軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

王太子妃編6

王太子妃の宮殿、その最上階に設けられた見晴らしの良い空中庭園。

色とりどりの薔薇が咲き誇る中、白亜のガゼボでは、私とリリアが、優雅なティータイムを満喫していた。

「ん〜っ! 今日の王室専属パティシエが作った季節のフルーツタルトも絶品ね。甘酸っぱいベリーと濃厚なカスタードのバランスが最高だわ」

「ええ、お姉様。こちらの特製マカロンも、口の中でふわりと溶けて幸せな味がいたしますわ」

今日も今日とてカロリーを摂取し、平和を噛み締めていた――その時だった。

「アイラお嬢様、リリアお嬢様。お茶の最中に失礼いたします」

音もなくガゼボに現れたのは、マリー姉ちゃんだった。

彼女は完璧な所作でお辞儀をすると、スッと真剣な表情になった。

「先ほど、公爵家の情報網……ザックたち裏の諜報部隊から、いささか厄介な報告が上がってまいりました」

「厄介な報告? またどこかの悪徳貴族が、私のお米の流通ルートでも邪魔しようとしてるの?」

「いいえ、今回は国内ではありません。神聖ルシエラ教国の『ブラックマーケット』についてです」

マリー姉ちゃんの言葉に、私とリリアは顔を見合わせた。

神聖ルシエラ教国。

大陸中の信仰を集める宗教国家であり、セレスが教皇として治めている国だ。

「教国の裏社会で、大規模な違法奴隷オークションが開催されるという情報を掴んだのですが……問題は、そのオークションの目玉として出品される『商品』のリストです」

「商品? まさか、またどこかの国の要人でも攫われたの?」

「……神聖ルシエラ教国・教皇セレス猊下。リストの最上段に、そう記載されていたとのことです」

「「…………は?」」

私とリリアは、手にしていたティーカップとフォークをピタリと空中で止め、見事なまでに声をハモらせた。

「……えっと、マリー姉ちゃん。今、誰が出品されるって言った?」

「教皇セレス様です。何者かに拉致され、数日後に教国裏社会のブラックマーケットで、奴隷として競りにかけられるそうです」

静寂。空中庭園に、春の心地よい風が吹き抜ける。

「…………」

「…………」

私とリリアは無言のまま視線を交わし、そして、同時に深いため息をついた。

(……いやいやいや。ありえないでしょ)

教皇セレス。

見た目こそ可憐な女性だが、その中身は教国もとい世界で最も強大な神聖魔力を有し、「有難い聖書の朗読」だけで悪魔を寝不足にするバケモノである。

そんな彼女が、その辺の裏社会のゴロツキごときに拉致される?

抵抗もできずにオークションに出品される?

寝言は寝てから言ってほしい。

「……お姉様。これ、絶対にわざとですよね」

「ええ。十中八九、いや百パーセント、あの自由奔放な教皇様が、わざと捕まって囮になってるだけよ」

私はタルトを一口で頬張りながら断言した。

最近、教国の裏社会の腐敗が目に余るとか何とかで、業を煮やした彼女が「よし、私が商品になれば幹部連中が一箇所に集まるじゃろ! 一気にドーン!と解決じゃ!」くらいのノリで、思いついたら即行動、部下にも知らせず黙って単独潜入しているに違いない。

「教国には、聖女のセリアちゃんやサミュエル大司教もいますから、彼らなら薄々気づいていそうですが……」

教国の裏社会が一網打尽になるのは良いことだが、このままでは巻き込まれる神官たちや、セレスの暴走の後始末をさせられる前教皇たちが不憫すぎる。

「それに……」

私は立ち上がり、エプロンを引っ張り出した。

「いくら自分から潜入してるとはいえ、裏社会の牢屋じゃ、出されるご飯はカチカチの黒パンか泥水みたいなスープに決まってるわ。あの食いしん坊のセレスが、数日もそんな劣悪な食環境に耐えられるわけがないじゃない。きっと今頃『美味い飯を持てー!』って牢屋の中で暴れてるわよ」

「……お姉様。それは拉致被害者に対する同情ではなく、ただの食い意地への共感では?」

「細かいことはいいのよ! ほらリリア、マリー姉ちゃん! 厨房に行ってピクニック用のお弁当と、最高に甘いデザートを作らせるわよ! 拉致されて食事に不満を持ってるだろう教皇様(同級生)に、極上の差し入れを持って教国へカチコミよ!」

「はいっ! お弁当なら、栄養満点のサンドイッチも作りましょう!」

こうして、国家のトップが奴隷オークションに出品されるという前代未聞の危機(?)は、私たちの「美味しいご飯のデリバリー任務」へと早変わりしたのである。

王宮の厨房で、料理長を急かして(脅して)作らせた豪華な三段重のピクニック弁当と、ミーアの魔導冷蔵ボックスに入れた特製ケーキを 空間収納(アイテムボックス) に詰め込み、私たちは王都の空に『 空間転移(テレポート) 』の魔法陣を展開した。

「座標固定、神聖ルシエラ教国・王都の裏路地。……いくわよ!」

一瞬の浮遊感の後、私とリリアは教国の薄暗いスラム街へと降り立った。

「さて、セレスはどこにいるのかしら。リリア、ダウジングを……」

だが、言い終える前に、私は思わず天を仰いだ。

「ダウジングするまでもなかったわ。……あっちの地下から、隠す気ゼロの神聖魔力がダダ漏れになってるじゃない」

私の視線の先。

スラムの奥にある怪しげな廃教会の地下から、まるで真昼の太陽のような、目も眩むほどの圧倒的な神聖魔力の柱が立ち昇っていた。

裏社会の人間は魔力に鈍感な者が多いから気づいていないのだろうが、私たちから見れば「ここに教皇がいますよ!!」と巨大な看板を立てているようなものだ。

「……隠蔽魔法をかけているようですが、セレス様の魔力量が規格外すぎて、完全に隙間から漏れ出していますわね」

「呆れた。本当に緊張感のカケラもないわね。さっさと行きましょう」

私とリリアは『認識阻害』の魔法を展開し、見張りのゴロツキたちを完全にスルーして廃教会の地下へと進んだ。地下の最奥には、頑丈な鉄格子で覆われた牢屋があった。

そしてそこには――案の定、というべきか。

「むーっ! この食事はなんじゃ! パンは石のように硬いし、スープは塩水ではないか! この教皇に向かってこのような粗末な供物を出すとは、万死に値するぞ!」

ボロボロの衣服を着せられ、両手に魔力封じの枷をつけられながらも、堂々とふんぞり返って見張りに文句を言っている教皇セレスの姿があった。

「うるせえなこのガキ! お前は明日のオークションで高く売れる極上品だから特別に飯を出してやってるんだ! 黙って食え!」

「ええい、こんなもの食えるか! アイラの作る極上ローストビーフや、フルーツタルトを持ってこい!」

「誰だそのアイラってのは! いい加減に……」

見張りの男が苛立って鉄格子を叩こうとした、その瞬間。

「――はいはい、お望み通り持ってきたわよ。あんたのご指名の、極上の差し入れをね」

「「えっ?」」

私とリリアが周囲に防音結界を張って認識阻害を解いて姿を現すと、見張りの男とセレスが同時にこちらを振り向いた。

「な、なんだお前ら!? どこから入って……がはっ!?」

「『聖なる一撃(峰打ち)』ですわ!」

リリアが杖の柄でドンッ!と見張りの後頭部を正確に叩き抜き、男は白目を剥いて崩れ落ちた。

「おおおっ! アイラ! リリア! なぜお主らがここに!?」

セレスが鉄格子にへばりついて目を輝かせる。

私はため息をつきながら、空間収納から三段重のお弁当とケーキの箱を取り出した。

「なぜって……あんたが拉致されてオークションに出品されるって裏情報が回ってきたからよ。ひと月前に貴女の私室で、デザート持参で会ったばっかりじゃない。相変わらず神経が図太いわね、一国のトップが勝手に誘拐されるなんて」

「ふははは! 面倒な政治の根回しなどしておっては、悪党の尻尾は掴めんからな! 最近、教国内の腐敗が目に余るゆえ、自ら商品に紛れ込んで一気にドーン! と解決してやろうと思ったのじゃ!」

全く反省していない。

どころか、自分の名案に酔いしれている。

私はリリアと顔を見合わせ、心の中で静かに合掌した。

(……ああ、これは確実に、事後に前教皇(サミュエルのお父さん)や枢機卿たちから、三日三晩の説教と終わらない始末書地獄が待ってるわね。南無)

「まあいいわ。悪党を派手に吹き飛ばすこと自体には大賛成だし」

私は鉄格子の鍵を黒魔法であっさりと溶かし、中に入ってシートを敷き、お弁当を広げた。

「うおおおおっ! これじゃ、これが食べたかったのじゃ! 唐揚げに、分厚いサンドイッチ! そしてデザートのケーキ!!」

セレスは枷をポイッと放り捨て、無我夢中でサンドイッチに食らいついた。

「……で、どうするの? いつ開かれるか分からないオークションまで、ここで泥水スープを飲んで待機するつもりだったの?」

私が尋ねると、セレスはモグモグと咀嚼しながら頷いた。

「うむ。会場で黒幕の顔を見た瞬間に、私の神聖魔力で会場ごと吹き飛ばしてやるつもりじゃった」

「それじゃあ、潜入捜査の意味がないじゃないの。証拠も吹き飛ぶし、他の出品されてる人たちまで巻き添えになるわよ」

「えっ」

セレスがサンドイッチを咥えたまま固まった。どうやら本当に「とりあえず商品になって、会場で暴れれば解決」としか考えていなかったらしい。

「お姉様。このままでは、セレス様が後で教会の皆様から本当に大目玉を食らってしまいますわ。それに、他の神官や聖騎士の方々も、教皇様が行方不明とあっては振り回されて可哀想です」

リリアが困ったように微笑む。

「そうね。……よし、セレス。あんたは一旦、大聖堂の私室に帰りなさい。作戦の練り直しよ」

「な、なんじゃと!? せっかく私が潜入したというのに!」

「このままじゃ他の出品者も危ないの。それに、あんたの代わりに適任の『身代わり』を連れてきてあげるから」

私はニヤリと悪党のような笑みを浮かべた。

「神聖魔力がダダ漏れでも誤魔化せて、いざという時の物理的戦闘力も申し分ない……最強の『脳筋』をね」

数十分後。教国の大聖堂の奥深くにある、教皇の私室。

空間転移でこっそりと帰還した私たちは、私室の大きなテーブルを囲んでいた。

そこには、私たち探偵姉妹と教皇セレス。

そして、血相を変えて飛んできたサミュエル特使と、引退したはずの前教皇ディーン、さらには枢機卿バルバトスの姿があった。

「セ、セレス猊下ぁぁぁっ!! い、一体どこに行っておられたのですか! 執務室がもぬけの殻で、我々は教国中を捜索しておりましたぞ!」

枢機卿が怒りで顔を真っ赤にしながら叫ぶ。

「サミュエル、お主の父親(前教皇)の説教が長い! 私は教国の腐敗を正すために、自ら……」

「馬鹿者ぉぉぉっ!! 一国のトップが自ら囮になるなど、言語道断! 何のための聖騎士団だと思っている!!」

前教皇からの雷が落ち、セレスはシュンと肩を落とした。

「はっはっは! 相変わらずセレス様は無茶をなさる! だが、これで裏組織の尻尾が掴めたなら重畳! すぐに聖騎士団を動かしましょう!」

サミュエルだけが豪快に笑っている。

「お待ちください、サミュエル様。今動けば、オークションに出品されている他の女性たちが危険ですわ」

リリアが宥め、私は部屋の隅で準備体操をしている一人の少女を指差した。

「だから、作戦変更よ。明日のオークションには、セレスの代わりに『彼女』を身代わりとして変装魔法で送り込むわ」

「ふんっ! はっ! 筋肉の隅々まで神の教えが染み渡りますわ!」

純白の修道服を着たまま、ものすごいスピードで腕立て伏せをしているのは――教国の聖女であり、私のカロリー消費理論に感化されて完全に筋肉至上主義の武闘派へと覚醒した、セリア・フォン・ルシエラだった。

「アイラ様! リリア様! お呼びとあらばどこへでも! あの卑劣な悪党どもに、私の『聖なるフルスイング』で神の裁きを下せばよろしいのですね!?」

セリアが立ち上がり、目を輝かせる。

「え、ええ。でもセリア、潜入中は暴れちゃダメよ。あくまで大人しく『出品される奴隷』のフリをしてね。合図を出したら、物理と神聖魔法で好きなだけ暴れていいから」

「承知いたしましたわ! この上腕二頭筋に誓って、完璧な奴隷の演技をこなしてみせます!」

……奴隷の演技に筋肉は必要ないと思うのだけど、まあいいわ。

「私がセリアに幻覚魔法をかけて、セレスそっくりに見せかけるわ。神聖魔力の波長も似てるし、ゴロツキどもには絶対にバレない。……セレス、あんたは決行の時までここで大人しく待機よ」

「むぅぅ……。私の見せ場が……」

不服そうなセレスに、私は買ってきたばかりの追加のケーキ箱をドンと置いた。

「大人しくしてたら、明日の打ち上げはこれの十倍のスイーツを用意してあげる」

「うむ! 完璧な作戦じゃ! セリアよ、私の名代として存分に牢屋で引き籠ってこい!」

ケーキに釣られた教皇は、秒で寝返った。

こうして、私とリリア、そして脳筋聖女と自由な教皇による、教国の闇組織を物理で薙ぎ払う『極秘オークション・カチコミ作戦』の準備が整ったのである。

作戦会議の翌日、セリアは幻覚魔法でセレスの姿となり、再びゴロツキたちに捕縛されて廃教会の地下牢へと収監された。

それからオークション決行までの数日間、私とリリアは『認識阻害』の魔法を駆使して、毎日セリアの元へ通っていた。もちろん、極上の差し入れを持って、だ。

「セリアちゃん、調子はどう? 今日は特製の『高タンパク蒸し鶏とブロッコリーのサラダ』を持ってきたわよ」

「まあ、アイラ様! ありがとうございますわ! ちょうど上腕三頭筋がタンパク質を求めて泣き叫んでいたところですの!」

鉄格子の奥では、ボロ布を纏った教皇セレスの姿(中身はセリア)が、重々しい鉄の枷を両手に持ったまま、ものすごいスピードでスクワットをしていた。

……奴隷用の牢屋で筋トレってどうなのよ。見張りのゴロツキたちも「教皇が発狂した」と勘違いして遠巻きに怯えているじゃない。

「それで、内情はどうかしら。何か新しい情報は掴めた?」

私がサラダを渡しながら尋ねると、セリアはプロテイン入りの特製スープを飲み干して、真剣な顔で頷いた。

「はい。見張りの交代は四時間に一度、夜間は裏の通路からさらに別の警備が回ってきます。それから、私以外にも出品される予定の女性たちが奥の牢屋に三十人ほど囚われているのを確認しましたわ」

「なるほど。随分と大規模に攫っているのね。女性たちの様子は?」

「皆、最初は怯えて泣いておりましたが……私が檻越しに『恐怖に打ち勝つためのインナーマッスル呼吸法』を伝授いたしましたら、少し落ち着きを取り戻したようですわ」

「……そう。それなら良かったわ」

筋肉は全てを解決するらしい。

私は若干のツッコミを飲み込みながら、リリアと顔を見合わせた。

「それにしても、この『鉄の枷』、なかなかの重量で筋トレには最適ですわね! オークション当日までには、さらに筋肉をパンプアップさせて、完璧な状態で神の裁きを下せそうですわ!」

どこまでも前向きな脳筋聖女に、私とリリアは心強いやら呆れるやらで、とりあえず明日への英気を養うための追加のゆで卵を渡して帰路についた。

数日後、決行の時。

大聖堂の地下では、サミュエル特使率いる聖騎士団と神官たちが、忙しなく突入の準備を進めていた 。

教国の地下深くに広がる『ブラックマーケット』の巨大なオークション会場を完全に包囲するための配置である。

そして私たちは、作戦の最終段階として「商品の入れ替え」を行っていた。

「さあ、ここからは私の出番じゃな!」

「ええ、セレス猊下。数日間、インナーマッスルの強化に集中できましたわ」

正式な法衣を身に纏った教皇セレスと、純白の修道服に着替えた聖女セリアが、言葉を交わしてハイタッチをする。

セリアは、どこからどう見ても、線の細い可憐で美しい普通の女性である。

しかし、私の『カロリー消費理論』に感化された彼女の体内には、極限まで鍛え抜かれた見えない筋肉が密かに圧縮されており、その筋力ステータスは間違いなく教国トップクラスを誇っていた。

「セリア、ここからはあんたは突入部隊よ。サミュエルさんたちと一緒に、外から派手に暴れてちょうだい」

「お任せくださいませ、アイラ様! 筋肉の隅々までタンパク質が染み渡っておりますわ!」

可憐なお嬢様のような微笑みと美しい立ち姿のまま、セリアは物騒かつ筋肉至上主義な発言でやる気をみなぎらせた。

「よし。それじゃあセレス、あんたに幻覚魔法をかけるわよ」

私は黒魔法を展開し、正式な法衣姿のセレスを、薄汚れたボロ布を着た哀れな奴隷の姿へと偽装させた。

そして私とリリアは『認識阻害(透明化)』の魔法を展開し、完全に姿を消してセレスの左右にピタリと寄り添った。

「うむ! 完璧じゃ! さあ、行くぞ!」

幻覚を被ったセレスは、これから自分が競りにかけられるというのに、ワクワクと楽しそうに目を輝かせている 。

透明なまま、リリアが私の隣で小さくため息をついた。

「……学生の頃から、本当に性格が変わっていませんわね、セレス様は」

「全くだわ。教国の皆さんが可哀想になってくるわね」

私たちは苦笑しながら、オークションのステージ裏へと潜入した。

やがて、忌まわしいオークションが幕を開けた。

私たちはステージの袖から、その光景を静かに見据えていた。

ステージ上には、7歳から20歳そこそこの女性たちが次々と引き出され、怯えた表情で震えている。

彼女たちを値踏みしているのは、不自然なほどに肥満体型で、誰も彼もが同じような量産型のモブのような見た目をした豚貴族や悪徳商人たちだ。

(……教国の足元で、こんな腐りきった真似を。やはり『影の国家』の置き土産は、塵一つ残さずお掃除しないとダメね)私は透明なまま、怒りでギリッと奥歯を噛み締めた。

「さあさあ皆様! 本日の目玉商品の登場です! なんと、あの教皇に瓜二つの極上品でございます!」

司会者が下劣な声を張り上げ、いよいよセレスの番が来た。

幻覚でボロボロの姿に見えるセレスが、両手に鉄の枷をつけられたまま、ステージの中央へと引き出される。

その左右には、透明化した私とリリアが、いつでも魔法を放てる態勢で脇をガッチリと固めている。

欲望に塗れた視線を浴びながら、セレスはゆっくりと顔を上げ……不敵で、最高に悪い笑みを浮かべた。

「――さぁ、諸君、パーティーの幕開じゃ!」

セレスの声を合図に。

彼女の体から、目も眩むほどの圧倒的な神聖魔力が爆発的に膨れ上がった 。

「なっ……!?」

悪党たちが驚愕の声を上げる間もなく。

「ドッカーーーンッ!!」

セレスが両手を広げた瞬間、彼女を縛っていた鉄の枷が粉砕され、特大の神聖魔力の爆発がステージ上を吹き荒れた。

土煙が晴れた後、そこにはボロ布の幻覚を吹き飛ばし、美しく荘厳な法衣を纏って見事なキメ顔を披露する教皇セレスの姿があった。

「な、教皇本人だと!? なぜこんな所に!」

パニックに陥る悪党どもを見下ろし、セレスは天に向かって高らかに号令をかけた。

「我ら神聖ルシエラ教国の名において、この地の穢れを浄化する! 聖騎士団、神官たちよ! 悪党どもを一網打尽にせよ! 突入じゃぁぁっ!!」

『おおおおおおッ!!』

セレスの号令に応え、オークション会場の頑丈な扉が、外側からの凄まじい衝撃によって轟音と共に粉砕された。

土煙を上げてなだれ込んでくる重武装の聖騎士と神官たち。

そして、その屈強な騎士たちの先頭を走っていたのは――純白の修道服を翻す、可憐で美しい女性、セリアだった。

「聖なる 一撃(フルスイング) で、神の裁きを下しますわーーッ!!」

セリアは、とても華奢な女性の腕力とは思えないほどの恐るべきスピードで悪党の懐に潜り込むと、その細腕から繰り出される『純粋な物理的パワー(正拳突き)』を、豚貴族の鳩尾に正確に叩き込んだ。

「ごふぉぁッ!?」

「ひぃぃっ!? な、なんだこの女! 腕力がおかしいぞ!」

見た目は普通の美しい令嬢であるセリアの細腕から放たれた一撃は、巨体の男たちをピンボールのように軽々と宙へ吹き飛ばしていく。

筋力ステータスは極振りされているのに、見た目には一切の筋肉が反映されていないという圧倒的なギャップ。

悪党たちは完全に理解が追いつかず、次々と壁に激突して白目を剥いていった。

「おのれぇ! 教皇を狙え!」

混乱の中、数人の傭兵がステージ上のセレスに向かって短剣を構えて飛びかかってきた。

「させませんわ! 『聖なる 光盾(ホーリー・イージス) 』!」

「黒魔法の露と消えなさい! ニシシ!」

セレスの脇を固めていた私とリリアが透明化を解き、即座に迎撃する。

リリアの絶対的な白魔法の盾が傭兵たちの刃を弾き返し、私の黒魔法が彼らの意識を瞬時に刈り取った。

もちろん、いざとなれば桁外れの神聖魔力を持つセレスが自分で薙ぎ払えるのだが、今日は私たちが 護衛(サポート) 役だ。

「ふははは! 見事な働きじゃ、アイラ、リリア! そしてセリアよ!」

安全なステージの上から、セレスが満足げに高笑いを上げる。

かくして、セレスの開幕爆発と、脳筋聖女の圧倒的パワー、そして聖騎士団の連携により、会場の悪党どもは一人残らず無力化され、捕縛されていった。

出品されていた女性たちも、神官によって優しく保護され、安全な場所へと誘導されていく。

私たちは残された帳簿や手紙から、影の国家に関する情報収集を手早く完了させた。

事後処理をすべて終えた日の夜。

教国が用意してくれた豪華な宴会場では、お待ちかねの『打ち上げ』が開催されていた。

長テーブルには、色とりどりの教国の名物料理や、宝石のように美しいデザートの数々が所狭しと並べられている。

「ん〜っ! この特製フルーツタルト、甘酸っぱくて最高ね! 肉料理も素晴らしいわ!」

私は両手にフォークを持ち、凄まじい勢いでカロリーを摂取していた。

「お姉様、口元にクリームがついていますわよ」

リリアが優しく微笑みながらお茶を淹れてくれる。

「おう! ヴァリエール王国の飯も最高だが、教国の飯も美味いだろ! アイラたちも存分に食ってくれ!」

筋肉隆々の巨体を持つサミュエル大司教が、豪快に笑いながらグラスを掲げる。

「ええ、お兄様! 筋肉の修復には、この高タンパクな鳥肉料理が最適ですわね!」

可憐な笑顔のまま、セリアが山盛りの肉料理を平らげていく。

「ふははは! 素晴らしい働きであった! さあ、私の奢りじゃ、心ゆくまで宴を楽しむがよい!」

教皇セレスも、口の周りをソースだらけにしながら大はしゃぎしている。

そんな和気藹々とした私たちのテーブルの端に、いつの間にか、見慣れたメイド服姿の女性が座り、無言で特大のケーキを頬張っていた。

「……ちょっとエマ。あんた、なんで教国にまで来てるのよ」

私がジト目でツッコミを入れると、エマは静かに目を閉じ、深く息を吸い込んだ。パチリと目を開いた瞬間、その瞳は神々しい金色に輝き、彼女の背後に白い羽の幻影が揺らめいた。

「……勘違いするな、魔女よ。我は供物(打ち上げのスイーツ)目当てで来たわけではない。お前たちが悪党を捕縛するのを、背後で少し手伝ってやったのだ。その正当な報酬を受け取りに来ただけだ」

エマの体を借りた天使シュシュエルは、尊大な態度でふんぞり返りながら、ちゃっかりと二皿目のケーキを引き寄せていた 。

「はいはい。ちゃんとシュシュエルの分のデザートもあるから、好きなだけ食べてちょうだい」

私が苦笑いしながら紅茶を注ぐと、シュシュエルは満足げに頷いた。

教皇、聖女、特使、双子の魔女、そして天使。相変わらずのメンバーが揃った食卓は、悪党どもの絶望とは裏腹に、最高にカオスで美味しい宴として夜更けまで続くのだった。

教国の闇を物理と魔法で薙ぎ払い、罪なき人々を救い出した私たちの戦いは、極上のスイーツの甘い余韻とともに、平和に幕を閉じたのである。

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場所が変わって、某国某所。

東部の隣接国家群を完全に制圧したファウストは、次は西方に位置する遠方の国々を標的に変えて進軍を開始した。

その先には、ヴァリエール王国をはじめとする三国同盟が待ち構えている。

そして、その強大な軍勢の歩みが、やがて帝国そのものを跡形もなく蒸発させる『狂気の魔女』を目覚めさせる引き金になるとは、この時のファウストは知る由もなかった。