作品タイトル不明
第281話 ~遁逃~
「クロウ!!!!!!」
倒れ伏したもののまだ息があるクロウにとどめを刺すように、魔法陣が二つ宙に浮かんだ。
一つは一瞬でクロウのもとへ駆け寄った俺が“夜刀神”で斬り裂く。もう一つは、
「何のつもりだ、じゃじゃ馬娘」
フーフーと息を荒げた涙目のラティスネイルから飛んできた紫色の炎が焼き消した。
ラティスネイルのステータスを視る限りおそらく彼女の戦闘経験は少ない。およそ数十年は一人で他大陸を旅してきただろうに、俺や勇者たちよりも職業レベル、スキルレベルが低いことからそれがうかがえる。おそらく一度戦えばその桁違いのステータス値から魔族とバレるから極力避けてきたのだろう。
だから、今ここで格上の相手であるマヒロへ攻撃したラティスネイルは、向けられた殺気から間近に迫る死を本能的に察知してガクガクと体を震わせていた。それでもアメジストのような瞳はキッとマヒロを、その後ろの魔王を睨みつけている。
「僕の、前で、人を殺させない。それが、僕の正義だから」
「正義ぃ? 何言ってんだお前。正義だのなんだの言って結局のところ、お前自身が人が死ぬのを見たくないただの腰抜けってだけだろ。つーか、こいつはもう死ぬ。お前のしてることはこいつの痛みを長引かせるだけだ」
「それでも!!!! そうだとしても、絶対、僕の前で人を殺させない!!」
ラティスネイルの絶叫が謁見の間に響く。
マヒロたちの意識がラティスネイルに割かれている間に、俺はクロウを抱えて勇者たちがいる謁見の間の後方、扉の近くまで後退した。クロウがやられた今、現在の俺たちだけではこいつらに敵わない。さて、ここからどう退却するか。
「どれだけあなたに説明されても僕には分からないよ! たとえ、一目でいいから会いたいと願い続けたお母様だとしても、何千人何万人と一人で命の釣り合いがとれるわけがない! 人族でも魔族でも、どれだけ惨めでも、どれだけ絶望しても、人の物語は他人が途絶えさせてはいけない! ましてや死んだ人間のために他を殺そうだなんておかしい! もしもそれで釣り合うのなら、僕たちは何のためにこの世界で生きているっていうの!?」
ラティスネイルから紫色の炎が立ち昇る。チリチリと燃え上がる炎と共に、周囲の酸素が薄くなっていくような息苦しさを感じた。
もう手遅れだが、少しでも延命させるためにクロウの応急処置を手早く行う。
「それが君の選択か? ラティスネイル」
魔王の静かな声がラティスネイルに問いかけられる。
深く深呼吸をして気持ちを落ち着けてから、ラティスネイルはまっすぐに自身の父親を見た。
「ごめんね、お父様。僕はあなたの考えを認められない。あなたがどうしてもそれをやり遂げたいというのなら僕は全身全霊でそれを邪魔する。だって、この僕の父親が虐殺者です~なんて嫌だもの! それにさ、僕があなたの言う事を一度でも聞いたことってあったっけ?」
最後にはいつもの明るい調子で子は親へ離別を告げた。
魔王は一瞬痛みを感じたように顔を顰め、だが次の瞬間にはそれを消してラティスネイルへ初めて殺気を向けた。
「そう、分かったよ。……ミスティが生き返ったときに、君の娘は死んだと告げるのが心苦しいが、仕方ないね。……マヒロ」
「ああ」
マヒロの手が上がる。魔法陣展開の予兆を感じて俺たちはぐっと身を屈めた。
ドオオオオオオオン!!!
マヒロの手が合わさる直前、大きな音が響き部屋全体、いや魔王城全体が揺れる。
「なんだ……?」
マヒロたちも予想外のことなのか、マヒロは俺たちへ攻撃する魔法陣の展開をやめ、魔王のもとへ駆け寄る。
城を揺らす大きな音はどんどんこちらへ近づいてきていた。
「なんだか分からんが、この混乱に乗じて逃げるぞ!」
勇者と京介が俺からある程度の手当てが終わったクロウを受け取り、ラティスネイルやマスターたちに声をかけた。夜がぴょんっと俺の肩に飛び乗る。
そして次の瞬間、謁見の間の横の壁が吹き飛んだ。瓦礫が、俺たちと魔王たちを分断するように飛び散る。壁に大きく開いた穴からワイバーンに似た翼竜系の魔物がにゅっと顔を出した。
「おい佐藤、朝比奈、織田たち! 無事か!?」
「みんな生きとる!?」
「和木くんと上野さん!?」
思わず魔物へ攻撃しかけた俺たちの耳に、船に残っているはずの和木と上野の声が聞こえて思わず動きを止める。声を辿ると、魔物の背に二人が乗っていた。
「戦っとるってことは用事は終わったやんな? これ乗って帰るで!!」
「あれは、騎竜兵の翼竜……?」
マヒロの声にハッと我に返る。
「全員あれに乗れ!!」
「夜! 頼む!」
『承知した!』
二人が乗ってきたのは夜が変身したドラゴンと同じくらいの大きさで、ここにいる全員が乗れるサイズだが、一人ずつ一匹に乗るのは効率が悪い。同じことを思ったのか、俺の声に夜がドラゴンの姿に変身した。
「ラティスネイル、マスターたちはこっちへ!」
「ああ!」
しっかりとクロウもあちらの竜種の背に乗っていることを確認して、ふと魔王にヒラエスからの伝言を伝えていなかったことを思いだした。
「ああ! 魔王! ヒラエス、原初の龍からの伝言だ! “魂がない者は生き返らんぞ”だそうだ! 確かに伝えたぞ!」
伝言を聞いた魔王の目が剣呑に細まるのを見て、聞こえたことを確認した俺は夜の背を叩いて合図した。
「行け!!!」
和木たちが先に出た穴へ、ドラゴンの夜がのしのしと進み、翼を広げて降ってくる瓦礫から俺たちを守る。
もう一匹の翼竜よりもドラゴンの翼の方が大きいのか、ガラガラとさらに城を破壊していった。途中で城の魔族に魔法で攻撃を受けたが、ドラゴンの鱗はそれを通さなかった。
穴を辿っていくと、ついに外へと出る。
『飛ぶぞ掴まれ!!』
全員が夜の背の棘に掴まると同時に全身にGを感じた。ふわりと内臓が浮き上がる感覚と共に、風が顔をうつ。魔王城から飛び出した夜はクルールの街を低空で飛行して既に大きな穴が開いている城下町の門をさらに広げて通過し、空へと高度を上げた。夜が翼を一つ羽ばたけば、魔王城は豆粒の大きさにまで小さくなる。
「あっははは!! 最高の気分だよ!! 夜くんもっと壊せばよかったのに!!!」
『そんな無茶な……』
俺の後ろでラティスネイルが歓声を上げ、夜がげんなりと首を下げる。と、その頭があった場所を矢と火の魔法が通過した。
「後ろ! 兵が迫ってきているぞ!」
尾の方にいたマスターの兵が声を上げる。
振り返ると、騎竜兵らしき兵たちが魔物に乗って背後まで迫ってきていた。
「殿が必要だな」
マスターが兵に合図を送り、頷いた兵が指を咥えて音を鳴らす。高い音が繰り返すように旋律のように響き、それが空気中に溶けた瞬間、夜と並ぶように和木たちが乗っている魔物と同じ翼竜がどこからか現れた。
「彼は騎竜兵だったのか……」
目を見開いてラティスネイルが呟く。
マスターが連れてきた兵たちが次々と並んで飛ぶ翼竜へと飛び乗っていく。すでに上空数千メートルを飛んでいるというのに、とんでもない度胸だ。
最後にマスターが夜の背から立ち上がった。それを見てラティスネイルがひゅっと息を呑む。
「ラティスネイル様、ここでお別れです。どうか、お元気で」
「まって、ねえ待ってよ、どうして……」
「あなたが我ら魔族の最後の希望だ。必ずやり遂げなさい」
「待って! カロン!!!」
「最期にあなたの力になれて良かった。どうかあなたはあなたの思うままに。大丈夫、あなたなら出来る」
「カロン!!!!!」
最期のときを悟ってポロポロと涙を流すラティスネイルの頬を撫で、一方的に言葉を投げ続けるマスターは俺たちを一度も見ることなく、最後に笑って兵たちと同じように翼竜に飛び乗っていった。
「夜くんお願いだ! 戻って! 彼らを助けて!!」
背を叩くラティスネイルの手を握り、やめさせる。
一度も人を叩いたことのない柔らかな手が赤く染まって熱を発していた。
『……それはできません。彼らの覚悟が無駄になる』
「そんな、そんなことってないよ……! だって僕はそんなこと望んでいない! 僕のために誰かが死ぬだなんて!!」
「ラティスネイル、彼らの分まで戦い、生きろ。それが俺たち残され、希望を託された者の役割だ」
「そんな……」
振り返ったラティスネイルが見る中、マスターたちが乗っていた翼竜が騎竜兵の翼竜に喉を噛みつかれ、乗っていた兵たちが数人振り落とされるのが見えた。もう遠すぎてどの人影がマスターなのか分からない。あの高さから落ちては間違いなく命はないだろう。
そしてついに、噛みつかれていた翼竜が翼を止め、地面へきりもみ回転で落下していった。
「あ、ああああああああ!!!」
『雲に入るぞ!』
泣き叫ぶラティスネイルを暗器につなげた細い糸で俺の体と結び付ける。
雲の中に入った俺たちの目に、墜落していく翼竜が、その背にいた人間がどうなったのか映ることはなかった。