作品タイトル不明
第271話 ~謁見①~
「ようこそヴォルケーノ大陸の最奥、魔王城へ。織田晶、朝比奈京介そして佐藤司。そこでは話をするのに遠いだろう。こちらへおいで」
ラティスネイルに案内された謁見の間の扉の前に立てば、高い天井まで届く重たい扉はひとりでに開き、俺たちが踏み入れるとひとりでに閉じた。開く前に扉に魔法陣が浮かんだからおそらくマヒロによるものだろう。自動ドアを思い出して少し懐かしく感じた。
レイティス城にも謁見の間があり、初めてレイティス王と顔を合わせた場所がそれにあたるのだが、魔王城の謁見の間はレイティス城よりも二回りは小さい部屋だった。それでも十分広く感じるのだからレイティス城の謁見の間が広すぎただけかもしれない。
部屋の中で俺たちを待ち構えているのは二人。右手に立つ阿部真尋もといマヒロ・ウノ、そして玉座に腰かける男がおそらくラティスネイルの父親であり、サラン団長の弟である魔王なのだろう。
促されるまま玉座の前へ足を進めながら魔王をじっと観察する。顔つきはサラン団長にもラティスネイルにも一切似ておらず、くたびれたサラリーマンのおじさんといった風貌だろうか。体も細くてマヒロと比べても戦闘が可能なほど動けるようには見えない。ただ、その声はサラン団長とよく似ていた。もう少し明るくはっきりと発音をしていれば少しの間の付き合いでしかなかった俺では聞き分けることができないだろうというほどに。そして一際目を引かれるのは眼窩に嵌まる瞳だ。人間離れした美しい色をしていて目が離せない。何か魅了系の効果でもあるのか、強制的に視線が合わせられている感覚がした。
『世界眼』で魔王のステータスを確認したいが、目に魔力を集める動作をマヒロに察知される可能性が高い。最悪の場合敵対行動とみなされて戦闘になってしまうだろう。少なくともラティスネイルと夜の用事が終わるまでは我慢しておくべきか。
数歩進むとようやく玉座までが俺の『影魔法』の射程内に入った。おそらくマヒロの魔法陣の範囲内でもあるが、少なくとも一方的に殴られるだけではないことが確信できてそっと息を吐く。
俺が足を止めると横に並ぶ勇者たちも足を止めた。ラティスネイル、俺、勇者、京介の順で横並びになる。一段高い玉座に座る魔王と俺たちの目線がちょうど同じ位置にあった。謁見の作法など知らないためもしかすると無礼にあたるのかもしれないが、ラティスネイルもマヒロも何も言わないからこれでいいのだろう。そもそも、謁見の間に魔族領側が二人しかいない時点でこの場は正式なものではないのだろうし。
「それとおかえり。ラティスネイル、ブラックキャット」
「はいはいただいまー。少なくとも夜くんは死んでた方が良かったくせによく言うよ」
敵意を込めて発されたラティスネイルの言葉に肩の上にいる夜がびくりと体を震わせた。思っていたよりも直接的ない言い方に俺は一つ瞬く。魔王の視線がラティスネイルに向いて視線を逸らすことができるようになった。やはり何かスキルを使われていたらしい。魔眼の類だろうか? 少なくとも肉体を乗っ取る感覚はなかったが警戒しておくに越したことはない。
ブルート迷宮でマヒロと初めて会ったときのように、魔王は先ほど異世界から来た俺たちの名を正しく発音したが、俺が名付けた新しい名で夜を呼ばなかった。知らないはずがないだろうからわざとだろう。少なくとも全員が歓迎されているわけではないことが分かってよかった。好意に敵意を返すのは心苦しいから。
「そうかもしれない。そうではないかもしれない」
棘のあるラティスネイルの言葉に魔王がのらりくらりと返す。
親子の会話としてはそれが日常だったのかもしれないが、今のラティスネイルにそれは火に油を注ぐようなものだった。
「もういいよそういう子ども扱い。今日はあなたと喧嘩しに来たの」
「そう。初めての親子喧嘩だね」
「そしてあなたの企みを止めに来た。僕一人じゃ笑って本気にされないから、あなたが大嫌いな伯父さんが育てた暗殺者とあなたが大嫌いな勇者を連れて、話をするためにわざわざ謁見まで申し込んで」
癇癪を起した子どもを宥めるような言葉に徐々に怒りが湧いてきたのか、ラティスネイルは父親を睨みつける。
初対面の俺でも分かる。謀反を起こすような行動を取ってまでしたラティスネイルの覚悟は、いまだに本気にされていない。俺はまだ十七年しか生きていなくてどうしても大人側の目線には立てないけれど、そのかわりにラティスネイルの、子ども側の気持ちは痛いほどよく分かった。父親を止めるために家を出て、父の言葉が正しいのか確かめるために長い間世界中を見てきた覚悟を本気にされないのはかなり堪える。あの夜に飛行艇の甲板で聞いたラティスネイルの決意を思えば特に。当初俺たちが予定していた密かに忍びこんでの殴り込みではなく謁見を選んだのも、ほんの少しでも自分の話を聞いてくれるかもしれないという希望があったからなのだろう。
そっと自分の胸を擦って少し早くなった呼吸を落ち着けた。
「企み、ね。それは例えば、この世界の住民を触媒にして異世界へ侵攻することかな? それとも異世界人から命と魔力を奪い我が妻、ミスティ・エルメスを生き返らせようとしていることかな?」
分かっているだろうに、揶揄うような口調で魔王は首を傾げる。その仕草はラティスネイルとよく似ていた。だがラティスネイルとは違ってその目に温度がない。どこかで同じような目を見たことがある気がした。本当にそれは娘に向ける目か?
「そのどちらもだよ。ねえ、真剣に話をして。……その馬鹿げた計画をやめる気は?」
「ないよ。君がなんと言おうとも。そもそも君に望むこともないしね」
「この大陸で生きる何の罪もない同胞がどれだけ死ぬか考えたとしても?」
「考えたとしても、だ」
ダメだ。魔王の決意は固いらしい。ラティスネイルがどれだけ言葉を尽くそうと考えを変えることはないだろう。
魔王の計画が進めば、当たり前ながら勝手に生贄に捧げられそうになっている他の種族は抵抗する。俺たちがここで死んで口封じされたとしても、船で待っているアメリアからエルフ族、リアやノアから獣人族、ジールさんやアマリリスから人族へ魔王の計画は伝わるはずだ。最悪待っているのは神話の再現、魔族対他の種族の全面戦争。いくら魔族が魔法に長けていたとしても数では圧倒的に負けているため魔族側にも死傷者も出るし、神話ではヴォルケーノ大陸に追いやられただけだが今度は魔族の鏖殺も有り得るかもしれない。だがそんなこと魔王には承知の上なのだろう。確かに『笑っちゃう』な。この計画に反対していないらしい十魔会議の連中も狂っているとしか言いようがない。
それにしても、禁忌を犯した神からの罰とはどの段階で下されるのだろうな。死んだクロウの妹を蘇らせようと考えた時点でノアはアイテルから目を付けられていたそうだが、そう考えれば魔王が妻を蘇らせるための計画を進ませているのはおかしくないだろうか。
ちらりと隣を見るがラティスネイルの表情は変わらなかった。飛行艇でも手段として拳が出てきたことを考えると元々分かっていたのだろう。ただ、その目は明らかに失望の色を浮かべている。たしかに一つの種族の王としては最悪の回答だ。これなら魔族という我が種族を守るためだと嘘を言われた方がまだ失望はしなかっただろうに。
と、ラティスネイルの言葉をただ流すだけかと思った魔王が少し体勢を崩して玉座に頬杖をつく。威厳のある王の姿が消えた。
「そもそも、君はミスティを知らない」
その瞳に相変わらず温度はないものの、会話をする気にはなったらしい。
確かラティスネイルの母は小さい頃に殺されたのだと聞いた。母の話をする父が好きだったと。母を伝聞でしか知らないということは、母親が殺されたのはラティスネイルの物心がつく前なのだろう。一体何百年前の話になるのか。
夜の体が強張った。夜は自分の中に魔王の妻の魂が入っているのだと推測していた。そして奇跡的に芽生えた自分の自我がどこまで自分だけのものか分からないのだと。もしも俺たちと旅をしたことで考えが変わったのだとして、出会った頃の夜の思考回路がほとんど魔王の妻のものだったのだとすれば……。
「だから何? お母様はあなたがそうなることを望んでいたとでも? 他種族を滅ぼすことを望んでいたとでも?」
「ああ、その通りだよ。ラティスネイル」
俺の隣でラティスネイルがひゅっと息を呑んだ。同じく俺の肩の上で夜が息を呑む。
夜は他種族を嫌っていた。おそらく俺がそれに当てはまらず、主として認められたのはドラゴンの姿の夜に勝利したこともあるが、そもそも召喚された異世界人であることが大きいのだろう。
となると、あの時カンティネン迷宮最下層のボス部屋で魔法陣が俺たちをエルフ族領へ飛ばしたのは夜の願いによるものだった可能性が高い。俺はエルフ族領に行く気などあの時点ではなかったしアメリアは言わずもがな。エルフ族であるアメリアを俺とわかれさせようと無意識にでも思っていたのかもしれない。もう済んだことだし結果的にエルフ族領へあのタイミングで行けたのはキリカの事を思うと最善だったので誰の願いだったのか考えないようにしていたが、そう思うと納得がいく。
ラティスネイルはゆるゆると首を振った。
「まさか、そんなはずがない! お母様は誰にでも優しい方だったってサラン伯父様が……! あなたも言っていたじゃない!」
「ラティスネイル、君は知らない。我が妻、ミスティ・エルメスは魔族以外の他種族が大嫌いだった。憎んですらいた。純粋に、見たこともない母を慕うお前を惑わせたくなくてサランも君に優しい嘘をついていた」
「嘘……」
「まあすべてが嘘というわけでもないよ。彼女は優しかったとも。魔族の同胞にはね」
「嘘!」
呆然とした表情のラティスネイルから拒絶の声が二人の間に落ちた。影が蝋燭の炎のように揺れる。
死者が生者に美化されて語られることは歴史をみてもよくあることだし、死者の汚点や欠点などは特に消される傾向がある。ラティスネイルが知っているのは死後に美化された母の姿であって母自身の真の姿ではなかった。そうでなくても幼いうちに母親を亡くした少女にその母親の悪点を吹き込む人などいない。
もしかすると魔王城に勤める者たちがラティスネイルを過剰に避けるのは、ラティスネイルがしたいたずら以外にも本当の母親の姿を言わないようにという配慮があったのかもしれない。上の者が避けるなら事情に詳しくない部下もそれに倣う。そうして正義の味方を自称するラティスネイルは今まで母に失望することなく嘘に守られてきた。
ただ、ラティスネイルはその美化された母の姿を信じてしまった。一切疑うことなく。