作品タイトル不明
第682話 彼女のはかりごと⑰急展開
「リディアさま、あたくし、その犬が昔から嫌いです。外に出してください」
アイラの言う通りに動かないのは怪しまれるだろうとは思ったけど、もふさまと離れる気にはなれない。
「いやよ、もふさまは友達だもの」
わたしは無表情に断った。もちろん親指を中に入れて拳を握り、軽く押さえている。
「犬が友達って、寂しい方ですね。でも犬つきなら、半分しか守りませんよ?」
「どうして意地の悪いことを言うの?」
「意地の悪い? だから貴族のお嬢さまは……。あたくしの嫌いなものを捨てない人を丸ごと助けるわけないでしょう? 犬を捨ててください。そしたら、守ってあげますよ」
「お城の使用人から守ってくれるの?」
「それだけじゃありませんよ。あ、知らないのか。リディアさまって憎まれているんですよ。リディアさまを葬ってくれっていう依頼、いっぱいきたんですー。昔馴染みの名前があって驚きましたけど、それがこんなに憎まれているって思ったら、なんだかかわいそうに思えましたよ」
それにしてもアイラはベラベラ喋りすぎだ。依存しているかも確かめてないうちから、もう本性を見せまくっている。
どうして?
「それから、ここは攻め込まれます。死にたくなかったら、あたくしの言うことを聞き、離れないでくださいね」
と、部屋の外が騒がしくなり、部屋に人が雪崩れ込んできた。
貴族だ。普通の貴族だ。剣を携えてはいるけれど。
「リディア・シュタイン、これからお前の罪を詳かにする。暴れるな、ついて来い」
どういうこと? 腕を掴まれ、引っ張られる。
でも、探索マップでわたしの付近に増えた点、こちらもまだ赤くない。
わたしは手を払った。剣を向けられたけれど、もふさまを抱き上げ、歩き出す。
別に引っ張られなくても歩くわよと言いたげに。
「先導したらいかがです?」
アイラに言われ、顔を赤めた30代ぐらいの人は、わたしたちの前を歩き出した。
剣は持ってるけど、試合をしたことがあるぐらいだね。
長く歩かされて、一室にたどり着く。
そこには王族が集められていた。
わたし、それからまだ小さな王女たちは、手枷をされていなかった。
陛下を始め、みんな手枷と足枷をつけられ、それから腕輪の魔具……恐らく魔力封じのものを。アダムとロサもいる。
簡単に捕まえられるような人たちじゃないのに。
だってここにいる剣を持った貴族の腕じゃ、ふたりの足元にも及ばない。
ってことは泳がせてる?
一列に並べられた椅子に座らせられている。
陛下はとんでもない魔力もち。いるのはなんの力もない貴族たちに見える。
そんな人に本当に捕まった?
「おい、リディア・シュタインに魔力封じの魔具を付けなくていいのか?」
「魔力300だろ? つける意味あるのか?」
失礼だが、助かる。つけられても、クラッシャーくんが収納ポケットにあるから問題ないけどね。みんなの腕輪を壊したほうがいいのだろうか。
でもこの人たちだけなら、わたしが魔法を使えばなんとかなる。
そう思って思いあたる。
あ、この人たちだけ……ではないってことか。
外にどれだけいるかわからない。もし制圧できなかったら、どんなに多くの関係ない人まで巻き込むかわからない。だから捕まったの?
一応マップの範囲を広げてみる。王都全体ぐらいに。点は小さく重なって人がいっぱいいるけれど、やはり今のところ赤い点はない。わたし目指して物理的に傷つける気がないからだろうか?
小さな王女たちは、手枷をつけられたお母さまたちにそれぞれしがみついている。そんな様子をなるべく見ないようにしている貴族たち。
彼らは下っ端だ。
わたしの椅子はなく、絨毯の上に雑に座らせられる。
「いつまで待たせるのだ? この状況の説明をしろ」
魔力を乗せなくても、陛下の声はそれだけで十分威厳がある。
そこに扉が開いて、誰よりも堂々としたメラノ公が、王さまみたいに入ってきた。後ろについていた貴族たちも剣を携えていて、今までいた人たちより、腕もいいし、覚悟もありそうだ。
彼らはそれぞれが部屋の決められていたんだろう位置につき、隙なく目を走らせる。でもやはり、点は赤くなかった。メラノ公もだ。
陛下の前にやってきたメラノ公は、膝を折り、胸に手をやる。最上級の敬意を表している。
「ユオブリアの太陽に、ご挨拶申し上げます」
アリが走ってきて、もふさまの空のリュックの中に収まる。
さっき、ここに来るまでの間に、一応もふさまにつけてもらったのだ。役に立った。
「ユオブリアの臣下に、幸あることを約束する」
うわー。陛下が挨拶を返した。本当に心に届いた時だけ、王族から挨拶が返される。
メラノ公は立ち上がる。
「長く臣下でおりましたが、初めて挨拶を返していただきました。それが最後の挨拶となるとは、人生わからないものですな」
「今まで、余に口先でしか挨拶してきたことはなかっただろう? 今と違って」
陛下の返しに、メラノ公は黙った。
「この騒動の首謀者は其方か?」
「そう思ってくださってかまいません」
「何が望みだ?」
「王位継承権をお渡しください」
「反逆か?」
陛下の声が鋭くなった。
「血を多く流したくありません。今は王族以外、誰もこの事に気づいておりません。日常の細々としたことをこなしております。けれど逆らったり、言うことを聞いてくださらないのなら、城の中は血の海となり、王都も、制するものと制されるもので多くの血が流れることでしょう」
城で働く人たちと、民衆を盾に取ってるわけね。
これは皆さまの魔力封じの腕輪を、壊しておいたほうがよさそうだな。
「かかさま、ここは怖いの。お部屋に戻ろう」
5歳のフローリア王女が、第5夫人を引っ張る。
それを見て、7歳のアガサ王女がシクシクと泣き出した。
「幼い王女たちも、ここにいる意味があるのか?」
陛下が尋ねると、メラノ公は笑みを浮かべたまま黙った。
「王女さまたち、もふさまと遊んでくださいませんか?」
もふさまはわたしを少々睨んでから、ワンと犬のように吠えた。
育ちがいい。アガサ王女はポケットから出したレースのハンカチで涙を拭くと、またそれをポケットにしまって、それからわたしの方に歩いてきた。
「勝手なことをするな!」
剣を持った貴族に言われたけど、メラノ公が言った。
「静かになるなら越したことはない。リディア嬢、あなたにはその姿が似合いますな」
貴族らしくなく自由奔放で、地べたに座り込んでいるのがいいというのね。
「変な考えを持たないでくださいよ。大人しくしていてください」
「リディアさまは術が効いているから大丈夫です」
メラノ公は鬱陶しそうにアイラに目をやった。
アガサさまがもふさまを撫でると、涙目でお母さまにしがみついていたフローリアさまも、こちらに寄ってきた。
「わんちゃん」
アガサさまが少し横によって、ふたりで、もふさまを撫で出した。