作品タイトル不明
27-12 非常灯
「……魔法に頼らずに、か……」
エルザの言うことも良くわかる。とはいえ、全てのエネルギーを 自由魔力素(エーテル) 以外で賄う、というのは不可能に近い。
少なくとも、魔法に頼らなければ宇宙船を飛ばすことはできないだろうからだ。
「宇宙空間で、十分な 自由魔力素(エーテル) が得られる、保証は?」
「それはまず『ウォッチャー』が確認している。次いで、最初の試作宇宙船も確認しているんだ。月軌道へはまだ行っていないけどな」
加えて、『 始祖(オリジン) 』たちは魔法技術で宇宙船を飛ばし、このアルスにやって来たという事実もある。5000年前の話だが、宇宙規模で見たら瞬きに過ぎない。
「あとは、『エーテノール』を大量に持っていくこと、かな」
「……ん」
まだ少し心配そうなエルザだが、老君が宥めるように補足説明をした。
『エルザ様、もしも空間から 自由魔力素(エーテル) が無くなり、 魔導機(マギマシン) が動かなくなるような事態になりましたら、完全停止する前に 転移門(ワープゲート) で脱出していただければ大丈夫です。その程度の時間は稼げますので』
「……そう」
老君にそこまで言われて、エルザも少し安心したようだ。
「でも、 転移門(ワープゲート) ってどのくらいの距離まで有効なの?」
『それはこれから試験する項目でもあります』
「そうしたら、『しんかい』みたいに、宇宙にも中継基地作る必要があるかも」
その提案に仁も頷いた。
「そうだな! エルザ、それはいい考えだよ。近いうちに作ろう!」
「で、あと一つ」
エルザが懸念事項を口にする。
「 自由魔力素(エーテル) が全く無い空間に行ってしまったとき、ジン兄や私はどうなるの、かな?」
「ああ、それは、以前『シオン』たちが来たことがあったろう? あれのもっとひどい状態になると思われるな」
シオンはいわゆる『魔族』だ。
魔族とは、『 始祖(オリジン) 』の血をより濃く受け継ぐ民族であり、 自由魔力素(エーテル) の欠乏には弱い。
「魔導士の場合、いきなり死亡、ということはないだろうが、体調が著しく損なわれるだろうな。そして、その状態が続けば死に到るだろう」
『ですので、ペルシカジュースは有効でしょうね』
体内に取り込んだ 自由魔力素(エーテル) と、そこから変成した 魔力素(マナ) がある間は、ペルシカジュースなどで補えば何とかなるだろうと思われる。
例えでいうなら、1気圧ではあるが、酸素のない空気に包まれた状態、といえよう。
酸素ボンベなどを用いれば生存可能である。
つまり、専用の『 自由魔力素(エーテル) ボンベ』のようなものがあれば大丈夫ということ。
『 自由魔力素凝縮器(エーテルコンデンサ) 』のような魔導具があれば、 自由魔力素(エーテル) を圧縮できるので、いきなり 自由魔力素(エーテル) 0、とはならないと思われる。
「宇宙服内にも 自由魔力素凝縮器(エーテルコンデンサ) 機能を付ければ安心かもな」
「……うん」
そこまで懇切丁寧な説明をしてもらい、ようやくエルザも愁眉を開いたのである。
「でも、『魔法に頼らない』ということじゃ、ない、よね?」
「まあ、それはそうだな。いきなりは難しいな」
「だけど、明かりとか、空気とか……」
全部の代替というのも無理があるので、まずは出来るところ、出来そうなところから、と考えていく。
「これも試験してみないとな……」
というところでその日はエルザと共に家へ戻り、ゆったりと風呂に浸かってリフレッシュ。
のんびり夕食をして英気を養う仁であった。
その夜、魔導ランプを灯さずにいた仁。礼子も無言のまま、仁に寄り添っていた。
「ジン兄、何やってるの?」
仁の部屋の明かりが点いていないのを訝しんだエルザがやって来てどうしたのかと尋ねた。
「ああ、実はな……」
仁は魔法が使えなくなった場合について考えている、と説明する。するとエルザは済まなそうな顔をした。
「……ごめんなさい。なんだか悩ませてしまったみたい」
「いや、いいんだ。必要なことなんだから」
そういいながら仁は魔導ランプを灯す。部屋が明るくなった。
「明かり……昔は蝋燭とか使っていたんだよなあ。それに停電したときには太陽電池とバッテリーを組み合わせた非常灯とか」
ふと、台風など災害時に使う非常袋を思い出した仁である。
「非常灯……そういえば……ツキヨグサというものがあったな!」
ミツホの入口、カリ集落で使われていた常夜灯である。
あれなら非常用ランプに使えるかもしれない、と仁は思った。
「礼子、老君に……」
さっそく、サンプルを用意するよう指示を出す仁。
「だけど、採りすぎるなよ?」
もちろん、乱獲しないよう、その点も明言しておくことは忘れない。
「うん、明かりはこれでなんとかなりそうだ」
暗黒の宇宙空間、しかも密閉された宇宙船内で大事なのはまず明かりである。
もののあやめもわからないような暗闇では何もできないからだ。
「あとは空気と水だな」
こちらはまだ簡単といえる。
「アダマンタイト製の圧力容器に空気を圧縮して溜めておけばいいしな」
水も同じく、タンクに溜めておけばよい。
念のため、幾つかに分けておくことで、仮に穴が空いて漏れた場合でも、他のタンクで補える。
「ああ、これで今夜はよく眠れるな」
「そう、よかった」
当面の懸念事項にケリが付いたことで、仁も気が楽になった。
そんな仁の顔を見て、エルザもほっとする。
「……それじゃ、おやすみなさい」
「ああ、おやすみ」
* * *
「……」
自室に戻ったエルザは、そっと溜め息をついた。
今日は、自分で作った新しいパジャマを着ていたのだが、仁は気が付かなかったようで、何も言ってくれなかったからだ。
魔絹(マギシルク) を、淡いパステルグリーンに染めるのに少々苦労したのだが、と、少し膨れるエルザであった。
* * *
「……」
仁は、さっきまで部屋にいたエルザのことを思い出していた。
初めて見るパステルグリーンのパジャマは、きっと自分で作ったのだろう。
「……何か言ってやれば良かったな……」
などと思っているが、後の祭である。
「お父さま、思ったことを言って差し上げればよかったのですよ」
「まあ、なあ……」
礼子にも言われ、仁は己の至らなさを反省するのであった。
また翌朝。
「おはよう、エルザ」
「おはようございます、ジン兄」
寝坊がちだったエルザも、ここ蓬莱島に来ると早起きになり、食事の仕度をしてくれている。
「お、今朝は油揚げとおからか」
「ん」
丸豆(ダイズ) と、海水から採ったにがりで作った豆腐、そして油揚げ。豆腐を作る際、 丸豆(ダイズ) から豆乳を絞ったおからも立派な食材である。
施設では、院長先生がおからを使った味噌汁を殊の外好んだことから、仁もまた、好物になっているのだった。
他には梅干しと漬け物、お茶はほうじ茶。
「あー、美味い」
「ん、よかった」
仁が味噌汁を一口飲み、満足げに微笑むのを見て、エルザも箸を手にした。
元々器用だったエルザは、もうすっかり箸の扱いに慣れている。
「おかわり」
「はい、お父さま」
食事中は、礼子が給仕役を務めている。朝の和やかなひとときであった。