軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第229話 留学生

ノックをして中に入る。

え?

『どうした、リディア』

なんで? 出かかった言葉が喉に張り付く。

少女は立ち上がり、わたしにきれいなカーテシーを決めた。

学園の制服。茶色の長い髪に、茶色い瞳。髪にはカチューシャをしていた。わたしを試験会場とは違うところに案内して閉じ込めた先輩だ。

ごくんと喉が鳴る。

「ご機嫌よう」

あのおどおどした感じはなかった。姿は同じに見えるけれど、他の人かと思った。

「ルーシー・ユーハンさまでいらっしゃいますか?」

名乗りが偽名でないかの確認だ。嘘をつかれてもわからないけれどね。

「はい、ルーシー・ユーハンです」

「姿も変えてないですか?」

少女は笑った。

「失礼しました、笑ったりして。シュタイン令嬢」

「どうして、ウチに?」

「教室に行ったらドアが壊れていたので驚きました。私以外が開けられないように魔法をかけておいたのに。筆記試験も遅れて受けられたとか。試験を棄権したところでご説明するはずでしたのに、いらっしゃらないので探しましたのよ。それで家にお邪魔することになってしまいました」

閉じ込めた理由を説明しにきたってわけ?

怯えたくないのに、胸が締めつけられるようだ。

もふさまが、わたしの足に擦り寄った。

『我がいる』

ああ、そうだ。もふさまが一緒だ。

ドアがノックされアルノルトが入ってくる。お茶を持ってきてくれた。

わたしが立ったままだったので、微かに眉が動いた。警戒を強めたのだろう。

少女にお茶を出し、その向かいにもお茶を置いた。

対面に腰かける。退出しようとしたアルノルトに声をかける。

「アルノルト、そこに控えていてちょうだい」

「承知いたしました」

ユーハン令嬢は薄く微笑んだ。

「ルーシー・ユーハン、12歳。南レミゼト王国から留学生として学園に通っております。2年生になります」

南レミゼト王国といえばおいしい紅茶の産地で有名なところだ。かなり遠いはず。外国語を話しているのに違和感がひとつもなかった。

「聖女候補といわれ、この国に来てくれと請われましたの、それで留学することになりました」

聖女候補? ピンク髪のアイリス令嬢だけじゃなくて他にもいたんだ……。

「今日は係りに駆り出されて学園に行っておりました。そこで私、聞いてしまったんです。シュタイン令嬢が学園に入ってきたら、きっと憎んでしまうだろう、と。そして手にかけてしまうだろう、と」

憎む? 手にかける? どちらも穏やかではない。

少女はわたしの目を見る。

「誰が、ですか?」

「声しか聞いてません」

「男性ですか、女性ですか? 生徒でしたか?」

「女の子でした。生徒でしょう」

「話していたとは相手がいたでしょうね。男の子でした? 女の子でした?」

「私が聞いたのはひとりの声だけです」

「もう一度声を聞いたら、その人かわかりますか?」

「……どうでしょう? 同じ台詞ならわかるかもしれません」

「それであなたはどうしたのですか?」

「……どうした、とは?」

「顔を見ようとした、とか。逆に恐ろしくて隠れた、とか」

「ああ、じっとしてましたわ。みつかったら危険な気がしたので。去って行った気配がして、やっと息がつけました」

「それから、どうしたのですか?」

「考えました。あなたは学園に来ない方がいい、そう思いました」

少女はカップに手を伸ばして、お茶をこくんとひと口飲んだ。

「でも試験当日ですし、忠告するにも証拠があるわけでも、何かできることもありません、そう思っていたところ、時間ギリギリにやってきたお嬢さまが、シュタイン令嬢でした」

目を伏せる。

「神の采配だと思いました。シュタイン令嬢の入園を阻止しろという計らいだと。でも事実を話しても聞いてもらえないと思ったのです。それで強制的に棄権してもらおうと思い、試験の会場だと嘘をついて案内をし、閉じ込めました」

ニコッと笑う。

笑った!?

「突発的だったにしては、魔力を制御する部屋へとよく気がつかれたこと」

「ふふ。突発的だったにしてはよくあの部屋を思い出したと思いましたが、結局そうはなりませんでした。令嬢は遅刻をしても試験を受けるぐらいだから学園に通いたいのですよね? 今の話を聞いて気持ちは変わりませんか?」

「……変わりません」

「そう言うと思いました。学園には私のしたことを話しておいたので、また連絡があると思います」

は?

「あなたは何をしにきたのですか?」

「通告です」

「通告?」

「それにより、あなたが何を選ぶのも自由です。ただ知ってしまったのでお話したまで」

「勝手ですね。わたし試験に遅刻したんですよ? わたしの未来をあなたがねじ曲げた」

「それは学園生活がいいものと夢見るからそう思うのですよね? あなたは学園に通えば絶対に後悔しますよ」

「そうだとしても、なぜそれを人に決められなくてはいけないんです? それはわたしが決めることで、あなたが決めることではないです」

「そうおっしゃるような気がしてました。ですから学園に話を通しましたので」

は?

「本当に何をしに来たんですか?」

「通告です。そう言ったじゃありませんか。学園に行ったら、あなたは憎まれるだけですよ。でも決めるのはあなた」

「……聞こえたのは、あなたの心の声ですか?」

「まぁ、面白いことをおっしゃいますのね。失礼極まりないですけれど、あなたの心情を思えば無理もないこと。私がおさめますわ」

彼女は立ち上がる。

「突然の訪問にかかわらずお会いしてくださり感謝します。それでは失礼します」

きっとそれ以上は何も語らないだろう。

「アルノルト、お見送りして」

ソファーに座り直す。塩でも撒いてやりたいぐらいだ。

気づくともふさまがいなかったが、いついなくなったのか気がつかなかった。

アルノルトに声をかけられたとき、久々に爪を噛んでいた。

あの子、怖い。

人って自分の中で、たとえそれが矛盾しているように見えても、その人の中では一貫しているものだ。なのに、一貫性がないような気がしたのだ。

あの子は聖女候補。請われてこの国に留学している。

あの子はわたしを憎んでいる話を聞いてしまったと言う。話を聞き学園に来ないほうがいいと思った。でも、何ができるわけでもないと思っていたところに、わたしと遭遇した。神さまの計らいだと思った彼女は、話しても信じないだろうと思い、試験を棄権すればいいと、わたしが筆記試験を受けられないよう閉じ込めた。彼女の言葉を信じればそういうことになる。

聞いてしまったとしても、普通黙っているか、忠告するぐらいだ。外国では違うのか? でも試験を棄権させるように閉じ込めるって発想は独特だと思う。

そして試験が終わってから部屋に戻ったのだろう。壊れたドアを見て調べて、わたしが試験を遅れて受けた情報を掴んだ。

そこまではわかる。わたしに説明しに来たのも、どうやって家を知ったとか細々とした疑問はあるが、まあなんとかなることだろう。でも学園に話してきたというところがわからない。あの話し方だと、わたしの入園に有利に動くよう話してきた感じだった。

落とさせたかったのに、今度は有利に働きかける? 変じゃない?

それに一介の生徒が何言っても変わらないものだと思うけど。

……一介? 彼女は留学生であり、聖女候補と言った。だからまかり通るのか?

「お嬢さま、大丈夫ですか? 学園から旦那さま宛に手紙が行ったようです。すぐにお嬢さまと話がしたいと」

「わかった。アルノルトも来て。みんなに話す」