作品タイトル不明
28-06 圧力鍋
魔力素(マナ) スタンド。
仁がずっと温めていた構想である。
だが、機会を得るのが難しかったのだ。
現代日本でいえば、電気自動車用の充電設備、もしくは水素自動車用の水素スタンドを想像してもらえば近いだろうか。
需要がない、あるいは少ないうちは普及速度が遅いのである。
各家庭で 魔力素(マナ) を使う機会が増えれば、 魔力素(マナ) スタンドも意味を持つだろうと仁は考えたのだ。
魔力素(マナ) は 自由魔力素(エーテル) から作られる。そして 自由魔力素(エーテル) は太陽セランから供給されている。
通常の消費量なら、枯渇する心配はない。安心して 自由魔力素(エーテル) に頼ることができるというものだ。
むしろ、地球のように化石燃料に頼る道を選んだ場合、このアルスの環境汚染が心配な仁である。
魔素変換器(エーテルコンバーター) よりいささか、いや、かなり大きな 魔力素(マナ) の供給機。効率も悪いため、充電……充魔力に時間が掛かる。
それを少し小型化して効率を上げ、メーターみたいなものを付け、有料で 魔力素(マナ) を販売する、というのが仁の構想であった。
これにより、『 魔力素(マナ) スタンド従業員』という新たな職業が生まれ、雇用が発生するはずなのである。
「……ふうん、面白そう」
エルザが興味深そうな顔で頷いた。
「一度、ラインハルトに話してみようとは思っているんだ」
仁ファミリーの中で、最も政治的な思考ができる彼なら、いいアドバイスをもらえるだろうと仁は思っていた。
「と、いうことで、まずは 魔力素(マナ) スタンドを作って、同時並行でセルロア王国とショウロ皇国に働きかけるかな」
『 御主人様(マイロード) 、『 身代わり人形(ダブル) 』をお使いになりますか?』
仁の話を聞いていた老君が、気を利かせてくれた。仁は頷く。
「そうするつもりだ」
可能ならエリアス王国、クライン王国、エゲレア王国、フランツ王国、そしてミツホにも連絡を付けたいと思っていた。
まず、大雑把な方針だけは決めてしまおうと、仁は老君、礼子、エルザ、太白らと協議に入った。
* * *
「各国向け、最初の1台はこちらで作るとして、あとは各国の 魔法工作士(マギクラフトマン) に任せるでいいかな」
『はい、それでよろしいかと。ただ1つ問題が』
「ん? 何だ?」
『メーターです』
「ああ……」
有料で 魔力素(マナ) を充填するにあたり、 魔力素(マナ) の量と料金が比例するようにしたいわけであるが、それを各国に任せると、不正をする可能性が出てくるわけだ。
「かといって、全部をこっちで作るのは違う気がするしな」
「ジン兄、充填に掛かった時間でいくら、と決めるのは?」
それなら、誰が見ても大きな差は出ないはず、とエルザは言った。
「うーん、メーターよりは不正しづらいかもだが、供給時間を意図的に遅くすることもできるからな……」
不正しようと思えばできてしまう。
「本来なら、この大きさの 魔力貯蔵庫(マナタンク) をいっぱいにしていくら、とできたらいいんだがな」
魔力貯蔵庫(マナタンク) が規格化されていないのでそれは難しい。
「善意に期待する、というのは辛いか……」
《ですね。むしろ悪意への対策を考慮しないという線はありえません》
『太白』は辛辣である。 魔導砦(マギフォートレス) の頭脳だったのだから当然かもしれない。
「……もしかして、すぐに結論出そうもない?」
「ああ、そうかもな」
エルザも少し疲れた顔をしている。
「ジン兄、そうしたら『圧力鍋』を作ってしまったら?」
「そうだな……」
考えが行き詰まったときには、別のことをしていると、不意にいい考えが浮かぶことがある。
圧力鍋の開発は必要なことであるし、無駄にはならないと仁は判断した。
「よし。それじゃあ、俺とエルザ、それに礼子は新型圧力鍋を作るから、老君と太白は 魔力貯蔵庫(マナタンク) の検討を続けていてくれるか?」
『わかりました』
《承りました》
こういうわけで、仁とエルザ、礼子は、仁の工房からエルザの工房へと場所を移した。そこにはエドガーが待っていた。
「エルザ様、ジン様、お待ちしておりました」
老君から連絡があった、とエドガーは言った。
仁としても、エルザの工房で我が物顔に振る舞うのは避けたかったので、老君の気遣いに内心感謝している。
「……ジン兄、圧力鍋だけど、蓋で密閉しないとすると、……結界?」
「ああ。弱い風属性の結界でいいと思う」
一般的な圧力鍋の内圧は2気圧程度、高くても2.5気圧止まりである。
蓬莱島で使われているものは3気圧以上のもので、10気圧というものまであるが、これは鍋にアダマンタイト、パッキンに魔獣の革を使っているからこそ安全に使えるのだ。
「……と、すると、 魔法制御の流れ(マギシークエンス) はこう、でいい?」
検討用の 地底蜘蛛樹脂(GSP) 製ホワイトボードにエルザがさらさら、と 魔導式(マギフォーミュラ) 混じりの 魔法制御の流れ(マギシークエンス) を書いていく。
「ああ、いい感じだ。エルザ、成長したな」
「……ありがとう」
仁に褒められ、エルザは思わず頬を染めた。
「さ、さて」
赤くなったエルザに何か言いたかった仁だが、気が利いた言葉が咄嗟に出てこなかったため、
「鍋本体の材質をどうするか決めよう」
という、なんとも残念なことしか言えなかったのであった。
「結界で圧力を掛けるなら、普通の金属で大丈夫?」
「ああ、そう思う」
「だとすると……」
一般庶民が使っている鍋の材質と言えば真鍮である。だが、真鍮は意外と、というか『かなり』熱伝導性が悪いのだ。
しかし、それが調理に悪い影響を及ぼすかというと、仁には判断できなかった。
現代地球で使われているステンレスなどは、銅の20分の1以下の熱伝導率しかないのである。なのに、鍋やヤカンに使われているのだから。
「うーん……」
銅の値段がキロあたり1800〜2700トール、鉄はキロあたり5000〜7000トール。
これは自然銅の産出が多いからなのだが、それは置いておくとして、今回仁はステンレス鋼で鍋を作りたかったのである。
それは、銅系の鍋はすぐに酸化して黒くなるからだ。磨くのに手間が掛かる。
そのため庶民の間では、鍋を見れば嫁さんの良し悪しが分かる、などという者もいた。
だからというわけではないが、少々高くても酸やアルカリに強く、錆びにくいステンレス鋼の調理器具推しな仁なのであった。
「コストダウンするにはやっぱり産出量を増やすことになるんだろうなあ」
それこそ一朝一夕にできることではない。
「お父さま、最初は少々高くても仕方ないのでは?」
「うーん、やっぱりそうかなあ」
『 御主人様(マイロード) 、鉄鉱石はミツホの鉱山で豊富に採れているようですよ』
と、なれば、交易品の一つになり得る。ニッケルやクロムは、一般的に利用されていないため現代地球よりも割安であるので、ステンレス鋼の価格を下げる目安も立ったことになる。
「やることは多いけど、モノ作りを天職にする者としてはやり甲斐があるな」
そして残るは結界との組み合わせである。
鍋は18−8ステンレスとし、蓋に 魔結晶(マギクリスタル) を取り付ける形にする。
圧力は3気圧とした。
「試してみたい」
「うん、いいと思うぞ」
早速エルザは、試作圧力鍋で調理をしてみることにした。