作品タイトル不明
第248話 ~計画~
食事が終わり食器類を片付けた後、俺たちは前の時と同じく船内のおそらく会議室として使うようにノアがつくった広めの部屋に集合した。おそらくこれからも会議室として使用していくことになるだろうからそのまま会議室と呼ぶことにしよう。
「さてと、ん~どこまで話したっけな~」
椅子に座る俺たちの前に立つラティスネイルが頬を掻く。
「確か、サラン団長が魔族であなたの叔父で、魔王が奥さんを人族に殺されたから生き返らせようとしている。というところまでかと」
「あっ! そうだそうだ! 流石はあの魔族一の変人と名高い叔父さんの補佐を務めていただけはあるね!」
ジールさんが前のラティスネイルの話を簡潔にまとめ、それに対してラティスネイルがぴこんと指を立てる。
ラティスネイルからの褒めているのかどうか分からない言葉にジールさんは複雑そうに笑った。
そういえば前に話が途切れてしまったのは俺たちが禁忌の三つ目で動揺してしまったからだったな。
「あれからよく考えてみたんだが、蘇らせるにしても方法がないだろう。私でさえ断念せざるを得なかったんだぞ」
腕を組んでノアが言う。その言葉にクロウが目を丸くした。
おそらくノアが蘇らせようとしていたのはクロウの妹で自身の娘であるアリアだろう。“死の森”でノアと再会した時、クロウはノアがアリアについて何も言わなかったことに憤っていたが、ノアはノアで方法はともかくクロウに相談もなく自分なりに手を尽くしていたらしい。
本当に似た者親子だな。アメリアの家族といい、この世界の家族は話し合いができないのか?
方法がないと断言するノアに俺はどこかで聞いた話だなとクロウを見た。
「手段はあるんだったか。クロウ」
それをクロウから聞いたのはウルクのホテルでだった。
大量の命を代償にスキル『引き換え』で一人の人間を生き返らせる。そのためにグラムが人身売買を行っている情報を手に入れ、獣人族と戦争を起こそうとしている者がレイティス国にいるのだと。
「……ああ、スキル『引き換え』の話か。だがそれはレイティス王の方で、魔王ではなかったはずだぞ」
「いいや、合ってるよ。なんせ、ちょっと前から父さんとレイティス王は同盟を結んでいるからね。一国を、一種族を預かる身でありながら二人とも私欲で同じことを目指してる」
静かに言うラティスネイルの言葉で、ヒラエスからの情報の裏付けが図らずもとれてしまった。
全員が黙って一人だけ立っている人物を見つめる。ラティスネイルはいつも浮かべている無邪気な笑みを消した。
「笑っちゃうよね」
ふと、無表情のラティスネイルの瞳が、船の見張り台で見た夜の怒りを孕んだ瞳と重なった。
「魔王とレイティス王は愛しい妻たちを蘇らせるために膨大な量の命と魔力を必要としていてね。アメリアが獣人族領で攫われたのは君の魔力と『蘇生魔法』、『魔法生成』が関係している。まあ、『蘇生魔法』と『魔法生成』はダメもとだろうけど。……そして、君たちがこの世界に呼ばれたのもその計画の一環だ」
ラティスネイルの藤色の瞳が異世界から来た俺たちを順にみる。そして最後にちらりとリアを見る。
勇者たちは今度はどんな情報が飛び出てくるのか、固唾を飲んでラティスネイルを見つめた。
「今回君たちが呼ばれた勇者召喚は特殊なんだ。魔族が開発した異世界から人を召喚する魔法陣は本来1人用なんだけど、今回はなんと28人も呼ぶことに成功している。普通なら有り得ないことだ。しかも術者はこの世界で最も魔力が少ない人族。最も魔力の多い魔族でも同じ人数を呼ぶのに数十人くらい、人族だと本当は数千人くらいは必要になる計算なのに彼らはたった数十人でやり遂げた。人族、レイティス国はこれを数百年前から密かに開発していた新技術によって大気の魔力を補充し使用したと発表しているようだけれど、魔力量的にそれでもまだ足りないはずだ。どうやって、その足りない魔力を補充したのか?」
俺以外の中で察しも頭もいい勇者だけが顔を青ざめさせる。おそらく膨大な命と魔力で人間を蘇生させたいという話が前提にあったから察しがついたのだろう。
視界の隅でリアがきつく杖を握ったのが見えた。
「そう、君たちの勇者召喚には多くの命が魔力として消費された。生贄として捕らえられた人たちの魔力を強制的に搾り取って、さらにはその生命力や体そのものさえも使って、君たちは呼ばれた。そしてその命の中にはそこにいるリアの家族もいた」
どこからか息を呑む音が聞こえた。
「すでに知っての通り、私の“守り手”の力は動くものに対しても結界を張ることができる特殊なものです。それを王家に養子に入る前に家族たちにもかけていました。……勇者召喚が行われたその瞬間まではみんな生きていたことは私が誰よりもよく知っています」
リアが縋るように杖を強く握る。
その背をノアが優しく擦った。
「晶は、これを知っていたのか」
「ああ。前にリアから聞いた」
俺に問いかけてきた京介も、勇者も他の面々も禁忌について聞いた時よりも顔色が悪い。知らないうちに自分たちの存在に他人の命が犠牲になっていたと聞いて良い気分にはなれない。先ほど済ませた夕食を戻さなかっただけまだましだろう。
アマリリスが俺たちに気分を落ち着かせる効果のある薬草茶を配ってくれた。それなりに苦いが、ごちゃごちゃしていた思考もすっと落ち着く。
おそらくこういう時に感情的になりやすい和木や上野を落ち着かせるためのものだろうと思う。勇者召喚に拒否権なんてなかった。俺たちはただ退屈な日常を過ごしていただけなのに、強制的に連れてこられたのだ。それは俺たちが一番よく知っているし、その召喚によって異世界の住人で犠牲になった人が存在していたなんて今更言われても困る。だが、被害者遺族がいる中でそれを言うのは良くないのだ。
「まあそういうことで、君たちが召喚されたってわけ」
「それは分かったが、勇者召喚と魔王はどんな関係がある? 人族による非人道的なただの実験ではないのか」
切り替えるようにぽんっと手を叩くラティスネイルにノアが手を挙げて発言する。
確かに、『引き換え』によって人を生き返らせようとしている話からは外れているように思う。生贄を必要とするという共通点はあるが、イレギュラーな勇者召喚がされたからなんだと言われればその通りだ。
「いや、これも母さんを生き返らせる計画の一環だよ。母さんを生き返らせるこの計画にはね、初期に致命的な問題が見つかったんだ。一人の人間を生き返らせるのに必要な魔力が、この世界の住人を全員『引き換え』の魔力として捧げてもまだ足りない。つまりは実質不可能なことだったのさ」
ラティスネイルによると、人間一人分の肉体だけを作るのなら材料さえ集めれば『引き換え』を使わなくても今の魔法技術でも可能だそうだ。だが一人の人間を蘇らせるには“情報”が足りないらしい。人間というのは生まれてから死ぬまで数多の情報を抱えている。たとえ魔王が、妻の生まれたその瞬間から四六時中片時も離れることなく一緒にいたとしても、感情や経験というのは受け取った人によって異なる。その記憶や経験といったその人の人格を構成している目に見えない情報を再現し、作った人間に植え付けるために膨大な魔力が必要となるらしい。つまり、人間もどきのホムンクルスを作るのは可能だが生まれてからの記憶や経験を有した生きた人間を生み出すのは難しいとのことだった。
それで不可能だったと考えて諦めてくれたら今俺たちはここにいないわけだが、魔王はそれだけでは諦めなかったようだ。
ラティスネイルは眉を顰める。
「でも、それはあることでカバーできることを思いついた。勇者召喚者、つまり異世界から来た者は例外なくこの世界の住人よりも基礎能力が高い傾向にある。基礎能力っていうのは生命力と魔力、攻撃力や防御力のことね。特に前二つは密接に関わっていて、さっき言ったように魔力が尽きれば本能的にそれを生命力で補うことができるんだ。逆に極端に魔力を消費した場合、生命力を魔力に変換することもできるってわけ。魔力も生命力も両方を使えば単純に一人の人間から本来の二倍の魔力が採れる。これが生贄の原理ね。だから、魔王はこう考えた。異世界者から主に魔力を取ればいい」
魔王は俺たちの基礎能力が高いことを個人の召喚特典などではなく俺たちの世界共通のものだと考えているらしい。だが俺たちの世界に魔法はなかった。一般人には秘密にされているということなら分からないが、少なくともこちらのように普段使いするような魔法は存在していない。ならば魔力がそもそもないと考える方が自然だと思うのだが、魔王は違ったらしい。マヒロという、どういうわけかこちらの世界に転生している魔族がいるため彼から俺たちの世界のことは聞いているだろうに、どういう考えでそうなったのだろう。
俺は嫌な予感を感じながらもラティスネイルを見つめて続きを促した。
「そこで改良した魔法陣でどれくらい異世界人を呼べるのか、実験として同盟国のレイティスに生贄を捧げた勇者召喚を試させた。魔族の方が魔力は多いけど、魔族領は昔初代勇者のせいで領土を半分を失ってるから魔族領でやるのは十魔会議で反対されたんだろうね。でも生贄を使った魔法陣でも召喚されたのはたった28人で、多分同じ数の生贄を準備して魔族がやればもっと召喚される異世界人は増えるだろうけどまあそれでも魔力が足りないんだよね。だから、君たちを足がかりに異世界そのものに目をつけた。幸いにもうちには異世界の魂を持った人がいるし、歴代の召喚者や禁忌から異世界の存在自体は証明されてるからね。レイティスで召喚された28人と、戦争の相手国の人の命を使って異世界へ侵攻。異世界の人の命と愛しの妻を『引き換え』る。これが、魔王の本当の計画だよ」
前に会議室で俺が取り乱してしまったあと、気持ちを落ち着かせるために出た船の甲板で勇者と京介ともしも俺たちが軛となってしまったらなんて話をしたが、まさにそうなるとは思いもしなかった。
「人の命を何だと思ってるんだ……!!! 俺たちはただの数字じゃないんだぞ!!!」
「人を徹底的に資源としか見ていないんだな」
激昂する勇者をよそに、俺は現実味のない壮大な計画に言葉が出ない。京介や七瀬、細山と津田も怒りや悲しみの表情を浮かべている。
一方で難しい話についてこれなかったらしい和木と上野が首を傾げた。
「えっとお……つまり?」
「つまり、君たちと君たちの世界の人を犠牲にして自分の妻を蘇らせようとしてるってこと。それと、もしも君たちを道として魔族が異世界へ侵攻した場合、一番最初に犠牲になるのは君たちの家族や友人だよ。こういうのは縁を辿っていくものだからね」
難しい部分を端折ったラティスネイルの説明を理解したらしい上野と和木が揃って小さく悲鳴を上げた。
付け足された部分に俺も思わず顔を顰める。
異世界に来てからただ帰ることだけを考えていたが、もしも母や妹が危害を加えられるかもしれない。それだけは、絶対に避けたい。
ラティスネイルから聞いた魔王の計画にはこの世界の禁忌、“死者を蘇らせてはいけない”にがっつりと抵触している。ノアは禁忌を犯した者はアイテルによって恐ろしい目にあうと言っていたが魔王はアイテルとしても粛清対象なのではないだろうか。
俺たちが魔王を止める前にアイテルが粛清してくれるだろうと楽観するのは少々軽率か。
「……なんにせよ、魔王が俺たちを帰す気がないことは分かったな。魔王城へは行かない方がいいか?」
使い道があるものを易々と帰すわけがない。魔王城へはマヒロの魔法陣目当てで行く予定だったが、俺たちがわざわざ罠にかかりに行くことになる可能性もあるということが事前に分かってよかった。
『主殿、少し二人で話がしたいのだがいいか』
どうしたものかと頭を抱える俺に、念話で夜がこっそりと言ってきた。
夜へ視線を向けると、俺を見ることなくラティスネイルを硬い表情でじっと見つめていた。ここで話す気はないらしい。
「……悪い。情報量が多いから先に休んでもいいか。少し頭の中を整理したい。マスターに会う時間の前には戻る」
着いて来ようとしたアメリアを手で止めて、俺は肩に夜を乗せた。
「ああ、もちろん。私も少し頭が痛い。アマリリス、痛み止めの薬はあるか?」
「うん。部屋にあるけぇ取ってくるね」
ラティスネイルからの情報もこれで終わりらしく、各々不安そうに話したり、頭を抱えたりと散り始めた。
日が沈み、小さい魔法石を利用した手持ちランプの灯りを頼りに自室に戻る。正直これがなくても部屋まで戻ることはできるが、今は光が欲しかった。
ヘッド横の小さな机にランプを載せると、夜は俺の肩から飛び降りてランプの隣に乗った。俺は椅子を引いて夜と顔を合わせるように座る。
「で、話ってなんだ?」