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作品タイトル不明

年末年始も働く理由と北条家の不穏な年始

天正十八年(1590年)十二月二十五日

甲斐国 躑躅ヶ崎館

「それでは、前年に仕込んだワイン樽のうちの1年熟成を安土城へ100樽、荷車1台に付き5樽。合計20台もの荷車になりますが玄蕃の兄上、安土城までの護送、よろしくお願いします!」

「うむ!任せよ!このワインという酒の入った一斗樽を、南蛮人は一つ二貫で買うと、殿から文で教えられた時は驚いたが、

それが百樽もあるとは、これは重要な役目じゃ!六三郎、そして虎次郎殿!しっかり届けてくるぞ!」

「「よろしくお願いします」」

「うむ!それでは出立じゃあ!」

「「「おおお!」」」

皆さんおはようございます。朝から親戚の鬼玄蕃さんを見送っております柴田六三郎です。先程、安土城へ出立した鬼玄蕃さんが言っておりましたとおり、

どうやら、甲斐国産のワインは大好評だった様で、一斗樽、およそ18キロのワインを二貫、およそ30万円で買うというのですから、驚きましたよ

前年に安土城へ送った物以外で30樽を販売用に送りましたが、それが完売となり、殿から「納屋衆から、来年は同じくらいの質のワインを、より多く作ってくれとの事じゃ!」と書かれた文と共に、

美濃国に領地があった頃に見た記憶のあるデカい箱に、完売分の六十貫から、まず納屋衆の手間賃として3割の十八貫を取られて、残額四十二貫から、

織田家への借金の返済分の一部として、十二貫を回収された物が送られてきましたが、それでも武田家の儲けは三十貫!

一貫15万円の単純計算ではありますが、およそ450万円!この時代の一銭や一匁という、小さい単位から考えるだけでなく、

6年前の穴山との戦と、それよりも昔から続いていた、甲斐国の不作のせいで税収がとても少なかった事を考えると、埋め立て工事終了1年目の儲けとしては、

充分過ぎると思っております。ですが、毎年葡萄が豊作になるとは思えないので、今から桃を中心とした果実酒作りのスタートです

年末年始だから休んでくれと、武田家の一部の家臣から言われましたが、休む暇があったら働いて、更に銭を増やして、一日も早く、甲斐国の復興を終わらせないといけませんからね!

六三郎は社畜根性全開で働きながら、新たな酒作りに挑戦していた年末だった。そんな六三郎とは逆に、年末に急いで帰り、年始を皆で祝っている北条家は、

小田原城の大広間に、家臣を集められるだけ集めて、年始の挨拶をしていた

天正十九年(1591年)一月一日

相模国 小田原城

「皆!明けましておめでとう!今年もよろしく頼む!」

「「「「「殿そして大殿!明けましておめでとうございます!」」」」」

「うむ。一昨年から昨年末まで、新次郎の事で皆に迷惑をかけた。その事で最悪の場合、織田家と戦になるかもしれぬと思った

だが、正室の督の実家の徳川家の取りなしと、上野国の南側半国を割譲する事、そして、織田家と同盟をする事で最悪の事態は免れる事が出来た

誠に幸運だったと思っておる。儂は昨年末に新次郎と督を迎えに武田家の屋敷へ行ったのじゃが、そこで、ある若武者と出会った

その若武者は、家臣を使い、新次郎に色々な事を教えてくれた。分け隔てなくじゃ。更には、食も細く、好き嫌いも多かったが故に、小さかった新次郎が一尺以上も身の丈が伸びていた

人質にこれ程の施しを出来る若武者は、そうそう居ないと儂は思った。その若武者の名は柴田播磨守六三郎殿じゃ!

その柴田殿の為人を知りたくて、色々と情報を得たが、この柴田殿、なんと元服前の八歳で初陣を経験しておる!皆も間違いなく一度は耳にした事があるじゃろう!

十九年前に、美濃国で武田の三千の軍勢が、織田の三千以下の軍勢に敗れた事、そして、その時の織田方の総大将が八歳の童だった事を!」

氏直がそこまで言うと、1人の家臣が

「と、殿!その童、まさか」

まるで前振りの様な言葉を使うと、氏直は

「その、まさか。じゃ。柴田殿が、その時の童じゃ!勿論、幼い頃だけ凄い早熟の天才ではなかった!柴田殿の元服後の戦の話で、儂が驚いた内府殿から教えてもらった話が二つある

一つは西国の大大名、毛利家を下した戦の話じゃが、その戦で柴田殿が繰り出した前代未聞の策に、「百里を十日で走り抜くじゃ」

六三郎の中国超大返しの話をする。その話に家臣達は

「百里を十日で?」

「まるで妖術じゃ!」

「夜中も走らぬと無理ではないのか?」

と、盛り上がっていた。更に氏直は続けて

「それだけではないぞ!北陸の上杉を下した戦では、種子島に使う硝石を大量に使い、意図的に山崩れを起こして、山にあった雪を上杉の居城にぶつけたそうじゃ!

この時、上杉は城の中を中心に一万の軍勢が居たそうじゃ。しかし、柴田殿は自らの手勢二百五十程で先陣を切ると、織田右府殿に言ったそうじゃ!

そして、言葉だけでなく、行動でも、結果を残したのじゃ!この話を聞いた時は、年甲斐も無く興奮した!

その様な若き名将が織田家に居て、更に側の甲斐国に居るのじゃ。織田家にそのつもりは無いであろうが、織田家はいつでも戦えるという事じゃ!

だからこそ皆、甲斐国にも武田家にも織田家にも、手を出すでないぞ?やらずとも良い戦を起こしてはならぬ!

少し長くなってしまったが、今年もよろしく頼む!それでは、乾杯!」

「「「「乾杯!」」」」

こうして、北条家の正月の宴がスタートした。これから三日間は飲めや歌えやの宴会の日々になるが、

その中で、一日目だけ参加した者が居たが、その者は領地に帰ると

「ええい!何故、儂の倅の領地の一部がある上野国南側を武田なんぞに渡さんといかぬのじゃあ!今の北条家は弱腰じゃ!」

上野国割譲に納得してない様子で暴れていた。そして、

「この様な弱腰の北条家、儂が変えてやる!」

不穏な目標を立てていた。