作品タイトル不明
王太子妃編最終回『魔女編に続くプロローグ』
「ん〜っ! やっぱりミーアが改良してくれた最新型の『魔導オーブン』で焼き上げた特大ミートパイは最高ね! 肉の旨味とスパイスの香りが、サクサクのパイ生地の中に完璧に閉じ込められてるわ!」
王宮の特別ダイニングルーム。
アイラは出来立てのミートパイを大きな口で頬張りながら、至福の吐息を漏らした。
彼女の名前はアイラ・ド・ラ・ヴァリエール。
元々はスラムの孤児だったけれど、縁あってアルジェント公爵家の長女として引き取られ、紆余曲折の末にこの国の王太子であるジュリアンの妻になった。
現在十九歳。
黒魔法と白魔法を極めた『魔女』であり、摂取したカロリーを莫大な魔力に変換できるという、とても燃費の悪い、もとい素晴らしい体質を持っている。
「お姉様、口元にパイの欠片がついていますわよ」
隣の席でクスクスと笑いながら優雅に紅茶を傾けているのは、アイラの双子の妹であるリリアだ。
純真無垢で天使のような優しさを持つ彼女も、第二王子のエドワード殿下と結婚し、今は立派な公爵夫人である。
「相変わらず、君の食べっぷりを見ているとこちらの胃袋まで満たされる思いだよ、私の愛しい妃」
向かいの席から、金糸の髪とエメラルドの瞳を持つ完璧な美青年であり、アイラの夫である腹黒王太子ジュリアンが、甘く蕩けるような微笑みを向けてきた。
「ジュリアン様、またそんなこと言って。ちゃんとご自身も食べないと、過酷な政務は乗り切れませんよ?」
「ああ、そうだな。君の作ってくれたこの料理こそが、私にとって一番の活力源だからね」
ジュリアンはアイラの頬に軽く触れ、切り分けたパイを口に運ぶ。
結婚して数年が経つというのに、この男の妻に対する溺愛ぶりと甘い言葉はとどまるところを知らない。
「エドワード様、こちらのお野菜のスープもどうぞ。最近お疲れのようですから」
「ありがとう、リリア。君の優しい心遣いのおかげで、どんな疲れも一瞬で吹き飛んでしまうよ」
隣ではエドワード殿下とリリアがいつものようにキラキラとしたピンク色のオーラを放ちながら、アイラたちに負けず劣らずの甘い空間を形成していた。
「……ったく。どいつもこいつも、朝から甘ったるくて胃がもたれそうじゃ!」
そんな彼らの空間をぶち破るように、豪快な声でドカッと席についたのは、見た目は十六歳の可憐な少女であり神聖ルシエラ教国の教皇でもあるセレスだった。
「セレス! またお忍びでうちの国まで遊びに来たの? 教国の執務はどうしたのよ」
「ふははは! 固いことは言うな! お主の作る極上の飯の匂いが、遠く教国まで届いたのじゃ!」
のじゃロリ口調で笑うセレスの横には、妹分のセナが「教皇様、栄養バランスを考えてサラダも食べてくださいね!」と甲斐甲斐しくお世話を焼いている。
平和だ。
かつては身代わりの偽物令嬢として冷遇されかけたり、悪魔の陰謀で国が滅びかけたり、他国のクーデターに巻き込まれたりしたこともあったけれど。
アイラたちはその全てを「美味しいご飯」への執念と、圧倒的な物理・魔法の暴力で薙ぎ払ってきた。
(こんな風に、大好きな家族と仲間たちに囲まれて、毎日美味しいものを食べる。
この幸せな日常が、ずっとずっと続くんだって……この時のアイラは、本気でそう思っていたのだ)
――バンッ!!
突如、ダイニングルームの重厚な扉が乱暴に開け放たれた。
「アイラ! リリア!」
血相を変えて飛び込んできたのは、王国最強の黒魔法剣士である父のレオンハルトと、兄のセオドアだった。
二人の顔にはいつもの過保護な親バカやシスコンの緩みは微塵もない。
戦場に立つ騎士としての極めて冷酷で切羽詰まった表情だった。
「お父様? お兄様? どうしたの、そんなに慌てて。一緒にミートパイ食べる?」
アイラが呑気にフォークを差し出すと、レオンハルトはギリッと奥歯を噛み締め、ジュリアンに向き直った。
「ジュリアン殿下。……緊急の凶報です。国境の斥候部隊より、魔導通信が入りました」
「凶報? ……まさか」
ジュリアンのエメラルドの瞳がスッと細められ、王太子としての鋭い光を宿す。
「アウストラル帝国が、動きました。東部の隣接国家群が……昨日未明、完全に制圧されたとのことです。降伏した国は吸収され、抵抗した国は……一つ残らず、灰にされたと」
「なっ……!」
その言葉に、ダイニングルームの空気が完全に凍りついた。
アウストラル帝国。
この大陸の東方に位置し、数年前から急激に軍事力を拡大していた謎多き超大国だ。
独自の魔導技術と圧倒的な軍備を持ちながらこれまで不気味なほどの沈黙を保っていたが、ここに来てついに牙を剥いたのだ。
「……ついに、世界統一に乗り出したというわけか」
ジュリアンが、テーブルに置かれたグラスを強く握りしめた。
「敵の戦力規模は?」
兄のセオドアが青ざめた顔で絶望的な数字を口にした。
「……現在確認されているだけでも、歩兵、魔導兵、重装甲機兵を含め……総勢、百二十万」
「ひゃく、にじゅうまん……!?」
アイラが思わず叫んだ。
百二十万。
それはもはや軍隊という枠組みを超えた天災そのものだ。
大国である我がヴァリエール王国の全兵力をかき集めても到底届く数字ではない。
「我がヴァリエール王国と、西のクラエス王国。そして神聖ルシエラ教国の三国同盟による『連合軍』を結成したとしても、動かせる最大兵力は十万が限界です……」
セオドアの言葉が、冷たい現実として彼らに突き刺さる。
十万対百二十万。
勝負にもならない圧倒的な戦力差。
「……どうやら、私の美味しいティータイムは、しばらくお預けになりそうじゃな」
セレスが、持っていたフォークを静かにテーブルに置いた。
教皇としての彼女の瞳には、神聖な覚悟の光が宿っている。
「セレス。教国へ戻るのね?」
「うむ。私がトップとして教国の信徒たちをまとめ、連合軍の士気を高めねばならん。この戦争、神の御名にかけて絶対に終わらせるぞ」
「ええ。私たちも、必ず勝って、またこのテーブルで一緒にご飯を食べましょう」
アイラとセレスは、固く拳を突き合わせた。
「アイラ」
ジュリアンが、アイラの肩を力強く抱き寄せた。
その手は微かに震えているように感じた。
「……絶対に、君を失うわけにはいかない。私たちが前線で奴らを食い止める。君とリリアは、王都の最も安全な結界の中で待っていてくれ」
「何言ってるのよ、ジュリアン様」
アイラはジュリアンの手を優しく、けれどしっかりと握り返した。
「私がただ守られてるだけの、か弱いお姫様だとでも思ってるの? 私は『魔女』よ。百二十万だろうと何だろうと、私のカロリーで一人残らず消し炭にしてあげるわ」
「私もです、エドワード様!」
リリアも不安を押し殺すように強い瞳でエドワード殿下を見つめた。
「私の白魔法が、皆様の盾になります。……だから、一緒に戦わせてください!」
レオンハルトとセオドアが「ダメだ! 愛しい娘たちを戦場になど!」「俺が黒魔法剣で百二十万すべてを微塵切りにしてやる!」といつものように叫ぼうとしたが、アイラの冷たい視線に射抜かれて口を噤んだ。
「美味しいご飯の邪魔をするヤツは、帝国だろうが何だろうが、物理と魔法で消し炭にしてあげるわ」
アイラは空間収納から漆黒の『黒魔法使いの杖』を引き抜き、ドンッと床に突き立てた。
これが、彼らの平和な日常の本当の『終わり』の始まりだった。
そして、誰も経験したことのない、最も過酷で悲壮な戦いの火蓋が切って落とされた瞬間でもあった。
王都を出発する日、アイラは厨房に籠もりきりだった。
「アイラ様、携帯食糧の魔導圧縮パック、三百食分の準備が完了しましたぅ!」
「ありがとう、ミーア。これだけあれば、最前線でも魔力切れを起こさずに済むわ」
天才魔導具技師であるミーアが開発した最新型の保存容器に、アイラは自らの手で焼き上げた極上のフルーツパウンドケーキや高カロリーな特製ミートパイを次々と詰め込んでいった。
戦場という最も過酷な場所において、美味しいご飯はただの栄養補給ではない。
それは黒魔法使いである彼女の莫大な魔力を生み出すための燃料であり、絶対的な兵器なのだ。
「お姉様。私も、回復用の白魔法を込めた聖水と、保存食の仕分けを手伝いますわ。……物理で粉砕するためにも、体力は必要ですからね」
リリアが天使のような微笑みを浮かべながら、テキパキと準備を進めている。
彼女のその純真無垢な笑顔の下に秘められた逞しさは、間違いなく姉の影響だ。
「完璧なカロリー摂取プログラムを組み上げました! これでアイラお姉様とリリアお姉様は、常に最大出力で魔法を撃ち続けられます!」
天使のハーフであるセナが、分厚いノートを抱えて鼻息を荒くしている。
慌ただしく準備をしていると、ジュリアンが静かに厨房へ入ってきた。
金糸の髪とエメラルドの瞳。
完璧な美貌を持つアイラの夫は、すでに王太子としての豪奢な軍服ではなく、実践的な漆黒の甲冑に身を包んでいる。
「私の愛しき妃よ、君の胃袋は一生私が面倒を見るさ。……そう約束したはずだが、今回は君自身にも無理をさせてしまうことになりそうだ」
ジュリアンがアイラの頬にそっと触れ、腹黒さを隠したどこか切なげな微笑みを向けた。
「何を仰いますか、ジュリアン殿下。美味しいご飯の邪魔をするヤツは、物理と魔法で消し炭にしてあげるわ。それが私の流儀ですから」
アイラは力強く微笑み返し、彼の手を握りしめた。
その直後、厨房の裏口から黒い外套を深く被った一人の青年が静かに姿を現した。
ジュリアンが裏社会から拾い上げ、絶大な信頼を寄せている平民の情報屋、ザックだった。
「殿下、ご指示通りに馬車と逃走ルートの手配は完了しました。平民の商人に扮した偽装も完璧です」
ザックが深々と頭を下げると、その後ろから乳母たちに抱き抱えられた四人の小さな子供たちが姿を見せた。
アイラとジュリアンの間に生まれた双子の男の子、リオンとマグナス。
そしてリリアとエドワード殿下の間に生まれた双子の男の子、ディエルゴとハイネルだった。
「リオン、マグナス……!」
アイラは駆け寄り、自分の愛する息子たちを強く抱きしめた。
「ディエルゴ、ハイネル、お利口にしていましたか?」
リリアもまた、青玉の瞳を潤ませながら愛息たちの頬に優しくキスを落とした。
まだ言葉も拙い四人の幼子たちは、母親の温もりに触れて無邪気にキャッキャと笑い声を上げている。
その無垢な笑顔が、死地へ赴くアイラたちの胸を鋭く締め付けた。
「ミーア、ザック。……どうか、この子たちを連れて王都から逃げて」
アイラは真剣な眼差しで、大切な親友である天才魔導具技師と信頼する情報屋に向き直った。
「アイラ様、それは……私たちも最後まで王都に残って、お力になりますぅ!」
ミーアが涙目で訴えかけるが、アイラは毅然とした態度で首を横に振った。
「ダメよ、ミーア。今回の敵は、今までのどんな相手とも違うわ。万が一、私たちの防衛線が突破されれば、この王都も無事では済まない。その時、王族の血を引くこの子たちが一番に狙われるわ」
「お姉様の言う通りですわ。だから、貴族のしがらみがない平民のあなたたちに、この子たちの未来を託したいのです」
リリアも深く頭を下げ、ミーアとザックに懇願した。
「私からも、どうかよろしく頼む。私が全幅の信頼を置くのは、君たち二人だけだ」
ジュリアンがザックの肩に手を置き、真っ直ぐにその目を見つめた。
ザックは少しの間沈黙した後、覚悟を決めたように力強く頷いた。
「……承知いたしました。俺の命に代えても、若君たちは必ず安全な場所へとお逃がしします。この情報屋ザックの誇りにかけて」
「私からも約束しますぅ! 私の作った最高の魔導具で、絶対にみんなを守り抜いてみせますぅ!」
涙ぐみながらも強く宣言した二人に、アイラとリリアは安堵の微笑みを向けた。
「ありがとう、ミーア、ザック。……リオン、マグナス。お母様とお父様は、ちょっと悪い害虫を退治してくるから、いい子で待っているのよ?」
「ディエルゴ、ハイネル。美味しいご飯をたくさん食べて、元気に大きくなるのですよ」
アイラとリリアは、愛する我が子たちと今生の別れになるかもしれないという恐怖を胸の奥に封じ込め、極上の笑顔で別れの言葉を告げた。
ヴァリエール王国、クラエス王国、そして神聖ルシエラ教国の三国同盟による『連合軍』十万。
アイラたちが国境の最前線に布陣を終えた時、その視界の先には言葉を失うほどの絶望が広がっていた。
アウストラル帝国軍、総勢百二十万。
地平線の果てまでを真っ黒に埋め尽くす、歩兵、魔導兵、そして巨大な重装甲機兵の群れ。
隣接する国家を次々と滅ぼし、あるいは吸収してきたその軍勢は、もはや軍隊というより世界そのものを呑み込む災厄のようだった。
地平線を黒く塗り潰すほどの異常な大軍勢を前にして、アイラは悪寒を感じていた。
いくら急激に軍事力を拡大した帝国とはいえ、これほどの数の兵が突如として現れるはずがない。
アイラは背筋を凍らせながら、過去に国を滅ぼしかけた悪魔たちの関与を疑った。
「これほどの数、ただの人間の軍隊じゃないわ。まさか、また悪魔たちが裏で手を引いているんじゃ……」
アイラがそう呟いた時、彼女の背後の空間が揺らぎ、見慣れた侍女の姿が現れた。
専属侍女のエマの体を器としている天使、シュシュエルだった。
「残念だが、それは違うぞ、アイラ」
シュシュエルは神々しい金色の瞳で、眼下に広がる絶望的な数の軍勢を冷徹に見下ろした。
「あの軍勢に悪魔の気配はない。悪魔はこの戦いに不介入であり、我ら天界もまた動くことはない。これは、純粋な人間の戦争だ」
「そんな……じゃあ、あれは全て帝国が自力で集めた兵力だっていうの!?」
アイラの悲痛な問いかけに、シュシュエルは静かに頷いた。
圧倒的な物量を前にして、最前線に立つ者たちの心に明確な『死』の覚悟がよぎる。
誰もが重苦しい沈黙に包まれる中、シュシュエルは淡々とした口調で話を続けた。
「案ずるな。死んでも会えなくなるわけではない」
「え……?」
「少し違う場所に行くだけだ。それではまた会おう」
シュシュエルはそれだけを言い残すと、背中に白い羽の幻影を揺らめかせながらあっさりと次元の彼方へ消え去っていった。
残されたアイラたちは、その言葉を『戦死しても天国で会える』という避けられない死の宣告として受け取った。
愛する者たちとの永遠の別れを覚悟したアイラの胸が、悲痛な思いで締め付けられる。
「……僕の計算によれば、敵との戦力比はおよそ一対十二。戦術や地形で覆せる確率すら存在しません。胃に穴が空きそうです」
連合軍の魔法部隊を指揮するノアが、ずり落ちた眼鏡を押し上げながら絶望的な数値を口にした。
「ふん、素人どもめ。僕の完璧な計算式と古代魔法があれば、何十万いようが関係ない。すべて塵にしてやるさ」
宮廷魔法師団副団長のリュカが、虚勢を張るように鼻で笑い、杖を構える。
「おおおお! 私の愛しい娘たちが、あのような悍ましい戦場に立つなど……! 害虫どもめ、この黒魔法剣で塵一つ残さず消し去ってくれる!」
「愛しの妹たちに近づく害虫は、俺が物理的に排除します。一歩たりとも近づけさせはしない!」
レオンハルトとセオドアが血走った目で巨大な黒魔法剣を抜き放ち、圧倒的な殺気を帝国軍に向けていた。
「リリア嬢、君の背中は私が絶対に守るからね」
「エドワード様……はい、私も皆様の盾になります!」
エドワード殿下とリリアが悲壮な戦場の空気を一瞬だけピンク色の甘々空間で上書きし、互いの決意を確かめ合う。
「おう、師匠! 腹減ったぜ、飯食わせてくれ! 腹さえ膨れりゃ、百万だろうと真っ二つにしてやる!」
大剣ヴァルムを肩に担いだクロードがいつものように豪快に笑う。
「アイラ嬢! リリア嬢! 私がお守りしますぞ!」
近衛騎士のカイルもまた盾を構え、最前線に立っている。
「少々『お掃除』の範囲を広げてもよろしいでしょうか?」
アイラの背後では、侍女のマリーが銀のナイフを両手に持ち、般若のようなオーラを放っていた。
「聖なる一撃で神の裁きを下しますわ! 筋肉の隅々までタンパク質が染み渡ります!」
教国の聖女セリアが、木剣を構えて筋肉を躍動させる。
これまでの数々の事件を共に乗り越えてきた最強の仲間たち。
誰一人として逃げる者はいない。
「……ふははは! さあ、行くぞ! この教皇セレスと神聖ルシエラ教国の名にかけて、世界を滅ぼす悪党どもに神の裁きを!」
教皇セレスが高らかに号令を下し、圧倒的な神聖魔力を最前線に展開した。
「全軍、突撃ィィィッ!!」
ジュリアンの冷徹で力強い声が戦場に響き渡る。
地鳴りのような轟音とともに、十万対百二十万の、歴史上最も無謀で悲壮な決戦の火蓋が切って落とされた。
「言質とったわ! あんたたちの命、私がいっぺんに刈り取ってあげる!」
アイラはアイテムボックスから特製ミートパイを一口で頬張り、莫大なカロリーを一瞬にして黒魔法の魔力へと変換した。
「『絶望の 黒杭(ダークネス・ピアス) 』!!」
アイラが黒魔法使いの杖を振り下ろすと大地を割って漆黒の魔法の杭が無数に噴出し、押し寄せる帝国軍の前衛を串刺しにしていく。
「『聖なる 大海(オーシャン・バプティズム) 』!!」
リリアと水魔法使いのミアが同時に極大魔法を放ち、敵の軍勢を津波のように洗い流す。
クロードの爆炎が敵の装甲機兵を粉砕し、レオンハルトとセオドアの黒魔法剣が空間ごと敵兵を消し去る。
リュカとノアの連携魔法が敵の陣形に大穴を開け、マリーとセリアが物理的なお掃除とフルスイングで敵の懐を荒らし回った。
彼らの圧倒的な個の力は、帝国軍の最前線を確実に削り取っていた。
しかし――。
「クソッ、キリがない! 倒しても倒しても、後ろから湧いてきやがる!」
クロードが血と汗に塗れた顔で叫ぶ。
「僕の計算が追いつきません! 敵は吸収した各国の魔法部隊を後方に配置し、こちらを物量で完全に押し潰す気です!」
ノアの絶望的な悲鳴が、通信魔導具越しに響く。
アウストラル帝国の真の恐ろしさは個の力ではなく、その無尽蔵の物量にあった。
魔法で一万人を消し飛ばしても、即座に新しい二万人がその穴を埋めてくる。
帝国は吸収した各国の兵士を使い捨ての駒として、一切の感情を持たずに突撃させ続けていたのだ。
「はぁっ、はぁっ……!」
アイラの呼吸が荒くなる。
用意していた三百食のカロリー圧縮パックを次々と消費しているが、魔力の変換速度が敵の波状攻撃に追いつかない。
魔女である彼女の力をもってしても、百万を超える圧倒的な数の力には抗いきれなかったのだ。
「アイラ! リリア! 下がれ!」
ジュリアンが血に濡れた剣を振るいながら彼女たちの前に立ち塞がった。
「ダメです、ジュリアン様! 私たちが退いたら、防衛線が……!」
「戦力差が開きすぎている! このままでは連合軍は全滅する……退却だ! 全軍、直ちに後退せよ!!」
ジュリアンの苦渋に満ちた撤退命令が下された。
しかし、帝国軍は彼らが背を向けることすら許さなかった。
重装甲機兵の部隊が両翼から回り込み、連合軍の退路を完全に断ち切ろうと迫ってくる。
「……お父様、ここは我々が食い止めます。アイラとリリアを連れて、先に王都へ!」
セオドアが決死の覚悟で黒魔法剣を構え直した。
「馬鹿なことを言うなセオドア! お前こそ未来の公爵だ、私が殿を務める!」
「二人とも、退いてください! 愛する妻の未来を守るのは、私の役目だ!」
エドワード殿下もボロボロになった甲冑で前に出る。
愛する家族たちが、自分たちを逃がすために命を投げ出そうとしている。
その事実が、アイラの心臓を氷のように冷たく締め付けた。
「ダメ……ダメよ! みんな一緒に帰るの! 美味しいご飯を、またみんなで食べるって約束したじゃない!!」
アイラが涙声で叫んだ、その瞬間だった。
ドゴォォォォォォンッ!!!
帝国の後方から放たれた山を吹き飛ばすほどの極大の砲撃魔法が、ジュリアンやエドワード殿下、レオンハルトたちが立つ最前線の防衛陣地へ向かって無慈悲に降り注いだ。
「アイラァァァッ!!」
爆炎と土煙がすべてを呑み込み、アイラの愛する人たちの姿が絶望的な光の中に消えていった。
「…………え?」
これが、彼女たちに訪れた『終わりの始まり』だった。
狂気と絶望がアイラの心を完全に塗り潰していく音がした。
「ジュリアン様……? お父様……お兄様……?」
巻き上がった土煙と爆炎がゆっくりと晴れていく。
だが、そこに愛する家族の姿はなかった。
極大の砲撃魔法が直撃した最前線の防衛陣地は大地ごと抉り取られ、黒焦げのクレーターと化していた。
「嘘……嘘でしょ? ねぇ、冗談はやめてよ。みんな、どこにいるの……?」
アイラは震える足で一歩、また一歩とクレーターへ近づいた。
彼女の手から特製ミートパイの欠片がポロリとこぼれ落ちる。
「エドワード様……! お父様、お兄様!!」
リリアの悲痛な絶叫が戦場に響き渡った。
彼女の青玉の瞳から大粒の涙がとめどなく溢れ出ている。
クレーターの底に、ボロボロになった二振りの『黒魔法剣』が突き刺さっていた。
レオンハルトとセオドアが愛用していた剣だ。
彼らはアイラとリリア、そして後方の連合軍を砲撃から守るため、己の全魔力と生命力を刃に込めて盾となったのだ。
その代償として、彼らの肉体は灰すら残さず消滅してしまった。
「あ、ああああ……っ!!」
リリアがその場に崩れ落ちた。
その彼女の目の前で、エドワード殿下の姿が淡い光の粒子となって崩れていくのが見えた。
彼は砲撃の余波からリリアを守るため、己の命を代償にした絶対防御の結界を展開していた。
『……愛しているよ、リリア。君の笑顔を、もっと見ていたかったな……』
最期に幻のような優しく真っ直ぐな微笑みを残して、エドワード殿下は完全に消え去った。
「エドワード様ぁぁぁっ!! いやあああああっ!!」
リリアの絶叫がアイラの鼓膜を劈く。
だが、悲劇はそれだけでは終わらなかった。
「……っ、アイラ師匠! 後ろだ!」
「キャアッ!」
怒涛のように押し寄せる帝国軍の重装甲機兵が防衛線を突破して雪崩れ込んできた。
アイラを庇うように飛び出してきたのは、大剣ヴァルムを血に染めたクロードだった。
「クロード!」
「へへっ、どうやら俺の筋肉と剣も、ここまでのようだぜ……。アイラ師匠、あんたの角煮丼、最高に美味かった……」
無数の槍に貫かれながら、クロードはアイラに向かってニカッと笑い、そのままドウッと地面に倒れ伏した。
「クロードさんっ! 嫌だ、嫌あああっ!」
水魔法使いのミアが駆け寄ろうとするが、無慈悲な魔法兵の魔法が彼女の小さな体を吹き飛ばす。
「ミア!!」
「……僕の計算によれば、生存確率は……ゼロ、ですね。ですが、最後まで足掻いてみせますよ、リュカ様……」
「ふんっ。生意気な助手だ。僕の完璧な術式で、一万人は道連れにしてやるさ……!」
満身創痍のノアとリュカが背中合わせで極大の古代魔法を展開する。
だが、その光も一瞬で帝国軍の漆黒の砲撃に呑み込まれ、跡形もなく消え去った。
「カイル様ぁっ! お兄様!」
教国の聖女セリアが木剣を振るいながら泣き叫ぶ。
その視線の先では近衛騎士のカイルがリリアを庇うように立ち塞がったまま息絶え、豪快な武人であったサミュエルも無数の機兵に押し潰されていた。
「筋肉の……隅々まで……神の御加護を……ッ!」
セリアもまた特攻を仕掛け、敵陣のど真ん中で壮絶な光となって散った。
「マリー姉ちゃん! リック! ポル! ベル!」
セナがスラムの家族たちの名を呼びながら泣き叫んでいる。
少し離れた場所で、マリーが孤児の仲間たちを庇い、全身に矢を受けながらも立ち続けていた。
「……アイラお嬢様、セナ。……ごめんなさい、私のお掃除は、ここまでですわ……」
完璧超人だったマリーが般若のようなオーラを失い、静かに崩れ落ちる。
リックや幼いココたちも帝国軍の冷酷な進軍の足元に踏み躙られていく。
「あ……ああ……」
アイラの心の中で何かが完全に壊れていく音がした。
仲間たちが、家族が。
虫ケラのように、無慈悲に次々と殺されていく。
「アイ……ラ……」
その時、微かな掠れた声が聞こえた。
「ジュリアン様……!?」
アイラは狂ったようにクレーターの瓦礫を掻き分け、その奥に倒れている愛する夫の姿を見つけた。
金糸の髪は血と泥に汚れ、完璧だったその顔は土気色に染まっていた。
彼の腹部には致命的としか言いようのない巨大な風穴が空いていた。
「ジュリアン様! ダメ、死なないで! リリア、回復魔法を! 早く!」
「だ、ダメです……魔力が、もう……!」
リリアが泣き叫びながら杖を振るが、エドワードを失った絶望と魔力の枯渇で、彼女の白魔法は淡い光すら生み出さない。
「アイラ……」
ジュリアンは血まみれの手を震わせながら伸ばし、アイラの頬にそっと触れた。
「……すまない。君の胃袋を、一生私が面倒を見ると……約束したの、に」
「バカなこと言わないで! まだ約束守ってもらってないじゃない! 王宮の厨房で、また私に文句を言ってよ! 美味しいフルコース、食べさせてよ!!」
アイラは彼の胸に縋り付き、ポロポロと大粒の涙をこぼした。
「……泣かないでくれ、私の愛しき探偵令嬢。君のその……強気な笑顔が、何よりも……好きだった……」
ジュリアンのエメラルドの瞳が、ふっと優しく細められた。
「君の作る料理は……本当に、美味しかった。……どうか、生き、て……」
その言葉を最後にジュリアンの手から力が抜け、アイラの頬から冷たく滑り落ちた。
彼の瞳から永遠に光が失われた。
「ジュリアン……? ねぇ、ジュリアン!! いやああああああああっ!!」
アイラの絶叫が、血と硝煙の匂いに満ちた戦場に虚しく響き渡る。
「ウソだ……こんなの、ウソじゃ……。神よ、なぜ……なぜこのような残酷な真似を……っ」
教皇セレスが血の海と化した戦場にへたり込み、子供のように泣きじゃくっている。
「アイラお姉様……リリアお姉様……みんな、死んじゃった……っ」
セナが震える手でアイラのドレスの裾を強く握りしめた。
残されたのはアイラとリリア、セナ、そしてセレスの四人だけ。
かつて一緒にテーブルを囲み、美味しいご飯を笑い合いながら食べた家族も、仲間たちも、夫たちも。
百二十万という圧倒的な数の暴力の前に一人残らず蹂躙され、肉片と灰になって消えた。
(……美味しいご飯が、食べたい。みんなで、笑いながら……)
アイラの頭の中に、前世の『意味記憶』が走馬灯のように駆け巡った。
オムライス、角煮丼、フレンチトースト、極厚のカツサンド、ツヤツヤの銀シャリ。
ジュリアンの呆れた笑顔。
レオンハルトとセオドアの暑苦しい絶叫。
クロードの豪快な笑い声。
マリーの完璧な給仕。
(……でも、もう誰もいない)
みんながいない世界で、アイラ一人が美味しいご飯を食べたところで何の意味がある。
この世界はアイラのすべてを奪った。
彼女の幸せな日常を。
彼女の愛する人たちを。
アイラを形作っていた「美味しいご飯への執念」は真っ黒な絶望の底でドロドロとした別の感情へと変質していった。
それは純粋で底知れぬ『憎悪』だった。
「…………許さない」
アイラは血だまりの中に落ちていた『黒魔法使いの杖』を拾い上げた。
彼女の体からこれまでとは比べ物にならないほど禍々しく、巨大で、ドス黒い魔力が爆発的に吹き上がり始めた。
「許さない……許さない許さない許さない!! 私の家族を、私の愛する人を、私の平和な日常を奪ったヤツら……!!」
ズゴゴゴゴォォォォォッ!!
アイラの絶望を食らい、黒魔法のオーラが天を衝くほどの巨大な嵐となって渦巻いた。
隣でリリアの青玉の瞳からも光が消え、彼女の白魔法が黒く反転していく。
セナの天使の力が憎悪に染まり、セレスの神聖な祈りが呪いへと堕ちる。
「世界統一? 大国? そんなもの、知ったことじゃないわ。お前たちが私のすべてを奪ったように……私も、お前たちのすべてを奪い尽くしてやる!!」
アイラの瞳はかつての食いしん坊な公爵令嬢のものではなかった。
それはすべてを滅ぼす災厄そのもの。
「殺してやる。一匹残らず……この世から、跡形もなく消し炭にしてやるわぁぁぁぁっ!!」
アイラの血を吐くような絶叫が、世界を終わらせる始まりの合図となった。
四人の少女たちは涙を流しながら、地獄の底から這い上がってきたような狂気と復讐心をその身に宿した。
もう、誰も彼女たちを止めることはできない。
美味しいご飯と笑顔に溢れていた探偵令嬢の物語は、ここで完全に終わりを告げた。
後に残るのは世界を焼き尽くす「大量虐殺の狂気の魔女」の誕生という凄惨な現実だけだった。
「ジュリアン……っ、あああああぁぁぁっ!!」
アイラの絶叫に呼応するように、体中から溢れ出した漆黒の魔力が天を衝くほどの巨大な嵐となって吹き荒れた。
アイラの愛する人。
彼女に美味しいご飯を食べさせ、いつも小言を言いながらも誰よりも溺愛してくれた彼。
その温もりが腕の中から完全に消え失せてしまった。
その隣で。
「……エドワード様」
リリアは、エドワード殿下が光の粒子となって消滅した空間に虚ろな瞳で手を伸ばしていた。
純真無垢で誰よりも優しかったアイラの妹。
エドワード殿下といる時は周りが見えなくなるほどの甘いピンク色のオーラを放っていた彼女の青玉の瞳からは、光が完全に失われていた。
「私の白魔法は、エドワード様を守るためのものだったのに……。私の『物を探す力』は、彼との甘い未来を見つけるためのものだったのに……っ」
リリアの震える手からこれまで彼女を象徴していた純白の魔力が漏れ出した。
しかし、その光はかつての温かいものではなかった。
愛する者を理不尽に奪われた絶望と世界に対する底知れぬ憎悪が、彼女の純白の魔力をドス黒く禍々しい色へと反転させていく。
「こんな世界……エドワード様も、お父様も、お兄様もいない世界なんて……もう、いりませんわ」
リリアがゆっくりと立ち上がった。
彼女の口元には天使のような微笑みが浮かんでいた。
だが、それは完全に壊れてしまった狂気の笑みだった。
「お姉様。私たちの愛したものを奪った害虫どもを……塵一つ残さず、お掃除しましょう?」
「ええ、リリア。全部、消し炭にしてあげるわ」
双子の魔女の魔力が絶望のどん底で完全に共鳴し、融合した。
「マリー姉ちゃん……リック……みんな……っ。許さない、お前たち、絶対に許さない……!」
セナの背中からかつては美しかったネフィリムの羽が真っ黒に染まって顕現した。
彼女の癒やしの力は敵の生命力を無慈悲に奪い取る呪いへと堕ちた。
「神よ……この残酷な世界に、もはや救いなどない。ならば私が、神に代わって貴様らに終末の裁きを下してやる……!!」
教皇セレスの瞳から涙が枯れ果てた。
彼女が放つ圧倒的な神聖魔力は帝国への純粋な殺意の塊となって具現化した。
百二十万の帝国軍。
先ほどまでは彼女たちを絶望の淵に追いやった圧倒的な暴力だった。
しかし今の彼女たちにとって、それはただの掃除すべきゴミの山でしかなかった。
「いくわよ。一匹たりとも逃がさない」
アイラとリリアが同時に杖を振り上げた。
「『概念崩壊・ 極(カタストロフィ・スマッシュ) 』!!」
「『死の 記憶(デス・サーチ) 』!!」
アイラが放った漆黒の暴風が迫り来る重装甲機兵の群れを一瞬にして空間ごと消滅させる。
リリアの白魔法はもはや物を探すためのものではない。
敵の命の在り処を正確にダウジングし、ピンポイントでその命の灯火を摘み取っていく絶対的な死の魔法へと変貌していた。
リリアが微笑みながら杖を振るうたび、数万の帝国兵が音もなくバタバタと倒れ伏していく。
「死ね! 死ね死ね死ね!!」
セナの黒い羽から放たれる呪いの羽が敵兵の肉体を腐らせ、灰に変える。
セレスの放つ裁きの光が帝国軍の魔導兵どもを塵すら残さず蒸発させていく。
「化け、物だぁぁっ!?」
「逃げろ! あいつら、人間じゃない! 狂ってる!!」
先ほどまで無慈悲に彼女たちを蹂躙していた帝国兵たちが、今度は恐怖に顔を引き攣らせ、背を向けて逃げ出した。
しかし、遅い。
遅すぎる。
彼女たちは歩みを止めなかった。
愛する者たちの血を吸った大地を踏み締めながら、ただひたすらに帝国軍の波を文字通り蒸発させながら前進した。
彼女たちの目指す場所はただ一つ。
この全ての元凶であるアウストラル帝国の『帝都』だ。
数日後。
アイラたちは大陸の東方に位置する巨大な都市、アウストラル帝国の帝都の前に立っていた。
ここまで来るのに何十万の兵を殺したか覚えていない。
彼女たちの心はもはや美味しいご飯を求めていた頃の温かさを完全に失い、冷たく凍てついた復讐の刃と化していた。
「……ここが、憎き帝国の中枢ですわね」
リリアが見上げるような巨大な防壁とその奥に広がる帝都を見据えて、静かに微笑んだ。
「世界統一? 大国? ……くだらないわ。私たちの幸せな日常を奪っておいて、自分たちだけがのうのうと生きているなんて、絶対に許さない」
アイラは空間収納からありったけの食料を取り出した。
かつてジュリアンたちと一緒に食べるはずだった特製のケーキやミートパイを、狂ったように口に詰め込む。
涙で味がしない。
でも今は味なんてどうでもいい。
必要なのは、この巨大な帝都を丸ごと消し去るための莫大なカロリーだ。
限界まで魔力を高めたアイラと、完全に魔力が同期したリリアが手を繋ぎ合わせた。
白と黒の魔力が螺旋を描きながら、天を衝くほどの巨大なエネルギーの渦となる。
「世界から、消えなさい」
アイラとリリアが同時に杖を振り下ろした。
ドゴォォォォォォォォォォォォォンッ!!!!!
閃光。
音すらも遅れてやってくるほどの絶対的な破壊の光。
彼女たちが放った白黒の極大魔法は、帝都の強固な結界も防壁も、そしてその中にいた皇帝も軍の中枢も全てを等しく包み込んだ。
一瞬の内に巨大な帝都は文字通り蒸発した。
悲鳴を上げる間もなく瓦礫の破片一つ残さず、アウストラル帝国の帝都は地図上から完全に消滅し、後には巨大で滑らかなクレーターだけが残された。
こうして彼女たちは、お伽話に語られるような「大量虐殺の狂気の魔女」となったのだ。
「……終わった、のね」
何もかもが灰になり静寂だけが残った帝都の跡地で、アイラは杖を落とし、その場にへたり込んだ。
リリアもセナもセレスも膝をつき、空を見上げていた。
復讐は果たした。
彼女たちから全てを奪った帝国を、この世から完全に消し去った。
……でも、心が満たされることはなかった。
どれだけ敵を殺しても、帝都を蒸発させても。
ジュリアンもエドワード殿下もレオンハルトたちも、二度と帰ってこない。
美味しいご飯を一緒に食べて笑い合う日は、もう二度と来ないのだ。
「う、あ……あぁぁっ……!」
その絶対的な虚無感と孤独に押し潰されそうになり、アイラが再び泣き崩れようとした、その時だった。
パリンッ!
彼女たちの目の前の空間が、まるでガラスが割れるように砕け散った。
そしてその次元の裂け目から、眩い光と共に一人の女性が姿を現した。
「……よくやったわ、私の可愛い子孫たち。でも、もう十分よ」
輝く銀糸の髪に青玉のような瞳。
五千年前から生きる彼女たちの先祖であり、異次元へと退避していた伝説の魔女エレノワールだった。
「エレノワール……お姉様……」
「アイラちゃん。リリアちゃん。……辛かったわね」
エレノワールはアイラとリリアを優しく抱きしめてくれた。
その温もりに触れた瞬間、彼女たちが纏っていた狂気と憎悪のオーラが嘘のようにスッと霧散していった。
「五千年の叡智を刻む魔女の血脈よ。あなたたちは、この人間界でもう十分に戦い、そして全てを成し遂げたわ」
エレノワールは四人の顔を順番に見渡した。
「憎しみと悲しみに囚われたまま、この世界で『狂気の魔女』として生き続ける必要はないの。……さあ、私と一緒に来なさい。幻想と神秘の世界……『異次元の魔女の世界』へ」
「異次元の……魔女の世界……」
「そうよ。そこには、戦いも、理不尽な奪い合いもないわ。ただ静かに、五千年を生きる魔女たちが暮らしている場所。……あなたたちの傷ついた心を癒やすには、そこしかないわ」
アイラは振り返って自分たちが焦土と化した大地を見た。
もう、この人間界に彼女たちの居場所はない。
愛する人たちがいないこの世界に未練など何もなかった。
「……行きます。私たちを、連れて行ってください」
アイラが答えると、リリアもセナもセレスも静かに頷いた。
「ええ。よく決心したわね」
エレノワールが優しく微笑み、次元の裂け目を大きく広げた。
彼女たちは愛と絶望、そして美味しいご飯の記憶が詰まった人間界に背を向けた。
残された悲しみを胸に抱いたまま、彼女たちはエレノワールに導かれ、次元の裂け目の向こう側である幻想と神秘の魔女の世界へと静かに旅立っていったのである。
「異次元の魔女の世界」
そこは人間の常識が一切通用しない、完全なる幻想と神秘の世界だった。
空は常に淡い紫と青のグラデーションに染まり、手が届きそうなほど近くに巨大な星々が瞬いている。
大地は空中に浮かぶ無数の浮島からなり、クリスタルのように輝く植物や重力を無視して逆流する滝など、まさにお伽話に描かれるような風景が広がっていた。
エレノワールに導かれてこの世界にやってきたアイラたちは、静かに暮らすことにした。
戦いも権力闘争も、そして理不尽な死も存在しない、ただ五千年を生きる魔女たちが静寂の中で時を紡ぐ場所。
「……お姉様。今日のお茶は、カモミールと星屑草のブレンドですわ」
「ありがとう、リリア。いい香りね」
浮島の一つに建てた小さなコテージのテラスで、彼女たちは毎日お茶を飲んだ。
狂気と憎悪に身を任せ、帝都を蒸発させたあの破壊の嵐はすでに過ぎ去った。
けれど復讐を果たしたからといって、彼女たちの心にぽっかりと空いた穴が塞がるわけではない。
ジュリアン、エドワード殿下、父や兄。
クロードやノア、マリーや孤児の仲間たち。
彼らの温かい笑顔や賑やかな声は二度と戻ってこない。
アイラは悲しみを紛らわすように、異次元の不思議な食材を使って毎日料理を作った。
「アイラお姉様、今日の『魔力茸のシチュー』も最高に美味しいです!」
「ふははは! やはりアイラの飯は異次元でも宇宙一じゃな! おかわりじゃ!」
セナやセレスが昔と変わらない笑顔でアイラのご飯を食べてくれる。
それが、今のアイラにとって唯一の救いだった。
そんな静かで穏やかな日々が何年、何十年と過ぎていった。
彼女たちには時間という概念がほとんど意味を持たなかった。
完全なる『魔女』として覚醒したアイラとリリア、そして天使のハーフであるセナの三人は、肉体の成長が完全に止まり不老の存在となっていたからだ。
いつまで経っても、彼女たちは十九歳の、あるいは十代の少女の姿のままだった。
しかし神聖ルシエラ教国の教皇とはいえ、セレスは人間だった。
彼女には残酷なまでに明確な寿命が存在していたのだ。
月日が流れるにつれ、見た目は十六歳のままだったセレスの身体にも少しずつ変化が訪れた。
輝いていた金糸の髪には白いものが混じり、歩くスピードは遅くなり、豪快な笑い声も徐々に小さくなっていった。
そして彼女たちが異次元に来てから数十年という途方もない時間が過ぎた頃。
「……アイラ。リリア、セナ……」
静かなベッドの上で、完全に年老いて弱々しくなったセレスが掠れた声でアイラたちを呼んだ。
彼女たちはセレスのベッドを囲み、その手を強く握りしめた。
「セレス……ダメよ、まだ死なないで。今日、美味しいケーキを焼いたのよ? あなたの大好きな、フルーツたっぷりのタルトよ……っ」
アイラが涙をこらえきれずに言うと、セレスは皺くちゃになった顔でふわりと優しく微笑んだ。
「すまんのう、アイラ……。じゃが、もう私の胃袋は、お主の極上のケーキを受け付けられそうにないわい……。人間としては、十分に、長生きさせてもらった……」
「セレス様……嫌です、行かないでください……っ!」
セナがセレスの手にすがりついて泣きじゃくり、リリアもポロポロと青玉の瞳から大粒の涙をこぼしている。
「泣くな、お主ら……。お主らと出会えて、美味い飯を食って、世界を救って……本当に、本当に楽しい人生じゃった」
セレスの呼吸が徐々に浅くなっていく。
「……ジュリアンや、エドワード……うちのバカ兄のところへ……一足先に、行っておるぞ。……お前たちは、これからも……ずっと……」
ゆっくりとセレスの瞼が閉じられた。
繋いでいた手から力が抜け、静かに彼女の寿命の灯火が消え去った。
「セレス……? ねぇ、セレス!!」
「いやああああっ! セレス様ぁぁっ!」
「ああ……神様、どうして……っ」
三人の悲痛な泣き声が、異次元の静寂な空に響き渡った。
愛する家族を戦争で失い、ようやく見つけた穏やかな世界で、またしても彼女たちは大切な親友を失ってしまった。
その深い絶望と悲しみに、アイラはベッドに突っ伏して泣き崩れた。
感動的で悲壮な別れ。
涙なしには語れない美しき教皇の最期。
……のはずだった。
パァァァァァァァァッ!!
「……え?」
セレスが息を引き取ってから数秒後。
突如として、ベッドの上に横たわっていたセレスの遺体が目を開けていられないほどの眩い黄金の光に包み込まれたのだ。
「お、お姉様!? セレス様の体が光っていますわ!」
「なっ、何が起きてるの!?」
アイラたちが涙を拭う暇もなく目を丸くしていると、光の奔流が部屋中を乱舞し、やがてスッと収束していった。
そして光が晴れたベッドの上には。
「――ふははははっ!! なんだか急に体が軽くなったぞ! 肩こりも腰痛も消え失せておるわい!!」
先ほどまでシワくちゃの老婆だったはずのセレスが、見慣れた十六歳の可憐な少女の姿に戻っていた。
おまけに背中に神々しい純白の天使の羽を生やして、ピンピンした状態で空中に浮かんでいたのだ。
「「「…………は?」」」
アイラとリリア、セナの三人は見事にハモった間の抜けた声を上げた。
「おお! これが私の新しい体か! なんだか凄まじい神聖魔力が全身からみなぎってくるぞ! アイラ、やっぱりさっきのケーキ食べるのじゃ!」
「いやいやいや、ちょっと待ちなさいよ!!」
アイラは涙でぐしゃぐしゃになった顔のまま、空中に浮かぶセレスに向かって思い切りツッコミを入れた。
「あんた、さっき死んだじゃない! 『一足先に行っておるぞ……ガクッ』って、あんなに感動的なお別れをしたじゃない!! 私の涙を返してよ!!」
「す、すまんすまん! 私も本当に死んだと思ったんじゃが、なんか死んだ瞬間に自分の中の『光の種』がバーン!と弾けて、気付いたらこうなっておったのじゃ!」
セレスが頭を掻きながら笑う。
どうやら神聖ルシエラ教国の教皇として彼女の血脈に代々受け継がれていた光の種が、寿命を迎えて肉体から魂が離れた瞬間に完全に開花し、死して神格化し天使の末席に加えられたということらしい。
「……あの悲しみをどうしてくれるんですか。私、本当に心が張り裂けそうだったんですからね」
リリアがジト目でセレスを睨み、セナも「もう、セレス様のバカァ!」とポカポカとセレスを叩いている。
感動の別れシーンはたった十数秒で見事に打ち砕かれ、いつものドタバタなカオス空間へと逆戻りしてしまった。
「――騒々しい新入りが誕生したと思えば。相変わらずだな、お前たちは」
その時。
コテージの空間がガラスのようにパリンッと割れ、そこに次元の裂け目が開いた。
裂け目の向こうから姿を現したのは、完璧にアイロンのかかった漆黒のメイド服に身を包んだ一人の女性だった。
神々しい金色の瞳。
背後に揺らめく白い羽の幻影。
「エ、エマ!?」
「シュシュエル様!?」
アイラは目を見開いて絶叫した。
そこにいたのはかつてアルジェント公爵邸でアイラの専属侍女を務めていたエマであり、その体を器としていた天使シュシュエルだったのだ。
「なんで生きてるの!? あんたも、あの帝国の戦争で……!」
「ふん。我を人間と同じように数えるな」
シュシュエルは呆れたように鼻を鳴らした。
「あの忌まわしい戦争の際、我が愛用していたこのエマの肉体を戦火で失いたくなくてな。エマ本人の同意を得て完全に契約を交わし、魂と同化することで戦火から退避したのだ。……おかげで、我もエマも無傷だ」
「えっ……じゃあ、エマも一緒なのね!? 本当に良かった……っ!」
アイラは安堵のあまりエマの首に抱きついた。
エマの意識が少しだけ表に出た。
「お嬢様、ドレスがシワになりますよ」
かつてと同じようにエマが優しく微笑んでくれた。
「まったく、騒がしい魔女だ。……さて」
シュシュエルがポンとアイラの頭を叩いて引き剥がし、空中に浮いているセレスを見上げた。
「我は、そこの新しい天使を天界へ案内するために迎えに来たのだ。……それと」
シュシュエルの金色の瞳が、極上の悪戯を思いついたように細められた。
「お前たち三人が、異次元で美味い飯を食いながらも失った家族を想って泣いていると聞いてな。……私が、少しばかり『面白い場所』を用意してやったぞ」
「面白い場所……?」
「そうだ。お前たちの、その終わらない未練を晴らすためのな」
シュシュエルは次元の裂け目を大きく広げた。
その向こうに見えるのは異次元の神秘的な風景ではなく、なぜか見覚えのある現代のオフィスビルのような無機質な空間だった。
「さあ、来るがいい。……『永遠の始まり』の場所へな」
エマの体を器とした天使シュシュエルに導かれ、アイラたちは次元の裂け目へと足を踏み入れた。
その向こう側に広がっていたのは、雲海が広がる神々しい天界でも花畑が続く楽園でもなく。
「…………はい?」
真っ白な壁紙。
等間隔に並んだ長方形の蛍光灯。
中央には無機質なグレーの長机と、キャスター付きのオフィスチェアがズラリと並んでいる。
おまけに部屋の隅には給湯室とホワイトボードまで完備されていた。
「ちょっと待って。ここ、どう見ても前世の『オフィスビルの貸し会議室』じゃないの!?」
アイラの前世の意味記憶が全力でツッコミを入れた。
神話の存在である天使に連れられてきた場所が、あまりにも近代的な無機質空間すぎる。
「何を驚いている。天国というのはな、普段は広大な惑星一つ分の場所で、死者の魂がそれぞれ静かに暮らしているのだ。だが、それだとお前たちが特定の相手を探して会いに来るのに不便だろう?」
シュシュエルがパイプ椅子にドカッと座りながら説明する。
「だから、天国の中枢にあるオフィスビルのように部屋が区切られているフロアの一室を、お前たち専用の面会室として借りておいてやったのだ。……入れ、お前たち」
シュシュエルが指を鳴らすと、会議室の奥にあった無機質なドアがガチャリと開いた。
「――アイラ!!」
その声にアイラの心臓が大きく跳ねた。
ドアの向こうから飛び出してきたのは、あの絶望の戦場で爆炎に飲まれ、永遠に失われたはずの愛する人だった。
「ジュ、ジュリアン様……っ!?」
金糸の髪、エメラルドの瞳。
血と泥に塗れていたはずの彼は王太子としての優雅な礼服姿のまま駆け寄ってきて、アイラを息が止まるほど強く抱きしめた。
「ああ、私の愛しき妃よ……! 天界のこの部屋で待っていれば君が来ると天使殿から聞いていたが……本当に、また君をこの腕に抱けるなんて」
「ジュリアン様……っ! ジュリアン様ぁっ……!」
アイラは彼の胸に顔を埋め、子供のように声を上げて泣きじゃくった。
温かい。
本物のジュリアンだ。
「リリア! 君も無事でよかった!」
「エドワード殿下! ああ、またお会いできましたわ……っ!」
隣ではエドワード殿下とリリアが涙を流して抱き合い、いつものようにキラキラとしたピンク色の超甘々空間を形成している。
「おおおお! 私の愛しい娘たちよォォォッ!! 天国にまで会いに来てくれるとは、お父様は嬉しくてまた死んでしまいそうだよ!!」
「害虫の気配がしないこの天国の密室で、愛しの妹たちと永遠に過ごせるなんて……神に感謝します!!」
父のレオンハルトと兄のセオドアが親バカとシスコンを限界突破させながら飛びついてきて、見事なまでに涙と鼻水の海を作っている。
「アイラ師匠ー! やっと来たか! 腹減ったぜ、天国には美味い飯がねえんだよ!」
巨大な大剣ヴァルムを背負ったクロードが、ニカッと笑って腹をさする。
「……僕の計算によれば、死者に胃袋はないはずですが。しかし、アイラ嬢たちの規格外な生存能力には、僕の頭脳も安堵のバグを起こしそうですよ」
ノアがずり落ちた眼鏡を中指で押し上げながら、ふっと優しい笑みを浮かべる。
「アイラ様、リリア様……! またお会いできて、本当に……っ」
あがり症を克服した絶世の美少女ミアがポロポロと涙を流し、近衛騎士のカイルが「おおお、我が女神リリア嬢!」と暑苦しく叫んでいる。
そしてその後ろからは。
「アイラお嬢様、リリアお嬢様。……天国での『お掃除』も完璧に済ませてお待ちしておりましたわ」
完璧超人メイドのマリーがスラムの孤児の仲間たちを引き連れて、いつものように優雅なカーテシーでお辞儀をした。
セナが「マリー姉ちゃん! リック!」と孤児の家族たちに飛びついていく。
死んでしまった愛する家族。
最高の仲間たち。
彼らがあの日常のままの姿で、全員この天国のオフィスに勢揃いしていたのだ。
「みんな……みんな、本当に……っ」
アイラは涙でぐしゃぐしゃになった顔を拭い、ジュリアンを見上げた。
「でも、どうして? 私たちは異次元の魔女の世界にいるのに、どうやって天国の人たちと……」
「簡単なことだ」
シュシュエルが会議室のホワイトボードの前に立って、ペンで図を書きながら言った。
「お前たちアイラとリリアはもはや人間の枠を外れ、完全に『異次元の魔女』になったのだ。……次元の壁など容易く越えられるだろう。だから、お前たちはいつでも好きな時に、この天国のオフィスに遊びに来て良いのだぞ」
「……え?」
アイラはピタリと涙を止めた。
「い、いつでも来ていいの?」
「ああ。誰も『最後の別れ』だとは言ってないぞ? なにしろ異次元の魔女なのだからな。お茶を飲みに来る感覚で次元の扉を開けばいい」
シュシュエルはポカンとするアイラを見て、心底不思議そうな顔をした。
「というか……お前、戦場で何を勘違いしてあんなにこの世の終わりのように泣き叫び、帝都を蒸発させていたのだ? 誰も二度と会えないなんて言ってないだろうに。……何言ってるんだこいつ、という目でお前を見ていたぞ、我は」
「~~~~~っ!!」
アイラは顔から火が出るほど真っ赤になった。
あんなに。
あんなに悲壮な覚悟で。
愛する人を失った絶望で狂気の魔女にまで堕ちたのに。
「ちょっと!! なら戦場のあの時に言いなさいよ!! 『あとで天国の貸し会議室で会えるから蒸発させるのはやめとけ』って!!」
「知らん。お前が勝手に暴走したのだろう」
「くやしぃぃぃぃっ!! 私のあのピュアな絶望と感動の涙を返してよ!!」
アイラが床を地団駄踏んで悔しがっていると、ジュリアンが堪えきれないように吹き出した。
「ふっ……くくくっ、あはははははっ! 相変わらずだな、君は。世界の終わりだろうが天国だろうが、君のその図太さと騒がしさには本当に救われるよ」
「ジュリアン様まで笑わないでください!」
「すまない。……だが、これで本当に言質とったな、アイラ」
ジュリアンはアイラの手を取り、その手の甲に深く口付けを落とした。
「君の胃袋は、天国でも、異次元でも、永遠に私が面倒を見ると約束しよう。……愛しているよ、私のただ一人の魔女」
その腹黒くも極上に甘い微笑みと愛の言葉に、アイラは悔しさも忘れてふにゃりと笑い返してしまった。
「……ええ。私も愛しています、ジュリアン様」
「よし! 再会を祝して、大宴会の始まりじゃな!」
十六歳の姿で天使の羽を生やしたセレスが、会議室の机の上を指差した。
「アイラ! ここには飯がない! 早くお主のアイテムボックスから、とびきり美味い飯を出すのじゃ!」
「おう! 頼むぜ師匠! 角煮丼が食いてえ!」
「クロードさん、天国に来てまでお肉ですか……。アイラ様、私にはお紅茶をお願いします」
「筋肉の隅々まで染み渡るプロテインの準備はできていますわ!」
仲間たちが次々とアイラに要求を突きつけてくる。
いつもの騒がしくてカオスで、最高に大好きな彼女の日常だ。
「はいはい、分かったわよ! 異次元の食材を使った、究極の『天国持ち込みフルコース』を振る舞ってあげるわ! お父様、お兄様、机をくっつけてちょうだい!」
「おおおっ! アイラの天界の手料理! 今すぐ並べるぞセオドア!」
「はい父上! リリアの隣の席は私が死守します!」
「義兄上、そこは夫である私の席ですが」
真っ白なオフィスビルの一室。
そこは世界の終わりを経験した彼女たちが手に入れた、誰にも邪魔されない永遠の楽園。
人間としての日常はあの戦争で終わりを告げたかもしれない。
でもここからまた、異次元と天国を股にかけた新しい彼らの日常が始まるのだ。
「美味しいご飯の準備はいいわね!? 今日は永遠に食べ放題よ!」
世界の終わりと始まりは、アイラの始まり。
腹黒王太子と規格外の魔女、そして愉快な仲間たちの最高に美味しくて騒がしい永遠の日常が、今ここに高らかに幕を開けたのだった。