作品タイトル不明
第280話 ~一騎討ち~
「なんだ死にぞこないか。織田晶はどこに行った?」
武器を持って自分の前に出たクロウに、マヒロは一瞥すらなく周囲をきょろきょろと見渡した。『気配隠蔽』をかけた俺が立っている場所をマヒロの視線が素通りする。
先ほどの爆発で他で戦っていた人たちも何事かとこちらを見ているため、今動いているのはマヒロとクロウだけだ。
「私が相手では不満か?」
俺が渡した短剣の鎖に繋がれた錘がクロウの手でブンブンと回される。
「不満に決まってんだろ。……だがそうだな。あの時お前と先代勇者を取り逃がしたことで俺の名に少しばかり傷がついた。お前が勝手にぽっくり死ぬ前に、俺の手で引導を渡すのも一興か」
「ハッ! お前に傷つく名があったとは知らなかったな」
謁見の間にいる全員が固唾の吞んで見守る中、ようやくクロウに向き合ったマヒロと、二人は謁見の間を円を描くように間合いをはかりながらゆっくりと回る。
パンッ
手を合わせたマヒロに合わせて、クロウの周囲に10以上の魔法陣が展開された。あいつ、俺との戦いでも本気じゃなかったのか。底知れないやつだ。
「『影魔法』――起動」
室内の影が蠢き、展開した魔法陣を喰らおうと浮き上がる。
「邪魔、しないでやってほしいな」
と、どこからか響いた声と共に俺の『影魔法』が崩れ、元のただの影に戻った。『気配隠蔽』で消していた俺の姿も元に戻る。
「なっ!!」
目を見開いて、俺は玉座から立ち上がった魔王を見上げた。
その美しい瞳が先ほどまでとはまた別の輝きを放ち光っている。俺たちを見下ろすその姿と、サラン団長が目を光らせていたずらっぽく笑う姿が重なった。あの人はよく温度を視認できる魔眼を利用して城の角で人を驚かせていた。
「魔眼!?」
「魔法無効化、これが私の魔眼の効果だよ。あんなに楽しそうなマヒロは久しぶりに見たんだ。手を出すなら私が相手をしてあげよう。もっとも、このマヒロの結界を破ることができるのなら、だけれどね」
そうだ。サラン団長の魔眼は魔王との兄弟喧嘩の末にできたものだと言っていた。ならばその相手である魔王に魔眼が発現していても何もおかしくはない。もっとも、サラン団長が片目だけなのに対して魔王は両目という違いがあるが。
それにしても『魔法無効化』は俺と相性が悪すぎる。『影魔法』でマヒロの魔法陣を対処するつもりだったが一気に難しくなってしまった。だが魔王は俺たち外野の魔法は無効化しても中心に居るクロウの魔法を無効化するつもりはないらしい。二人の一騎討ちを手を出さずに見ていろということだろう。
「『反転』」
凛とした声と共にクロウが視界に入れた魔法陣が相殺される。それと共に錘がマヒロに放たれ、鎖がマヒロの腕に絡みついた。一応俺が持っていた暗器の中で一番大きいものを渡したが、それをクロウはまるで長年使用していた武器のように自由に扱っている。
「チッ」
「ハッ!!」
舌を打つマヒロが鎖に繋がれたままパチンと手を鳴らし、喉に短剣が突き立てられる前に盾の結界がそれを阻む。続いてクロウが絡んだままの鎖を引くとマヒロの体勢が崩れ、さらに力を込めるとマヒロの体が浮き上がった。さすが、獣人族の膂力は四種族一だ。
いったいどれほどの力で投げられたのか、謁見の間の壁を壊し、壁に埋まったマヒロに瓦礫が降り注ぐ。
クロウが再び鎖を引いたが、既に抜けたのか錘しか戻ってこなかった。
「馬鹿、力め!!」
ガラガラと瓦礫の中から煤けた姿のマヒロが現れた。唇を少し切ったのか一滴血を流しているがそれ以外に外傷はなさそうだ。頑丈な体だな。
頭に血が上った様子のマヒロが手を鳴らし、魔法陣で瓦礫を浮かし飛ばす。
「『錬成』」
クロウがなぞるとその手の中で短剣が形を変え、真っ赤で大振りな剣が現れた。
飛んできた瓦礫をその剣がまるで豆腐でも切るかのようにすべて両断する。振り切るその軌跡にチリチリと炎が舞っていた。瓦礫の断面が赤く染まり、火が燃え上がる。
「あれは……魔剣!?」
愕然とした表情のラティスネイルから思わず漏れた声が戦う音が響く謁見の間に広がった。
俺が渡した錘付きの短剣は鉄でできたただの暗器だ。だがクロウはそれをその場で溶かして鍛え直し、さらには火系統の魔法を付与した魔剣を精製した。
クロウの戦闘スタイルは、その場に合った武器をその場で作り振るうもの。鍛冶師であり、かつ何でもどんな武器でも扱えるクロウだからこその戦い方だ。鍛冶師であるクロウが先代勇者パーティーの一員になるまで鍛え上げたその真髄。ただし無からは作れないため鉄の塊か何かしらの元の武器が必要になるとジールさんから聞いていた。
ガインッ!
高い音と共に盾の結界と魔剣がぶつかり合う。流れるような剣捌きはジールさんの動きとよく似ていた。あの人に剣を教えたのはクロウだったのか。
「この世界でも魔剣を作ることができる鍛冶師は限られる。それが戦闘の最中であればなおさらに。おそらくそれができるのはこの世界でもお前一人だろう。あのとき、変幻自在なお前が前衛だったら俺も危なかった。なあ、なんで後衛に甘んじた? あの無能を補佐せずお前がメインで戦っていれば、他のエルフ族と人族の仲間も俺の所まで生き残っていたかもなぁ? まあその後で俺か魔王様に殺されて仲良く全滅した可能性は高いが」
「黙れ」
マヒロの挑発に、クロウが食いしばった歯の隙間から唸るような声を上げる。
魔剣が炎を噴き上げて舐めるように結界全面に広がった。それどころかクロウの体を伝って炎が地面を這い、俺たちの足元にまで迫っている。
「俺でも知ってるぜ。勇者であることを隠していたあいつは国に逃げ帰るなり国民から石を投げられ、生まれ故郷を追い出されたそうじゃないか。可哀想になぁ。しかも同じく逃げ帰った相棒は自分の妹とすでに国外に脱出していて助けてはくれない。絶望しただろうなぁ」
「黙れ」
クロウの声が低く響くにつれて炎が勢いを増す。
ピシピシと音がしてマヒロの結界に罅が入ったのが見えた。だがマヒロの口は止まらない。
「あの声だけでかい無能勇者に何ができた? 何を成した? いいや、何もできない何も成せない。ただ魔族領に死にに来ただけの無能のそばにいてお前も可哀想にな。一人孤独に死んでいくのがあいつにお似合いの最期だった」
「黙れ!!!」
ガラスが割れるような音と共に結界が完全に斬られ、振り下ろされた剣がマヒロの肩に届く。
「だからお前らはダメなんだ」
手を打つ音も、指を鳴らす音も聞こえなかった。
だが、クロウの背に手のひらほどの小さな魔法陣が展開、発動。クロウは死角から氷柱に貫かれる。
「クロウ!!!!」
「お前が、敵のお前が知ったようにあいつを語るな!!!」
口から血を吐き、体の中心を氷柱に貫かれながら、クロウはその剣を振り切った。
「甘いんだよ」
だが、寸前で展開された盾に阻まれてチロチロと揺らめく炎すらマヒロには届かない。
「く、そ……」
「クロウ!!!!!!」
ドサリと、クロウの体が力なく地面に沈んだ。