軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

05-07 執事と乳母

翌朝早く、一行はモフト村を出発した。朝早いというのに、子供達が大勢見送りに来てくれたのは感激ものだった。

「兄ちゃん、これあげる!」

「おねえちゃん、げんきでね!」

「レーコねーちゃん、またねー!」

みんな、口々に別れの言葉をいい、中には宝物らしい、きれいな石をくれる子もいた。

「またな、みんなも元気でな」

「またきっと来る。それまで元気で」

仁達も後ろ髪を引かれる思いでモフト村を旅立っていったのである。

「結局、ダンパーは作れなかった……」

少し落ち込む仁。

「ジン君、ライ兄と合流したら出来ると思う」

「そうかな?」

「ん。ライ兄はああ見えても工作バカだから」

「うん、それはわかる」

「やっぱり?」

今日のエルザは今までと同じように、いや、若干親しげな口調であった。

「私の家族は両親と兄が2人。父親がライ兄のお父さまの弟」

家族構成まで話してくれていた。

「へえ、だから家名が同じなんだな」

「そう。でも、実は私の母は兄たちとは違う」

「お、おい」

さらっとすごい事実を口にしているが、そんなことを一般人に話していいのだろうか、と仁は思う。

「いいの。ジン君には聞いてほしい」

だがエルザはそう言って先を続けた。

「私の母はもういない。何でも、父が役目で外国に行っていた時、その赴任先で母と出会ったらしい」

「……」

もう仁は黙って聞くことしかできない。

「でも今の母さまは優しくしてくれる。兄たちも私を可愛がってくれた。だから私も母が違うということはずっと知らなかった」

エルザがその事を知ったのは、偶然父と母の会話を聞いてしまったからだそうだ。

エルザの父が今の母親に、自分の産んだ子でもないエルザに分け隔てなく接してくれてありがとう、という言葉。

「それを聞いた時は目の前が真っ暗になった」

でも、と続ける。

「ライ兄がそんな私に教えてくれた」

ラインハルトの母親は正妻ではないのだという。それを聞いた当時は驚いた、とエルザ。

いつも陽気なラインハルトも、エルザと同じように1人だけ違う母を持っていた。

「でもライ兄はそんなこと関係ない、と私に言った」

ラインハルトは、それを知って両親への態度を変えるつもりか、ともエルザに言ったそうだ。

変えたくない、とエルザが言えば、

「だったら何も問題ないだろう。今までと同じに呼べばいい。お前はお前だ。今までと何も変わっちゃいない。ならお前の両親だって何も変わっちゃいないさ」

そう言ったという。ラインハルトらしいと言えばらしい慰め方だ。

「ライ兄は4男。男ばかりの4人兄弟」

ラインハルトはその兄達とは10以上も年が離れているのだそうだ。

「で、多少歳が近かったライ兄がよく遊んでくれた」

「ああ、だからライ兄、と呼んでるのか」

「そう」

エルザが一番懐き、一番頼りにしている親族がラインハルトということがよくわかる話であった。

「そういえば、」

ちょっと気になった事を口にする仁。

「乳母さんって、どんな人だい?」

エルザの口から出た答えはといえば、

「ミーネは私のことをいつも一番に考えてくれる。ときどきやりすぎて、周りから睨まれたりしてるけど、父は何も言わないから、それでいいのかもと思う」

乳母はミーネと言うようだ。

先日の態度の理由が少しだけ気になっていたので聞いてみたが、いつもあんな感じでエルザの父が何も言わないなら、元々貴族に仕えるとか乳母の立場とかよくわかっていない仁はそれでいいらしいと思ってしまう。

「じゃあ、乳兄弟は?」

「え、なに、それ?」

思わぬ返事が返ってきたのでああそうか、と仁は思い直す。

仁は乳母というのは乳の出が悪い母親の代わりに乳を与える役の女性、という認識があったためだ。実際には、そういう乳母と、もう一つ、養育係としての乳母があるのだ。彼女は後者だったようだ。

「ああ、悪い。あの人がエルザのお母さんに代わって授乳していたのかと思ってさ」

と仁が言うと、

「うん、私はミーネのお乳を飲ませてもらっていたと聞いてる」

「えっ?」

普通、子供のいない女性から母乳は出ないはずだが、この世界は魔法でなんとかなるのだろうか。

仁がそう言うと、エルザは小首をかしげ、

「そんな話はきいたことない。ジン君、お乳にくわしい」

なんだか、また変な誤解をされかかっているようなので仁はその話は打ち切ることにした。

馬車は急な坂をゆっくり登っていく。窓から外を見ると空が開けてきており、もうじき峠のようだ。

「峠で一旦休憩。馬をちょっと休ませてから下り道に入る」

その言葉通り、ハンバルフ峠で一行は小休止した。峠には小広い平坦地が造ってあり、馬車なら5、6台は駐められそうである。

ここから先は首都のあるノルド州、ということで衛兵が駐屯していた。数は3人。簡単な宿舎があり、交代で警備をしているようだ。

執事が、身分証のようなものを見せ、通行許可をもらっているのが見えた。

護衛は上体をひねったりして体をほぐしている。

御者は馬に砂糖らしき塊を食べさせていた。

「あー、やっぱり山の上は寒いな」

馬車から外に出、伸びをする仁。息が白い。風も冷たい。気温は5度くらいか。周りには山々がそびえ、そのいくつかは頂を雪で白く彩られていた。

ハンバルフ峠の標高は約2500mくらい、ここにもところどころに凍った雪が見える。

モフト村は涼しいとは感じたが、寒いとまでは思わなかった。ここは上着を1枚余計に羽織らないとちょっとつらい。

エルザは寒さには強いようで、ドレスのまま降り立って、スカートの裾を翻しながらくるくる回って楽しそうに遊んでいた。エルザのそんな珍しい姿を仁が眺めていたら、

「ジン様、少しよろしいでしょうか」

エルザの執事と紹介された初老の男が、初めて仁に話しかけてきた。

「え、あ、はい」

執事に促されて、少し離れた岩陰へ向かう仁。礼子は少し離れて付いていった。

馬車からは見えない岩陰に行くと、執事は深々と頭を下げた。

「まずはお嬢様と仲良くして下さり、ありがとう存じます」

「え?」

わけがわからないうちにお礼を言われて面食らう仁である。

「お嬢様のあんなに明るく楽しそうなお顔を見たのは久しぶりでした」

明るく楽しそうな顔、で思い当たるのは一つしかない。

「えーと、モフト村での話でしょうか」

「はい。お嬢様は、年上の、しかも男の御兄弟、御親戚としか遊ばれなかったので、ご幼少の頃は少々お転……その、活発な方でした」

お転婆、と言いかけて止めたのは主筋への敬意からだろう。

「ご自身は、小さい子が大好きで、たまの園遊会などでは、一緒に来られた小さなお子様達のお相手をされるのがお好きで。でも、よく泣かしてしまわれて、どうすればいいかわからず、困った顔をされることばかりでした」

「そんなこと、俺に話していいんですか?」

気になって仁はそう聞き返した。子爵令嬢の幼い頃などおいそれと聞かされていいものではないだろう。

「ええ、是非お聞き下さい。……そんなことばかり繰り返されていたので、お年頃になられた頃からだんだんとその、無口になられて」

男の子と一緒になって遊べる歳ではなくなればそんなこともあろう。そして、自分の母親のことを知ってしまった反動もあったに違いない。

「一番懐かれてらしたのは主家筋のラインハルト様でしたが、そうそういつも一緒にいて下さるわけもなく」

ラインハルトはかなり優秀で、 魔法技術者(マギエンジニア) として、そして外交向きな性格を買われて、頻繁に外交官として国外へ派遣されているとのことだった。

「今回、たまたま、ポトロックで船の競技があるとのことで、ラインハルト様が誘って下さり、はるばるやって来たわけですが」

そこで執事は言葉を切り、俯き溜め息をついて、

「あのような水着で衆目にさらされると知っていればなんとしてもお止めしたものを!」

よほど腹に据えかねたのか、拳が握りしめられている。

「お嬢様の肌が有象無象どもの好奇の目にさらされるとは!」

「あ、あはは」

デザインした張本人である仁はもう笑うしかない。執事は顔を上げ、深呼吸をし、

「……話が逸れました。はるばるやって来たわけですが、ラインハルト様が公務で出掛けてしまわれるとそれはもう寂しそうなお顔で、見ていて心配なくらいでした」

でも、と前置きをして、

「それが、昨日は楽しそうに微笑まれ、夜もわたくし達に、いろいろとジン様のことを話して聞かせてくださいまして」

「え、俺の?」

「はい。子供と仲良くするには、同じ目線で遊んであげればいいとおっしゃられたとか、せっかくお作りになった凧を真っ先に自分に揚げさせて下さったとか」

「まあ、確かに」

「今日も、朝から楽しそうなお顔をなさっておいでです。これもジン様のおかげと、それで御礼方々、こんな場所へお呼びだてした次第でして」

そしてもう一度深く礼をして、お嬢様が私どもを別の馬車に乗せてまでもご一緒したかったというのが理解できました、と言い、

「どうか、旅の間、いえ、これからもお嬢様のことをよろしくお願いいたします。お友達でいて差し上げて下さい」

仁は慌てて、

「そんなに頭を下げないで下さい。言われなくても、エルザとは友達ですよ、こっちだっていろいろと教えて貰えて助かっていますから」

「ありがとうございます」

そうして2人は馬車へと戻った。会話は全て聞こえていた筈だが、礼子は特に何も言わなかった。

そこへ、今度はエルザの乳母、ミーネがやってきた。

「ジン様、少しよろしいでしょうか」

執事と同じセリフで仁を物陰へ引っ張って行く乳母。

「お嬢様のお相手をして下さいまして、まずは御礼申し上げます」

これもまた似たような台詞で仁に頭を下げた。

だが、その後が違う。

「お嬢様は元々活発でいらしたお方。それがお年頃になられてからはあまり外にも出して貰えず、お屋敷の中でばかりお過ごしになっていたのです」

「はあ」

「久しぶりに外へお出かけになられたのではしゃいでおられるようです。滅多にない外出ですので多少のわがままも聞いて差し上げようと、我々を差し置いてあなたと一緒の馬車に乗るまでは認めました。でもだからといってお嬢様に手出しなどしたら……わかっていますね?」

「ええ、ねじ切られるんでしたっけ?」

「わかっていればいいのです。くれぐれも節度ある態度を望みます」

乳母、ミーネがそう言い切った直後。

「馬鹿者!」

執事の怒声が響いた。

「アドバーグさん……」

執事はアドバーグと言うようだ。等とずれたことを考えた仁だが、当のアドバーグはすごい剣幕で、

「ミーネ、お前は何を口にした!? ジン様は主家ラインハルト様がお招きになった大事なお客様だぞ? ラインハルト様はお嬢様を信頼なさって 接待役(ホステス) を任されたのだ。それを何だ!? お前の態度はお嬢様のみならず、主家の品位をも落とすものだと何度言ったらわかる?」

だがミーネはふて腐れたような顔でそれを聞き流す。

「ジン様、ミーネに代わりましてわたくしめがお詫び致します。どうかお気を悪くなされませんよう」

そう言って執事、アドバーグは腰を90度曲げる最敬礼をした。だがミーネはそんな彼の様子を見て、

「ふん、アドバーグさんだって最初はジン様を胡散臭いと思っていたみたいじゃないの」

などと 嘯(うそぶ) く始末。

「あたしはあたしなりにお嬢様のことを思ってるの。その結果、辞めさせられるならそれでいいし。お嬢様の品位が下がるって? いいじゃないの。貴族なんて窮屈なもの、辞めちゃえばいいんだ。そうしたらあたしがお嬢様のお世話をしてあげるわよ」

「お前……!」

さすがに今の言葉は見逃せないと思ったのだろう、アドバーグの手が上がる。が、その時。

「ジン君、もうすぐ出発。アドバーグ、ミーネも? みんな、何してるの?」

御者は既に馬車を出す準備をしており、戻らない仁達を捜しにエルザがやってきたのだ。

「うん、いろいろと見て回っていた」

「そう? じゃあ、乗って」

それ以上の質問はせずに、エルザは真っ先に馬車に乗り込んだ。皆、それぞれ馬車に乗り込む。

再び馬車は動きだし、いよいよ峠を越えて、首都へと続く街道を今度は下り始めた。

「最初はちょっときつい勾配」

その言葉通り、馬車はゆっくりと下っていく。

「ブレーキがないからなあ」

仁がそう言うと、

「ブレーキ? 何、それ?」

興味津々といった顔つきでエルザが尋ねる。

「ああ、ブレーキって言うのは、制動装置とも言って、馬車とか、動くものの速度を落として停止させるための装置のことさ」

「そんなものがあるの?」

「ああ。たとえば、この馬車なら、そうだな、車輪を挟んで止める装置を付ければ、こういう下りはかなり楽になるだろう」

停車時の車止めはあるようだが、走行時のブレーキは付いていないのである。

「なるほど。あまり山道を走ることはないから、おろそかにされていた。それもライ兄と相談して欲しい」

「うん、そうだな」

ラインハルトといろいろ作りたいものの話をするのは楽しそうだ。

その時。がくん、と馬車が揺れたかと思うと、外から馬車の戸が叩かれた。

エルザが窓を開けてのぞいてみると、馬車の外には執事、下男、護衛、乳母の4人が揃っていて、

「お嬢様、賊です。けっして外にお出になりませぬよう」

そう告げたのだった。