軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第四十九話:試作の壁

1983年、5月。

忠夫の元には冷や水を浴びせかけるような報せが届いた。

「……試作が、上手くいかない?」

放課後。自宅の居間に置かれた黒電話の受話器から、山下弁理士の沈んだ声が漏れた。

『ええ。東芝の試作ラインからです。擬似SRAMの論理設計自体は問題なし。ただ──リフレッシュ動作のタイミング窓が、あまりに狭いらしいです。十枚の試作ウェハのうち、安定動作したのは三枚程度だと』

「……三割」

忠夫は、無意識に鉛筆を握りしめた。

(……もしかして今の製造プロセスでは、再現が難しいのか?)

現代の常識では「当たり前」の微細化と安定性。

しかし1980年代の製造ラインにとっては、理論上の最適解がそのまま「物理的な限界」に衝突しているのかもしれない。

『主要メーカーと契約した直後です。“東芝が試作でつまずいている”と広まれば、各社は一斉に慎重になります。石川常務の“紛い物だ”という言葉に、現実味が出てしまいます』

「……状況、分かりました。‥‥山下さん。明日、東芝へ行けませんか」

『明日ですか?……明日は土曜日です。しかし、現場に休みなんてない。野村君たち設計チームは、文字通り不眠不休でラインに張り付いているはずです。斎藤常務も相当な剣幕で現場を追い込んでいると聞きます』

「現場で確認したいことがあります。

今回の不調を聞いて、一つ──どうしても確かめたい点が浮かびました」

『……確かめたいこと、ですか?』

「ええ。図面だけでは分からないことがあります。

実際に流れているプロセスを見ないと、推測の域を出ないので」

短い沈黙のあと、山下が静かに息を吐いた。

『わかりました。こちらで東芝側へ連絡を入れておきます』

「ありがとうございます。明日、お願いします」

忠夫の声は淡々としていた。焦りも、強がりもない。

ただ、自分の中に浮かんだ一本の線を、確かめに行くだけだ。

受話器を置き、忠夫は静かに息を吐いた。

机の上には、今の時代に合わせた回路の修正と、

そこを補うための新たな設計案が浮かび上がっている。

(……結局、現場が一番正しい)

未来の知識だけでは気づけなかった死角。

その“現場の声”を聞きに行くために、明日、東芝へ向かう。

そこにあるのは絶望ではなく、

きっと──“次に進むための材料”だ。

忠夫は鉛筆を走らせ続けた。

今の不完全なハードウェアを、

現代の思考で補うために。