいきなり出てくる』っていう状況に、慣れちゃったの!」
……たった今、野盗を片付けて杖を降ろしたエメディアの、その悲痛な声を聞いて、グレイは『まあ、そうだろうな』と頷いた。
鉱山の町、コルザへ向かうこの道すがら、野盗に襲われたのは3回目である。
こうまで野盗が多いとなるといよいよ、コルザに何かあったのか、と心配になってくる。……更に、心配になる要素はまだある。
「今回の野盗、人間だけじゃなかったのね……」
「ああ。オーガだな、これは」
……今までで最もコルザに近付いた、今回の野盗団。その構成員の中には、人間ならざる者……オーガの姿が見受けられたのだ。
オーガ、という種族は、とにかく力の強い種族である。
角が生えていることと、牙が発達していること。この2点を除けば、概ね、人間と同じような姿形をしている。
とはいえ、男も女も皆、揃って大柄で、体格も良く、膂力に優れる。その拳だけで、岩盤を叩き割れる程の者もいる程だ。
……が、同時に、そんな力を持て余してか、喧嘩っ早く、粗暴で、野蛮だともよく言われており、実際、街中でオーガの姿を見ることは少ない。少なくとも、ドワーフやエルフ、フェアリーといった種族のようには、人間の町に溶け込めているわけではない種族だ。
とはいえ、人間と友好的に過ごしているオーガの集落が存在していることもまた事実であり、一方でオーガによる殺人事件や略奪事件を耳にすることもあり……概ね、『厄介な、できれば関わり合いになりたくない隣人』といった印象を持つ人間が多いのが、この『オーガ』という種族である。
「人間と一緒に野盗団をやっている、ってことなら、友好的なオーガだったんだろうがな……」
「それ、友好的って言うのかしら……」
「まあ……少なくとも、ゴブリンなんかよりは、マシなんじゃないか?」
思うところは大いにある。不審に思うところも。嫌な予感もするし、グレイは正直なところ、このままコルザに向かわず、さっさと引き返してしまいたい気分であった。
だが……エメディアはそうではないのだ。
「このあたりにオーガの集落があるっていう話は聞いたことが無いし……コルザで何か、あったんだわ。確かめないと」
……非常に前向きで、そして好奇心と正義感に満ち溢れたこのお姫様は、当然、この状況にも首を突っ込みたいらしい!
エメディアが前向きである以上、グレイも付き合うしかない。……ということで、そのまま馬車に乗って進み、夕方にはコルザの町へ到着した。
……すると。
「前回来た時よりも賑やかだな」
「ああ、そうなの?……ええと、賑やか?」
「賑やかだろ。実に。……あー、まあ、品のある賑やかさじゃ、ないが」
……そこは、派手で下卑た喧騒に包まれていた。
即ち……大いに酒を飲み、商売女の腰に腕を回して尻を撫で、耳に痛いほどの大声で笑っている連中が、そこかしこに居る。
そして……それらの多くは、人間ではなくオーガである様子であった。
石畳の路地は、あちこち土埃で汚れている。鉱山の町であるだけあり、少し見回せば、積み上げられた土砂の山や、採掘用のツルハシやシャベルなどが見える。
そんな路地には、路地に面した店が少しでも客席を増やそうとした結果、廃材で作ったテーブルや木箱の椅子が広げられており、そこかしこに、鉱山労働者であろう人間達や……それらに混じったオーガの姿が見られた。
「オーガが町の中に……ここって、そういう町なの?」
「いや……流石に、前回来た時にはこんなことは無かったが」
グレイも、コルザへ来たのはもう随分前のことになる。だが……その時は、こうして街中にオーガが居ることは無かった。ただ、人間が働き、飲んだくれて、下品な冗談を飛ばし合って笑い合っていたくらいで……まあ、オーガが全て人間だったら、概ね変わりはないが。
「……さっさと食事だけ調達するか。宿はできるだけ静かなところを取ろう。探せばなんとかなるだろ」
「そ、そうね。そうしましょう」
エメディアはさっさとグレイの言葉に賛同した。……エメディアはさっきから、町の喧騒を眺めて、少々眉を顰めている。好奇心旺盛なお姫様からしてみても、これは『よろしくない』ということなのだろう。
それから……。
「ああ、それから、あんたはできるだけ顔を隠しておいた方がいい。見られたら余計にごろつきが寄ってくるぞ」
「え?」
グレイは、フードを被る身振りをして見せてやった。……グレイの着衣にはフードはついていない。兜があるので。だが、エメディアの外套にはフードがついている。こういうところでこそ、これを活用すべきだろう。
「恩恵が無かったとしても、こういうところを若い女が歩いてたら碌なことにならない。……なあ、分かるだろ?」
グレイがそう言うや否や、エメディアのフードの中に入っていたウサミミが、うにょん、とエメディアの頭の上に乗っかり、そして、その耳でフードを引っ張り上げ、自分ごとエメディアの頭にフードを被せてしまった。……実に器用なスライムである。
そうして、グレイはエメディアをできるだけ隠すようにしながら町の隅の方を歩き、やがて、比較的人の少ない食堂を見つけた。
適当に食べられそうなものを注文して卓に着くと、ちらり、とこちらを見てくる視線はあったものの、その程度だ。
やがて運ばれてきた食事は、それなりに味が良かった。よく煮込まれた肉のシチューには、エメディアも『おいしい!』と満足気である。
この分なら、ここの店主にいい宿が無いかを聞いて、さっさと宿に入ってしまえば大きな問題には巻き込まれずに済むだろう。グレイは内心で安堵しつつ、食事を食べ進めていった。
そんな時だった。
からん、とドアベルが鳴ると同時、喧噪が店の中に飛び込んできた。
がやがやと、それはそれはやかましい一団が店の中に入ってくる。先頭を歩いているのは、背が高く、筋骨隆々と言うべき体格のオーガである。……そいつが一団の頭なのだろう。一番煩く、一番偉そうで、一番、強そうだ。グレイはそう、判断した。
「……もしかしてこのお店が空いてたのって、あの人達が来るお店だからかしら」
「だろうな。さっさと食ってさっさと出た方がよさそうだ」
グレイはエメディアとひそひそと囁き交わして頷き合うと、急いで食事を済ませるべく、匙を動かした。
……が、『気づかれない内に』と目論むには、グレイもエメディアも、人目を引きすぎる性質である。
「ん?なんだ、見ねえ顔じゃねえか、おい。新入りか?」
例のオーガが、ずしずし、と歩いてやってきて、無遠慮にグレイとエメディアの卓を覗き込んだ。
……関わり合いになりたくないグレイと、こういう時にどうしていいのか分からないらしいエメディアは、ただ黙っていたが……やがて、オーガの手が、エメディアが被っていたフードを掴んで捲り上げた。
咄嗟に、ウサミミがフードを引き戻そうとしたが、もう遅い。オーガの黄金のような瞳はしっかりと、エメディアの顔を見てしまっている。
「……ほーう。こいつは随分な上玉じゃねえか」
にやにやと笑うオーガと、緊張に身を固くしつつもオーガを睨むエメディアを横目に、グレイは只々、ため息を吐きたい気分である。
……さて。こいつは厄介なことになった。