作品タイトル不明
第七十七話:ロイヤリティ
1983年、11月。
京都、任天堂。
会議室では、販売台数のグラフが壁いっぱいに貼られていた。
「9月末時点で、ファミコン本体の出荷は五十万台を突破しました」
空気がざわつく。
発売から、わずか二ヶ月半。
玩具業界では異例の数字だった。
発売前には慎重論も多かった家庭用ゲーム機市場は、わずか数ヶ月で一変しつつあった。
営業担当が資料をめくる。
「問題は、店頭在庫が追いついていません」
別の社員が続ける。
「追加出荷分も、流した端から消えています。小売からは再出荷要請が殺到しています」
会議室の奥で腕を組んでいた男が、低い声で口を開いた。
「それで、量産はクリスマス商戦に間に合うんか」
天童だった。
部屋の空気が引き締まる。
「現在、生産ラインの増強を進めています。ただ、工場側も限界に近く……」
「足りんなら増やせ」
天童は短く言った。
「今は勢いを止めるな」
◇
季節が冬へと足早に向かう中、佐伯家に一通の書留が届いた。
差出人は、『任天堂株式会社』。
夕食後の居間。
父・和雄は、『佐伯技術研究所』宛てに届いた封筒を静かに開封した。
中から現れたのは、『上半期 ロイヤリティ支払明細書』と印字された厚みのある書類だった。
和雄の視線が、用紙の末尾――『お振込予定金額』の欄で止まる。
数秒の沈黙。
やがて彼は、ゆっくりと眼鏡を外し、眉間を揉んだ。
「……お父さん? どうかしたの?」
向かいに座る佳子が不思議そうに尋ねる。
だが、和雄はすぐには答えず、低い声で息子を呼んだ。
「……忠夫」
「なに、父さん」
湯呑みに口をつけていた忠夫が顔を上げる。
和雄は書類をテーブルへ置き、金額の欄を指先で軽く叩いた。
「任天堂からの初回印税だ。……4800万円。期間内の売上本数は32万本とある」
「えっ……よんせん……?」
佳子が息を呑む。
あまりにも現実感のない数字に、思考が追いついていなかった。
だが、忠夫は顔色一つ変えなかった。
静かに明細書へ目を落とし、顎に手を当てる。
(順調な売れ行きだ……だが足りない)
脳裏に浮かぶのは、これから必要になる設備の数々だった。
測定装置。
試作ライン。
材料費。
量子ドット研究そのものにかかる莫大な開発費。
数千万という金額でも、半導体研究の世界では、本格的な設備投資を始めれば一瞬で消える程度の額でしかなかった。
しばらく沈黙が続いた。
やがて和雄が、ゆっくりと口を開いた。
「……法人税の申告が必要だな」
和雄は再び眼鏡をかけ直し、明細書を丁寧に封筒へ戻す。
隣で混乱したままの佳子を片手で制し、静かに頷いた。
「……税理士への相談は俺がやっておく」
忠夫は小さく頷いた。
「ありがとう、父さん」
ちゃぶ台の上の封筒を、夜の灯りが静かに照らしていた。
未来への最初の資金が、そこにあった。