軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

魔女編19

華やかだった歓迎夜会が終わり、王宮の奥深くにある厳重に警備された一室へと、三国の代表者たちが移動していた。

部屋の中央には、参加する全ての国が平等であることを示す、巨大な円卓が用意されている。

その円卓を囲むように、デブリスコスモ王国の国王、ドミニケル王国のセイムダル国王夫妻とエクレール大太后、そして神聖ルシエラ教国の教皇セレスと聖女セナが席に着いていた。

そして、なぜかその各国のトップが顔を揃える極秘の国際会議の席に、アイラたちレヴナント子爵家の一行もちゃっかりと同席していた。

「教皇猊下と聖女様の護衛、並びに助言役として特別に同席の許可をいただき、感謝いたしますわ」

アイラが完璧な淑女の微笑みを浮かべて一礼すると、デブリスコスモ国王は鷹揚に頷いた。

「構わない、貴女方がドミニケル王国の恩人であり、由緒あるヴァリエール王家の末裔であることはバルディア侯爵から聞いておる」

デブリスコスモ国王は、かつてエレノワールが『魔法の国の第一王女』として教育を施した王太子妃エイレーンと、その夫であるテオドールの子孫にあたる人物であった。

彼の知性と威厳に満ちた佇まいは、優秀な祖先の血を色濃く受け継ぎ、現在のデブリスコスモ王国が栄えていることを雄弁に物語っている。

「それにしても、この王室専用の特別なお茶菓子……外側はサクッとしていて、中から濃厚なチョコレートがとろけ出して、絶品ですわね」

アイラは緊張感の漂う会議室の空気などどこ吹く風で、円卓に用意された高級菓子を幸せそうに頬張っていた。

「アイラ、あまり食べ過ぎて会議の前に眠りこけないようにね」

ジュリアンが呆れたように笑いながらも、アイラの紅茶のカップに静かに注ぎ足しをしている。

「お姉様、私の分のお菓子も半分どうぞ」

「ありがとう、リリア嬢。君のその優しさが私の心を満たしてくれるよ」

妹夫婦もいつものように甘い空間を作り出しており、セレスはそんなアイラたちを羨ましそうにチラチラと見ながらも、必死に厳格な教皇の顔を作って咳払いをした。

「さて、各国の代表が揃ったところで、本題に入ろう」

デブリスコスモ国王が重々しい口調で切り出し、円卓の空気が一気に引き締まった。

「現在、我が国を貪る悪意は王都に限らず、地方貴族の領土までもが謎の組織の標的になっているという事件が連日報告されている」

国王は手元の資料に目を落とし、苦々しい表情で言葉を続けた。

「ブラックマーケットでは、国際条約で禁止されているルートの奴隷売買までが秘密裏に行われているようだ」

「現在は、スラムの孤児や平民、裕福な商人たちが主な被害者となっている」

「しかし、この毒牙がいつ貴族の子息令嬢に迫るとも限らない状況だ」

その言葉に、ドミニケル王国のセイムダル国王も深く頷いた。

「それは我がドミニケル王国も同じである」

「我が国でも、国境付近の街で不審な失踪事件が相次いでおり、背後に巨大な組織の影を感じている」

続いて、教皇の顔を作ったセレスが、威厳に満ちた声で口を開いた。

「神聖ルシエラ教国までもが、その被害に遭っておるのじゃ」

「神の名のもとに統治されている我が教国すらも相手に活動するとは、実に恐れを知らぬ組織と言えよう」

セレスの言葉に、聖女セナも痛ましそうに目を伏せた。

「孤児院の子供たちが狙われる事件もあり、私たちは心を痛めております」

三国のトップから共有された情報を聞き、アイラはチョコレート菓子を飲み込んで青玉の瞳を細めた。

「なるほど、現在情報を共有して分かったことは、この謎の組織の活動は集まった三国だけの話ではない、というところですね」

「ええ、組織の全体像は未だに見えてきませんが、非常に広範囲に根を張っていることは間違いありません」

ジュリアンも翠緑の瞳に冷たい光を宿して同意する。

「国際会議は、今後この三国からさらに周辺国へと拡大していくことになるだろうな」

セイムダル国王の言葉に、参加者全員が重々しく頷き、表向きの真面目な情報共有の会議は幕を閉じた。

やがて、今後の協力体制を確認し終えたドミニケル王国の王族やデブリスコスモ国王が退室していく。

重厚な扉が閉まり、会議室にアイラたちとセレス、そしてセナだけが残されると、張り詰めていた空気が一気に緩んだ。

「ぷはぁーっ! 疲れたのじゃ! 威厳を保つのは肩が凝って仕方がないわ!」

セレスが教皇の法衣を乱暴に緩め、円卓に残っていたお茶菓子に勢いよく飛びついた。

「まったく、あの純粋な人間たちの前でボロを出さないかヒヤヒヤしたわよ」

アイラが大きく伸びをすると、ジュリアンが防音と認識阻害の魔法結界を部屋に展開した。

「……さて、厄介な人間たちは去った。ここからは我々の会議と行こうか」

ジュリアンが腹黒い笑みを浮かべ、翠緑の瞳を細めた。

「アイラ、君も気づいていただろうが、先ほどの表の会議をコソコソと盗み聞きしている連中がいたね」

「ええ、新興貴族派の連中の手下ね。今すぐ捕まえて話を聞きたいところだけど、このまま泳がせた方が無難でしょうね」

アイラが紅茶を一口飲みながら言うと、ジュリアンも深く頷いた。

「ああ、末端を潰しても尻尾切りに遭うだけだ。全容を掴むためには、彼らの拠点を探り当てる必要がある」

「だったら、私とリリアの『分身』を囮として潜入させて、わざと捕まえてもらう案はどうかしら?」

アイラが思いついたようにポンと手を打つと、リリアも天使のような微笑みで頷いた。

「お姉様、それは良いアイデアですわ。私たちが獲物のふりをすれば、組織の中枢まで簡単に案内してもらえますもの」

「いや、待て待て。君たちのその突飛な作戦も良いが、少し冷静になろう」

ジュリアンが苦笑しながら二人を制止した。

「我々の本来の目的は、この国で『レヴナント子爵家』の貴族位を上げることだ」

「だからといって、怪しまれるような早期解決や、魔法による規格外な制圧などしたら、人間社会で浮いてしまうのが難点だ」

ジュリアンの真っ当な指摘に、エドワードも生真面目な顔で同意する。

「ええ、兄上のいう通りです。我々はあくまで『人間』の枠に収まる形で、この問題を解決に導かなければなりません」

「ちぇっ、手っ取り早く悪者をドカンとやっつければ済む話なのに」

アイラがむっと唇を尖らせると、ジュリアンが優しく微笑んだ。

「私たち『超越者』が何処までこの事件に介入するか。いや、何処まで力を使うかというところだね」

「そうね……ところで、セレスはどう動くつもりなの?」

アイラが視線を向けると、お茶菓子を頬張っていたセレスは、もぐもぐと口を動かしてから答えた。

「私は表向きは教皇として動きつつ、おぬしらのサポートに回るつもりじゃ」

「神聖ルシエラ教国の権威を使えば、怪しい拠点の立ち入り調査くらいは人間社会のルール内で簡単にできるからのう」

「なるほどね、それは頼もしいわ」

アイラは納得したように頷き、青玉の瞳をキラリと輝かせた。

「純粋な人間であるドミニケル王国の人たちには、私たちやあんたたちの本当の力については内緒の話になってしまうけど、それは仕方がないわね」

「ああ、変に巻き込んで真実を知られるより、我々の裏で片付けてしまった方がお互いのためだ」

ジュリアンが結界を解きながら優雅に立ち上がると、アイラも嬉しそうに立ち上がった。

「じゃあ、大まかな方針も決まったことだし、残りの細かい計画は美味しいご飯でも食べながら話をしましょうよ!」

「そうじゃな! 会議ばかりで腹が減って倒れそうじゃ!」

「お姉様、私もお腹が空きました……」

セレスとセナも目を輝かせて立ち上がると、アイラは満面の笑みで扉へと向かった。

「王宮の厨房に、最高級の霜降り肉が運び込まれるのを見たのよ! 今から夜食のステーキにしてもらおうじゃない!」

「賛成じゃ! 天界の霞なんぞより、地上の肉の方が一万倍美味いからのう!」

食欲という最強の原動力で一致団結した魔女と教皇たちは、国の危機という深刻な問題を一旦横に置き、意気揚々と王宮の厨房へと向かって歩き出した。

裏で蠢く謎の組織をどう料理してやるか、美味しいお肉に舌鼓を打ちながら、彼女たちの腹黒くも頼もしい作戦会議は夜更けまで続くのであった。

王宮の厨房から最高級の霜降り肉を調達したアイラたちは、誰にも邪魔されない防音設備の整った別室へと移動していた。

こんがりと焼き上げられた極上のステーキがテーブルに並べられ、食欲をそそる香ばしい匂いが部屋中に立ち込めている。

「ん〜っ! さすがは王宮の厨房に用意された最高級のお肉ね!」

「噛むたびに溢れ出す肉汁と、この甘い脂のハーモニーがたまりませんわ!」

アイラとセレスが幸せそうな顔でステーキを頬張る横で、ジュリアンが優雅にワイングラスを傾けた。

「さて、美味しい夜食を堪能しながら、今後の作戦会議の続きと行こうか」

ジュリアンの言葉に、エドワードやリリアも真剣な顔つきで頷いた。

「兄上、先ほどからこの部屋の周囲に、妙な気配が張り付いているようですが」

エドワードがナイフを置き、鋭い視線を扉の向こうへと向ける。

「ああ、どうやら今回の国際会議に参加している各国の要人たちには、漏れなくあの謎の組織の監視が付けられているようだね」

「セレスたちが教国の代表として動いたことで、さっそく彼らの監視の網に引っかかったというわけだ」

ジュリアンが翠緑の瞳を細めて冷たく笑うと、アイラは肉を飲み込んで鼻で笑った。

「まあ、私たち『超越者』の気配探知を誤魔化せるわけないんだけどね」

「ジュリアン様、監視の目はどうするの?」

「特に気にする必要はないよ、彼らの耳には、私たちが『明日の王都観光の予定』でも楽しく語り合っているように、会話内容を魔法で偽装してあるからね」

ジュリアンがあっさりと答えると、セレスも安心したように次のステーキに手を伸ばした。

「さすがは腹黒王太子じゃな、これなら堂々と作戦が練れるというものじゃ!」

「それで、アイラお姉様。先ほどの囮作戦ですが、どのような分身を創り出しますの?」

リリアが首を傾げると、アイラは青玉の瞳をキラリと輝かせた。

「そうね、私たちと同じくらいの年頃の令嬢だと、警戒されて大掛かりな仕掛けをされるかもしれないわ」

「だから、九歳程度の『裕福な平民』という設定の双子の子供を創り出して、裏通りで攫ってもらうのが一番確実だと思うのよ」

「なるほど。人通りの多いところで親とはぐれ、裏路地に迷い込んだ幼い双子……という状況を作り出すのが自然だろうね」

ジュリアンが頷くと、アイラはさらに作戦の詳細を詰めていく。

「ええ、そして誘拐犯に簡易型の使い魔を影に潜ませて、彼らの拠点や組織の全容を探るのよ」

「犯人たちを泳がせて、情報収集をさせるという流れが妥当ね」

アイラの提案に、全員が賛同の意を示した。

ふと、アイラが思い出したように顎に手を当てた。

「それにしても、貴族や裕福な平民を狙って暗躍する巨大な裏組織……どこかで聞いたことがあるような規模の話ね」

「そう言えば、私たちが未だ人間だった頃に、似たような闇の組織が自然壊滅した事件がありましたわね」

リリアの言葉に、アイラはポンッと手を打った。

「そうそう! たしか『影の国家』とか呼ばれていた巨大な裏組織があったわね!」

「あの時は、悪魔の知識に染まった彼らが、何故か勝手に自滅してくれたのよね」

かつてアーサー子爵たちと共に戦い、最終的には国営放送の騒音にキレた悪魔たちの八つ当たりで壊滅した、あの懐かしい事件の記憶が蘇る。

「そうじゃな! あの時も、悪魔の知識に染まった連中は、純粋ではないにしろ悪魔よりの存在に変質しておったわ!」

セレスがステーキの脂を拭いながら、思い出し笑いをするように口を開いた。

「彼らのような存在は、神聖ルシエラ教国の高位神官以上が神聖魔力を使って『聖書の朗読』を聞かせるだけで、灰になって滅びてしまうのじゃ!」

「ああ、あのコンテナ防衛戦での『有難い聖書朗読会』だね。あれは実に効率的なお掃除だったよ」

ジュリアンが腹黒い笑みを浮かべると、アイラもニヤリと笑った。

「だったら今回も、昔やったように、組織の構成員を捕らえられたらセレスの聖書朗読会を開いてみましょうよ」

「今回の連中も同じように悪魔の知識を使っているなら、劇的に効くはずだわ」

「うむ! もちろん構わんぞ! 捕らえた悪党どもに、この私が直々にありがたーい御言葉をたっぷりと聞かせてやろう!」

セレスが胸を張って宣言し、部屋の中にどこか物騒な笑い声が響き渡る。

「まあ、構成員を捕らえるのは後回しよ。優先順位は低いから、機会があればやってみましょう」

「先ずは、明日さっそく囮作戦を始めましょう」

アイラがステーキを平らげて宣言し、夜の作戦会議は和やかに、そして腹黒く幕を閉じた。

翌日の昼下がり、デブリスコスモ王国の王都の賑やかな大通りを、二人の幼い少女が手を繋いで駆けていた。

アイラとリリアが魔法で創り出した、精巧な『分身』である。

髪は茶色、目は灰色の色素の薄い瞳へと変えられているが、それ以外は九歳当時の彼女たちと全く同じ、愛らしくも少し気の強そうな容姿をしていた。

「お姉ちゃん、こっちの道であってるの?」

「大丈夫よ、この路地を抜ければ、きっと大通りに出られるはずだから」

二人は裕福な平民の娘という設定を演じきり、人通りの多い通りから、意図的に薄暗い裏路地へと迷い込んでいく。

周囲の喧騒が遠ざかり、じめじめとした空気と不穏な静寂が裏路地を包み込んでいた。

「……あれ? 行き止まりだわ」

分身のアイラが困ったように立ち止まると、その後ろから複数の足音が近づいてきた。

「おやおや、こんな所に迷い込んだお嬢ちゃんたち、ご両親はどこにいったんだい?」

振り返ると、そこにはいかにも怪しい、量産型強面のおじさんたちが下卑た笑みを浮かべて立ち塞がっていた。

待っていました、と言わんばかりの完璧な登場である。

「あなたたち、誰ですか……? 私たち、道に迷ってしまって……」

分身のリリアが、ガタガタと震えながらアイラの背中に隠れる。

「ヒッ……助けて! 誰か来て!」

分身のアイラも、わざとらしく悲鳴を上げて助けを求めるが、もちろんこんな裏路地の奥に都合よく助けが来るはずもない。

「へへっ、心配しなくても、俺たちが安全な場所へ連れて行ってやるよ」

強面のおじさんたちは容赦なく二人に近づき、あっという間に麻袋のようなものを被せて担ぎ上げた。

抵抗するそぶりを見せつつも、二人の分身は彼らの手によって、順調に誘拐されていくのだった。

その頃、レヴナント子爵邸の安全なサロンでは、本物のアイラとリリアが優雅に紅茶を傾けていた。

「ふふっ、どうやら第一段階は無事に成功したみたいね」

アイラが青玉の瞳を細めて微笑む。

彼女たちの意識の片隅には、遠隔操作している分身たちの視界と周囲のざわめきが、まるで自分たちがそこにいるかのように鮮明に共有されていた。

「ええ、お姉様。とても見事な手際で攫っていってくれましたわ」

リリアも天使のような微笑みを浮かべ、クッキーを齧る。

「ジュリアン様、セレス。囮作戦は成功よ。今、犯人たちの影に簡易型の使い魔を潜り込ませたわ」

アイラが念話で報告を飛ばすと、すぐにジュリアンの楽しげな声が返ってきた。

『ご苦労様、アイラ。これで彼らの拠点がどこにあるのか、手に取るように分かるね』

『うむ! 拠点さえ分かれば、いつでも私の有難い聖書朗読会が開催できるぞ!』

セレスもやる気満々の声で応え、アイラたちは仕掛けた罠が獲物を拠点へと導くのを、余裕の笑みを浮かべて待ち構えるのだった。

アイラとリリアの精巧な分身たちを囮として攫わせ、影に潜ませた使い魔を使って情報収集を始めてから十日程が経過していた。

その間、本物のアイラたちは、レヴナント子爵邸の安全なダイニングルームで、優雅な食事を楽しみながらも着々と敵の情報を蓄積していた。

テーブルの上には、こんがりと香ばしく焼き上げられたハニーマヌカチキンと、新鮮な夏野菜がたっぷりと乗った極上のキッシュが並べられている。

「ん〜っ! このハニーマヌカチキン、甘じょっぱいタレが骨付き肉の奥まで染み込んでいて最高ね!」

アイラが骨付き肉を豪快に齧りながら、幸せそうに青玉の瞳を輝かせた。

「お姉様、こちらのキッシュも、バターの香るサクサクのパイ生地と、とろけるチーズのコクが完璧な調和を保っていて、とても美味しいですわよ」

リリアが天使のような微笑みを浮かべながら、綺麗に切り分けたキッシュを口へと運んだ。

その横では、エドワードが生真面目な顔で、リリアの皿に小さくカットした温野菜を甲斐甲斐しく取り分けている。

「さて、美味しい夕食を堪能しながら、この十日間で集まった情報の整理をしようか」

ジュリアンは、アイラの使い魔ということもあり、他の使い魔と情報を共有しながら集めた情報を記録して整理していく。

そして、出来上がった羊皮紙の資料に視線を落とし、翠緑の瞳を面白そうに細めた。

「使い魔たちが拠点の奥深くへと潜入し、影に潜んで幹部の会話を全て記憶し、ネズミに化けて金庫の隙間から台帳を盗み見たおかげで、デブリスコスモ王国の中に蔓延る闇の情報がすっかり集まってきたよ」

「へえ、どれくらいの規模だったの?」

アイラがチキンを飲み込み、紅茶で喉を潤しながら尋ねた。

「これが、予想以上に根が深くてね」

ジュリアンが差し出した羊皮紙を、エドワードが受け取って眉をひそめた。

「公爵家が一家、辺境伯家が一家、伯爵家が六家、子爵家は十一家、男爵家に至っては四十を超えているよ」

「凄い数ね、デブリスコスモ王国の貴族社会は、思った以上に新興貴族派の毒牙に侵されているみたいだわ」

アイラが呆れたように言うと、リリアがふと羊皮紙の端を指差した。

「でも、お姉様、このリストを見てくださいな」

「ん? どうしたの?」

「これだけ多くの家が関わっているのに、騎士家は一つもありませんわ」

リリアの指摘に、アイラはキッシュを齧りながら首を傾げた。

「あら、本当ね。騎士家は一つも無いわ。これってどうしてかしら?」

「それについては、僕も少し考えていたのだけれどね」

ジュリアンが優雅に足を組み替え、腹黒い笑みを深めた。

「騎士家は実力主義の現場組だし、何より彼らは頑固で生真面目な者が多い」

「裏金作りのような陰湿な利権を提案したところで、話が通じないと思われているのだろう」

「なるほどね、脳筋ばかりだから悪巧みに誘っても邪魔になるだけ、と相手にされていないわけね」

アイラが納得したように言うと、エドワードが生真面目な顔で頷いた。

「ええ、兄上のいう通りです。彼らは現場で剣を振るうことしか頭にありませんから、こうした経済的な陰謀には関与させない方が、組織としても都合が良いのでしょう」

「それで、ジュリアン様、この大量の情報をどうやって活用するの?」

アイラが尋ねると、ジュリアンは羊皮紙の一点を示した。

「先ずは、三日後に開催される違法奴隷のオークションがある」

「そこには、このリストに載っている伯爵家が三家、子爵家五家、男爵家が十五家参加する予定だ」

「あら、現行犯で一網打尽にするには、これ以上ない絶好の機会じゃない!」

アイラが青玉の瞳をギラリと輝かせた。

「ああ、先ずはこれを押さえてデブリスコスモ王国での手柄としよう」

ジュリアンが頷き、さらに言葉を続けた。

「実力で得た手柄を皮切りに、デブリスコスモ王国の外にまで捜査の目を向けよう」

「外に、ですか?」

エドワードが問いかける。

「そう。他国でも同じような誘拐や失踪事件が起きていることは、先日の会議でも共有されたからね」

「国際的に動いて他国にも貢献すれば、我がレヴナント子爵家の貴族位を上げる、つまり爵位上げにも繋がるはずだ」

「素晴らしい計画だわ! 美味しいご飯を食べ歩きつつ、各国の危機を救って爵位まで上げられるなんて、一石二鳥ね!」

アイラが嬉しそうに立ち上がると、リリアもニコニコと頷いた。

「でも、一つ解決しなければならない問題がありますわ」

リリアが少し困ったように人差し指を頬に当てた。

「この情報を、私たちがどうやって得たことにするか、ですわね」

「そうね。まさか、魔法で創った分身を攫わせて、影の使い魔を潜り込ませて調べました、なんてデブリスコスモ王国国王の前で言ったら怪しまれちゃうわ」

アイラが言うと、ジュリアンが極上の愛想笑いを浮かべた。

「それなら、平民の情報屋から得たことにしよう」

「平民の情報屋、ですか?」

エドワードが尋ねる。

「そう。僕たちが平民の商人や冒険者として活動していて、裏社会で懇意にしていた非常に有能な情報屋がいる、というテイにするのさ」

「彼から多額の資金を使って情報を買い取った、と説明すれば筋が通る」

「なるほど、不自然ではないわ。デブリスコスモ王国国王も納得するでしょう」

「ええ、王家としても、独自の平民情報網を駆使してこれほどの事件を解決に導いたとなれば、レヴナント子爵家を高く評価せざるを得ません」

エドワードが生真面目な顔で深く頷いた。

「そうだね、デブリスコスモ王国国王に報告して、王宮の騎士団を派遣してもらう感じで動こう」

ジュリアンが腹黒い笑みを浮かべた。

「僕たちはあくまで情報の提供者として、手柄の立役者になればいいのさ」

「おおっ! ならば、私の『有難い聖書朗読会』の出番じゃな!」

セレスがタルトを平らげながら目を輝かせた。

「捕らえた悪党どもに、たっぷりと神の御言葉を聞かせてやろうぞ!」

「ええ、セレスの朗読会で彼らが灰になるなら、悪魔の知識が関わっている決定的な証拠にもなるわね」

アイラが悪巧みをするように笑うと、セナが胃を押さえながら震えた。

「もう、これ以上カオスなことになりませんように……」

「とにかく、三日後のオークション摘発に向けて、デブリスコスモ王国国王への報告の準備を整えましょう」

アイラたちの腹黒くも頼もしい作戦会議は、美味しい夕食と共に、和やかに進んでいくのだった。

作戦会議の翌朝、王宮へと向かう馬車の中で、アイラは王都で評判のハニーバターサツマイモパイを嬉しそうに頬張っていた。

「ん〜っ! さすがはデブリスコスモ王国の王都ね! このお芋のねっとりとした甘みと、じゅわっと染み出すハニーバターのコクが最高の調和を保っているわ!」

アイラがサクサクと音を立ててパイを平らげると、隣に座るジュリアンが呆れたように笑いながら、彼女の口元に付いたパイ生地を指先で優しく拭い取った。

「アイラ、もうすぐ王宮に到着するのだから、少しは子爵夫人としての緊張感を持っておくれよ」

「大丈夫よ、ジュリアン様。美味しいご飯を食べておかないと、これから始まる国王様との化かし合いで頭が働かなくなっちゃうもの」

アイラが青玉の瞳を悪戯っぽく輝かせると、向かいに座るリリアも天使のような微笑みを浮かべて頷いた。

「ええ、お姉様のいう通りですわ。今回は私たちの『規格外の力』を隠し通したまま、人間たちのルールに従って立ち回らなければなりませんからね」

リリアの横では、エドワードが生真面目な顔で、懐から取り出した王都の地図を見つめている。

「しかし、兄上。今回の一件が首尾よく片付けば、デブリスコスモ王国におけるレヴナント子爵家の名声は確固たるものになるでしょうね」

「ああ。バルディア侯爵がしっかりと根回しをしてくれているからね。僕たちは用意された舞台で、有能な情報提供者としての役割を完璧に演じるだけさ」

ジュリアンが腹黒い笑みを深めると同時に、馬車が王宮の重厚な門をくぐり抜けて停車した。

一行が馬車を降り、近衛兵たちに案内されて謁見の間へと足を踏み入れると、そこには厳格な面持ちのデブリスコスモ王国国王と、由緒ある貴族派の重鎮であるバルディア侯爵が待っていた。

「レヴナント子爵、よくぞ参った。昨日、バルディア侯爵から、我が国の存亡に関わる重大な危機についての情報を掴んだと聞いたが、真実なのか?」

国王の鋭い視線が注がれる中、ジュリアンは完璧な一礼を捧げ、懐から用意していた羊皮紙を取り出した。

「ええ、陛下。私たちの個人的な伝手で、平民の商人や冒険者として活動する中、裏社会で懇意にしていた非常に有能な情報屋がおりまして。彼からこの国を蝕む『新興貴族派』の闇の情報を買い取ることに成功いたしました」

ジュリアンが淀みなく説明しながら差し出した羊皮紙を、バルディア侯爵が恭しく受け取り、国王へと手渡した。

台帳に記された具体的な貴族たちの名前と、その関係者の数を目にした瞬間、国王の表情が驚愕と怒りで引きつった。

「な、何だこれは……! 公爵家が一家、辺境伯家が一家、伯爵家が六家、子爵家は十一家、男爵家に至っては四十を超えているだと……!?」

国王の手元が微かに震え、重苦しい沈黙が謁見の間を支配した。

「……待て。一介の平民情報屋が、これほどの国家機密や貴族の裏帳簿をどうやって手に入れたというのだ?」

国王の放つ覇気が謁見の間を満たし、鋭い眼光が疑念を孕んでジュリアンを射抜く。

しかし、そんな息の詰まるような緊迫した空気などどこ吹く風で、ジュリアンは涼しい顔で極上の愛想笑いを崩さない。

「彼らは裏社会のさらに深く、影に潜む術に長けておりますゆえ。多額の資金と引き換えに、命がけで情報をかき集めてくれたのです」

「陛下、ジュリアン卿の言葉に偽りはございません。彼がもたらした情報は、我が家の諜報網で裏付けが取れているものと完全に一致しております」

バルディア侯爵が絶妙な間合いでフォローを入れると、国王は小さく息を吐いて矛を収めた。

「ここまで我が国の貴族社会が、奴らの毒牙に侵されていたというのか。……しかし、これほど多くの家名が連なっているというのに、騎士家が一つも載っていないのはどういうことだ?」

国王の至極全うな疑問に、一歩前に出たエドワードが生真面目な顔で深く頷いた。

「陛下、騎士家は実力主義の現場組であり、頑固で生真面目な者が多い傾向にあります。裏金作りのような陰湿な利権を提案したところで、彼らには話が通じず、むしろ悪巧みの邪魔になると相手にされなかったのでしょう。都合の良いように経済的な陰謀を進めるためには、現場で剣を振るう者たちを関与させない方が、組織としても都合が良かったのだと思われます。しかし、組織の規模として考えると、別の目的で動いている可能性も排除しきれません」

「なるほど……。実に理にかなった分析だ。レヴナント子爵家には、これほど恐るべき裏社会の真実を見抜くほどの優秀な人材が揃っているのだな」

国王は深く感銘を受けたように息を吐き、改めてジュリアンを真っ直ぐに見つめた。

「それで、ジュリアン卿。この恐るべき陰謀を、我々はどのようにして叩き潰すべきだと思う?」

ジュリアンは極上の愛想笑いを浮かべ、羊皮紙に記された『ある計画』の箇所を指し示した。

「先ずは、三日後に王都の地下で密かに開催される、違法奴隷のオークションがございます。そこには、このリストに載っている伯爵家が三家、子爵家五家、男爵家が十五家参加する予定です。現行犯で彼らを一網打尽にするには、これ以上ない絶好の機会かと存じます」

「現行犯での一網打尽か……! よし、三日後のオークション会場に、王宮の第一騎士団と魔法師団を極秘裏に派遣し、包囲制圧する!」

国王が力強く宣言し、傍らに控えていた騎士団長が拳を胸に当てて深く頭を下げた。

「レヴナント子爵家よ。この未曾有の国難を暴いた貴殿らの功績は、計り知れん。今回の摘発作戦には、情報の提供者として、貴殿らも現場への同行を許可する。我が王国の平和のため、力を貸してほしい」

「身に余る光栄にございます、陛下。我がレヴナント子爵家、微力ながら王宮騎士団の皆様を全力でサポートさせていただきます」

ジュリアンが恭しく頭を下げ、国王との謁見は完璧な成果を収めて幕を閉じられた。

王宮を後にし、レヴナント子爵邸のダイニングルームに戻ってきた一行を、退屈そうに待っていたセレスが目を輝かせて出迎えた。

「おおっ! 戻ったか! して、国王との化かし合いはどうなったのじゃ?」

「完璧よ、セレス。すべてジュリアン様の計画通りに進んだわ」

アイラが満足そうに腕を組むと、リリアもニコニコと頷いた。

「三日後の違法奴隷オークションに、王宮の騎士団が派遣されることになりましたわ。私たちは彼らと同行して、裏で動く悪者たちを監視する役割になります」

「ふははは! ならば、私の『有難い聖書朗読会』の準備を始めねばならぬな! 捕らえた悪党どもに、たっぷりと神の御言葉を聞かせて灰にしてやろうぞ!」

セレスがタルトを齧りながら不敵に笑うと、セナが両手で胃を押さえながら震えた。

「悪党とはいえ、教皇様の朗読で灰になっちゃうなんて……どうか、これ以上カオスなことになりませんように……」

「さて。手柄は王宮騎士団に譲りつつも、悪魔の知識に関わる決定的な証拠は、僕たちが裏できっちりと押さえさせてもらうよ」

ジュリアンが翠緑の瞳を細めて腹黒く笑うと、エドワードも生真面目な顔で頷いた。

「ええ、兄上。私たちは情報の立役者として、裏で糸を引く連中の息の根を止めましょう」

「美味しいご飯を食べ歩くためにも、このデブリスコスモ王国の闇は、ここで根こそぎお掃除してやるわ!」

アイラが青玉の瞳をギラリと輝かせ、三日後に迫るオークション摘発作戦に向けて、レヴナント子爵邸の夜は、腹黒くも頼もしい熱気に満ちて更けていくのだった。

いよいよ、違法奴隷オークションの摘発作戦当日がやってきた。

もともとエドワードは王宮の騎士団員なので、現場の騎士たちとの連携や、事前の細かな確認はエドワードに一任するつもりであった。

しかし、デブリスコスモ王国国王から同行の許可が下りた結果、今回は、騎士団員のエドワードと、新進気鋭の魔法師団員として頭角を現しているリリア、そして有能な情報提供者の代表であるジュリアン子爵という布陣で、現場へ向かうことに決まった。

アイラはといえば、子爵家の代表者としてはジュリアンだけで良いということで、今回は留守番となるのであった。

「お姉様、今回は私たちがしっかりと役割を果たしてまいりますわ」

リリアが天使のような微笑みを浮かべながら、魔法師団のローブを整えた。

「ああ、アイラはレヴナント子爵邸で、僕たちの帰りを優雅に待っていておくれ」

ジュリアンが翠緑の瞳を優しく細めて微笑むと、隣ではエドワードが生真面目な顔で剣の柄に手を置いた。

「留守中の屋敷の守りは、万全な結界を敷いておきます。兄上やリリア嬢の背後は、私が騎士団の一員として必ず守り抜いてみせましょう」

「ええ、みんな気をつけてね。私はセレスとセナと、美味しいお菓子でも食べながらのんびり待っているわ」

アイラが笑顔で三人を見送ると、ジュリアンたちは王宮の騎士団や魔法師団の精鋭たちと合流するため、静かに屋敷を出発していった。

アイラが、セレスとセナの二人と賑やかにお留守番をしている中、さっそく囮の分身に動きがあった。

サロンのソファに寝そべり、王宮の料理人が特別に焼いてくれたハニーバターサツマイモスコーンを頬張っていたアイラは、ふと青玉の瞳を鋭く光らせた。

「……あら、私の分身に動きがあったわ」

アイラの意識の片隅には、十日前にわざと誘拐させた九歳の少女の分身たちの、薄暗い檻の中の視界と周囲のざわめきがはっきりと共有されていた。

檻の外では、新興貴族派の息がかかった下卑た面持ちの構成員たちが、何やら慌ただしく荷物をまとめながら密談を交わしている。

「おい、この双子のガキどもはどうするんだ?」

「こいつらは今回の奴隷オークションには出品されずに、他国に移送されるらしい」

「他国へか。今回のオークションだけでも大がかりだというのに、奴らはこの上物を、よほど特別な顧客に届けるつもりだな」

「ああ、移送は奴隷オークションの始まる前、今すぐに出発させるそうだ。余計な邪魔が入る前に、とっとと国境を越えさせるぞ」

国名は出ていなかったが、移送は奴隷オークションの始まる前のタイミングで行われるらしい。

分身の耳を通じて彼らの会話を聞き終えたアイラは、ソファから跳ね起きてニヤリと不敵に笑った。

「他国への移送計画なんて、もっと敵から情報を開示してくれるとは都合が良いわね」

アイラがスコーンを口に放り込んで言うと、隣でタルトをつまんでいたセレスが目を輝かせた。

「ほう! 他国への移送か! それはまさに、おぬしたちが言っていた『他国にまで捜査の目を向けて爵位を上げる』という計画に、これ以上ない絶好の足がかりではないか!」

「ええ、セレスのいう通りよ。これで他国の闇の拠点まで、分身たちが勝手に道案内をしてくれるわ」

アイラが悪巧みをするように笑うと、セナが両手で胃を押さえながらおずおずと口を開いた。

「お、お姉様……。他国にまでカオスな事件が広がっていくなんて、なんだか今から恐ろしいです……」

それから数時間が経過し、夜も更けた頃、レヴナント子爵邸の玄関が慌ただしく開いた。

奴隷オークションで大捕り物をして、見事に新興貴族派の連中を一網打尽にして帰ってきたリリアたちが、サロンへと戻ってきた。

「お姉様、ただいま戻りましたわ! 摘発は大成功ですわ!」

リリアが嬉しそうに駆け寄ると、エドワードも満足そうに深く頷いた。

「ええ、王宮騎士団と魔法師団の連携により、オークション会場にいた悪徳貴族たちを現行犯で全員捕縛いたしました」

「僕たちの情報提供者としての名声も、これで決定的なものになったよ」

ジュリアンが極上の愛想笑いを浮かべながら、アイラの隣へと腰を下ろした。

アイラは帰ってきた三人に、お留守番中に囮の分身たちから得た状況を共有するのであった。

「みんなお疲れ様! 実はね、みんなが戦っている間に、囮の分身たちに面白い動きがあったのよ」

「分身たちに、ですか?」

リリアが首を傾げると、アイラは青玉の瞳をギラリと輝かせて計画を口にした。

「ええ、私たちの分身は今回のオークションには出品されずに、別の他国に移送されるらしいわ。具体的な国名はまだ出ていなかったけれど、移送自体は奴隷オークションが始まる前の時点で、すでに行われていたみたい」

「なるほど……。オークションが始まる前に他国へ出発していたのか」

ジュリアンが翠緑の瞳を細めて腹黒い笑みを深めた。

「それは実に素晴らしい情報だね。これで僕たちは、デブリスコスモ王国の手柄を完全に手中に収めつつ、自然な形で他国の危機を救う『次の舞台』へと足を進めることができる」

「ええ、お姉様! 分身たちの動きを追えば、この組織のさらに奥深く、国際的な闇のネットワークを根こそぎお掃除できますわね!」

リリアもニコニコと天使のような笑顔で同意した。

「分身とはいえ、もし酷い扱いを受けるようなら、万が一に備えてすぐに結界を張って制圧できるように準備はしてあるわ」

「よーし! 美味しいご飯を食べ歩くためにも、他国に巣食う悪党どももまとめて、きれいに大掃除してやろうじゃない!」

アイラが力強く拳を握りしめ、レヴナント子爵邸の夜は、次なる他国での暗躍と美味しい美食ライフへの期待に満ちて、さらに熱く更けていくのだった。