作品タイトル不明
第263話 ~いざ!~
ラティスネイルと夜の甲板で握手を交わした翌日、俺が確認してきたルートとクロウの記憶を照らし合わせて問題ないことが確認できたため予定通り俺たちは魔王城へ出立することになった。
ルートの確認は真夜中でしかも『気配隠蔽』を使用しながら通ったからおそらく誰にも俺の存在は感知されていなかっただろう。遠目にだが、魔王城も見てきた。“魔王城”と呼ばれているからにはおどろおどろしい真っ黒で大きな髑髏がついているような城をイメージしていたし、獣人族領で見た魔王城という題名の絵画がまさにそれだったのだが、実際の魔王城はレイティス城のような清廉な雰囲気の城だった。噂も当てにならないな。
いつものように武器の手入れや数を確認し、甲板に出るとすでに勇者たちとリンガたち三兄妹とアメリアが待っていた。
「じゃあ、留守の間は頼む」
「……ねえアキラ、やっぱり私も行きたい。ダメ?」
俺がアメリアに言うと、昨夜からどこか様子がおかしいように見えるアメリアが駄々をこねるように言った。目だけで見上げるような上目遣いに涙が零れ落ちない程度にうるうると潤んだ瞳。頬は少しばかり赤く色づいていて、白魚のような細い指はきゅっと胸の前で組まれていた。全体的に雰囲気が危ない。というかアブナイと言うべきだろうか。
視界の端では見送りに来ていた和木と七瀬が顔を赤く染めて目を逸らし、セナがソノラの目を塞いでいた。そうなるよな。俺も海外の映画で突然始まった成人向けのシーンに思わず唯の目を塞いだことがあるから気持ちは分かる。問題は未成年の目を塞ぎたくなるような光景が現実で、それが俺に向けられていることなんだが。
現実逃避するかのようにわずかに視線を逸らしたのがバレたのか、アメリアの手がそっと俺の頬に添えられる。
「アキラ」
魅了系スキルを持っていないはずなのに魔法でもかかっているかのような甘い声に導かれそちらを向けば、とろりと溶け落ちそうな深紅の瞳と目が合う。
「おねがい」
「……ダメだ。アメリアは船で待っていてくれ」
それでも俺は首を横に振った。
キラキラと輝いていた瞳が一瞬で翳るが、それでも俺の考えは変わらない。
「私を、守るため?」
その硬い声に俺は首を振る。
「アメリアは守られるだけじゃないだろう? 魔王と戦って生き残ってもこの大陸から出るためにはこの船が無事じゃなきゃならない。だから、俺の代わりにこの船を守ってくれ。アメリアになら任せられる」
狙われているアメリアを魔王に会わせたくないという気持ちも確かにあるが、俺が不在の間狙われるかもしれないこの船を守ってもらわなければならない。というか俺なら確実に退路を狙う。ノアの魔法で船全体がはっきりとは見えないようになっているとはいえ、魔法全般に反応する魔族の特殊な目のせいで確実に安全とは言い難い。ラティスネイルもよく見れば何かあるとわかると言っていたし、初めて見たはずのソノラもなんとなくわかるとスムーズに乗り込んでいた。サラン団長のような魔眼持ちはそういないと思うが用心するに越した事はないだろう。
だからこそのアメリアだ。アメリアの『重力魔法』なら直接姿を見せなくても遠隔で相手を海に叩き落とすことができる。
「……私が弱いから、私を守るために遠ざけているわけじゃないのね?」
「アメリアが弱いわけないだろう。そもそも守るのに遠ざけてどうするんだよ」
だって俺とアメリアが戦っても近づく前にぺしゃんこだぞと笑うと、ようやくアメリアは安心したように笑ってくれた。
どうやら何か勘違いしていたらしいが、変に拗れる前に誤解が解けて良かった。
『ゴホン! どうやら仲直りができてなによりだがな主殿。そろそろ出発せんか?』
いつの間にか俺の肩の定位置にいる夜がわざとらしく咳払いをして言った。
変な色気の出ていたアメリアを見て動揺していた和木や七瀬ははいはい、いつものねとでも言うように勇者たちの手荷物の最終確認をしていたし、京介と勇者はこちらに興味がないように二人で話し込んでいる。俺たちの様子を固唾を飲んで見守っていたのは俺たちと共にきて日が浅いソノラたちだけだった。セナがしていたソノラの目隠しは今は外れているものの、いつでも隠せるようにセナはソノラの後ろに立っている。
「ああ。待たせて悪い」
「いや、もう慣れたから構わない」
「そうだな。もう慣れた」
待たせてしまっていた勇者たちに謝れば、なんてことないように返されてしまった。
慣れるほどいつもこんな感じだっただろうか。
「なるほど、では私たちも慣れなければなりませんね、兄様方」
「慣れる必要あるのかな〜。まあ幸せそうでなによりだけど」
「郷に入っては郷に従えというだろう、セナ」
「げ、リンガまでそんなこと言うのかよ」
三兄妹がわいわいと緊張感なく騒ぐのを尻目に船の中からラティスネイルとノアが甲板に出てきた。
「遅くなってごめーん! 僕たちで最後?」
「愚息は体調が悪いそうだ。今リアとアマリリスが様子を見ている」
俺よりもレベルが高いアメリアの『世界眼』によると、クロウの寿命はあと数日で尽きてしまうらしい。獣人族は年齢が外見に出ず、老化が始まると一気に体のガタがくる。魔族領に着いてからクロウは、日を追うごとに死へと足を進めていた。
「アマリリスは何か言っていたか?」
「そういえばお前に伝言を頼まれたな。確か“適合するかどうかは分からない。最善は尽くす”だそうだ。何のことかは分からんが確かに伝えたぞ」
「ああ」
あとはクロウ次第だろうな。
先に行ってるぞ。
「んじゃ、行くか。船は頼んだ」
「アキラ、どうか無事で!」
アメリアの声に手を挙げて応え、俺たちは船を飛び降りた。
「目指すは魔王城。魔王の企みをやめさせ、元の世界に帰るための方法を聞き出す!」