軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第1205話 先生の授業

ええっ。

先生、体幹抜群。それにびっくりするぐらい力持ち。

わたしはハッキリ言って手すりまでの高さをひとりで登るなんてできないと思ったけど、先生は軽く片手でわたしを引き上げた。

嘘でしょ。手すりの上の細い足場で。なんで子供といえども引き上げられたりするの?

「どう、遠くまで見えるでしょう?」

確かに遠くまで見渡せる。学園の近くは背の高い建物もそうないので、なかなかの景観だ。普通はこの高さに上がらないのでわからないけれど。もちろんこの角度ではってことだけど。

「そうですね」

困った。先生に何を話せばいいのかわからない。

繋いだままの先生の手はひんやりと冷たい。

「シュタインさんは婚約者がいたわね?」

「はい、います」

「うまくいってる?」

先生は遠くを見たまま、そう言った。

「はい、うまくいってると思います」

昨日だってスキンシップはあったし。泊まりで出かけている日以外は毎晩フォンで話すし。

「恋愛? それとも家同士の?」

「恋愛、です」

……なんでわたし、学校の渡り廊下の手すりの上で、先生と手を繋いで婚約者の話なんかしてるんだろう……。

「まぁ、いいわね。私にもいたのよ、婚約者が」

……過去形? まさかそれで絶望して?

「私のところは完全な政略だったけど。お茶会で話したことがあって、感じは悪くなかった。決まってから挨拶した時も、誠意が感じられて嬉しかった。

ウチは男爵であちらは伯爵だったから、蔑まれたら嫌だなと思っていたのだけど。一緒に歩いていこうという感じだったから、うまくやっていけそうだと思った。

教師になりたいという夢も応援してくれて、とても嬉しかった。私の仕事も認めてくれるんだって思えたから」

和らいでいた表情がゆっくり引き締まっていく。

「彼の家は王太子をよく思っていないの」

レオン先生の生家はどこにも属しない派だった。アダムが調べてくれたから確かだと思う。てっきりルン髭の影響かと思ってしまったけれど、婚約者の家がロサの王太子に反対する派閥だったのね。

「王太子には相応しい人がいるって」

先生、そんなこと気軽に口にしてはまずいのでは。わたしが告げ口したら婚約者さんの家、反逆者になっちゃうよ。

「現在の王太子殿下の公平な目は素晴らしいけれど、まだ世界にはそんな王は早すぎて、ユオブリアが淘汰される。外国から侮られるだけだって。

王太子になられるべき方は、もっと強い者が望まれるそうよ。

独自性があり、人を知らず引っ張っていく。その素質を兼ね備え、身分も問題ない方がいるそうよ」

風がヒュオーーーーーっと音を上げる。

わたしは風魔法を使うべきか迷った。

ドラゴンちゃんたちはわたしたちの周りでパタパタと可愛い翼を使って飛んでいる。

「あなたは不思議な子ね。私ったら生徒に何を話しているのかしら。

オマリー先生も、あの留学生も、みんなあなたを気にしてる。

元婚約者はね、私が教師だったことをちょうどいいって言ったの」

先生は横のわたしをしっかりと見た。

「生徒にもそう教育してやれって。あの人には教育のことなんてちっともわかってなかった。私の夢を応援してくれたのも上辺だけだった! 断ったら婚約破棄。慰謝料まで求められた。家はそれで借金をすることになって。

いえ、最低なのは私ね。子供たちに貴族と平民の違いを教え込めば払った慰謝料を返すって言われて。……結局私は子供たちに教えてはいけないことを教えた。

教師失格なの」

先生はまた前を見る。

「先生たちにも派閥が根づいていて。私は生徒に思想を押しつける禁忌を犯した。だからどの派閥からも爪弾きされて……っ、ぐっ、うううっ」

先生の顔がくしゃっとなり涙が頬を伝い、嗚咽が漏れる。

「先生は心が優しいんですね」

「っ、え?」

「わたしは現在、王太子はロサ殿下で良かったと思っています。でも小さい頃、学園に入ってすぐの時なんかそんなこと考えてもいませんでした。

それでもロサ殿下との交流があったから、反対派の先生に意地悪されました」

「え?」

「入学試験の面接、フォルガード語でしてきたんですよ」

あの時のことを思い出すと、未だ向っ腹が立ってくる。

いたいけで不安いっぱいの少女に、よくそんな真似ができたよな。

「でも先生は厳重注意だけだったみたいですよ。本人も認めてました。ウチが第二王子殿下と親しそうだから碌でもないに違いないとね。

その後も意地悪されたことあります。

去年もブルネーロ先生に。でもあの先生たちこたえてないでしょう? タチも悪いと思うんですけど、派閥の中でも大きい顔してる。あれは性格ですね」

と断言すると、レオン先生は思わずというように笑った。

「でも先生は悩んでる。あれだけのことをしておいて少しも悩まない先生もいるのに」

口が知らないうちに尖ってた。

「わたし、なりたいものがいっぱいありすぎて、なんの職業に就きたいのかわからないんです。婚約者のことは大好きだし、卒園したらすぐに婚姻を結ぶと思います。それは嬉しい……んですけど、何者にもなれないまま領を支える手伝いをしていくことになるのかなと思えて。嬉しいことなのに、やりたいことの一つではあるのに、どうしてか心が晴れないんです」

「……早くからやりたいことが決まる人もいるけれど、そうじゃない人もいる。

長く迷っていると不安になるかもしれないけど、それは成長している証拠よ。

確実に出口に近づいているの。それにね、結婚してからでもやろうと思えばなんでもできるし、あなたにはその力があると思うわ」

母さまも似たようなことを言ってた。後悔するとしたら、それは後悔するまで自分が歩み続けた証拠だと。成長したんだと。

いつも同じ悩みでぐるぐるしている気がするけど、少しでも歩めていると思うと、心は静かになった。

わたしはなんとなく思って口にした。

「わたし、レオン先生から面接を受けたかったです。授業も」

先生は顔をあげて、引き上げていく夕焼けの最後のラインを見た。

『リディア!』

もふさまの声。

渡り廊下を走ってきたのは、もふさまとヒンデルマン先生。

先生は蒼白な顔でかけてくる。

「レオン先生、シュタイン、そこで何をしている?」

わたしとレオン先生は顔を見合わせる。

先生の頬に赤みがあった。

とりあえず、ガラス玉みたいな目はしていない。

「ちょっと遠くまで景色を見渡してました」

「手すりの上は危険だ。降りなさい」

ヒンデルマン先生が尖った声で、繋いだわたしと先生の手を上から掴む。

ん? あれはアネリスト国の留学生。ヒンデルマン先生の後をつけてきた?

「先生、彼女を下ろしてください」

「大丈夫です、自分で降りれます」

しゃがみ込んで降りようとした。先生と手を離して。

突風が吹いた。わたしは後ろにバランスを崩す。

やけにスローモーションだった。

落ちる? と思ったけど、魔法が使えるから問題ない。

もふさまがお遣いさまモードの大きさになって、わたしの首根っこを咥える。

魔法を使うまでも……。

スキル 呪詛回避・発動ーー

頭に声が響いた。視界が赤く染まっていく。

え、ええええ??

精神体への攻撃を回避するため、変化の尻尾切りが施行されました。

えええええええっ、今!?