作品タイトル不明
第215話 〜晶班3〜 クロウ目線
「……私に何か?」
前方にはアキラが、後方にはアメリアがいる。そのため、ろくに動けもしない邪魔な老害は伝令役にでも徹するかと船の中央寄りに立っていると、次の警備担当のために休息をとっているはずの母親が船の中から出てきた。
「いや……いや、あー、そのだな……」
視線を逸らして、歯切れ悪く口ごもるノアに私は思わず目を見開いてその場にしゃがみ、下からノアの顔を見上げた。私の記憶の中にあるノアはいつもハキハキと話し、決して私から目を逸らすことがなかった。じっと見つめてくるその瞳には嘘がつけないとは幼馴染や他の知り合いにもよく言われていたことだ。
私が屈むと小さい頃と同じようにその小さな顔を見上げる形になる。どうしてか落ち着いてしまったその体勢は、私たちの関係を知らない人間が見ると兄の私が妹の話を聞いているように見えるだろう。実の親子だというのにおかしな話だ。そもそも、実の親子だというのにこうしてマジマジと顔を見たのはおよそ200年以上前になるだろうか。
「なんだ、腹でも壊したのか?」
からかうように言うと、拳が飛んできた。昔から手加減をされてはいるが暴力的な所は変わらないな。
ノアは一息つくと、意を決したように飲み込んでいた言葉を吐き出した。
「アリアからの伝言をお前に言わなくてはと思ってな」
アリアからの伝言というと、私たちが拠点としていた場所にリッターが設置していた魔法具によって、死んだはずのアリアとリッターが半透明の状態で現れた時に託されたのだろうか。
そういえばあの時あまり時間がないとのことで、リッターからは先代勇者として今代勇者に伝えるべきことを話していた。私は凄まじく脱線するリッターの話題を修正してやっていたため、アリアとは一言二言くらいしか話すことができなかった。アリアは私に、ただ許すと言った。アリアに対して私が思い悩んでいた、あの日『アドレアの悪夢』の時にそばにいてやれなかった事についてだろう。たった一言だというのに、あの時からの約100年の後悔の歳月が浄化されたようだった。
そういえば、私たちが話していた間にアリアはノアと何か話していた気がする。
「何を言われるのか見当もつかないんだが」
あの時、私に対して一番言いたかった言葉は直接聞いた。
「まあ、私が託された言葉はあの状況だと少し……あー、空気が読めないものだったからな。リッターの小僧ならその場で言っていただろうが」
気まずそうに目を逸らすノアに私はますます首を傾げた。なおさら訳がわからない。
コホンとわざとらしい咳払いの後、ノアはアリアを真似した高めの声を出した。
「『お兄ちゃん、いつリア様と結婚なさるの? 私待ちくたびれてしまったのだけれど。こちらに来る前にリア様と一緒になって幸せにならないと追い返しますからね』……だそうだ」
思わず、しゃがんだ体勢のまま頭を抱えてしまった。
え? 今俺妹に何言われた?
思わず子供の頃のような砕けた口調が出てしまう。
母親だからか、やけにアリアの真似がうまくて目の前で実際に言われたかのようだ。
「あー、私もそのセリフをそのままお前にいうのはどうだろうと言ったんだが、どうしても全文そのまま伝えろと言って聞かなくてな」
どこか同情したような声でノアが言い訳のように言い、私の肩を叩いた。
「いや、私とリアの年の差がどれくらいだと思っているんだ……それよりも私とリアはそんな関係では……」
今の私の年齢が295歳くらいだろうか。リアが生まれたのは『アドレアの悪夢』の後だから多分100歳もいっていない。およそ200歳の年の差だ。いくら外見年齢が変わらないため年齢差を気にしない獣人族といえど、200歳差は前例がない上に流石に親子どころか祖父と孫の関係でもおかしくはない相手を愛することができるかどうかだ。
おまけに私はリアの名付け親。リアにとっても親とまではいかずとも親戚のようなものだろう。
「……ないな」
少なくとも、老化が始まった老人相手だとリアの方が可哀想だろう。
私はアリアの勘違いだと自分を納得させて立ち上がった。
「いや、ずっとお前を見ていた女の勘を舐めない方がいいと思うぞ」
訳知り顔で呟くノアの言葉は聞こえなかった。
「用件がそれだけならあんたはさっさと部屋へ帰って休んだ方がいいんじゃないか」
いつもの調子を取り戻した私の言葉にノアがため息をついてバシッと私の尻を叩き、船の中に戻っていった。