作品タイトル不明
27-38 月へ
こうして、生身の問題点を排除した 分身人形(ドッペル) を使い、いよいよ仁は月の探索に乗り出すことにした。
6月2日午前8時、蓬莱島の宙港では仁の旗艦『アドリアナ』が出発準備を整えていた。
「よし、老君、いつでもいいぞ」
『はい、 御主人様(マイロード) 。それではカウントダウンを行います』
あくまでも気分である。
『10……9……8……7……』
仁とエルザ本人たちは、研究所内の司令室で、操縦装置を被ってシートに横たわっている。
『……4……3……2……1……』
そしてカウントが0になる。
『発進!』
直径300メートルという巨大な球形をした宇宙船、『アドリアナ』がふわりと浮き上がった。
そのまま、強風を巻き起こさないよう、ゆっくりと上昇。
1000メートル程上昇したあたりから少しずつ加速していく。
「いずれは衛星軌道に中継基地を作って、そこから発進させたいな」
司令室に横たわる仁はそんなことを考えていた。
* * *
『……すごい』
仁とエルザの 分身人形(ドッペル) は、『アドリアナ』の上極にある展望室にいた。
遮光結界など装備済みである。 分身人形(ドッペル) なので宇宙線などは心配ないが。
自分の身体に匹敵する『 分身人形(ドッペル) 』で宇宙に出たエルザは感動していた。
漆黒の背景を背に輝く星々、燃えさかる太陽、そして青く光る水の星……アルス。
無言で外を見つめるエルザ(の 分身人形(ドッペル) =エルザD)を、仁(の 分身人形(ドッペル) =仁D)は温かい眼差しで黙って見つめていた。
『ジン兄、ありがとう』
しばしの沈黙のあと、エルザがぽつりと呟くように礼を言った。
『この景色を見る事ができて、とっても、幸せ』
そう呟いたエルザDの肩を、仁Dは優しく抱いて、
『これから、もっと幸せにしてやるから』
と囁いた。
『……ありがとう』
エルザDは、そんな仁Dに、そっと身を任せるのであった。
『 御主人様(マイロード) 、間もなく周回軌道を離れ、月を目指します』
沈黙を破るように『大聖』の声が響いた。
仁DとエルザDは、意識を現実に戻す。
『中央艦橋に戻ろう』
『ん』
仁DとエルザDが中央艦橋に戻るとスクリーンには遠ざかるアルスが映っていた。
『巡航速度、秒速200キロで飛行中です』
『いい調子だな』
『 分身人形(ドッペル) 』の感覚で捉える限り、『アドリアナ』での飛行は快適である。
艦内重力は1Gに保たれ、居住区画には呼吸可能な空気が満たされている。
分身人形(ドッペル) は食事の必要がないが、十分な食糧と水が積まれていた。
『うん、順調だな。『大聖』、頼むぞ』
『はい、お任せ下さい』
『ごしゅじんさま、少しお休み下さい』
仁DとエルザDをサポートすべく乗組員として来ているアンが2人に声を掛けた。
『ああ、そうしよう』
* * *
月到着まで基本的にすることがないということで、仁とエルザは操縦装置を外し、シートから起き上がった。
「ふう」
やはり、宇宙を飛ぶということは、それが 分身人形(ドッペル) であっても、少々緊張した。
「……」
隣ではエルザも起き上がって、仁を見つめて顔を赤らめている。
今更ながら、展望室で言われたことを意識しているようだ。
「お父さま、エルザさま。お茶をどうぞ」
礼子が玄米茶を持って来てくれた。
生身の仁を守るべく、礼子は地上に残っているのだ。
代わりにアン、ロル、レファが『アドリアナ』に乗り込んでいる。
「ああ、ありがとう」
アルスと月の距離はおおよそ38万キロメートル。秒速200キロで飛べば、32分くらいで着くだろう。
その間、仁とエルザはお茶を飲んで寛ぐことにした。
特に、エルザの緊張が目に見えるほどだったので、一旦 分身人形(ドッペル) の制御を離れたほうがいいと判断したのである。
そして25分が過ぎた。
司令室の 魔導投影窓(マジックスクリーン) には、『アドリアナ』から送られてくる月の映像が映し出されており、それが時々刻々と大きくなってきていた。
「そろそろ 分身人形(ドッペル) の制御に戻ろう」
「ん」
「礼子、お茶ありがとうな」
仁とエルザは再びシートに背中を預け、操縦装置を被った。
* * *
『 御主人様(マイロード) 、あと3分で月軌道です。全て順調』
『アドリアナ』の中央艦橋に戻った仁Dに、『大聖』が報告した。
『わかった』
月を巡る飛行は一度行っているので、ここまではまったく問題はなかった。
『まずは何周かしてみる。高度は少しずつ落としてみてくれ』
『了解です』
月を周回する『アドリアナ』。
『表面は荒野、といった感じだな』
『はい、 御主人様(マイロード) 。空気もないようです』
高度を落としていくにつれ、詳細が判明してくる。
その表面は岩、礫、砂で、生物の痕跡はない。
空気もないようだが、ところどころにドライアイスらしき白い部分が見えるので、太古の昔には大気があった可能性もある。
『現在の高度、月面からおよそ1万キロメートル』
周回と同時に、幾つかの値も測定する。
『直径はおおよそ1700キロメートル』
前回訪れたときの測定値と変わりはない。
『やはり、アルスに対して同じ面を向けているのは間違いないようです』
これもまた、月の大いなる謎である。
『現在の高度、およそ5000キロメートル』
最終的に、1000キロまで落とす予定だが、着陸する気はない。
『よし、偵察機の準備を行え』
こういう時のために、『イカロス2』と同型の、10メートル級の宇宙船が10隻、搭載してあるのだ。
操縦を担当するのは40センチ級の宇宙用小型ゴーレム、アストロたちである。
『アキレウス』『ペルセウス』『ヘルクレス』の3隻が、『アドリアナ』の格納庫から射出された。