軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

魔女編18

レヴナント子爵邸を買い取り、新たな生活基盤を整えたアイラたちは、さっそくデブリスコスモ王国の社交界へと打って出る準備を進めていた。

「ん〜っ! さすがはお義姉様の生家だけあって、王都の市場で買える食材と質も最高ね!」

アイラが綺麗に修繕されたダイニングルームで、こんがりと焼き上げられた巨大なローストポークを頬張りながらご満悦の声を上げた。

「ええ、脂の甘みとハーブの香りが絶妙に絡み合って、とても美味しいですわね」

リリアも優雅な手つきで肉を切り分け、天使のような微笑みを浮かべている。

その横では、エドワードが甲斐甲斐しくリリアの皿に付け合わせの温野菜を取り分けていた。

「リリア嬢、お肉ばかりではなく野菜もしっかり食べないと体に障りますよ」

「ありがとうございます、エドワード様」

妹夫婦がいつものように甘いピンク色の空間を作り出している横で、ジュリアンが手にした封筒をヒラヒラと揺らして見せた。

「さて、我がレヴナント子爵家の名義で、王宮主催の夜会への招待状が届いたよ」

ジュリアンの言葉に、アイラはフォークを止めて青玉の瞳を瞬かせた。

「王宮の夜会って、貴族なら誰でも参加できるものなの?」

「いや、王家の行事に参加できるのは、一定以上の爵位を持つ者か、特別に許可を得た新興貴族くらいのものさ」

ジュリアンは翠緑の瞳を面白そうに細め、腹黒い笑みを浮かべた。

「没落したとはいえ、レヴナント家はかつて王家にも連なる公爵家だった歴史があるからね」

「なるほどね、その由緒ある家名を金で買い取った成金がどんな顔をしているか、見物してやろうって腹ね」

アイラがローストポークを飲み込んでニヤリと笑うと、ジュリアンも深く頷いた。

「そういうことだ」

「エドワード様とリリアも一緒に行く?」

アイラが尋ねると、エドワードは真面目な顔で首を横に振った。

「いえ、私たちは数日後に控えている騎士団と魔法師団の入団試験に向けた準備がありますので、今回はお留守番をしておきます」

「表の社交界は、お姉様とジュリアン様にお任せいたしますわ」

リリアが応援するように拳を握ると、アイラは任せなさいと胸を張った。

「ええ、美味しいビュッフェ料理を堪能しながら、今後のための強力な盾を見つけてくるわ」 美味しい食事と新たな盾を求めて、アイラとジュリアンはデブリスコスモ王国の社交界へと初めて足を踏み入れことになった。

数日後の夜、デブリスコスモ王国の王宮は、眩いばかりの魔導ランプの光に包まれていた。

豪華絢爛なシャンデリアが天井から吊るされ、着飾った貴族たちが優雅に談笑している。

その大広間に、アイラとジュリアンが足を踏み入れた瞬間、会場の空気がわずかに変わった。

「……おい、見ろ。あれがレヴナントの家名を買ったという平民上がりか」

「莫大な借金を一括で返済したらしいが、所詮は金だけの成金だろう」

「由緒ある公爵家の名をあのような者たちが名乗るとは、嘆かわしいことだ」

周囲の貴族たちから、ヒソヒソと冷ややかな声が漏れ聞こえてくる。

金で爵位を買った成り上がり者として、歴史と伝統を重んじる由緒ある貴族家から侮蔑の視線を向けられるのは当然のことであった。

「ふふっ、予想通りの歓迎ぶりだね」

ジュリアンが全く気にした様子もなく涼しい顔で微笑むと、アイラも鼻で笑った。

「そうね、でもそんなことより、あっちのビュッフェコーナーのローストビーフが私を呼んでいるわ」

周囲の冷ややかな視線などどこ吹く風で、アイラは一目散に料理の並ぶテーブルへと向かっていった。

厚切りにされた極上のローストビーフを皿に山盛りにし、アイラが幸せそうに頬張っていると、一人の恰幅の良い男が近づいてきた。

「おや、貴方様が新たにレヴナント子爵となられた、ジュリアン卿ですかな」

男は金と宝石で飾られた派手な衣装を着ており、いかにも成金といった風貌をしていた。

「私はゴルド男爵」

「商会を立ち上げて財を成し、数年前に爵位を買い取った者です」

ゴルド男爵は親しげに笑いかけ、ジュリアンにワイングラスを差し出した。

「貴方様も、我々と同じく実力と財力でのし上がった『新興貴族派』とお見受けいたしますぞ」

デブリスコスモ王国の社交界は、大きく分けて二つの派閥が存在していた。

一つは、古い歴史と血筋を重んじる『由緒ある貴族派』である。

もう一つは、功績を上げたり金で爵位を買ったりして新たに貴族となった者たちが集まる『新興貴族派』であった。

「我々のような新参者は、古い貴族どもから理不尽な扱いを受けることも多い」

「どうか、我々の派閥に加わり、共に手を取り合ってこの社交界を生き抜いていきませんかな」

ゴルド男爵の誘いは、金で爵位を買ったアイラたちが当然組み込まれるであろうと思われていた既定路線であった。

ジュリアンは極上の愛想笑いを浮かべながら、適当に話を合わせようと口を開きかけた。

その時、大広間の空気がピリッと引き締まり、人だかりが割れて一人の老紳士が歩み出てきた。

「……ゴルド男爵、少し道を空けていただけないだろうか」

白髪を綺麗に撫で付け、厳格なオーラを放つその老紳士は、胸元に最高位の勲章を輝かせていた。

「ひっ……バ、バルディア侯爵閣下」

由緒ある貴族派の重鎮であるバルディア侯爵の登場に、ゴルド男爵は慌てて道を譲った。

バルディア侯爵は、ビュッフェの皿を持ったままのアイラと、その隣に立つジュリアンをジッと見つめた。

周囲の貴族たちは、由緒ある貴族の重鎮が、新参者の成金に直接文句を言いに来たのだと思い、固唾を呑んで見守っていた。

大広間が一瞬にしてシンと静まり返る中、侯爵のグラスを持つ手は微かに震えていた。

しかし、バルディア侯爵の瞳に浮かんでいたのは、怒りや侮蔑ではなく、深い驚愕と畏敬の念であった。

「……信じられん」

「輝くばかりの銀髪に、吸い込まれるような青玉の瞳……」

侯爵の声は微かに震えており、まるで神話の生き物を目の当たりにしたような顔をしていた。

「えっと……私、何か顔についてます?」

アイラが口元にソースをつけたまま首を傾げると、侯爵はハッと我に返り、深く頭を下げた。

「失礼いたしました、レヴナント子爵夫人」

「もしよろしければ、少し別室で私とお話をさせていただけないでしょうか」

バルディア侯爵の思いがけない丁重な態度に、ゴルド男爵をはじめとする新興貴族たち、そして周囲の由緒ある貴族たちも驚きに目を見開いた。

「……面白そうだ、行ってみようか」

ジュリアンがアイラに目配せをし、二人はバルディア侯爵に案内されて静かなテラス席へと移動した。

テラス席にアイラとジュリアンを座らせると、バルディア侯爵は改めて深く頭を下げた。

「金で爵位を買った我々に、由緒ある侯爵閣下がどのようなご用件でしょうか」

ジュリアンが探りを入れるように尋ねると、侯爵は真剣な眼差しでアイラを見つめた。

「……単刀直入にお伺いいたします」

「貴方様は、かつて大陸の西に存在した『ヴァリエール王国』の、王家の末裔であられるか」

その問いに、アイラとジュリアンは内心で大きく驚いたが、表面上はポーカーフェイスを貫いた。

「なぜ、そのようなことを聞かれるのですか」

アイラが静かに問い返すと、バルディア侯爵は重々しい口調で語り始めた。

「我がデブリスコスモ王国は、数百年前のアウストラル帝国による世界統一の際、降伏した国々が寄り集まって存続したという歴史を持っております」

「我々『由緒ある貴族』は、その屈辱と悲哀の歴史を決して忘れることはありません」

侯爵の言葉には、長い歴史を背負ってきた者特有の深い重みがあった。

「そして、我々は同時に語り継いでいるのです」

「世界を呑み込んだあのアウストラル帝国を、一夜にして跡形もなく消し去った、偉大なる『狂気の魔女』の伝説を」

その言葉を聞いた瞬間、アイラは思わず手に持っていたフォークを落としそうになった。

「きょ、狂気の魔女……」

「ええ」

「アウストラル帝国によって祖国であるヴァリエール王国を滅ぼされ、愛する夫や家族を理不尽に奪われた悲しみと絶望から産まれた、美しくも恐ろしい魔女」

バルディア侯爵は、まるで聖女を讃えるかのような熱を帯びた瞳で語り続けた。

「彼女たちは別名、『悲劇の魔女』や『抜け殻の魔女』として、我が国の歴史書に密かに記されております」

「帝国を滅ぼしてくださった彼女たちは、我々降伏国にとって、まさに救世主であり英雄なのです」

侯爵の熱弁に、アイラとジュリアンは内心で冷や汗を流していた。

(ジュリアン様、これって間違いなく私とリリアのことよね)

(ああ、あの日帝国を蒸発させた事実が、そんな風に英雄譚として伝わっているとはね)

念話でこっそりとやり取りをしながら、二人はどう答えるべきか頭をフル回転させた。

「その英雄である『悲劇の魔女』の特徴が、輝く銀髪と青玉の瞳を持つ、美しい女性であったと記されております」

バルディア侯爵は、アイラの銀髪と青玉の瞳を真っ直ぐに見つめた。

「貴方様のお姿は、伝説に語られる魔女、すなわちヴァリエール王家の血筋そのもの」

「だからこそ、お伺いしたのです」

「貴方様は、その誇り高き王家の末裔であられるのかと」

自分自身がその魔女本人であるとは口が裂けても言えないアイラであったが、この圧倒的に有利な状況を利用しない手はなかった。

ジュリアンと視線を交わし、小さく頷き合うと、アイラは静かに口を開いた。

「……ええ、隠すつもりはありませんわ」

アイラは、まるで重い秘密を打ち明けるかのように、毅然とした態度で頷いた。

「私たちは間違いなく、かつて西の大陸にあったヴァリエール王家の血を引く末裔です」

その明確な肯定の言葉に、バルディア侯爵は大きく息を呑んだ。

さらに、ジュリアンが極上の愛想笑いを浮かべて言葉を続ける。

「私の妻の名はアイラ、そして屋敷で留守を預かっている双子の妹はリリアと申します」

「我が一族では、帝国を滅ぼした偉大なる先祖にあやかり、代々その御名を受け継いできたのです」

ジュリアンが淀みなく作り話を設定として開示すると、バルディア侯爵の瞳から大粒の涙が溢れ出した。

「おおお……! アイラ様に、リリア様!」

「伝説に記された英雄の御名そのものを受け継いでおられるとは!」

「まさか、ヴァリエール王家の末裔の方々が、我が国でレヴナント家を継がれることになるとは」

侯爵は立ち上がり、ジュリアンとアイラの手を固く、震える手で握りしめた。

「我々『由緒ある貴族派』は、歴史を継ぐ者として、貴方様方を心より歓迎いたします」

「どうか、我々の派閥の仲間として、王家を支えてください」 本来であれば金で爵位を買った新興貴族派の末席に連なるはずだったアイラたちだが、伝説の魔女の血筋と代々受け継がげてきた名前という圧倒的な歴史的付加価値により、一夜にして由緒ある貴族派の最重要人物として迎え入れられることになった。

「ふふっ、これは思わぬ幸運だね」

「最強の盾が、向こうから飛び込んできてくれたよ」

夜会からの帰り道、馬車の中でジュリアンが腹黒く笑うと、アイラも満足げに頷いた。

「ええ、これで誰にも文句を言われずに、美味しいご飯を食べ歩くことができるわね」

美味しいご飯への執念が引き寄せた強固な後ろ盾に、アイラはこれからの優雅な美食ライフへの期待に胸を膨らませていた。

バルディア侯爵との劇的な対面を果たした王宮の夜会から数日後、レヴナント子爵邸には雪崩を打つように大量の手紙が届けられていた。

「お姉様、またバルディア侯爵派の奥様方から、お茶会のお誘いと面会のご希望が届いておりますわ」

リリアが、銀のトレイの上に山のように積まれた高級な封筒の束を見て、天使のような微笑みを浮かべた。

「すごい数ね、バルディア侯爵が由緒ある貴族派のネットワークを使って、私たちがヴァリエール王家の末裔だってことを大々的に広めてくれたみたいだわ」

アイラは、ソファに寝そべりながらクッキーを齧り、満足げに頷いた。

「我が派閥に伝説の魔女の末裔が加わったとなれば、彼らにとっては最大の誉れであり、強力な政治的カードになるからね」

ジュリアンが優雅に紅茶を傾けながら、腹黒い笑みを浮かべて解説する。

「特に、貴族家の夫人や令嬢たちは、歴史に名を残す『悲劇の魔女』の末裔がどんな人物なのか、その神秘的な歴史に興味津々といったところだろう」

「なるほどね、だったらその期待に全力で応えて、私たちの強力なファンクラブを作ってしまえばいいのよ」

アイラはクッキーを飲み込み、青玉の瞳をキラリと輝かせて勢いよく立ち上がった。

「トーマス! アンナにマリー! 今すぐ屋敷で一番広いサロンを掃除して、最高級の茶器を準備しなさい!」

アイラの号令に、控えていた執事のトーマスとメイドたちが弾かれたように背筋を伸ばした。

「かしこまりました、奥様! して、どのような趣向のお茶会にいたしましょうか?」

トーマスの問いに、アイラは得意げに胸を張り、ニヤリと笑った。

「もちろん、『ヴァリエール王国風の伝統的なお茶会』よ」

「私たちが伝え聞く限りの、かつての祖国の様式を再現して、奥様方のお腹と心を完全に掴んでしまいますわ!」

リリアも気合十分に拳を握りしめ、アイラと共に厨房へと向かって駆け出していった。

「……やれやれ、彼女たちが本気を出したスイーツの前では、どんな貴族の夫人も陥落するのは目に見えているね」

ジュリアンが面白そうに翠緑の瞳を細めると、エドワードも生真面目な顔で深く頷いた。

「ええ、我々は裏方に徹して、彼女たちの社交界制覇を見守るとしましょう」

数日後、美しく整えられたレヴナント子爵邸のメインサロンには、デブリスコスモ王国の由緒ある貴族派を代表する、有力な夫人や令嬢たちがずらりと顔を揃えていた。 「皆様, 本日はレヴナント子爵邸へようこそお越しくださいました」

アイラとリリアが、かつてのヴァリエール王国の伝統的なデザインを取り入れた、上品かつ神秘的なドレス姿で優雅なカーテシーを披露する。

「まあ……! なんてお美しいお二人でしょう」

「銀糸の髪に青玉の瞳、まさに伝説に語られるヴァリエール王家の血筋そのものですわ」

夫人たちは、アイラたちの圧倒的な美貌と、どこか浮世離れした魔女としての神秘的なオーラに、早くも完全に魅了されているようだった。

「さあ、どうぞお掛けください」

「本日は、私たちの祖先の祖国であるヴァリエール王国の伝統を、伝え聞く限りで再現したお茶会をご用意いたしましたわ」

二人に促されて夫人たちが席に着くと、トーマスたち使用人が、見事な手際で紅茶と三段のティースタンドを運んできた。

「これは……! 見たこともないほど繊細で、美しいお菓子ですわね!」 ティースタンドの上には、アイラとリリアが魔力と食欲の限りを尽して焼き上げた、色とりどりのフルーツタルトや、極上のクリームをたっぷり挟んだスコーン、そして口の中でとろけるようなチョコレート細工が所狭しと並べられていた。

「どうぞ、熱いうちにお召し上がりくださいませ」

アイラが微笑みかけると、夫人たちは恐る恐るスコーンを手に取り、一口齧った瞬間に目を丸くして感嘆の声を上げた。

「美味しい……! 外はサクサクなのに、中はふんわりとしていて、この濃厚なクリームの甘さが絶妙ですわ!」

「こちらのタルトも、果物の酸味と生地の甘さが完璧な調和を保っております!」

「ヴァリエール王国の伝統的なお菓子が、これほどまでに素晴らしいものだったなんて……!」

美味しいものは、時代や国境を超えて人々の心を一つにする最強の武器である。

アイラの特製スイーツの圧倒的な 物理(カロリー) 攻撃により、有力貴族の夫人たちの胃袋は開始早々に完全に制圧されてしまった。

「ふふっ、お口に合って何よりですわ」

「実はこのレシピも、代々我が一族に口伝で受け継がれてきた、大切な宝物なのです」

アイラが優雅に紅茶を啜りながら言うと、夫人たちは一斉に熱を帯びた視線を向けてきた。

「アイラ様、リリア様」

バルディア侯爵夫人が、興奮冷めやらぬ様子で身を乗り出してきた。

「ぜひ、貴方様の一族に伝わる、その神秘的な歴史についてお聞かせ願えないでしょうか」

「ええ、私たち『由緒ある貴族派』は、ヴァリエール王家の末裔であられるお二人のルーツを、もっと深く知りたいのですわ」

令嬢たちも目を輝かせて懇願してくる姿に、アイラとリリアは視線を交わし、内心で計画通りだとほくそ笑んだ。

「……ええ、構いませんわ」

アイラは、少しだけ憂いを帯びたような、絶妙な演技の表情を作って静かに口を開いた。

「私たちが今日お話しするのは、天国にいる私たちの先祖たち――勇猛だった父や兄、そして愛する人たちから夢枕で伝え聞いた、代々受け継がれている真実の物語です」

『天国にいる父や兄たち(レオンハルトやセオドアたち)から聞いた』という設定の歴史語りが、アイラの口から滑らかに紡がれ始めた。

「時は数百年前に遡ります」

「アウストラル帝国によって祖国を奪われ、絶望の中で魔女として覚醒した私たちの先祖は、次元の壁を越えて魔女たちの住まう世界に消えたと伝えられています」

夫人たちは、伝説の魔女の真実の物語に息を呑み、ハンカチを握りしめて聞き入っている。

「そして、残された祖先のアイラとリリアのご子息は、当時の忠臣であるミーア様とザック様夫妻に育てられ、神聖ルシエラ教国で静かに暮らしていました。その後、子孫は別れ、大陸全土に散らばったと聞いています。その後、数代前の『アイラ』は、かつてのダイダロス王国――現在のドミニケル王国へと足を踏み入れましたの」

アイラが、かつてのソロキャンプでの出来事を、まるで遠い先祖の物語のように語る。

「そこで彼女は、一人の不遇な令嬢と運命的な出会いを果たしました」

「その令嬢の名は、リアスティエーゼ」

「政略の駒として北の過酷な大地に送られ、冷たい城塞の中で一人怯えていた、銀髪と青い瞳を持つ少女でした」

その名前を聞いて、歴史に詳しい夫人たちの一人がハッと息を呑んだ。

「リアスティエーゼ様……! 現在のドミニケル王国の首都の名前にもなっている、あの偉大なる建国の母、リアスティエーゼ公爵夫人のことですか!?」

「ええ、その通りですわ。彼女もヴァリエール王家の血を継ぐ子孫でした」

アイラは静かに頷き、物語をさらに深めていく。

「数代前のアイラは、孤独だったリアスティエーゼ様に、自らの持つ『魔法の力』と『生きる強さ』を教える師匠となったのです」

「雪深い中庭で、アイラはリアスティエーゼ様に魔力の使い方を教えておりました」

「そして、魔物の大群が領地を襲った時、リアスティエーゼ様は師から教わった魔法を駆使して騎士たちを鼓舞し、見事に領民を守り抜いたのですわ」

アイラが臨場感たっぷりに語る氷雪の魔法特訓と、雪山での魔物討伐の活躍に、令嬢たちは目を輝かせてうっとりとため息を吐いた。

「なんてロマンチックで、力強い物語なのでしょう……!」

「伝説の魔女様が、他国の偉大な公爵夫人の祖先だったなんて、それも魔法の師匠であるアイラ様と同じ祖先だったなんて、歴史書にはどこにも記されていない真実ですわ!」

夫人たちが興奮の渦に巻き込まれる中、リリアが天使のような微笑みを浮かべて言葉を継いだ。

「その時の強い絆と、師から弟子へと受け継がれた魔法の技術は、時代を超えて今の私たちの中にも脈々と息づいていますの」 「アイラお姉様と私が、こうして代々その名前を受け継いじているのも、時を超えた運命の子孫同士の出会いと、その誇りを忘れないためなのですわ」

「それに、現在のドミニケル王国の大太后のエクレール様は、私たちと同じ容姿をしておりましたわ」

リリアの言葉に、ついに数人の夫人たちは感動のあまり目元をハンカチで拭い始めた。

「ああ、なんと素晴らしいお話でしょう」

「ヴァリエール王家の血脈は、ただ悲劇に泣き寝入りしただけでなく、他国の歴史にまで気高い影響を与え続けてこられたのですね」

バルディア侯爵夫人が、涙ぐみながらアイラの手を固く握りしめた。

「アイラ様、リリア様」

「貴方様方のような誇り高く、そしてこれほどまでに素晴らしいお菓子を作る才能に溢れた方々を、我が派閥にお迎えできたことは、デブリスコスモ王国の社交界における最高の奇跡ですわ」

「これからは、私たちが全力でお二人を、そしてレヴナント子爵家をお支えいたしますわ!」

有力貴族の夫人や令嬢たちが、次々と立ち上がってアイラたちに熱烈な支持を表明した。

「ふふっ、皆様、本当にありがとうございます」

アイラとリリアは、完璧な淑女の微笑みを浮かべて深くカーテシーをした。

極上のスイーツと壮大な歴史ロマンの物語によってすっかり熱狂する夫人たちを見て、アイラとリリアは計画通りだと内心でガッツポーズをした。

茶会が大盛況のうちにお開きとなり、熱烈なファンとなった夫人たちを見送った後、アイラは誰もいなくなったサロンのソファにドサッと倒れ込んだ。

「あー、疲れた! でも大成功ね!」

「ええ、お姉様のお話の構成が完璧でしたわ」

リリアもホッと息を吐きながら、残っていたタルトを優雅に口に運んだ。

「……見事な手腕だったよ、二人とも」

扉の陰で控えていたジュリアンとエドワードが、拍手をしながらサロンに姿を現した。

「『天国にいる義父上や義兄上たちから聞いた』という設定で、自分たちの過去の武勇伝を先祖の伝説として語るとは、相変わらず君の図太さと機転には恐れ入るよ」

ジュリアンが腹黒く笑いながらアイラの頬をつつくと、アイラは得意げに鼻を鳴らした。

「当然よ、嘘はついてないもの」

「これで社交界の奥様方のネットワークは完全に掌握したし、誰にも邪魔されずに王都の美味しいレストランを開拓する地盤は固まったわね!」

美味しいご飯への執念がまたしても歴史の波を都合よく乗りこなし、アイラたちの地位を盤石なものへと押し上げていく痛快な成り上がりに、二人は顔を見合わせて笑い合った。

アイラたちが主催する「ヴァリエール王国風の伝統的なお茶会」は、瞬く間にデブリスコスモ王国の社交界で大流行となっていた。

連日のように由緒ある貴族派の夫人たちがレヴナント子爵邸を訪れ、アイラたちの作る極上のスイーツに舌鼓を打っている。

この日も、最高級の茶葉の香りが漂うサロンで、バルディア侯爵夫人をはじめとする有力貴族の夫人たちが優雅なひとときを過ごしていた。

「アイラ様、本日のフルーツタルトも絶品ですわね」

「ええ、このカスタードクリームの滑らかさは、何度いただいても感動してしまいますわ」

夫人たちが頬に手を当ててうっとりとする様子を、アイラは満足げな笑みを浮かべて見つめていた。

「お口に合って嬉しいですわ」

「これも我が一族に代々伝わる、秘密のレシピのおかげですのよ」

アイラが優雅に紅茶を傾けると、リリアも天使のような微笑みを浮かべて同調する。

「ええ、天国の先祖たちも、皆様に喜んでいただけてきっと喜んでおりますわ」

甘いお菓子と神秘的な歴史ロマンですっかり夫人たちの心を掌握したアイラたちは、巧みな話術で社交界の噂話を引き出していくのだった。

「そういえば、最近の新興貴族派の方々は、随分と羽振りが良いご様子ですわね」

アイラが何気ない風を装って話題を振ると、バルディア侯爵夫人はわずかに顔を顰めた。

「ええ、それが少し気がかりなのですわ」

「彼らの中には、ゴルド男爵のようにまともな商売で財を成した者もおりますが、どこから資金を得ているのか分からない不透明な者も多いのです」

夫人たちの声が自然と潜められ、サロンの空気が少しだけ張り詰めた。

「主人であるバルディア侯爵も申しておりましたが、どうやら彼らの間には後ろ暗い繋がりがあるようですの」

「新興貴族を揶揄し、我々由緒ある貴族派とは表立って接触できないようにすることで、彼らは互いを監視し合い、裏切り者が出ないよう牽制し合っている状態なのだとか」

バルディア侯爵夫人の言葉に、アイラとリリアは視線を交わした。

「ただの成り上がり者の集まりというわけではないのですね」

アイラが相槌を打つと、別の夫人が身を乗り出してきた。

「ええ、デブリスコスモ王国内で様々な怪しい行動を起こしているようなのですが、巧妙に隠蔽されていて全容が掴めないそうですわ」

「噂では、国内の裏組織だけでなく、国外の怪しい勢力とも繋がっているのではないかと言われておりますのよ」

その言葉を聞き逃さず、アイラは頭の中で情報を整理していった。

「国外の勢力、ですか」

「……ええ、だからこそ、近々我が国で開催される国際会議の場で、何か良からぬことが起きないかと主人は心配しておりますの」

バルディア侯爵夫人がため息をつくと、アイラは青玉の瞳を瞬かせた。

「国際会議、ですか?」

「ご存知ありませんか?」

「近いうちに、ドミニケル王国と神聖ルシエラ教国との間で友好条約が結ばれる予定なのですわ」

バルディア侯爵夫人が教えてくれたところによると、大陸の有力な二国が手を結ぶにあたり、中立の立場にあるデブリスコスモ王国が仲介役として選ばれたらしい。

「三国で協力体制を築こうという素晴らしいお話なのですが、その会議の開催地が、両国の中間に位置する我が国の王都に決まったのです」

「会議に合わせて大規模な舞踏会や夜会が連日開催される予定でして、社交界はその準備で持ち切りなのですわよ」

有益な情報をたっぷりと提供してくれた夫人たちを見送り、サロンに静寂が戻ると、扉の陰からジュリアンとエドワードが姿を現した。

「……聞いたかい、アイラ」

ジュリアンが翠緑の瞳を細め、腹黒い笑みを浮かべて歩み寄ってくる。

「ええ、バッチリ聞いたわ」

アイラは残っていたフルーツタルトを一口で頬張り、ニヤリと笑った。

「新興貴族派の怪しい動きと、近々開催される国際会議……」

「私たちがレヴナント子爵家の爵位を上げるための『功績』を立てるには、これ以上ない絶好の機会だね」

ジュリアンがアイラの隣に座り、優雅に足を組んだ。

「由緒ある貴族派のトップであるバルディア侯爵も全容を掴めていない事件を我々が解決し、国際会議を無事に成功させれば、王家も我々を無視することはできなくなる」

「なるほどね、そのためには水面下で情報のやり取りをする必要があるわ」

アイラは紅茶でタルトを流し込み、気合を入れるようにテーブルを叩いた。

「国際会議に合わせて開かれる舞踏会や夜会、それに私たちが主催するお茶会をフル活用して、新興貴族派の尻尾を掴んでやるわよ」

「お姉様、私も全力でお手伝いいたしますわ」

リリアが両手で拳を握りしめると、エドワードが優しく微笑みかけた。

「リリア嬢の安全は、私と騎士団の仲間たちで必ず守り抜いてみせますよ」

いつものように二人だけの甘いピンク色の空間を作り出す妹夫婦を横目に、アイラはふふっと不敵な笑みを漏らした。

「美味しいビュッフェ料理を食べ尽くしつつ、国の危機も救って爵位を上げる……」

「完璧な計画ね、ジュリアン様」

「ああ、君のその尽きることのない食欲と探求心があれば、どんな陰謀も丸裸にできるだろうさ」

迫り来る国際会議を舞台に新興貴族派の闇を暴いてやろうと、アイラたちは壮大な計画に向けて密かに闘志を燃やしていた。

アイラたちが主催したお茶会の大成功により、レヴナント子爵家はデブリスコスモ王国の由緒ある貴族派の中で確固たる地位を築きつつあった。

しかし、アイラたちの真の目的は、単に優雅な社交界生活を満喫することではない。

「私たちが爵位を上げて発言力を得るためには、国に認められるだけの確固たる『功績』が必要ね」

レヴナント子爵邸のダイニングルームで、アイラは山盛りのパンケーキを切り分けながら青玉の瞳を真剣な色に染めた。

「ああ、先日のお茶会で奥様方から聞いた噂話……新興貴族派の不審な動きは、我々にとって絶好の狙い目になるだろうね」

ジュリアンが優雅にコーヒーを傾けながら、翠緑の瞳を細めて同調する。

「だけど、単に由緒ある貴族派と新興貴族派が気に食わなくて対立しているというだけなら、表立って大きな問題には発展しないはずだわ」

アイラがパンケーキを頬張りながら首を傾げると、ジュリアンも深く頷いた。

「そこが一番の疑問なのだよ」

「由緒ある貴族派の中にも、最近になって貴族入りした家や、我々レヴナント子爵家のように爵位を金で買った家も存在している」

「それなのに、新興貴族派という派閥が一体『どの基準』で形成されているのか、明確な線引きが不明なのだ」

二人が情報不足を感じていたちょうどその時、執事のトーマスが一通の豪華な封筒を運んできた。

「ご主人様、奥様、バルディア侯爵夫人より、侯爵邸で開催される夜会へのご招待状が届いております」

その報告に、アイラとジュリアンは顔を見合わせてニヤリと笑った。

「素晴らしいタイミングだね、より詳しい内情を知るバルディア侯爵閣下に、直接お話を伺ってみようか」

「ええ、ついでに侯爵家の専属シェフが作るという、極上のディナーも堪能してきましょう」

数日後、アイラとジュリアンは、デブリスコスモ王国の有力者たちが集うバルディア侯爵邸の夜会へと足を運んでいた。

「まあ、アイラ様! 本日も素晴らしいドレスですこと!」

「先日のタルトの味が忘れられなくて、またお茶会にお呼びいただきたいと思っておりましたのよ」

会場入りするなり、由緒ある貴族派の夫人たちに囲まれたアイラは、完璧な愛想笑いを浮かべて優雅に挨拶を交わしていった。

「ふふふっ、この分なら、あの特大のローストターキーも私の思い通りに確保できそうね」

アイラが隙を見てビュッフェコーナーの最高級食材を皿に確保していると、バルディア侯爵が静かに歩み寄ってきた。

「レヴナント子爵、そしてアイラ夫人、本日はよくおいでくださいました」

「侯爵閣下、素晴らしい夜会にお招きいただき、光栄の至りに存じます」

ジュリアンが恭しく頭を下げると、バルディア侯爵は周囲の目を気にするように声を潜めた。

「お二人には、少し折り入ってお話ししたいことがありましてな」

「よろしければ、別室へご案内いたしましょう」

アイラは皿に盛ったローストターキーをしっかりとキープしたまま、ジュリアンと共に侯爵の後について静かな応接室へと移動した。

「実は、先日のお茶会で妻からお二人に話してしまった『新興貴族派』の噂について、少し補足をさせていただきたく存じます」

重厚なソファに腰を下ろすと、バルディア侯爵は真剣な面持ちで語り始めた。

「彼ら新興貴族派には、単なる成り上がりというだけではない、後ろ暗い繋がりがあるようなのです」

「後ろ暗い繋がり、ですか」

ジュリアンが翠緑の瞳を鋭く光らせると、侯爵は重々しく頷いた。

「ええ、彼らは意図的に新興貴族を揶揄するような空気を流し、我々由緒ある貴族派とは表立って接触できないように仕向けている節があります」

「なぜ、わざわざそのような孤立を選ぶのでしょうか」

アイラがターキーを頬張りながら尋ねると、侯爵は苦々しい顔で息を吐いた。

「外部との接触を絶つことで、彼らは派閥の内部で互いを強く監視し合っているのです」

「抜け駆けや裏切り者を決して許さない、強固で異常な結束状態を作り出しているのですよ」

その言葉に、アイラとジュリアンは納得の視線を交わした。

「なるほど、派閥形成の基準は『家柄』や『金』ではなく、その裏にある『何らかの目的』を共有しているかどうか、ということですね」

ジュリアンの鋭い指摘に、侯爵は目を丸くして感嘆の息を漏らした。

「ご慧眼です、子爵」

「彼らはデブリスコスモ王国内で様々な怪しい行動を起こしておりますが、組織の全容が全く掴めないのです」

「国内の裏組織だけでなく、どうやら国外の怪しい勢力とも繋がっているという情報だけは入ってきているのですが……」

バルディア侯爵が深い皺を刻んで悩んでいる姿を見て、アイラは青玉の瞳に魔力を宿して微笑んだ。

「侯爵閣下、その国外の勢力が、近々我が国で開かれるという『国際会議』を狙っている可能性があるのですね」

「……おっしゃる通りです」

侯爵は少し驚いた顔をした後、改めて姿勢を正した。

「近いうちに、ドミニケル王国と神聖ルシエラ教国との間で友好条約が結ばれる予定となっております」

「大陸の有力な三国で協力体制を築こうという話が出ており、その中間に位置する我が国の王都が、会議の開催地として選ばれたのです」

侯爵の説明を聞きながら、アイラは頭の中で情報を整理し、完璧な作戦を組み立てていった。

「国際会議に合わせて、王家主催の舞踏会や夜会、そして私たちのお茶会など、様々な催しが開かれますね」

「ええ、世界中の要人が集まるその華やかな場で、新興貴族派がどのような手に出るか、王家も我々も警戒を強めているところなのです」

バルディア侯爵の懸念を聞き終えたアイラとジュリアンは、侯爵邸からの帰り道の馬車の中で密かに笑い合った。

「相手の狙いも、互いを監視し合う異常な仕組みも、すべて見えてきたね」

「ええ、国際会議という大舞台なら、彼らも必ずボロを出すはずだわ」

アイラは美味しいディナーで満たされたお腹をさすりながら、不敵な笑みを浮かべた。

「これからの舞踏会や夜会、お茶会をフル活用して、水面下で情報をやり取りするわよ」

「新興貴族派の陰謀を暴いて、この国を救う最大の功績を打ち立ててやろうじゃない」

歴史ある貴族派の後ろ盾と確かな情報源を手に入れた二人は、痛快な成り上がり計画に向けて着々と準備を進めていた。

バルディア侯爵から新興貴族派の不穏な動向と国際会議の情報を得てから数日後。 デブリスコスモ王国の王都は、近々開催される「ドミニケル王国と神聖ルシエラ教国の友好条約締結に向けた国際会議」の準備で、かつてないほどの熱気に包れていた。

そんなある日の夕刻、王宮での魔法省の勤務を終えたリリアとエドワードが、レヴナント子爵邸に帰宅した。

「お姉様、ただいま戻りましたわ!」

「アイラ義姉上、兄上、本日は少し驚くべきお客様をお連れしました」

二人の後ろから姿を現したのは、豪奢だがどこか旅装めいたマントを羽織った壮年の男女だった。

「久しぶりだな、アイラ殿、ジュリアン殿。突然の訪問をお許し願いたい」

ダイニングルームで夕食のローストビーフをつまみ食いしていたアイラは、かつての知人の突然の訪問に、危うく肉を喉に詰まらせそうになった。

隣で書類仕事をしていたジュリアンも、さすがに目を丸くしている。

「こ、これはドミニケル国王陛下と王妃殿下!?」

「リリア、エドワード、一体どういう状況だい?」

ジュリアンが慌てて立ち上がり、最上級の礼を取りながら問いかけると、弟であるエドワードが苦笑交じりに事情を説明した。

「実は、お忍びで先発隊として到着されたお二人を王宮でお出迎えした際、バルディア侯爵からご提案があったのです」

「『王宮の迎賓館よりも、面識があり信頼できるレヴナント子爵邸に滞在されるのがよろしいでしょう。あそこなら警備も万全(物理的にも魔法的にも)ですから』と」

「あらあら、侯爵様ったら、私たちのことをすっかり頼りにしてくださっているのね」

リリアが天使のような微笑みを浮かべると、セイムダル国王も朗らかに笑った。

「かつて息子の婚約者と、我が国の危機を救ってくれた恩人たちの屋敷であれば、これほど心強いことはないからな」

「バルディア侯爵からは、貴方様方が我が国の建国の母、リアスティエーゼの恩人である『伝説の魔女』の末裔として由緒ある貴族派に迎えられたとも伺っている」

アイラとジュリアンは顔を見合わせた。

(ジュリアン様、これって国際会議の中枢に堂々と入り込む大チャンスじゃないかしら?)

(ああ、まさか向こうから転がり込んでくるとはね。バルディア侯爵の根回しに感謝しないと)

「セイムダル国王陛下、システィーナ王妃殿下。我がレヴナント子爵家は、お二人のご滞在を心より歓迎いたします」

ジュリアンが完璧な営業スマイルで応じると、アイラも青玉の瞳を輝かせた。

「ええ! 我が家の専属シェフの腕は確かですから、毎日の食事もどうぞご期待くださいませ!」

「それは頼もしい。実は会議の二日前には、母上……エクレール大太后もこちらに合流する予定なのだ。彼女もまた、君たちの作る美味しい料理をとても楽しみにしていたからな」

「エクレール様も! それは腕の振るい甲斐がありますわね!」

かつてドミニケル王国で親交を深めた国王夫妻や、自分と瓜二つの容姿を持つエクレールとの再会を心待ちにしながら、アイラたちは彼らを屋敷へと迎え入れた。

数日後には予告通りエクレール大太后が到着し、相変わらずのノリの良さで屋敷の厨房の食材をアイラと共に消費し尽くすという和やかなハプニングもありつつ、ついに国際会議の当日を迎えた。

王宮の最も巨大な大広間で、国際会議の開催を祝う「歓迎夜会」が華々しく開かれていた。

シャンデリアの眩い光の下、三国から集まった要人たちがグラスを傾け、優雅な音楽が流れている。

「さて、今日のメインディッシュは神聖ルシエラ教国の特産品を使った海鮮マリネと、王室御用達の仔牛のローストね……ふふふ、完璧な布陣だわ」

アイラは由緒ある貴族派の夫人たちと挨拶を交わすのも早々に、ビュッフェコーナーの最前列に陣取り、お皿に山盛りの料理を確保していた。

「アイラ嬢、あまり食べ過ぎてドレスが弾け飛ばないようにね」

ジュリアンが呆れたように笑いながらも、アイラの皿にさらにローストビーフを追加する。

「お姉様、あちらのテーブルにゴルド男爵をはじめとする新興貴族派の方々が集まっていますわ」

エドワードにエスコートされたリリアが、扇の陰から視線を向けた。

「ええ、私たちの方をジロジロと監視しているみたいね。……何か仕掛けてくるなら、この大きな舞台のどこかのはずよ。油断せずに行きましょう」 豪奢な衣装とは裏腹に、新興貴族派の者たちの目は全く笑っておらず、まるで薄暗い泥の底で互いを縛り合っているような異様な空気を漂わせていた。 アイラが爽やかな酸味とプリプリの海鮮が弾けるマリネを頬張りながら鋭い視線を返したその時、大広間の入り口でファンファンレーが高らかに鳴り響いた。

『神聖ルシエラ教国より、教皇猊下、並びに聖女様のご入場です!』

ざわめいていた会場が静まり返り、すべての視線が開かれた大扉へと注がれる。

純白の豪奢な法衣に身を包み、厳かな足取りで入場してきたのは、金糸のような髪を揺らし、青緑色をした碧眼の教皇と、同じく長い金髪と金色の瞳を持つ可憐な聖女だった。

粛々と歩みを進める神聖な二人の姿に、デブリスコスモ王国の貴族たちは感嘆の溜息を漏らす。

そんな張り詰めた空気の中、教皇たちの顔を見た瞬間、アイラが持っていたフォークがカラン、と音を立てて皿に落ちた。

「……ぶっ!?」

「大丈夫か、アイラ!?」

アイラは口に含んでいたマリネを危うく吹き出しそうになり、慌ててジュリアンが背中を叩いた。

(嘘でしょ……!? なんであいつらがここにいるのよ!?)

アイラの青玉の瞳に映っていたのは、どう見ても天界で大人しくしているはずの、食いしん坊天使セレスと、そのお目付役の天使のハーフ、セナだったのだ。

デブリスコスモ王国の国王夫妻、そしてドミニケル王国のセイムダル国王夫妻との公式な挨拶を済ませたセレスとセナは、ふと顔を上げて会場を見渡した。

そして、ビュッフェコーナーの真ん前で固まっているアイラたちと、完全に目が合った。

その瞬間、厳かな教皇の顔を作っていたセレスの表情がピシリと固まり、

『何故おぬしらがここに居るのじゃ!?』

という驚愕の顔面になった。

その隣で微笑んでいたセナは、アイラの姿を認めた途端、

『お姉様……助けてください……もう胃が限界です……』

と言わんばかりの、今にも泣き出しそうな涙目になった。

歴史的な大舞台の裏で、かつての仲間たちとの全く予期せぬカオスな再会が果たされようとしていた。

ビュッフェコーナーの真ん前で互いに驚愕の表情を浮かべた後、アイラは素早くジュリアンに目配せをした。

ジュリアンは完璧な極上スマイルを浮かべると、周囲の貴族たちに怪しまれないよう、優雅な手つきでセレスたちを別室へと誘導した。

「神聖ルシエラ教国の教皇猊下、並びに聖女様。どうかこちらへ」 誰もいない静かな応接室に入り、ジュリアンが防音の魔法結界を展開した瞬間、それまで二人がまとっていた神々しいまでの後光が一瞬で霧散し、まるで魂の抜けた泥人形のように肩の力が抜けた。

「アイラぁぁっ! なんでおぬしがここに居るのじゃ!?」

「それはこっちのセリフよ! あんた、天使になって天界で大人しくしてるんじゃなかったの!?」

アイラがセレスのほっぺたを両手でつねり上げると、その後ろから、豪華な聖女のドレスを着せられたセナがフラフラと歩み寄ってきた。

「お姉様……ぐすっ、助けてください……もう限界です……」

「ちょっとセナちゃん、なんでそんなにげっそりしてるの!?」

リリアが慌ててセナを抱きとめると、セナは大粒の涙をこぼした。

アイラたちが詳しい事情を聞こうと口を開きかけた、まさにその時である。

応接室の空間がふわりと歪み、見覚えのある一人の女性が姿を現した。

「相変わらず、騒々しい方々ですね」

そこに立っていたのは、かつてアルジェント公爵家で働き、天使シュシュエルに体を貸していた有能なメイド、エマであった。

「エマ!? どうしてあなたがここに?」

アイラが目を丸くすると、現在はエマ自身の意識が表層に出ているらしく、彼女は深くため息をついて事の顛末を話し始めた。

「すべては、そこの食い意地が張った教皇様……セレス様のせいです」

エマの話によると、事の始まりはアイラたちがかつて魔女の修行をしていた数百年前の時期にまで遡るという。

「天界に上がったセレス様は、『天界の飯は霞ばかりで不味すぎる!』と騒ぎ立て、腹いせに天界の備品を壊しまくり、天界の秩序を大いに荒らしたのです」

「そ、それは……いかにもセレスがやりそうなことね」

アイラが引きつった笑いを浮かべると、エマは冷ややかな目でセレスを睨みつけた。

「その暴挙に見かねた天界の偉い方が、『ならば暫く地上に行け、帰ってくるな。セナはお目付け役だ』と激怒し、お二人を地上へ事実上追放したのです」

「つ、追放って……」

「そうして神聖ルシエラ教国に土着したお二人ですが、当時の教国は聖女が不在となり、国全体がひどく荒廃していました」

「それを見過ごせなかったセレス様とセナ様は、教国をもう一度復興するために立ち上がったのです……そこまでは良かったのですが」

エマはこめかみを押さえ、さらに深い溜息を漏らした。

「お二人の能力が高すぎたせいか、その後も国を任せられる有能な人間が全く育たず、結果としてお二人は二百年もの間、ずっと教皇と聖女の激務をやらされているのです」

「二百年……って、あんたたち、ずっと働きっぱなしだったの?」

アイラが呆れたように尋ねると、セレスはつねられた頬をさすりながら大声で泣き喚いた。

「そうじゃ! 私はただ美味い飯が食いたいだけなのに、書類仕事ばかりで天界よりも地獄なのじゃ!」

「セレス様のお目付け役と聖女の仕事で、毎日胃が痛くて……もう地上なんて嫌です……っ」

ボロボロになって泣きつく二百歳越えの教皇と聖女を見て、アイラとリリアは顔を見合わせた。

(これ、もう開き直ってずっと地上に住んじゃえばいいんじゃないかしら?)

(ええ、お姉様。天界に帰るよりも、地上の美味しいご飯を食べていた方がお二人も幸せそうですわね)

二人がそんな身も蓋もない感想を念話でやり取りしていると、突然エマの纏う空気がピリッと厳格なものに変化した。

「……ふぁぁ。まったく、相変わらず厄介事を引き寄せる奴らだ」

その威厳ある低い声と、どこか気怠げな口調は、エマの体に宿る天使シュシュエルが表層に現れた証拠であった。

シュシュエル(エマ)は呆れたように腕を組んだ。

「天界がセレスのせいで荒れに荒れて、私の仕事まで増えたからな。少しは責任を取ってもらおうとな。私は地上に居る間はエマの中で休暇だ、エマも私の力を使えるから起こすなよ」

「それにしても、あの新興貴族派とかいう怪しい連中……あれは悪魔の類ではないが、人の業が煮詰まったような不快な気配を漂わせている」

シュシュエルは鋭い視線でアイラたちを見据え、厳かに告げた。

「アイラ、リリア。お前たちには魔女としてこ奴らの世話を任せる。この国際会議の裏で蠢く陰謀を暴き、セレスとセナの力になってやれ」

「ええ、もちろんそのつもりよ! 私たちの功績作りにも丁度いいからね」

アイラが自信満々に頷くと、ふわりとシュシュエルの気配が薄れ、再びエマの意識が表層へと戻ってきた。

「……というわけで、シュシュエル様からのご依頼です」

エマはそう言うと、持っていたトランクをドサッと床に置き、アイラに向かって深く頭を下げた。

「アイラお嬢様。どうか私を、レヴナント子爵家の侍女として雇っていただけないでしょうか」

「えっ? エマがうちで働くの?」

「はい。シュシュエル様は『地上に居る間はエマに任せる』と私の中で惰眠を貪る気満々ですし、何より私自身が、地上に居る時くらいセレス様の騒動から解放されたいのです」

本音を隠そうともしないエマの懇願に、ジュリアンが面白そうに笑い声を上げた。

「ふふっ、本当に相変わらずはた迷惑な天使たちだね。……だが、私たちにとっては、これ以上ない最高のチャンスだよ」

ジュリアンが翠緑の瞳を腹黒く輝かせると、エドワードも生真面目な顔で頷いた。

「ええ。教国側の代表である教皇と聖女、そして天使からの直接の依頼となれば、我々が国際会議に介入する絶対的な大義名分になりますからね」 「走そういうこと! これで誰に遠慮することもなく、大手を振って国際会議の裏側を歩き回れるわ!」

アイラは青玉の瞳をキラキラと輝かせ、完璧な計画の成立に歓喜の声を上げた。

エマという優秀なメイドを取り戻し、さらには「教国トップからの密命」という無敵の口実を手に入れたアイラたち。

国際会議という華やかな大舞台を裏で操り、最大の功績を上げるための戦いが、今まさに始まろうとしていた。