作品タイトル不明
第267話 ~激情~
「もちろん逃げるとも! さ、死にたくなかったら、走って!!!」
ラティスネイルの言葉で俺たちは迫りくる魔物たちとは反対の方向に足を一歩踏み出す。
「っラティスネイル!!」
と、その瞬間俺は先頭にいたラティスネイルの腕を引っ張り寄せた。
一拍後、どこからか降ってきた大柄な髭の男が俺たちの進行方向に着地する。
「なんだ、避けたのか。死ぬまでの恐怖の時間が増えて可哀想になぁ、お嬢!!」
「……へぇ、君か」
ラティスネイルが足を踏み出すはずだった場所に人間などすっぱりと両断しそうな大きな刃渡りの武器が音もなく地面に深くめり込んでいた。
一見長い柄の槍のようだが穂にあるのは細長い剣のような刃ではなくそれ以上に重く大きい。人族領では見なかったが獣人族領の武器屋で見たことがある。たしか大刀と呼ばれる武器だっただろうか。だがこいつが持っているのは柄の部分が通常の大刀より太く、持ち上げるだけでもかなりの力が必要になるのが見るからに分かるものだ。それをほとんど片手で軽々と扱うのだからこの男、只者じゃない。
「ブライス・オットー。十魔会議8番手の男だよ。武器は特注の大刀で、通常の大刀よりも数倍は重い。普通に武器で受け太刀をしてしまうと武器ごと叩き斬られるから気を付けて」
早口で説明されるラティスネイルの言葉に頷き、俺は“夜刀神”を抜いた。
飛行艇を襲ったダリオンやブルート迷宮で戦ったマヒロ、アウルムよりも十魔会議としての序列は低いが油断は大敵だ。
俺は『世界眼』でステータスを視る。
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ブライス・オットー
種族:魔族 職業:狂戦士Lv.84
生命力:40000/40000 攻撃力:38400(狂化時:64000) 防御力:19200
魔力:31050/32000
スキル:狂化Lv.7 筋力増強Lv.8 俊敏性強化Lv.7 怪力Lv.4
エクストラスキル:魔物操作
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ステータスを視る限りゴリゴリの脳筋戦闘タイプ。攻撃力が狂化時でほぼ倍に跳ね上がるのが珍しいくらいだ。
この世界、思ったよりもスキルや魔法のみで戦うマヒロのような戦い方の人間の方が少ない。結局最後に信じられるのは自分の体だけということだろうか。
「こういう時、真っ先に飛んで来るのはアウルムだと思ってたんだけどね!」
「戦闘狂小僧は残念ながら魔王様の願いで今日は僻地に行ってる。だからと言って、っこの俺に勝てるとでも!?」
頭上でブオンブオンと風を切る音を鳴らしながら大刀を振り回しブレなくピタリと止めると、大きな体と大刀をグッと低く構える。一歩でも動けば殺られる姿勢だ。相手の間合いが広いから避けて進むこともできない。建物に張られているという結界でおそらく屋根の上を伝っていくこともできないだろう。
前に魔族、後ろに魔物の大群。さて、どうする?
俺と京介、勇者はラティスネイルを囲むように武器を構える。
「国宝を複数無断で持ち出し、後継者としての勉強を放棄して他大陸を遊び周り、挙句の果てには王城のお膝元クルールにまで勇者を入れる手助けをした。だが魔王様はお嬢の行いを今回もお許しくださるだろうな。いつまでお優しい魔王様に甘えて好き勝手しているつもりだ?」
意外にもブライスは即殺ではなく言葉を選んだ。おそらく俺たちのことはすぐに殺せるという余裕からだろう。アウルムなら問答無用で戦闘に入るだろうに。
後ろから怒気が立ち昇ったのを感じ俺の肩の上で夜がピクリと反応する。俺の後ろにいるのはラティスネイルだ。
「お優しい魔王様、ね。……君たちがそんなだから、あの人はいつまで経っても現実を見ようとしない」
ちらりと肩越しに後ろを見ると、ラティスネイルは初めて見る顔でブライスを睨みつけていた。
「ミスティ・エルメスが死んでいったい何百年過ぎた? いったいどれほどの時間を無駄にした? そんなだから寿命が短い人族に技術で負けるんだよ。かつての技術大国が聞いて呆れる。ずーっと立ち止まったまま後ろばっかり見てる王様を諭すこともなくいつまで肯定し続けるわけ!?」
ラティスネイルの足元から門の所で見たものと同じ紫色の水が大量に溢れ出す。ともすれば味方の俺たちの足元も崩しそうなほどの水量がラティスネイルを中心に荒れ狂った。
「僕は王の娘として民が、魔族が滅びない道を探す。これは僕から魔王への宣戦布告だ。君たちは僕が魔族領を救うさまをその泥船が沈んでいく中で見ているといい」
ラティスネイルの激情を表すように、台風の時の河川以上に激しい勢いで流れ込んだ水がブライスの構えを崩す。
膝ほどの高さでも水が勢いよくぶつかれば筋肉自慢の大男でも耐えられず流されていくと聞いたことがあるが、身長ほどの水に押されれば魔法やスキルで強化されていても耐えられないものらしい。
「ぬうっ!?」
「8番手の君ごときが僕に敵うわけないじゃ~ん。一昨日出直してきなよ」
大量の水に抵抗しながらも徐々に後退していくブライスにラティスネイルがひらひらと手を振った。後ろを見ると、背後に迫ってきていたはずの大量の魔物たちもすべて流されていっている。相対して剣を構えていた京介たちはその様子をぽかんと口を開けて眺めていた。
「へへん! 僕を見直したかい? アキラくん!」
「ああ。……最後に油断しなければ最高だったな」
紫色の水を、赤い光が一閃する。
こういうとき、モーセのようにと言うのだったか。水がぱっくりと左右に分かれ、その先に赤い魔力を全身から立ち昇らせたブライスが大刀を上空に掲げていた。
「ありゃぁ~。僕が家出する前ならこれで決着がついたんだけどな~」
「何年家出してたかは知らんが、今のあいつは間違いなくお前よりも強いぞ」
おそらく水に流され、足が地面から離れる前にスキル『狂化』を使用して自身の攻撃力を引き上げ、下から上へ大刀を振り上げた。
たったそれだけの動作で魔物をも流してしまったこの大量の水に対処してしまうのだから規格外にもほどがある。
「あれで8番手か。先は長いな」
『影魔法』を纏わせた“夜刀神”でラティスネイルに振り下ろされた大刀を地面にいなす。もしも素直に受けていれば両腕が粉々になっていたかもしれないほどの力に、大刀の刃の部分がすべて地面にめり込んだ。
「グオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!!」
狂化時のデメリットなのか、言葉はなくただ獣のように雄叫びを挙げるブライスに、ラティスネイルの肩を後ろに押す。
「……だが、こちらも急ぐんでな。押し通らせてもらうぞ!」