作品タイトル不明
第八十一話:似て非なるもの
同日、深夜。
マッキントッシュの電源が落とされたあとも、開発室の熱気は消えていなかった。
テーブルの上には、吐き出されたままのフロッピーディスクが何枚も散乱している。
誰もが疲れていた。だが、その目だけは異様に冴えていた。
関根がぽつりと呟く。
「操作を視覚化し、マウスで操作する、か。……コマンドだけと違って誰にでも扱いやすい」
誰も否定しなかった。
あの画面は、確かに未来だった。
沈黙の中、今川が静かに立ち上がった。ホワイトボードへ歩き、マーカーを走らせる。
重なり合う窓。
「……オーバーラップウィンドウか」
高村が小さく呟いた。
今川は頷いた。
「人間は、一つの作業だけをしているわけじゃない。例えば、資料を見ながら文書を書くように。ならば画面も、重なって見れるようにするべきだ」
ホワイトボードの上で、四角が四角の上に積み重なっていく。
その光景を見て、忠夫の表情が僅かに強張った。
(……まずい)
脳裏に、未来の記憶が走る。
ウィンドウ。アイコン。マウス。プルダウンメニュー。
長く泥沼の争い。アップルはGUIの見た目や操作感が酷似しているとし、マイクロソフトでさえ法廷へ引きずり込んだ。
「どうした?」
西村が怪訝そうに顔を向けた。
忠夫は少し間を置き、慎重に口を開いた。
「今川先生。オーバーラップウィンドウの方向性は正しいと思います」
「ただ、そのまま同じ形で実装するのは、危険かもしれません」
開発室の空気が、ぴたりと止まった。
「どういうことだ?」
今川が眉をひそめる。
「Atariの件を覚えていますか。ゲーム画面の表現が似ているとして、訴訟になった」
「ああ……」
小林が低く唸った。
忠夫は真っ直ぐに今川を見据えた。
「それと同じように、もし我々が、同じような操作感や見た目のOSを作って市場に出せば……彼らは我々を法廷へ引きずり出す可能性があります」
深い沈黙が落ちた。
「……なるほどな。ただの技術競争じゃないってわけか」
大門が忌々しげに吐き捨てた。
関根が戸惑ったようにホワイトボードを指差す。
「でも、どうするんですか。マルチタスクをやる以上、画面を重ねるオーバーラップ方式は絶対に必要です。概念を独占されたら、こっちは身動きが取れなくなりますよ」
「なら、似て非なるものにすればいい」
答えたのは、忠夫ではなかった。
ホワイトボードの前に立つ今川が、不敵な笑みを浮かべていた。
「彼らと同じ『重なる窓』であっても、思想の根底が全く違うと、誰が見ても別物だと分かるほどの独自性があればいい。裁判所が口を挟む余地すらないほどの、な」
今川はマーカーを握り直し、先ほど描いた四角の図形に、さらに独自の線を書き込み始めた。
それは、マッキントッシュのGUIとは異なる、全く新しい日本発のユーザーインターフェースの胎動だった。