軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

闇ギルドの煙草屋(2)

* * * * *

ギルド『宵闇の月』にハシバ・ルイ──……ルイ様が煙草屋を開いてから一月。

シルヴェストルの予想以上に煙草屋は繁盛していた。

朝、ルイ様と共にギルドに行くと既に煙草屋の前には列ができている。

ギルド職員やギルドに加入している者、噂を聞きつけたり知り合いから紹介されたりした者達が壁際に綺麗に並んでおり、こちらに気付くと手を振ってきた。

それにルイ様が軽く手を振り返しながら「おはよう」と声をかける。

「これから店の準備をするから、ちょっと待っていてもらえるかい?」

言いながら、ルイ様が口元に煙草を咥える。

それにシルヴェストルが火を灯すと、微かに目尻を下げて「ありがとう」と言われる。

何度もルイ様の煙草に火をつけているが、その度に感謝の言葉がかけられる。

シルヴェストルだけでなく、家の使用人にも毎回感謝の言葉を言うので、使用人達はルイ様のことをとても気に入ったようだ。

貴族は使用人に礼を言うことは稀で、ほとんどが『それが当たり前だ』と思う。

中には家具の一つに過ぎないと言う者までいる。

気に入らなければ替え、問題がなければただ使い続ける。

だから貴族の大半は使用人達の名前を覚えない。

しかし、ルイ様は使用人達の名前を覚え、挨拶や雑談をして、感謝も伝える。

いつもの大きな箱をテーブルに置き、傾ければ、ルイ様が「ああ、ありがとう」とまた言って、中から束になった煙草を取り出していく。

毎日、店に来て煙草を並べ、店仕舞いで煙草を片付ける。

少し手間だが、そうしないと煙草はあっという間に盗まれてしまうだろう。

それくらい煙草は人気が出ており、毎日両手の数では足りないほど客が来ている。

安いものでも大銅貨二枚、最も高いものは大金貨一枚。

よく売れているのは大銅貨二枚のものだが、好みや収入によっては銀貨数枚のものも売れる。『宵闇の月』ギルド長のマグナス・バレンシアも週に一、二度買いにくる。

煙草を並べ終えるとルイ様が客達に振り返る。

「はい、お待たせ」

店全体にルイ様の吸う煙草の甘い香りが広がった。

ルイ様は十種類の煙草を売っているけれど、自分の吸っている煙草は売らない。

客に訊かれる度に『これはわたしだけの特別なんでね』と言って笑うばかりで、どれほど売ってくれと言われても出さなかった。思えば、ここに初めてルイ様を案内した日にマグナス・バレンシアに渡した煙草は、いつものものとは違っていた。

……それはこだわりらしい。

ルイ様の煙草はまるで菓子のように甘く、少し苦く、煙草特有の香ばしさがある。

特別だと言われると皆、気になるようだが、ルイ様はどれほど金を積まれても頷くことはなく、あまりにうるさいと『しつこい男は嫌われるぞ?』と微笑む。

ほとんどの者は煙草が手に入らなくなることに恐れ、黙ってしまう。

ちなみに店の横の壁の前で客が一列に並んでいるのも同じ理由だ。

当初、客が増えた時に全員が店に詰めかけた。

全員が我先にと小さな店の前で騒いで、押しかけて、シルヴェストル一人ではどうしようもない状況だったのだが、その際にルイ様はたった一度だけ手を叩いた。

だが、その音は驚くほどよく響いた。

そうしてルイ様は言った。

『煙草を買えるのは並んだ客だけだ』

特に大きな声ではなかったのに、静かなそれは全員の耳に届いた。

普段と変わらない声で、怒りも悲しみも、苛立ちすら感じられない。

それなのにルイ様が不快さを感じていることだけは確実に伝わった。

以降、客達の間で周知されたのか、綺麗に並ぶようになった。

「おはよう、ルイ。今日は『四番』をくれ」

「おはよう。いつものでなくていいのかい?」

「ああ、昨日はよく稼げたから、少しいいものを吸いたくてな」

「それはよかったねぇ」

ルイ様が煙草の小箱を差し出し、客が銀貨を一枚置く。

客が煙草を取ろうとして、ふとその小箱の上のマッチ箱に気付く。

ルイ様はニコリと微笑み、自分の煙草を灰皿に入れた。

「あなたに今日もいいことがあるよう、祈っておくよ」

微笑むルイ様に客もニッと笑う。

「ああ、ありがとな」

そうして、客は上機嫌で煙草を持って離れていった。

客達は一人だったり二人だったり、中にはパーティーで来ている者達もいた。

ルイ様は客達に煙草を売っていくものの、未成年には絶対に売らない。

未成年が来ると『もう少し大きくなってからおいで』と煙草に似た菓子を一本渡す。

シルヴェストルも以前、一本もらったことがあるが、甘く、噛むとカリッとしており、口の中で溶けていくような不思議な食感の菓子だった。煙草に似た小箱に入っていて、どうやら、それも【称号】の能力で出せるようだ。

「おはよう、ルイ。いつもの『九番』をお願いできるかしら?」

「ああ、おはよう。……おや、今日は口紅の色が違うね? 普段の色も大人っぽくて素敵だけど、今日の色は柔らかくて花びらみたいだ」

「あら、気付いてくれて嬉しいわ! これから大仕事があって、気分を変えたかったの」

「よく似合ってる。あなたの仕事が上手くいきますように」

また、ルイ様が煙草にマッチ箱をつけて渡す。

壁際に並んでいる客達からは手元が見えないため、客が言わない限り、おまけがついているかどうかは分からない。

斜め前で椅子に座っているシルヴェストルからはよく見えるが。

「ありがとう」

客の女性が片目を瞑ってルイ様に微笑み、煙草とマッチ箱を懐に入れる。

ルイ様は煙草を売りながらも、片手で本に売り上げを書いていく。

この店が繁盛しているのは煙草が珍しく、葉巻やパイプよりも手頃で扱いやすいというだけでなく、ルイ様の穏やかさと気遣いのおかげもあるのだろう。

それに、こうして短い時間ではあるがよく来る客のことを覚えている。

たった二、三言しか話さないのに、客の容姿や職業、いつも買う煙草の種類を記憶して──……そのくせ、相手の名前を訊くことはない。

闇ギルドに加入している者達は後ろ暗いことをしている者も多いため、ルイ様の表面的な付き合いや深入りしてこないところも好まれているようだ。

列の最後の客を見送り、ふぅ……、とルイ様が椅子に深く腰掛ける。

「まさか、こんなに繁盛するとはねぇ」

煙草を取り出したので腕を伸ばせば、慣れた様子で顔を寄せてくる。

シルヴェストルが指先に灯した小さな火に煙草を近づけた。

「ありがとう」

言いながら、ルイ様が首を引っ込める。

ルイ様が煙草を吸い、ゆっくりと吐き出す。

シルヴェストルは煙草に興味はないが、その姿を見るといつも『美味そうに吸うな』と思う。

ふわりと甘い香りと共に煙草の煙が漂ってくるが、以前と違い、咽せないことに気付く

「ルイ様、煙草の種類を変えましたか?」

「ん? いや、いつものだよ」

「煙が……」

と、言えば、ルイ様が「ああ」と納得した顔をする。

「シルヴェストル君に害が及ばないよう、これは特別製にしたんだ」

「特別製、ですか」

「そう、煙草の害も煙の害もないものさ。わたしのそばに一番長くいるのは君だからね、恩を仇で返すようなことはしたくないんでね」

なんてことないような顔で煙草を吸っている。

この一月、共に過ごしてハシバ・ルイという人物について色々と理解した。

穏やかで落ち着いているが、それは基本的に他者への興味が薄いからだ。

物へのこだわりも少ないものの、煙草に対する執着はとても強い。

あまりに煙草ばかり吸うので気になって訊いてみたが、ルイ様は【称号】の能力によって自分が生み出した煙草の害は受けず、どれだけ吸っても健康面に問題はないそうだ。

その一方で、煙草を吸う際には周囲にかなり気を遣う。

当初は使用人達にもそれぞれ吸ってもいいか訊いていたし、許可を得ても、よく窓辺や自室で吸っていることが多い。

食事中や読書中などは吸わないし、本人が言う通り歩きながらも吸わない。

吸う時は決まった場所で吸うようにしているらしい。

……律儀な人だ。

他のものなんてどうでもよさそうな顔をして、周囲に気を配っている。

「お気遣い感謝します」

「感謝するのはわたしのほうだけどね。一人で店をやっていたら、今頃押し入られて商品も全部持っていかれたよ。シルヴェストル君がいるから、みんな素直にわたしの話を聞いてくれたんだろう」

ふぅ……と煙を吐き、ルイ様が緩く笑う。

「君がいてくれて本当に助かっているよ」

優しく、労わるように言われて、シルヴェストルは急に気恥ずかしくなった。

王国の騎士で、国王陛下の近衛騎士の一員でもあるシルヴェストルにとって、国王陛下の『ルイ・ハシバによく仕え、守るように』という命に従っているだけだ。

それなのに、心からの感謝を示されて驚いた。

「いえ……これが私の職務ですので」

視線を逸らし、結局いつもと同じ返事をしてしまう。

ルイ様は嫌な顔ひとつせずに「そうか」と笑って、小箱をこちらに差し出した。

受け取り、開けると、煙草に似たあの菓子だった。

伸ばされた手がシルヴェストルの前頭をポン、ポン、と軽く撫でる。

「ルイ様、私は子供ではありません……」

そう言えば「知っているよ」と返される。

「でも、君はとてもいい子だから、ついね」

手はすぐに離れていった。

……誰かに頭を撫でられるなんて、いつ以来か。

ふわりと香った甘い匂いに少しだけ心臓が跳ねる。

ルイ様は煙草を吸いながら、また椅子に深く腰掛けた。

ぼんやりと遠くを見る黒い瞳に、ホッとしたような残念なような、奇妙な気分になる。

どうしてそんな気持ちになるのか分からず、自分の胸元に手を当てた。

そこから伝わってくる鼓動はいつもより、やはり少しだけ速かった。

* * * * *

……なんだか思いの外、繁盛してしまったなぁ。

それが悪いというわけではないが、わたしとしては自分の生活が維持できるだけの額を稼ぐことができればいい、くらいにしか考えていなかった。

だが、予想に反して煙草屋は毎日、お客が来る。

朝は毎日列ができているし、閉店前も駆け込みのお客が多い。

朝八時から九時頃に店を開けて、夕方五時に閉じる。

ギルドの受付と同じ時間帯で動くからか、お客も営業時間を覚えやすいようだ。

昼頃になるとシルヴェストル君が酒場で昼食を頼み、できあがると店員が手を振るので、シルヴェストル君が取りに行ってくれる。

たまに気分転換も兼ねて酒場のほうに食べに行くこともある。

……シルヴェストル君は気配りができるいい子だ。

だからこそ、時々思う。

彼は勇者君達についたほうがよかったのではないか。

わたしのような一般人の世話をしても、名誉になることなどひとつもない。

けれど、シルヴェストル君はこう見えてハッキリと物申すタイプなので、何かあればわたしに言ってくるだろう。言わないということは現状に不満がないのか。

……仕事だからと割り切っているかもしれないなぁ。

わたしも彼に色々と頼ってしまっていて、下手に訊くのも 憚(はばから) れる。

……藪をつついて蛇を出すのもねぇ。

短くなった煙草を携帯灰皿に押しつける。

ぼんやりとギルド内の様子を眺めるように視線を向けつつ、いくつもの画面を開き、聞こえてくる情報に耳を傾ける。

【飯が美味い店といえば、中通りの一番西にある──……】

【なんだ、やる気か?】

【これが噂の煙草屋の──……】

【やだ、あなたまた男を振ったの? 今月に入ってもう二度目──……】

他愛もない雑談の数々を流し聞きする。

画面にはお客達の姿が映っており、場所までは分からないが、様々なところで煙草が吸われているのが分かる。

……お客の情報ばっかり増えていくねぇ。

【これが噂の煙草というものか。……それで、来月は何人捕まえられそうだ?】

その声に意識が引かれる。

冒険者や荒くれ者達とは違う、落ち着いた声だ。

【最近は少し警戒されているようでして……】

【何か特別な商品がなければ、客が集まらない】

視線を向ければ、どこか品の良い部屋の中で、小太りで 禿頭(はげあたま) の男と細身で神経質そうな男がソファーに座って向かい合っている。

神経質そうな男のほうは貴族らしく、身なりが良い。

……もう貴族のところまで流れ始めた?

禿頭の男の顔に見覚えがないので、誰か別の者が買ったものだろう。

貴族のほうが煙草を吸っていて、禿頭の男は頭を低くして両手をこすり合わせていた。

【このままなら、次のオークションは行わない】

【それでしたら一人、侯爵様にご満足いただけるものがあります】

【ほう? どんなものだ?】

侯爵様と呼ばれた神経質そうな男が興味を示す。

禿頭の男が口元に手を添えて、声量を落として言った。

【実は、隣国の第七王子が手に入りました】

【なんと……どうやって手に入れたのだ?】

【密かに王宮を出て、街に出ていたところを捕まえました。第七王子は絶世の美女と言われる第三側妃の子だそうで、まだ十歳ですが、非常に見目が良いので高く売れるでしょう】

【なるほど、客を呼び込むには十分に特別な品となるだろう】

愉快そうに笑う二人の男をぼんやりと見ながら思う。

……面倒な話を聞いてしまったな。

わたしには微塵も関係のない話だが、攫った子供を売るつもりのようだ。

……隣国の王族を攫って売るなんて国際問題だよねぇ。

考えながら煙草を口に咥えれば、横から手が伸びてくる。

シルヴェストル君が指先に火を灯し、わたしが顔を寄せるのを待っていた。

「……今日は広い風呂に入りたい気分だ」

言えば、キョトンとした顔をされた。

「では、一度戻りますか?」

火に顔を寄せ、煙草を吸う。

面倒だが、国王か王太子にこの話は伝えたほうがいいだろう。

わたしの能力も話すことになるが、仕方がない。

……この国が他国と戦争になっても困るしなぁ。

「ああ、そうしようかねぇ」

さて、まずはシルヴェストル君にどう説明するべきか。