作品タイトル不明
第262話 ~夜の甲板にて~
「や、おニーサンちょっといいかな?」
その日の夜、昼の場で宣言したようにマスターとの取引で入手した魔王城への道を確かめに行こうと甲板へ上がれば、そこにはラティスネイルが待ち構えていた。
「……」
「まーまー、そんなに不満そうな顔せずにさ~。夜は長いんだから、ちょっとくらい僕に時間をくれても良くないかい?」
夜が長かろうと短かろうとアメリアや夜になら喜んであげるんだがそれ以外は却下したい。
口調こそ軽いがラティスネイルの顔は真剣そのものだった。俺は渋々ラティスネイルの隣に並んで真っ暗闇の海を眺める。生憎の新月で、反対側の魔族領側も真っ暗な岩肌と遠くにみえるわずかな街灯りしかないのだからどこを見ても同じようなものだ。
「さっさと本題に入ってくれ」
「もー、ムードってものがないなー。あ、待って! 冗談だよ! 視界が暗いからせめて雰囲気でも明るくしようと思ってだね!」
頬を膨らませるラティスネイルに、船から降りようと魔族領側へ行こうとするが慌てて止められた。
「俺も暇じゃないんだが?」
「分かったってば! 明日魔王城へ向かうんだろ? ってことは何事もなければ明後日くらいには魔王とご対面するわけだ。そのときに君に頼みたいことがあるんだ」
北半分が吹き飛び、三日月の形になった魔族領は他領と比べて面積が小さい。端から端までならばともかく、飛行艇が主に飛んでいる沿岸部から中心部の魔王城へは一日か二日でたどり着ける距離だった。馬車なんかを使えばさらに早いだろうが生憎と徒歩移動だ。だからさっさとルートを確認して休みたい。
「なんだ。聞くだけ聞いてやる」
回りくどいラティスネイルにだからさっさと話せと促した。
「お父様と話すとき、僕の味方をしてほしいんだ」
「味方?」
「そもそも僕が魔王城を出たのは、お父様の周りが意見はしても根本的なところはイエスマンばかりだったから。城内で唯一反対してる僕の味方が欲しかったってとこもあったんだよ。まあ家出して世界を見たかったってのが大半の理由なんだけどね~」
「……魔族、いや十魔会議は魔王の計画に全面的に賛成しているのか」
他の人間を生贄にして妻を蘇らせたいという馬鹿げた計画に賛同する者がいるとは思わなかった。てっきり大多数には秘密にしてマヒロやアウルムのような魔王に近い者にしか明かしていないのだとばかり。
「そうなんだよ。まあ魔族としてもいい所だけ見れば利がある話だからね。そもそも反対しそうな魔族はお父様が魔王として即位した段階で何かしらの理由を付けて城から追放されているし」
ぼやくラティスネイルに俺は一人納得する。
おそらくNo.7のマスターもそのうちの一人だろう。どおりでモルテなんて辺鄙な場所に店を構えていると思った。繁華街で他にも飲み屋がないわけではないが、元城勤めのエリートが店を構えるのには雰囲気が合っていないだろう。
「それで良く魔族領を統治できてるな……」
「まあ、魔族は人口が少ないからね。寿命的にも気が長い人が多いし。人族領ならこうはならなかったと思うよ」
周りを自分に逆らわない者ばかりで固めた為政者がうまく国を治められた例ってあっただろうか。圧政を敷いているわけじゃないから治められているのか? モルテの繁華街側を歩く魔族たちも飢えているようには見えなかったもんな。どちらかと言うとレイティス国城下町の暗がりの方がモルテの貧民街に近い。
「ちょっと待て。魔族としても利がある?」
「あー、うん。そのぉ……」
大虐殺が利に繋がることがあるのかとラティスネイルに尋ねるが、彼女は言いにくそうに真っ暗な海に視線を投げた。
「君も知っての通り魔族はこの世界の嫌われ者なんだ。人間が住むには向いていないこの大陸に追いやられた神話よりも前の時代からずっとね。だから、長く生きる中で他種族への報復と魔族の地位向上の機会を虎視眈々と窺っていたんだよ」
海が目の前に広がっているというのに波の音さえも聞こえない静かな上空で、ラティスネイルの言葉だけが響いた。
「もしも、もしも母さんの蘇生が成功すれば、その生贄でこの世界に生きる魔族以外の種族は消える。そうすれば今まで望んでも手に入ることがなかった人族や獣人族なんかの豊かな大地が、この世界すべてが魔族のものだ。自分たちを勝手に嫌い、あることないこと好き勝手言う他の人間はもういない。……上手くいけば君たちの世界の技術や土地も手に入るかもしれない」
いや、いくら魔法があるとはいえ無理だろうと俺は思わずラティスネイルの横顔を見やった。
幸運にもこちらの世界に銃などの兵器は存在しないようだが、赤ん坊でも引き金さえ引けば人間を殺すことができる銃と、魔力という才能や魔法という技術を磨かなければ行使できない魔法では圧倒的に前者の方に軍配が上がるのだ。個人の身体能力は確かにこちらの世界の方が高いかもしれないが、爆弾やライフルを防げるとは思えない。もしあちらの世界に侵攻できても魔法を使う前に撃たれて終わりだろう。国どころか世界を征服するには魔族だけでは圧倒的に力が足りていない。
よくアニメで銃を魔法で濡らしたり凍らせたりで対抗しているのを見るが実際はどうなんだろうな。障害物の有無や使用者の魔法練度にもよるのか?
「随分と楽観的なんだな。俺たちの世界の技術をいくらマヒロから聞いていたとしても異世界だぞ? 人口も技術も圧倒的にあっちが上だ。やり返されて全滅するのが関の山だろ」
「分かってる。だけど長年抑え込まれていた魔族の不満はもう止められない。魔王を倒して僕が後を継いでももうどうにもならないんだ。例え君たちの世界に滅ぼされるとしても、手に入るかもしれないものに欲をかいて止まらないだろう」
おそらくソノラが地下室で言った言葉の返答がこれなのだろう。ラティスネイルが魔王になってももう魔族は止まらない。その段階まで進んでしまっている。
「だから俺を味方につけて魔王に反旗を翻すってか?」
「……僕はね魔族領が、魔族が好きだよ。他種族で言われてるような悪の権化ではないし化け物でもない。ただの人間だ。人の命をどうとも思っていない魔族も居れば優しい魔族もいるし他人の死に痛める心もある。僕は僕に優しくしてくれた人たちに死んでほしくない。幸せに寿命まで生きていてほしい」
“言霊”という言葉がある。言葉には力が宿っており、口にした言葉は本当になるという考えだ。極端な例を挙げるとするのなら、「今日は幸運だ」と言えば幸運が舞い込み、「今日は厄日だ」と言うと災難ばかりに見舞われる。そして、それは他人が口にした言葉にも適応される。
その考えからすると、長年大陸中から“悪の権化”や“化け物”なんて呼ばれていた魔族は一体どうなるのか。
「僕は魔王の計画を止めたい。だけど僕一人ではもうどうにもできない。だから力を貸してほしい。僕の味方をしてほしい」
「魔族はもう止められない所まで来ているんだろ。どうやって止める気だ?」
船の縁に寄りかかっていたラティスネイルは俺がそう問うと、ゆっくりと体を起こして俺に向き直った。
そして拳を握る。
「止められないっていうのは回りくどくて穏便な手段だったらの話さ!」
握った拳を突き出し、いつものようににっこりと笑った。
「話し合いで解決しないならあとはもう一つだけ! 殴ってでも止める! とりあえず魔王と十魔会議は全員! お母様もお父様と意見が対立したときはそうしてたんだって聞いたよ!」
まさかの夫婦喧嘩は暴力。だが、それが一番手っ取り早いのを俺は良く知っている。
それで俺たちの世界への侵攻を諦めてくれるのなら御の字だな。その上そのまま俺たちを元の世界に戻してくれれば言うことはない。
そう上手くいくわけないだろうけど、やる価値はあるか。
「僕と一緒に戦ってくれないかな?」
ラティスネイルは目の前に突き出した拳を広げて手を差し出す。俺はその手を握った。
「わかった。魔王と戦闘になれば俺はお前に加勢する。その代わり戦闘前に夜と魔王が会話をする機会を与えてやってほしい」
「僕も夜くんにはお世話になったからね! うん! 分かった! よろしくね、アキラくん!」
初めて呼ばれた名前とその笑顔にサラン団長の姿が重なった気がした。