作品タイトル不明
第314話 ~思惑~
月見家から拠点の屋敷に帰って来た俺たちは、屋敷で待っていたラティスネイルに城下町で暗殺未遂があったことや、“胡蝶花の会”について話した。
アメリアも座布団の上に座って茶を飲むということに慣れてきたようで、ゆったりとした雰囲気で茶菓子をつまみつつくつろいでいる。月見家を出るときにモルガナイトがアメリアに泣き縋って大変だったが、ここまでついて来なくて本当に良かった……。
この屋敷で暮らしたことのあるアマリリス曰く、今いるのは元は木花家の姫だったアマリリスの母、ウツギ・クラスターの部屋だった場所らしい。この屋敷で一番地位のある人の私室だったためか、この部屋は屋敷の中で一番仕掛けが多い。ここなら万一俺や夜の警戒をくぐり抜けてきても全員が逃げる時間を稼ぐことができるので、大きな机を運び込んで専ら談話室のように使用していた。
いい加減、警戒も必要がない所でゆっくりと休みたいんだが、この世界にいる限り難しそうだ。
「ふ~ん、アメリアのことが大好きなエルフ族の大使に、国内の反戦組織による暗殺未遂か~。一日二日の間のこととは思えないくらい濃いエピソードだねぇ。アキラくんたち、ずいぶんとトラブルに愛されているみたいだ」
「愛してほしいなんて言った覚えはないんだがな」
月見家から今回のお詫びとして土産で持たされた、アメリアが好きだと言っていた菓子を頬張りながらラティスネイルは笑う。
俺はため息をついて、アマリリスに淹れてもらった薬草茶を啜った。
大和の国に滞在しているエルフ族の王女が白昼堂々暗殺未遂に遭ったことは、一日で既にアマリリスの長屋がある村まで噂が流れてきたらしく、心配して屋敷を訪ねてきてくれたのだ。
「それにしても、“胡蝶花の会”は相変わらずですね……」
アマリリスがちまちまと菓子の包装を丁寧に剥きながら呟く。
「元々木花家を目の仇にしていたそうだが、アマリリスも“胡蝶花の会”に狙われていたのか?」
「うん。木花家はサクヤ様の代になってからとくに熱心に戦準備に力を入れちょったし、武力でもって治安を維持する大和の国の自警団は、ほとんどが木花家に連なる者で構成されてるから、特に標的になりやすくて。そのせいで母上もレイティス国へ嫁ぐことになったそ」
俺の言葉にアマリリスは包装から目を離すことなく頷いた。
どうやら俺の推測は当たっていたようだ。
「面倒な相手ね」
「ですよね! 反戦を唱えるのはまだいいとしても、なぜそれで木花家へ襲撃に来るのか、本当に意味不明です!」
「おまけに、今回の戦争は実質レイティス国側から仕掛けた侵略戦争。文句を言う相手が違うよね」
「そうなんですよ!! そこまで言うなら最前線に行ってこちらを殺しに来るレイティス国の兵に言えばいいんです! どうせそんな度胸もないから安全な城下町で騒ぎを起こしたのでしょうけど!」
よほど鬱憤が溜まっていたのか、アマリリスはアメリアとラティスネイルの言葉にいつもより大きな声で大きく頷く。
聞くところによると、件の“胡蝶花の会”のせいで誕生会や正月をはじめとした、幼少期のありとあらゆる木花家の楽しい行事をぶち壊しにされ、本当なら婿をもらうはずだった母のウツギが他国へ嫁ぐきっかけとなったそうなので無理もない。アマリリス自身も何度か命を狙われていたらしいし。
アマリリスが神成家に感じていた不快感も、かつて神成家が“胡蝶花の会”の親だったことにも理由がありそうだな。
「それにしても“胡蝶花の会”か。なんで胡蝶花なんだろ。同じ花なら胡蝶蘭の方が身近だし、言いやすくない?」
「胡蝶花とは別名シャガと呼ばれ、白や薄紫色の木陰に咲く可愛らしい花です。私は嫌いですけど」
「あーうん。リリスたんは無理もないね。それで、何か象徴になりそうな花なの?」
ぼんやりと呟くラティスネイルの言葉に、アマリリスがすぐさま答える。
専門は薬草だが、花もある程度の知識はあるらしい。もしくは、胡蝶花が気になって以前調べたことがあるのかもしれないな。
「シャガについては色々と所説ありますが、強いて言うのなら、胡蝶花の花言葉の一つに“反抗”があるのです」
「ふ~ん、反抗の花言葉を持つ花を掲げる反戦組織か。しかも今は隣国に支配されつつある、と。ほぼ外患誘致じゃーん。なんで追放なり処分なりしなかったの?」
「元々は先住民の組織でしたから、完全に潰すとなると差別がどうのとかでまた別の組織が出てくるのだと、サクヤ様が以前ぼやいていましたね。神成家も同族ゆえかいつも庇っていましたし。手綱を握るために傘下に入れていたというのに、まったく手綱が握られてないんですよ」
「でも元は先住民の組織だったとはいえ、人族の寿命でもう何百年も経ってたら血も混ざってて関係ないでしょ? それが差別だって、むしろ差別してるじゃん。変なの~」
ラティスネイルはそう言ってずずずっと薬草茶を啜った。
他人事のように言うが、実際アマリリス以外にとっては他人事なんだよな。ラティスネイルは特に他種族と国交が断絶している魔族だし。
なぜか今回はアメリアが狙われたが。そういえば、なんでアメリアは暗殺されそうになったんだろうか。
「アメリアを暗殺することで“胡蝶花の会”が得るものはなんだ? 襲撃犯からも結局理由については詳しく聞き出せなかったし」
「……」
すぐに出てこないのか、アマリリスは黙って首を傾げた。
代わりにラティスネイルが口を開く。
「まあ所詮は庶民の組織だし、勘違いしたって線もあるよね」
ラティスネイルは顔を上げることなく菓子の包装をちまちまと小さく結んでいる。
「勘違い?」
「そう。アメリアがこの国に来たのはアキラくんについてきて戦争を止めるためだし、エルフ族の王女としてってよりはただのアメリアとしてだ。だから大使くんにも呼ばれるまで会うつもりはなかった。そうでしょ?」
「そうね。モルガナイトならいずれ連絡が来るとは思っていたけれど」
ラティスネイルの言葉にアメリアは頷く。
まあ確かに、モルガナイトなら大使の仕事を放りだしてアメリアの下へはせ参じるくらいはしそうだったな。むしろ大使としてちゃんと月見家を通して呼んできたのは、モルガナイトの性格を考えれば相当我慢していたのかもしれない。
「だから、そんな事情を丸々知らないとするなら、アメリアがこの国にエルフ族の援軍を率いてきた、なーんて、勘違いしても無理はないんじゃないかなって」
「……有り得ないとは言えないわね」
アメリアは顎に手を添え、少し視線を上に向けて言った。
俺たちがこの国に来たのは何十人の人間が乗ることができる空挺船だ。頑張れば数百人は乗れる。だが実際に乗っていたのは二十人程度だったし、アメリア以外のエルフ族など乗ってはいない。ただし外からそれが分かるわけもなく、俺たちも防衛の観点から誰も船に乗せなかったので、噂だけが独り歩きした可能性も否めない。
そもそも俺たちが空挺船で大和の国に来たのはエルフ族領がある方角とは逆方向なのだが、空を飛ぶ船となるとこの主張は弱いだろうか。回り込んだと言われればそれまでだからな。まあそれも今頃獣人族領へ向かう海の上だが。
ラティスネイルの考えが正しいのだとすれば、お願いだから確証を持ち、裏を取ってから襲撃してほしいものだ。
「人は信じたいものしか信じないからね~。その“胡蝶花の会”とやらは、木花家が好戦派の統率者だから木花家を狙うんでしょう? 戦う能力もないリリスたんを含めて。頭を失っても結局のところ次の頭が台頭するだけなのにそれを続けるってことは、絶対脳筋でしょ。だから馬鹿正直にアメリアを狙ったんじゃない?」
ラティスネイルはそう言って“胡蝶花の会”を嘲笑いつつカラカラと笑う。
「なるほど一理あるな。その上にモルガナイトが言っていた、ヴェンデス国の介入と会の主要人物が今回の襲撃で始末されたというのが正しいと考えるなら……」
「今回の襲撃に関して“胡蝶花の会”は上手く利用されていただけ。次からはヴェンデス国の思想が入ってくるかもしれない」
「だな」
「えっと、なぜそうなるのです? 脳筋で馬鹿正直なら、またアメリア様を襲撃してくるのでは?」
俺に続いたアメリアの言葉に頷くと、反対にアマリリスがさらに首を傾げた。
「今回“胡蝶花の会”が襲って来たものとはまた違った理由でそれもあるが、それ以上にヴェンデス国が元傭兵たちが独立した国ってのがネックだ」
傭兵とはつまり、自身の戦闘力を商売にしている人間である。大雑把にまとめるなら冒険者ギルドと同じ。だから彼らは戦いを求める。
「僕もヴェンデス国民と会ったことはないし、建国の頃から思想が変わっている可能性もあるけどね~」
「つまり?」
「もしもヴェンデス国が建国当時のままの国として、“胡蝶花の会”を支援し今回の襲撃を計画して支配するために“胡蝶花の会”の主要な人たちを口封じの名目で始末したなら、彼らの思想は“胡蝶花の会”とは真逆。レイティス国との戦争に一枚噛みたいのかもしれないってことさ。だから、次はレイティス国がアメリアを狙っていると見せかけて襲撃してくるかもしれない」
「な、何のためにです?」
「そりゃもちろん、隣国の戦争を激化させるために、かな」
「そんな……」
そう告げたラティスネイルにアマリリスはショックを受けたように口に手を当てた。まだ予想の段階だから重い話にならないようにラティスネイルはわざと軽い口調で言ったのに、真面目なアマリリスには効果がなかったようだ。
「もしもヴェンデス国が建国当時のまま傭兵の国だとしたら、戦争は恰好の稼ぎ時だろうからな」
もうそこまで来たら傭兵ではなく戦争屋だが。
俺はそこまで考えて、もう一つの憂いを思い出した。
俺たちが二日間留守にしていた間、ずっと不在にしている京介たちから何か連絡が来ないかと思っていたのだが、留守番をしていたラティスネイル曰くなんの音沙汰もないらしい。夜曰く無事ではあるそうなのだが、何か変なことに巻き込まれていないか心配だ。もう一度夜に見に行ってもらった方がいいだろうか。
俺は膝の上で寝息を立てる夜の背をそっと撫でて考える。
こっちも暗殺未遂なんかで大概物騒だったが、あちらは前線に近いのだから、危険度はこちらの比ではないのだから、定期的に見てきてもらうべきかもしれない。
「どうか無事でいてくれよ……」
誰にも聞こえないようにそっと呟いた。
同じく消息を絶っている佐藤たちに関してはあまり心配していない。あいつは人間関係に関しては上手くやるやつだし、ジールさんもついている。
が、京介に同行しているのは非戦闘職の細山と和木だ。和木の調教した猫と猿は偵察としてかなり使えるらしいが、戦う能力はない。魔族領で契約した翼竜とも一時的な従魔契約しか結んでいないようだったし、京介のグループが一番戦闘力が低いのに一番危険な場所に行っているのだ。
数日後、最前線とは全く違う場所で偶然京介と出会って度肝を抜くことになるのだが、今の俺が知るはずもなかった。