作品タイトル不明
第265話 ~城下町前~ 佐藤司目線
飛行艇から再び魔族領の大地に降り立った俺たちは晶が夜中に確認してきた道を順調に進み、二日目の今日中には魔王城に一番近い街へたどり着けるほどの地点まで進んでいた。ここまでは予定通りだ。
野営で使っていた布団代わりの外套を叩いて細かい砂を落とし、身に着ける。向こうの世界では生まれてからずっと室内のふかふかのベッドで寝る日常を送っていたのに、もう硬い地面で眠ることに慣れてしまった。今の野営生活の方が日常なんじゃないかなんて考えも浮かんで思わず苦笑する。
「よしみんな、そろそろ出れそうか?」
薄暗い岩の中で、自分が担当している共有荷物を整理し終わった俺は立ち上がって周りを見回した。
昨夜、晶の提案で3メートルはありそうな大きな岩を二つほど魔法でくり抜いて簡易的な拠点とすることで、テントを立てることなく野営をすることができた。ヴォルケーノ大陸は今まで俺たちがしてきた野営地のように背の高い木々が一切ない以上、紛れるような色にしても人工物は逆に目立ってしまう。それが岩を削るだけで、光源がないこの地では十分に隠れられる場所になるのだ。姿を隠すための魔法も必要なく、魔力もほとんど使わずに周囲の気配だけに気を配っていればいい野営はともすると“死の森”や、まだ野営初心者だったレイティス国から大和の国へ行く道中で経験したどの夜よりも楽だった。経験の差だろうか。晶のこういう機転の利く発想力が、俺がこの世界に来てから実感したこいつには勝てないと思う要素の一つだ。まあ今は勝てないだけなので追いつく気満々だが。
周囲を警戒しながら岩から出れば、今回の旅路の紅一点でもう一つの岩を一人で使用していた魔王の娘、ラティスネイルさんがすでに外で俺たちを待っていた。
マリの美男美女コンテストの際に出会った彼女をはじめは警戒していた俺たちだったが、次第に彼女の明朗闊達な性格を理解して今は和解している。まあ彼女がどうして今同行しているのか俺は知らないけれど。父親との関係がごたごたしているのは察することができたがおそらく詳しく説明されても父も母も兄もいていい家庭環境で育った俺からは何も言えないだろうからこのまま何も知らないで良いと俺は思っている。晶は把握しているようだし、問題はないだろう。
晶といえば、元々俺たちが晶に無理矢理ついていっているような雰囲気だったがここにきて今まで自分一人やアメリアさんたちと決めていたことを俺たちにも確認を取るようになった。俺たちを尊重しているというか、仲間だと認めているような言動に思わずにやけそうになったのは一度ではない。場面が場面だったが俺の名前も呼んでくれたし、晶が俺を認める日も近いかもしれない。
「おい、あまり離れるなよ晶」
そろそろ一番近い街に到着するかというところまで来たとき、不意に俺の後ろを歩いていた朝比奈くんが後ろを向いてそう言った。振り返ると、一番後ろを歩いていた晶がなぜか立ち止まってさらに後ろを見ていた。最後尾を歩いている晶の後ろには誰も居ないし視界いっぱい岩しかないが一体何を見ているのだろうか。
「なんかあったのか?」
「いや、すまん。なんでもない」
様子のおかしい晶に首を傾げる。
最後尾の三人が立ち止まったので先頭のラティスネイルさんがそれに気づき、全員が止まった。
「アキラくん、休憩するかい?」
いつの間にか晶を名前で呼ぶようになったラティスネイルさんが少し声を張って最後尾に問いかける。
彼女が晶の名前を呼ぶ度にサラン団長を思い出すのだが、血縁者だと分かったからだろうか。
「……いや、いい」
「う~ん、でも休憩しておこう! これから城下町に入るにあたって忠告したいことがあるし!」
じゃあ何で聞いた? という顔をする晶を後目に俺と朝比奈くんは慣れたように水筒を取り出して近場の岩に腰かけた。次にいつ休憩できるのか分からない以上、疲れていなくても体を休めるのは大切だ。
空を飛行中の空挺船に飛び乗るという予想外のことをしでかしてきたラティスネイルさんは晶が相当お気に入りのようで、たまにこうしてからかいのような、いたずらのようなことをする。今まで見たことがなかった晶の表情が見れるようになってかなり面白いが、おそらく俺が笑ってしまうとそれ以降晶はラティスネイルさんの問いかけに反応しなくなるだろうから、かなり頑張って我慢している。
『してラティスネイル様、忠告とは』
「あー、君たち田舎ってわかるかい? それか村とか。あ! もし知らなくても無知を馬鹿にしているんじゃないからね! 僕が知っている限りの君たちの旅路では大きな街しか通っていないようだったから念のため聞いておきたくて」
眉を寄せるラティスネイルさんの問いかけに頷く。
脳裏に浮かぶのは山と山の間にある広大な田んぼとその田んぼや畑をいくつか挟んでぽつぽつと建つ瓦屋根の家々。修学旅行の移動で使用した新幹線の中から見えた景色だ。いや、この大陸全土が活火山のようなヴォルケーノ大陸で田んぼとか畑ははないか。海外基準の田舎はさすがに分からないな。田舎と草木は切っても切れない感じがするんだけれど。
「意味としては分かる。つまりは人口が少なくあまり建物がない場所で合っているか? 街の対義語的な。そんな場所が城下町?」
確かに、田舎というのは悪く言えば何もない所を想像する。SNSでは近くのスーパーに行くのに自転車どころか車がないと行けないと聞くが本当なんだろうか。
「そうそう。これから僕たちが入る魔王城城下町、クルールは魔王城で働く人の家族しか住むことを許されていない場所でね。住民全員が顔見知りなんだ。外からの人間なんてすぐにわかる。特に僕たちなんて見るからに他人同士だから傍から見ても新人の家族じゃないって丸わかりなわけ」
ああなるほど、そういう意味での“田舎”か。確かに田舎はご近所ネットワーク以上に情報の広がりが早いと聞いたことがある。
「魔王城はそんなに人が少ないのか」
「少数精鋭と言っておくれよ~。僕が小さい頃は兵士が城内にも城下町にもたくさん居たから城下町に住む人もそれなりに居たんだけど、今の魔族は魔王の元に統一されているからね。敵がいないのなら兵がいる意味もない。それでけっこう解雇されて、残った兵は十魔会議の部下のような位置にいるからクルールの住民の数も少ないんだ」
晶の言葉にラティスネイルさんが大げさに両腕を広げて首を振った。
つまりは前は大陸内もしくは城内に敵が居たという事だろうか。晶の話では魔族は血を流すことすら珍しいそうだが。
「おまけに今の門番は鑑定と看破系スキル持ちだってさ~。モルテみたいにすんなり街に入れないみたい。さ、アキラくんどうする?」
俺も確認したが、城に入るには城下町を通ることが不可欠だ。正真正銘魔王の娘で魔族のラティスネイルさんや猫の姿の夜さん、姿を消すことができる晶は問題ないだろう。ただ、そういう手段を持たない俺や朝比奈くんは間違いなく門番に止められる。
今の魔族は“勇者”という職業の人間を見つけ次第殺そうとすると船の上で夜さんに聞いた話が現実味を帯びてきて思わず手を震わせた。今まで俺たちが倒してきた魔物とは違ってここからは人間同士の戦いになるだろう。俺は自分を殺そうとする人間相手に剣を抜けるだろうか。
くそ。せっかく晶に対等な仲間として認められるくらいの関係を築けたのに、こんなところで足を引っ張るわけにはいかない。そもそも今負けて晶の下についているような関係になっているのも俺のプライドが許さないというのに、更にこれ以上の後れを取るわけにはいかない。
ラティスネイルさんの言葉に晶は俺たちの前に指を二本立てた。
「一つ、お前と京介を俺たちの万が一の退路を確保するためにここに配置していく。少なくとも昨日までの野営方法で潜んでいれば敵に見つかることはないだろう。二つ、魔王城へ伝令が行く前に街を全速力で最短距離を駆け抜ける。こちらは戦闘になる可能性が高い。……お前らはどうしたい?」
“置いていく”と言わずに“配置していく”か。晶にしては珍しく言葉に気を遣った提案だった。だが俺の心はもう決まっている。
俺は朝比奈くんと顔を見合わせて頷いた。
「「もちろん、最短で駆け抜ける!」」
二人分の力強い言葉を最初から分かっていたように晶は頷き、ラティスネイルさんはどこか羨ましそうに俺たちを見ていた。