軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

闇ギルドの煙草屋(1)

二日後、もう一度ギルド『宵闇の月』に行った。

するとその一階の片隅には、わたしが望んだ通りの小さな店ができていた。

天井までの高さは恐らく三メートル近くあり、長身のシルヴェストル君が横に立ってもまだ上の重厚な木材部分に手が届かない。中は天井がなくて空いていて、柱が十字にあった。真ん中にランタンみたいなものがぶら下がっている。

外から見ると天井の高さのように見える頭上の縁は二十センチ以上あり、正面と左右にステンドグラスがはめてある。

店は角に合わせて作られていた。わたしの頼んだ通りだ。

角から店の大きさはちょうどわたしが手を広げた時と同じなので、百六十センチくらいか。右側のほうが長く、そちらは二メートルほどあり、テーブルの一部が跳ね上げ式になって、そこから中に入れる。

店の角は丸くなっていて、飾り彫りされた柱が一本立っている。

足元には足をかける金属フレームがあり、右側に一脚だけ背の高い丸椅子があった。

「おう、ルイ! こんな感じでいいか?」

先日会った、髭の生えた大工が声をかけてくる。

わたしはその人に近寄りながら頷いた。

「ええ、完璧です。こんなに素敵なお店を作っていただけるとは……」

「一応、中も確認してくれ」

「分かりました」

跳ね上げてあるテーブルの隙間を抜けて中に入る。

人一人が座って過ごすにはちょうどよい狭さだった。

裏側には多くの棚があり、商品を置いておくのによさそうだ。

……毎日持ち帰ることになりそうだけど。

棚にはさすがに扉がなく、鍵をかけられそうなところもない。

開店と閉店の準備は手間だが、それもまた面白いかもしれない。

中には手触りのよい赤い布が張られた椅子があった。背もたれ付きで座面が高い。

だが、わたしの身長だと座ればカウンターと高さが合う。

「お前さんは少し小さいから、椅子を上げといたぞ」

「お気遣いありがとうございます。とてもいいです」

そうして跳ね上げ式のテーブルを下ろし、シルヴェストル君を手招く。

「君はそこの椅子を使って」と声をかければ、置かれた背の高い丸椅子にシルヴェストル君がゆっくりと腰掛けた。こちらも高さはちょうどよさそうだ。

テーブルに触れると重厚な木の厚みと香りを感じる。

色合いは全体がダークブラウンで落ち着いていた。

シルヴェストル君が小さく何事かを呟き、パチリと指を鳴らすと頭上のランタンに黄色い明かりが灯る。火ではなく、魔法で生み出した明かりだ。

家の中でもよく明かりとして使われている。

「ああ……ここが新しいわたしの城か……」

思わずテーブルに頬擦りをしてしまう。

「満足してもらえたようで何よりだ! ギルド長には俺から完成したって伝えておくから、あとは好きに使ってくれ。修繕が必要になった時はギルド長に言ってくれ」

「はい、本当にありがとうございます」

大工の男性はひらりと手を振って上階に続く階段に向かっていった。

もう一度、テーブルに頬擦りをする。

「わたしだけの煙草屋……」

思わずうっとりしているとシルヴェストル君に声をかけられた。

「馬車から商品を運んできますか?」

「ああ、そうだった。忘れてた。頼んで大丈夫かい?」

「はい」

シルヴェストル君は椅子から立つとギルドの外に出ていく。

改めて、椅子に深く腰掛けて、ローブに手を入れた。

上着の内ポケットからシガレットケースを出し、煙草を一本引き抜く。

それを口に咥え、マッチを出して、火を灯す。

手を振って火を消したら、箱ごとマッチの残りも消した。

煙草を指で挟み、ゆっくりと吸い込み、そして吐き出す。

「…… 美味(うま) い……」

これから、ここで煙草屋をやっていく。

もし上手くいかなかったとしても、国から援助してもらえるから生活には困らない。

……生活費に苦労せず、趣味で働くなんて贅沢だ。

もう一度煙草を咥えたところでシルヴェストル君が大きな箱を持って戻ってくる。

「ああ、ありがとう」

立ち上がり、テーブルの上に置かれた箱を見ようとして気付く。

……箱のほうが僅かに背が高い。

それに気付いたシルヴェストル君がわたしのほうに口が向くよう、箱を倒してくれた。

十箱一束のカートンのまま、煙草を取り出し、棚に納めていく。

それからバラの煙草も出して、後ろの棚に並べる。

鏡がはめ込んであり、景色が映るからか中は狭いけれど圧迫感がない。

綺麗に並べ終えると達成感があった。

「看板は依頼しなかったのですか?」

と、シルヴェストル君に問われて頷いた。

「うん、店名はどうでもよかったからね」

「……そういうものなのですか?」

「わたしはそういうものだねぇ」

煙草を全て並べたら満足してしまった。

ほとんどなくなった煙草を携帯灰皿で消す。

並べた煙草は十種類。軽いものから重いもの、そして一見には絶対に売らないとても重い煙草。これは缶入りで見た目も綺麗なので、どちらかといえば飾りに近い。

煙草は全て紙ボックスタイプだ。側がソフトタイプもいいが、あれは潰れやすい。

もう一本、火をつけて吸い、ギルド内を見回す。

この角からだと受付も酒場も、出入り口や階段もよく見える。

上階に続く階段から、見覚えのある人物が下りてきた。

手を振れば、その人物──……マグナス・バレンシアが近づいてきた。

「バレンシアさん、お疲れ様です」

声をかけると彼が興味深そうにわたしの店を見た。

「なるほど、これはまた随分と小さくて雰囲気のある店だ」

「そうでしょう? 一人で回すならこれくらい狭いほうがいいんですよ」

そうして、わたしの後ろに置いてある煙草達に視線が向けられる。

「私のことはマグナスでいい。せっかくだから、最初のお客になってもいいかね?」

「ええ、もちろん。では、今後はマグナスさんと呼ばせていただきますね」

わたしは煙草を右手に持ち、販売品の説明をする。

「ここにある商品は全部で十種類、一から十までの番号で覚えていただければと思います。マグナスさんは葉巻やパイプなどを吸い慣れているご様子ですが、甘さと辛口さでは、どちらがお好みですか?」

「私は辛口のほうが好ましいね」

「では、六番はいかがでしょう? 初回なのでお試しに一本どうぞ」

身を屈め、棚から商品を出すふりをして手元に煙草を一本、そしてマッチを出す。

差し出した煙草とマッチを受け取り、マグナスさんがマッチをまじまじと見た。

「これも随分と品質がいい……」

「よいものを楽しむには、よいものを合わせるのが一番ですから」

この世界にもマッチはあるようだが、貴族向けで、平民は魔法か火打石みたいなものでつける方法が一般的らしい。

慣れた様子でマグナスさんがマッチに火をつけ、煙草に火を移す。

邪魔をしないよう、わたしは自分の煙草の火を消した。

マッチの燃え残りは受け取った。

ふわりと漂う香りは、ほどよく香ばしく、辛みも感じる。

吸っている本人も同じ香りを楽しんでいることだろう。

「君の売る、この煙草は本当に品質のよい葉ばかりで驚嘆するしかないな」

「褒めていただき、ありがとうございます」

「これはいくらかね?」

「こちらの箱一つで銀貨二枚です。商品によって値段や入っている数は異なりますが、六番は二十本入りですよ。箱は暖炉で燃やしていただいて大丈夫ですが、購入後は早めに吸ってくださいね。時間が経つと香りが飛んで、より辛くなりますので」

「ふむ」

煙草を楽しみながらマグナスさんが一瞬、思案顔をした。

「これを一箱もらおう」

「ご購入ありがとうございます」

持っていた箱を差し出し、ついでにマッチの箱も渡す。

「初回購入特典ということで、マッチもどうぞ。今後とも、是非ご 贔屓(ひいき) に」

「ははは、商売上手だね」

マグナスさんは笑いながら煙草とマッチを受け取った。

棚から取り出したふりをして、大きなガラスの灰皿もテーブルの上に置く。

しゃれているし、綺麗だし、火が燃え広がる心配はないが、自分で出しておきながら『かなり昔の刑事モノのドラマや昼ドラで殺人事件に残されている鈍器だな』と思ってしまった。

「色々な種類があると全て試してみたくなるね」

「この缶だけはとても重いので、簡単には売れないんですよ。今吸っていらっしゃるものの四倍ほど濃くて、香辛料の独特な香りがするため、一見さんには渡せません」

「そうか、残念だ。何度も通って、そのうち買うとしよう」

あっという間に吸い終えたマグナスさんが、灰皿に煙草の火を押しつけて消す。

「それでは、繁盛を願っているよ」

片手に煙草とマッチを持ち、また上階に続く階段に戻っていく。

どうやらわたしの店の様子を確認しに来ただけだったらしい。

……マメだねぇ。

だが、そういう細やかな気遣いができるというのは大事なことなのだろう。

シルヴェストル君に声をかける。

「また煙草を配ってきてくれるかい?」

一番軽くて燃焼時間が長い、先日大工達に配ったものと同じ銘柄だ。

吸い口も軽く、値段も一番安いものだから、気に入れば買ってもらえると思う。

小さな箱をいくつか渡せば、シルヴェストル君も慣れた様子で配りにいった。

前回配ったことでやり方を覚えたようだ。

その様子を眺めていると、煙草を渡しながらシルヴェストル君がこちらを指差し、相手に何か言っている。相手がこちらを見たので手を振った。

いかつい見た目の男が機嫌よく手を上げて返してくれた。

やはり、試供品を配るというのは効果がある。

警戒して断る者もいるようだが、それは人それぞれだ。

あちこちで煙草に火がつけられて、 紫煙(しえん) が漂う。

戻ってきたシルヴェストル君が箱を足元に置き、椅子に腰掛けた。

「お疲れ様。ありがとうね」

「いえ、これも職務の範囲内なので」

「真面目だねぇ」

その後、煙草を吸った何人かが買いにきた。

先ほど配った三番の煙草は本数が少なく、ボックスに十四本入りだが、大銅貨二枚だと言ったらとても驚かれた。ちなみに裏手にある、素泊まりの格安宿は一泊大銅貨三枚らしい。現代の価格で言うと千五百円。それは確かに安い。

だが、煙草の値段で考えると一箱千円は高い。

それでも、この世界の葉巻やパイプはもっと高くて手間もかかるので、平民は手を出せないそうだ。

そういう意味では火をつけるだけの煙草は手軽で安価に感じるだろう。

全員一箱ずつ買ってくれた。初日から売り上げゼロにならずに済んでよかった。

持ってきていたノートに売り上げを記録しておく。

こうしておけば、マグナスさんに納める額も分かりやすい。

店も場所も提供してもらって、売り上げの二割を渡すなら安いものだ。

……わたしはタダで商品を手に入れているし。

そっくりそのまま残りの八割が手元に残る。

この世界には冒険者という人々がいて、登録することでギルドからの依頼を生業とするそうだ。一般のギルドも闇ギルドもそれは同じらしい。

眺めていると掲示板に出された依頼を受ける人、受付で話をする人、酒場で飲んだくれている人々もいて、みんな様々だ。だが、誰もがどことなく陰を感じる。

ふと目の前に青い半透明の画面が現れる。

煙草を買っていった誰かが煙草に火をつけたようだ。

わたしも自分の煙草に火をつけ、吸いながら視線だけで画面を開く。

場所は分からないが、服装からしてこの『宵闇の月』のギルド職員らしい。

【なんだ、それ?】

【一階で今日から店を始めた煙草屋の煙草だよ。貴族が吸う葉巻やパイプより安いし、火をつけるだけだってさ。でも香りは結構いいんだよ。一本吸うか?】

【ああ、試してみたい】

二人のギルド職員が煙草を吸っている。

【そっちの依頼受注件数、どうだ?】

【ぼちぼち。まあ、この国は他と比べてわりと平和だしな】

【他国と戦争してないって、生活する場所としては重要だよなあ。うちのギルドとしては仕事がなくて困るけど】

【暗殺や間諜のほうが金入りがいいからな】

……なるほど、この国はかなり平和なのか。

だから勇者三人を『政治的、軍事的に利用しない』という約束をした。

もしも戦時下であったなら迷うことなく引き込まれていただろう。

そういう意味では平和な国に召喚されたというのか、不幸中の幸いである。

【それにしても、これ美味いな。一箱いくらだ?】

【これは大銅貨二枚だったぜ。ただ、ものによっては高いのもある。初めて行くと一本だけ試しに吸わせてくれるから、他のも試してみろよ】

【そうだな、俺もあとで見に行ってみるか】

他愛もない雑談だが、良い情報収集になる。

もう必要がなければ画面を閉じるだけで音も聞こえなくなった。

感覚的にはスマホで動画を見ている時に近く、いくつかの画面を開いて同時視聴も可能らしい。店番をしながら流し聞きするにはちょうどよいかもしれない。

「ルイ様、そろそろ昼食を摂ったほうがよろしいかと」

と、シルヴェストル君に声をかけられる。

「ん? ああ、食べておいで。わたしは特にお腹も空いていないし、今はいいかな」

「いけません。朝食もあまり召し上がらなかったのに、昼食も抜いたら差し障ります。そこの酒場で軽食を頼んできますので食べてください」

シルヴェストル君が眉根を寄せて言う。

「じゃあ頼むよ」と返せば、頷いて酒場に向かっていった。

……これでもここ数日、かなり健康的な生活をしてるんだけどねぇ。

朝起きて食事を摂り、午前中は好きなことをして昼食を摂り、午後は街を散策しつつ日用品などを買い足して、夕食を摂ったらのんびり読書などをして過ごす。

以前の日が昇る前に起きて仕事に行って、片手間に食べられるもので食事を済ませて、日付が変わる前に帰宅してという生活に比べれば、雲泥の差だ。

あまりに健康的な生活すぎて少し落ち着かないくらいである。

すぐにシルヴェストル君が戻ってくる。

「頼んできました。少し時間がかかるそうです」

「そう、ありがとうね」

彼が護衛としてついている間は不健康な生活に戻ることはなさそうだ。