作品タイトル不明
27-09 閑話54 ブレーキと軸受け
「まずはこの『エンジン』を積んだ船を完成させよう!」
工房に、マルシアの元気な声が響き渡った。
彼女の目の前にあるのは、仁が作った試作型のゴーレムエンジンである。
それを載せるのは、全長6メートルの 三胴船(トリマラン) 。高速で、小回りが利き、安定性がいい、ということを売り物にする予定の試作艇である。
作業自体は、調整も含め3日で終了。さっそく試験航行である。
マルシアが操縦し、アローが補佐を務めるという、いつもの組み合わせだ。
「マルシア、気を付けてな」
「うん、わかってるよ、父さん」
以前、運悪く『ボウォール』と遭遇し、遭難したマルシアを発見した父ロドリゴが無茶をし、己も大怪我をしたことは記憶に新しい。
父のためにも、無事に帰ってこようと心に決めているマルシアであった。
まずはゆっくりと離岸。
三胴船は、ドックのある湾内の穏やかな海を、滑るように走り出ていく。
「うん、船の安定性は変わらず。……これは当たり前だね」
エンジンの重さが3割ほど増えたが、それは調整済みであるので、船全体に対するバランスは崩れていなかった。
30分ほどで湾から出、波が少し高くなった。
「よーし、アロー、行くよ!」
「はい、マルシア様」
アローに一声掛けたマルシアは、本格的にエンジンを回す。
彼女が採った方法は、『ペダル』を踏み込む方式だ。
踏み込みに応じて、エンジンに流れ込む『 魔力素(マナ) 』が増え、出力と回転が上がる。
「お、おお、すごいね、これは!」
ぐん、と感じられる加速感。今までのエンジンでは無かったものだ。
「ジンが言っていたっけ、おおよそ4倍の『馬力』がある、って」
『馬力』とは、この場合、エンジンが行える『仕事』のことである。
単純にいって、馬力はトルク×回転数で求められる。もちろん、力学的な数値を出すには、更に定数を掛けるなどする必要があるが。
回転数が低いので、ストロークを半分にして倍にアップした。しかしトルクは半分になる。
更に、小型化のために、1気筒の大きさを小さくし、発生するトルクは更に半分に。
そうやって落ちてしまったトルク対策には、単気筒(単発)であったこれまでのゴーレムエンジンを8つ集め、トルク=回転力を8倍に。
これで単純計算で回転数は2倍、トルクは2分の1×2分の1×8=2倍になる。
ゆえに馬力は2倍×2倍=4倍、ということだ。
付け加えると、仁自らが作ったので、更に2割増しくらいで効率が上がっているのだった。
「おおお、速い! これだよ、これ!」
望んだ以上の性能に満足するマルシア。
「マルシア様、前方は岩礁地帯です」
アローからの忠告。夢中になっているうちに岩礁地帯に近付いてしまったようだ。
「よし、減速!」
しかし。
「う、うええ!?」
勢いの付いた三胴船は、思ったよりも減速してくれなかったのである。
「回避!」
操縦桿を思いっきり捻り、間一髪で岩礁を躱したマルシア。安定のいい三胴船でなければ転覆していたかもしれない。
「あ、危なかった……」
マルシアは、新型エンジンで速度は向上するが、その分減速が難しくなることに気が付いたのである。
「これは由々しき問題だね……」
帰りの船上で、マルシアは悩んだ。
「ジンに……いや、これは自分で解決しなくちゃ」
工房のある埠頭が見えてきた。
「はい、お手伝い致します」
マルシアの決意を秘めた言葉に、アローも力強く頷いたのである。
* * *
「それは難しいな」
「でしょ?」
その夜、マルシアはロドリゴと膝を突き合わせて議論を交わした。
「スクリューを逆転させるのが一番いいと思うのだが」
「でも、それは今のエンジンの特性には入っていないんだよ。ジンに相談すればすぐやってくれそうな気もするけど、それは最後の最後まで取っておきたいんだ」
「だとすると、ふうむ……」
夜遅くまで、相談は続いた。
「よし、できた!」
深夜まで及んだ協議の結果、水中に板を張り出させる形式のブレーキを試してみることにしたのである。
ジェット戦闘機などには、エアブレーキという名称で取り入れられている。原理は同じだ。
試作1号なので不格好だが、独自でそこに辿り着いたマルシアとロドリゴの能力は高い。
名付けて『ウォーターブレーキ』。そのままである。
改良した三胴船で再度出港する前に、全体のチェックを行った。
「マルシア様、エンジンの軸受け部が少しだけ摩耗しています」
仁がアローに注意しておいた箇所だ。
「このまま使っていきますと、ガタが生じ、10日くらいで効率が7割まで低下します」
「今日は問題ないんだね? なら、その件は帰ってから検討しよう」
まず、1つ1つ問題点を片付けていこう、と考えるマルシアであった。
* * *
「うんうん、効果あるね!」
海上でブレーキの効果を確かめるマルシア。
空気よりも遙かに抵抗の大きい水中に張り出したブレーキ板は、見事にその役割を果たしたのである。
* * *
「……と、言うことは、エンジンのパワーを上げたせいだな……」
マルシアから連絡をもらった仁は、軸受けの摩耗について考え込んでいた。
これについてはエンジンの問題なので、供給側である仁に改善要求が来るのは当然であった。
今の軸受けは砲金。
砲金は銅と錫の合金である。ゆえに鉄系合金で出来ているクランクシャフトに比べたら硬度が低いので摩耗するわけだ。
しかし、逆に、クランクシャフトよりも硬かったら、今度はクランクシャフトが摩耗してしまうことになる。
「潤滑、か……」
潤滑とは、油などの膜を軸と軸受けの間に形成し、直接の接触を防ぐことで摩擦を低減し、同時に摩耗も防ぐものである。
「あるいは低摩擦物質を使う、か……」
地底蜘蛛が出す糸から作った『 地底蜘蛛樹脂(GSP) 』は、現代地球の素材に例えるならテフロンやポリアミド、ポリアセタールなどのように、摩擦係数が低く、従って汚れがつきにくい素材である。
「これを軸受けに使えばいいんだがな」
とはいえ、蓬莱島にしか存在しない素材を使うのは少々憚られる。
「と、なると、他の素材か……」
『 御主人様(マイロード) 、『 凶魔海蛇(デス・シーサーペント) 』のヒレを使ったらいかがでしょうか』
「ああ、そういう素材もあったな」
かつて仁と礼子が、イオ島沖で50匹にも及ぶ 凶魔海蛇(デス・シーサーペント) を退治したことがあり、そのおこぼれをポトロックも得ていたのである。
つまり、 凶魔海蛇(デス・シーサーペント) のヒレなら、一般に流通している素材なので、使うことに問題はないというわけだ。
「おお、十分使用に耐えるな」
そして、このヒレは、 地底蜘蛛樹脂(GSP) 程ではないが、十分に摩擦係数が低く、軸受けにもってこいの素材であった。
こうして、仁が開発した水平対向8連エンジンは、ほぼメンテナンスフリーとなり、マルシア工房の新しい『売り』となったのであった。