軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第607話 聖なる闇夜の祝い唄⑥色づく世界

『先ほど言っていたが、聖なる守護者は持ってきた〝聖酒〟をリディアに使ったのか?』

『……ああ、そうだ』

なんかまずいことなのかな?

『よし、では、我がリディアに加護を授けよう。さすれば友達になってくれるか?』

…………………………。

ノックスさまは何か誤解をしたようだ。

「ノックスさま、友達は何かをあげるとか、もらうとか、そういうことで成り立つ関係ではないです」

というと、ノックスさまは首を傾げた。

『聖なる守護者は、友・リディアのために、聖酒を持ってきたのだろう?』

『結果的にはリディアのためだが、我は我のために聖酒を取りに行った』

『お前も聖酒が必要だったのか?』

『そうだな。リディアに何かしてやりたい我のために、聖酒が必要だったのだ』

……もふさま。

湯気の向こうで、ノックスさまは少し考え込む。

『……ふたりはどうやって出会って、友となったのだ?』

わたしともふさまは顔を合わせる。

「小さい頃、もふさまの聖域にわたしが迷い込んじゃって」

『聖域に人族が入り込んでいるから驚いた』

「勝手に水浴びしてて、怒りながらも事情を聞いてくれて」

『小さいのに状況をよくわかっていた』

「迷っていて不安だったから、もふさまに会えて安心して眠っちゃって」

『急に倒れるから何事かと思った』

「起きるまで待っててくれた……」

『眠っているだけなのはわかったからな。幼子はよく眠ると聞いたことがあったのだ』

「それで家まで送り届けてくれたの。空を駆けて。ちょっと怖かったけど、気持ち良くて素晴らしかった」

もふさまの鼻がぐんと上がる。

「困っていたら、なんの見返りもないのに助けてくれて。いつも一緒にいてくれた。わたしはもふさまが大好きなの。一緒にいたいの!」

ギュッともふさまを抱きしめる。

『お前たちには、絆があるのだな……』

真っ黒の瞳でわたしたちを羨ましそうに見た。

十分にあったまってから、お風呂を出た。

お風呂あがりにはコーヒー牛乳を飲みたい派だが、コーヒーはないので、グレーンのジュースを飲んだ。

『体中に染み渡るようだ!』

ノックスさま、感動してるね。

「それはよかったです」

『聖なる守護者は、毎日こんなふうに暮らしているのか?』

『そうだな。リディアと共に暮らしている』

ノックスさまは、もふさまとわたしを交互に見た。

『リディアよ。今日はとても充実した時間を過ごせた。その礼をしたい。何か望むことはあるか?』

もふさまと顔を見合わせる。

ノックスさまは、素直な神獣さまだ。それにもふさまとも打ち解けた。

「それではまたいつか、遊びに来てください」

『……それが礼になるのか?』

「はい、おしゃべりしたり、ご飯を食べたり、お風呂に入ったり。あ、兄妹もいるんです。紹介させてください。普段は元の家にいます。もう少し暖かくなったら学園にも行きます。だからいつも会えるわけではないですけど。それから今は離れていますが、高位の魔物やコッコ、馬たちとも一緒に暮らしています。戻ってきたら紹介しますね。だから、どうぞ、また来てください」

黒い大きな瞳がキラキラと輝きだす。そのまま、もふさまを見た。

もふさまも〝来ていいぞ〟と言わんばかりに頷いた。

『我は今、なんでもできそうだ。腹の下から力が湧いてくるようだ!』

『そうか、お前は今、嬉しいんだな。喜んでいる』

『嬉しい? ああ、けれど、神より役目を授かった時と似ていて非なる感じがする』

『役目を授かったときは、誇らしく嬉しかったのだろう』

ノックスさまは、もふさまを尊敬するように見ている。

この素直さは、年若いか、神獣になって日が浅いのかもなと、なんとなく思った。

『また来ていいのか……それは楽しみだ。そういえば、こちらには〝隠れている〟のだったな。リディアに悪さをした者たちを炙り出せそうなのか? リディアに危険はないのか?』

先ほどのなぜなぜ病とは趣が違い、心配してくれているのを感じる。

「正直、わかりません。危険は……あると思います。でもやられるつもりはありません。わたし、やりたいことがいっぱいあるんです。いっぱい楽しんで、大好きな人たちと嬉しいや楽しいをいっぱいみつけて、過ごしたいんです。だから負けません」

ノックスさまは、重たく頷く。

『我は始まりと終わりを司る、オーイリシア神より遣わされた大地の守護者・ノックス。我の名において、リディアに祝福を授ける。お前があきらめずにいれば、オーイリシア神は決してお前をあきらめない』

あ、なんか、不思議と懐かしい感じがする。

「……ノックスさま……」

『こ、これは友となりたいからではないぞ。今度来る約束をしたからな、リディアには無事でいてもらわないと困る。だから我のためにしたことだ』

上目遣いにチラチラとわたしを見る。まるで怒られないか不安なように。

素直だとは思ったけど、ここまでかわいいとは……。

「ノックスさま、祝福をありがとうございます」

そう笑いかければ、嬉しそうにする。

『では、また来るからな! 約束だ』

「はい、約束です」

外へ見送った。大きくなり、あっという間に空へと駆け上がり見えなくなった。

「もふさま。加護と祝福の違いって何?」

人族の祝福は魔を通すことだけど、聖獣、神獣とはまた意味合いが違うようだ。

『加護というのは加える護りだ。祝福というのはその者に委ねる護り。今のノックスの祝福でいえば、リディアがあきらめずにいればという条件がつく。加護だったら何もせずともオーイリシア神からの寵愛を受けるということになる』

なるほど。そういう違いがあるんだね。

『……リディアよ』

「なあに?」

『……加護や祝福を望むか?』

わたしは首を横に振った。

「もふさまと出会えたこと。そして友達になって、今こうして一緒にいられることが、加護や祝福より大きいよ」

もふさまがわたしの腕に飛び乗ってきて、頬を舐めた。

ふふふ、くすぐったい。

『我が記憶をなくしたことは話したな。覚えているか?』

「うん」

わたしは頷く。

恐らく信じた人族に騙されて心に傷を負い、記憶を封印したのだろうと言っていた。

『記憶をなくしたと思っても別に困ることも、思うことはなかった。それは取り立てて覚えていたい過去もないことなんだと……。なんとも思うことはなかったが、いつも闇夜にいるような心地だった。どこかもどかしく居場所を探すが、どこにいてもどんなに時が経っても馴染まない自分を感じた。そして記憶を持ってしても、それが我で、変わらないのではないかと思っていた』

……もふさま。

『この頃、ふと記憶が蘇ることがある。前の森の護り手のことにしてもそうだ』

もふさまは軽く目を閉じる。

『それは心地のいい記憶だった。じんわりとあたたかい』

もふさまの深い森の色の瞳が開かれる。

『記憶の封印が綻んできているのは、リディアたちと一緒に過ごすことで記憶が塗り替えられているからだと思う。封印するまでとなった辛い記憶も、今なら思い出しても乗り越えられる。今の我なら、傷ついた心も癒せる準備ができたということだと』

わたしはゆっくり頷く。

『そうなれたのは、リディアと出会ったからで、友となり、今まで一緒に過ごしてきたからだと思う。楽しむということを知った。闇夜のように黒かった世界が、いつの間にか色づいていた』

もふさまと目が合った。

「……もふさま、これからもよろしくね!」

『ああ、リディア!』

未来はいつも優しく微笑んでくれるわけではない。

だけど、どんなに暗い闇夜だって明けないことはない。

わたしは簡単に傷つくし、間違えたり、よくないことをしたりもする。

底無し沼にはまってしまって、浮上する時が見えないこともある。

そんな時、誰かや何かがわたしに力をくれる。

沼に突き落としてくるのも、誰かや何かだったりするわけだけど、わたしたちはそうやって、きっと自分が何かを傷つけたり突き落としたりもし、また自分がされたりしているのかもしれない。傷つけ傷つきながらも足掻いて、闇夜が明けるのを待っている。

「なーーーー」

「ソックス」

ぴょんとジャンプをし、もふさまの上に乗ってくる。

「ちょっ」

腕の上が大渋滞だ。

ソックスはもふさまに身をこすりつけるようにして、次にわたしに頬ずりする。重たいし、時にはやんちゃだと思うけど、かわいいやつだ。

エレブ共和国のもふもふ軍団は元気にしているかな?

元気のないところは想像できないけど。

兄さま、そしてロサたちみんなは、順調かな?

あ、アダムに報告しなくちゃ、人に戻ったって。

そうだ、少し前までトカゲになってたんだっけ。

トカゲになった時は目の前が真っ暗になったけど……。

兄さまと別れた時もまた心から笑えるかと不安に思ったけれど……。

時は流れていく。明けない夜はない。

なんだっけ。前に聞いた……。

「明けない夜はない。陽はドーンの東の森、そこから昇る」

頭に浮かんだ、前に聞いた詩を口ずさむ。

『明けない夜はない……か』

「うん。ドーン寮を名付けた先輩が詠ったんだって。ふと思い出したんだ」

『そうだな、明けない夜はなくて、陽は必ずのぼるのだ』

時の流れは時には無情に思えるけれど、きっとそれさえも、いつかは喜びに変わるのだろう。この道でよかったと、こう生きてきたから今があると思える生き方をしろと。時間を祝えるようになれと。

前に兄さまが言っていた。

過去には戻れないから進むしかない、と。哀しさも、辛さも、やるせなさも、それを役立てるんだと。

そうだね。辛いことも、悲しいことも、失敗も、傷つくこともあるけれど。

それを全部糧にしていけたらいい。

今、喜べないことも、いつかこの道でよかったと、ほら、明けない夜はないんだと思いたい。

時もきっとわたしに味方をしてくれるんだ。色づいた夜明けが、きっとその証明になる。

<14章 君の味方・完>