軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第百二十九話 秘密外交

「怖いんです……」

アリスは声を震わせる。

両手で自分の体を抱き、俯きながら言う。

「逆らったら何をされるか……」

「でも逆らわなくても殴られんだろう?」

「殴られるだけで済むなら……」

ボソボソと呟く。

象の調教をする時……

小象の足に、太い杭に結ばれた太いロープを結ぶらしい。

小象は逃れようと必死になるが、小象の力では抜け出せなくなる。

すると小象は抵抗することを諦めてしまう。

成獣となった後も象は諦めたままで、小さな杭と細いロープでも逃げ出さないとか。

アリスの状況はこれに似ているように思われる。

幼いころに調教されたのだろう。

アリスにとっての杭はアルドだ。

だが……

「今、ここにはアルドは居ない。時期にあいつの身柄はこちらが確保する。そして処刑されるだろう。それでお前は自由だよ」

アリスは俯いたままだ。

はあ……

今日はここまでかな。

まだ四日しか経ってないし、根気良く続けていけば次第に自分の意思を取り戻してくれる……

だろうか?

俺は精神科医でも無いからさっぱり分からない。

ユリアは呪術師だが、呪術が絡まない精神に関してはよく分からないと言う。

アリスが自立するまで何日……いや、何年掛かるだろうか。

「どうぞ、お掛けに成ってください。マーリン殿」

俺の勧めに応じてマーリンは椅子に腰を掛けた。

この場に居るのは俺とマーリンだけだ。

「一つ、聞いて良いかしら?」

「何かな?」

「対ガリア同盟は個別講和を禁じているんじゃないの?」

抜け駆け禁止のために、対ガリア同盟では各国が個別に講和条約を結ぶことを禁じている。

各国が別々で動いてしまえば、同盟の意味が無くなってしまうからだ。

「講和は禁じている。だが交渉は禁じていない。条文は良く読んだ方が良い」

「……そう。で、何の話? ゆっくり日本のことを語り合おうってわけじゃないでしょ?」

一つ、謎がある。

こいつは何で俺が日本人だと分かるのだろうか。

俺がマーリンが日本人だと気付いたのは、呪文の詠唱で日本語を話していたからだ。

だが俺は日本語など話していない。

何か、加護でもあるのだろうか?

「違う、講和の話だ。……あれをロゼル王国が受け入れられないのは重々承知している」

我が国の国家収入は約千ターラント(銀二万六千キロ)だ。

ロゼル王国は我が国の十倍以上の国力を持つ大国だから……

国家収入は一万ターラント(銀二十六万キロ)前後だろう。

講和条約でロゼル王国が支払いを命じられたのは合計で二千五百ターラント。

国家収入の四分の一だ。

四分の一……払えるか払えないかで言われれば、払える。

しかし感情が許さない。

そんな大金を支払わなければならないほど、ロゼル王国は追い詰められていない。

このまま戦争を続行するよりも金を支払ってしまった方が安上がりだが、人間は必ずしも理性で動く生き物では無い。

時には感情で行動することもある。

ロゼル王が承服してくれるか、怪しいところだ。

「しかし双方ともに戦争は止めたいのは事実だ」

「あら? 我が国はまだまだ出来るけど?」

「あまり強がりは言わない方が良い。反乱が起きているのだろう?」

ようやく俺のところに情報が届いた。

ガリアの東北部の諸部族が反旗を翻し、ゲルマニス人が河を超えて侵入してきているらしい。

特にゲルマニス人は十万前後だとか。

話によるとゲルマニス人は家族同伴で家畜を引き攣れ、国内に強引に入りこんでくるとか。

武装した移民みたいなものだ。

ロゼル王国からすれば早急に対処したはず。

こんなところで兵力を遊ばせておく時間はない。

「はあ……やはりあなたの策略だったのね。まあ、良いわ。それで、どういう条件なの?」

「これだ」

俺は条件を提示する。

一つ、我々が得た領土を承認すること。

二つ、ファルダーム、ギルベッド、ドモルガルの三国に百ターラント(銀二千六百キロ)、ロサイス王の国に二百ターラント(銀五千二百キロ)を支払うこと。

三つ、アルド王子の身柄をドモルガル王の国に引き渡すこと。

四つ、カルロ王子のドモルガル王即位を承認すること。

五つ、今戦争で発生したアデルニア人の捕虜を解放すること。

六つ、三年間の休戦協定を結ぶこと。

※ ロサイス王の国への賠償金が多いのは、領土を得られなかったからである

「ふーん……五百ターラントね。まあ、払えるけど……」

釈然としない表情を浮かべるマーリン。

当然だ。

賠償金をいきなり五分の一まで減らしてくれたのだ。

怪しいにも程がある。

「アデルニアの諸侯を納得させられるの?」

「何だ。心配してくれるのか?」

答えはイエスだ。

対ガリア同盟の盟主は我がロサイス王の国であり、そして 単独講和(抜け駆け) をする可能性が一番高いのもロサイス王の国だ。

我が国が早く休戦したいと催促すれば、他の三国も配慮せざるを得ない。

そもそもこの戦争でもっとも戦ったのはロサイス王の国である。

ドモルガル王の国はロサイス王の国に助けて貰った恩があり、王が無能ということも有るので強く言いだせない。

ギルベッドとファルダームの二国は……飛び入り参加の新参者。

大して発言力は無い。

むしろドモルガル王の国と同じ額の賠償金を貰えるだけ、喜ぶべきだろう。

というか、領土が戻ったんだからそれで満足しろよと言いたい。

こっちはドモルガル王の国から少し割譲して貰うだけなんだぞ。

「まあ、良いわ。納得しましょう」

「それは良かった。ところで我々が確保した捕虜の件だが……」

「百人隊長以上の将兵と呪術師以外はあげる。雑兵なんて、身代金を支払う価値は無いわ。それで身代金だけど……」

「二千ターラント(銀五万二千キロ)だ」

「はあ!?」

ガタっと椅子が音を立てる。

不満しかない、という表情だ。

「法外よ!!」

「何言ってるんだ。正当な額だぞ」

嘘だ。全然適正では無い。

基本、一ターラントあれば奴隷を十人前後購入できる。

身代金だから多少色を付けて……平兵士は五分の一(0.2)ターラント前後と見積もれる。

将軍の価値が普通の兵士の千倍としても、二百ターラントだ。

「話にならないわね」

「まあまあ、落ち着け」

一万人将を二名、千人将を五人。その他百人隊長複数。

これが追撃前の連合軍の合同成果。

そして追撃後に千人将を三人、追加で捉えている。

合計で一万六千人の捕虜だ。

さて、気に成るのはどういう分け前になっているかだろう。

身代金は戦争での重要な収入源の一つなのだから。

実のところ、百人隊長以下の奴隷一万六千人の所有権は決まっていない。

今後ドモルガル王の国と話し合い、決める予定になっている。

千人将以上の分け前は、それぞれ捕まえた国のモノという決まりだ。

我が国の戦果は一万人将を二名と千人将を四名だ。

我が国の兵士の尽力のおかげである。

俺が二千ターラントと主張しているのは、一万人将二名と千人将五名の総額。

そして一万人将のうち一人はロゼル王族だった。

多分相場は……高くても五百ターラント前後だろう。

つまり俺は相場の四倍以上の額を請求しているわけだが……

「これは賠償金を四分の一にする穴埋めだ」

「……汚い男ね」

「アデルニア諸国を説得する労働代金だと思って欲しいね」

我が国としては、出来るだけ多くの金が欲しい。

だがそれでは中々講和条約が締結出来ない。

そこで俺は考えた。

他国への賠償金を減らして、我が国の賠償金を上げる手段は無いだろうか?

と、考えた末の手段だ。

身代金は講和条約外の話なので、規約に反しない。

規約の穴を利用した見事な作戦である。

というか、そのために穴を用意した。

欠点はこれが他国に漏れたら関係が悪化することだが、暫くの間は休戦協定を結ぶので問題ない。

というか、我が国とロゼル王国が同盟を結んで挟み撃ちにして来たら……と考えたら連中も態々指摘して来ないだろう。

「っつ……でも賠償金が五分の一になっても身代金がこんなに高額では……」

「……救う方法が有ったというのに、それをしなかったあなたをどう思われるかな? ロゼル王は」

俺がそう言うとマーリンの表情が歪む。

下手を打てば処刑も免れない。

こっちは足元を見ている。

だからこその二千ターラントだ。

「まあ、しかし二千ターラントが高すぎるというのもよく分かる。だから千ターラントまで負けよう」

「そ、それは……」

「しかし、条件がある」

千ターラント、負けてやるんだ。

当然、無償では無い。

「我が国に潜伏している呪術師の情報を全て提示して貰おう。その上で呪術師は全員捕縛させて貰う。拷問に掛けるようなことはしない。ただ解放して欲しければ別で身代金を支払って貰う。そしてこの密約は内密に。交換は秘密裏に行う」

「……」

……

マーリンは目を瞑る。

必死に考えているのだろう。

千ターラントを受け入れて非難されるか、受け入れずに非難されるか……

呪術師の情報を提示すべきか、それともしない方が良いか。

「貴国が払わなければならない額は千五百ターラント。おそらく賠償金として支払うならば、ここが落としどころだろう。それに加えて本来ならば身代金もあるが、身代金と賠償金は一括になっている。だから想定よりも安くなっているはずだ。お互い、ここで手を打った方が言い。それにリディア氏が洗いざらい吐いてくれたおかげで、我が国内部の呪術師の所在もあらかた掴めている。だから呪術師の情報の提示は今更だ」

中々お得な取引だと思うけどな。

ロゼル王国は想定よりも安く済み、我が国は大金が手に入る。

そして講和条約も早く終わる。

別にこの条件を蹴って講和交渉を続けるのは勝手だが……

おそらく長引く。

そしてロゼル王国の情勢は緊迫化している。

大きく譲歩する羽目に成るはずだ。

ロゼル王国の支配者がマーリンなら、こんな条件は蹴り飛ばすに違いない。

しかしロゼル王国の支配者はマーリンでは無く、ロゼル王だ。

おそらくロゼル王は戦争を早期に終わらせたがっている。

だが賠償金はあまり払いたくないに違いない。

大金を払うということは、内外にロゼルの負けを宣伝するようなモノだからだ。

賠償金の額は、ロゼル王国の敗北の規模をそのまま表す。

だが身代金ならば、敗北の規模は関係ない。

公表されないし。

ロゼル王国の権威は傷つかない。

「……お断りさせて貰います」

マーリンは俺を真っ直ぐ見つめ、ハッキリと断った。

「確かに悪くない……いえ、とても良い条件だと思うわ。今、この時だけを考えればね。我が国が支払った賠償金で貴国が強大化するというリスクを考えれば、到底受け入れられない」

「そうか……それは残念だ」

俺は大きくため息をついた。

そして立ち上がる。

「出て行ってくれ。あなたとの話し合いはこれで終わりだ。ああ、残念だ。あなたはもう少し利口な人だと思ったが」

「好きなだけ言うと良いわ」

マーリンは不機嫌そうに立ち上がり、去って行った。

「ライモンド」

「分かっています。プランBの準備を始めます」

さて、次は本命だ。