作品タイトル不明
27-13 ツキヨグサ研究
「さて、昨日の続きだけど」
後片付けはソレイユとルーナがやると言って送り出したので、今朝はエルザも工房にやって来ていた。
『 御主人様(マイロード) 、空気用の圧力容器はできております』
老君からの報告。そして 職人(スミス) が試作品を運んでくる。
アダマンタイト製の、直径20センチ、長さ60センチの円柱状容器だ。
容器の厚みが約2ミリなので、重さは約75キロもある。
『1000気圧でも耐えられる容器です』
現代地球製の高圧ボンベでは150気圧くらいなので、どれほど丈夫な容器かわかろうというもの。
「早いな……」
ちゃんと減圧弁も付いているようだ。
『はい、大丈夫です』
実のところ、昨夜早くにはできていたのだが、充填した空気を排出しようとした際、噴き出し量が一定にならなかったので老君が試行錯誤していたのである。
弁の構造は簡単で、バネを用い、吹き出す空気圧が一定になるようにしてある。
現代地球で使われているものも原理としては似たようなものが多い。
「よくやってくれた」
『恐縮です』
一刻も早く宇宙船を完成させたい仁としても、こうした省力化は大歓迎だ。
老君もそれを承知しているがゆえに、仁自身でなければ作れないもの以外はサポートするように心掛けているのだった。
『ところで 御主人様(マイロード) 、『ツキヨグサ』の件ですが』
「うん、どうした?」
『サンプルの採取は昨夜のうちに済ませました。それとは別に、サキ様が、ご自宅でこれについて色々研究なさっているようですが』
「サキが?」
そういえば、カリ集落で興味を持っていたっけ、と思い出した仁である。
「ジン兄、行ってみる? ……もし忙しいなら、私が行ってくる、けど」
仁を気遣って、エルザが提案するが、仁は少し考えた後、大事なことでもあるし、ここは自分も行くことに決める。
「そうだなあ……一緒に行くか」
「うん」
もちろんエルザに否やがあるはずもなく、むしろ喜々として頷いたのであった。
仁とエルザ、礼子、そしてエドガーはエッシェンバッハ家の敷地内にある 転移門(ワープゲート) を使った。
時差を考慮して時間調整した結果、現地時間で午前8時半である。
「ジン様、エルザ様、ようこそ」
来訪に気が付いたアアルが出て来て一行を出迎えた。
「サキはいるかい?」
「はい、実験室にいらっしゃいます」
サキの居場所を確かめた一行はその足でサキの実験室へ向かった。
「サキー、いるか?」
「1人いるよー」
「2人もいらない」
「ひどいな。……ん? ひどい、のかな?」
そんな軽口を叩きながら、サキは実験室から顔を覗かせた。
「やあ、ジンとエルザ。いいところに」
「サキ、何をやっていたんだ?」
「やっている、と言ってもらいたいね。……一言で言えば、『ツキヨグサ』の研究だよ」
ミツホの国入口にあるカリ集落で知った、常夜灯に使われている蓄光植物である。
サキは訪問時にも興味を持っていた。
それで、なにがしかの『ツキヨグサ』を採取してきていたのだろう。
「ツキヨグサが持つどんな成分が発光するのか知りたくてね」
抽出しようとしていたのだという。
「手に入る酸やアルカリ、溶剤は限られているから、こっちで駄目なら蓬莱島へ行こうと思っていたんだけどさ」
蓬莱島の研究所なら、700672号からもらった試薬が揃っているので、そうした不便は少なくなるのだ。
「なら、初めからそうすればいいのに」
と仁が言えば、サキは苦笑を返した。
「……でも、そうもいかない理由があったんだよ」
そう言って実験室の奥を視線で指し示した。
そこには。
「やあ、仁、エルザ、久しぶり」
グースがいたのである。
帰化したグースは、国に馴染み、暮らしの目処が立つまで、エッシェンバッハ家で預かることになっていたのである。
「やあ、グース」
「こんにちは」
グースはサキの助手として実験を手伝っているようだ。
「で、具体的には、何をやっているんだ?」
「ツキヨグサをすり潰したものをいろいろな『溶媒』とかいうものに混ぜて、溶けるかどうか確認している」
「ふうん。具体的には?」
「水、お湯、油、酢、酒、それに『石灰水』だな」
サキは、『 知識転写(トランスインフォ) 』で得た知識に加え、老君が編集した参考書を読んでいるので、今現在、高校生くらいの化学知識は持っている。
その知識を活かして、実験を行っているのだ。
「なるほど。液体に溶かしてみているのか」
「うん、水にはいくらかは溶けるようだね」
植物の細胞は『細胞壁』という丈夫な組織で囲まれており、動物の細胞とは異なる。この細胞壁はセルロースでできていて……という、ややあやふやな知識が仁にもある。
「それでだね、ジン。あとはお湯にも溶けるんだが、そのお湯を冷まして濾過したのがこれだ」
サキが試験管を手に掲げた。
「この水……水溶液は、蓄光性があるんだよ!」
「すごいじゃないか」
ツキヨグサをすり潰して取り出した蓄光成分は冷水には溶けないが、温度を上げていき、70℃以上のお湯になるとよく溶けるという。
また、一旦溶けると、温度を下げても析出はしないようだ。
「これを煮詰めたら、蓄光塗料ができるんじゃないかと思っている」
「なるほどな」
非常用の照明について、いいヒントをもらった、と仁は喜んだ。
更にグースは、
「これをこの国で栽培できないものかな?」
と言っていた。それが出来れば、大きな貢献になるであろう。
その後、その溶液を煮詰め、濃縮したものの実験にも立ち会う仁たち。
「おお、明るいなあ」
濃縮したことで、より明るく発光するようになった。
「くふ、これを常夜灯に応用できたらいいね」
サキも嬉しそうだ。
「いったいどんな物質なんだろうな?」
『 分析(アナライズ) 』の魔法では、自分が知っていることしか調べられないため、未知の物質についてはわからないのが残念である。
「 自由魔力素(エーテル) とは無関係なことだけはわかったんだ」
魔力的な現象ではないということだけは、アアルの協力で調べることができた、という。
「それは朗報だな」
自由魔力素(エーテル) によらない明かりを探している仁としては、その情報は有り難かった。
* * *
昼食をサキやグースと一緒に食べた仁とエルザはエッシェンバッハ家を後にした。
「これで非常灯の目処は立ったな」
「ん」
戻って来た蓬莱島の研究所、仁の工房で向かい合う2人。
「……宇宙船だけじゃない。世界のためにもなる」
「うん、それには、もっともっと調べていかないとな。サキだけにやらせておくわけにもいかないよ」
『ツキヨグサ』の栽培に成功すれば、安価な明かりが手に入ることになる。
グースとは別に、蓬莱島でもそれを行うつもりの仁である。
「栽培といっても、最適な条件を見つけないとな」
環境を同じようにした方がいいのか、それとも、変えた方がいいのか。
変えた場合、蓄光物質の含有量はどうなるのか。
いろいろやることは多いが、これも老君に任せざるを得ない。
「ジン兄、少し、焦ってない?」
エルザが、少し心配そうに尋ねた。
「うん、少し、焦っているかもしれない」
「……宇宙船開発は順調にいっている。予定通り、ううん、少し早いくらい。なのに、どうして?」
その問いに、仁は浮かない顔で答えた。
「どうにも、心配でさ」
「心配?」
「ああ。なにせ、俺の元居た世界でも、まだまだ宇宙開発、宇宙旅行は発展途上だったからな。それを、魔法の力を借りて、実現しようとしているんだ。お手本がまるきりない、未知の領域だから……かな」
「……そう」
まだ少し納得がいかないながらも、仁の説明に一応は頷いたエルザであった。