軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

26-39 『アドリアナ』

「『アドリアナ』……あとはかすれて読み取れないか」

仁は近付いて文字を確かめたが無理であった。

「先代はここに来たことがあるのだろうか? 礼子、知ってるか?」

「いいえ、伺ったことはないと思います」

「そうか、礼子も知らないか……」

と、その時である。

「『アドリアナ』だって!? 『 賢者(マグス) 』のそばに、そういう名前の女性がいたという伝説も聞いたことがあるぞ」

グースが小声で、だが興奮気味に呟いた。

「 賢者(マグス) とアドリアナの接点か……いや、その前に、グース、君はアドリアナに関して何を知っているか、教えてくれないか?」

ミツホやフソーに来てからというもの、 賢者(マグス) のことに気を取られて、先代については何も聞かずにいたことに気付き、臍を噛む思いの仁であった。

「いや、だから、『 賢者(マグス) 』のそばに、そういう名前の女性がいたというだけなんだ……」

とはいえグースも、有益な情報はほとんど知らないようなので、仁はがっかりした。

「お父さま、先へお進みになりますか?」

考え込む仁に礼子が声を掛けた。

「あ、ああ。行ってみよう」

「では、こちらです。空気は清浄ですのでご安心下さい」

アドリアナの名前が書かれた壁の横に扉があった。礼子はそこをそっと、音を立てないように開け、仁を導いていく。

仁をはじめ、一行は皆、余計な口を利くことなく、粛々とそれに続いた。

「ここは……」

そこはきれいに整理整頓された居間のようだった。

「先程の場所が玄関、ここが居間なのでしょうね」

小さな声で礼子が言った。

「ここの空気はとても綺麗です。埃がほとんど無いようです」

確かに、1000年という年月を過ごしたというには、埃が溜まっていない。

「そのうえ、掃除をするものがいるようですので」

「何?」

今度は、礼子は部屋の隅を指差した。

そこには箒と叩きを持った、礼子くらいの大きさの人形があった。

「 自動人形(オートマタ) ……とも言えない出来ですが、定期的に部屋の掃除をしているようです」

「ふうむ」

1000年を過ごした 自動人形(オートマタ) である、材質などはかなり吟味されているのだろう。

「紫外線で劣化することもなかっただろうしな」

独り言のように呟く仁。

今、仁の前にいる礼子は、1000年という歳月を超えたその果てに壊れてしまったのだから。

「更に奥があります」

礼子は、仁を更に奥へと導いていった。

居間の正面奥にある扉を開くと、廊下になっていた。

「突き当たりです」

一度確認してあるのだろう、危険がないと分かっているらしく、礼子は仁を奥へ奥へと導いていった。

「こちらです」

礼子がドアを開け、仁は躊躇わずそこへ踏み込んだ。

「おお……」

そこは書斎のようだった。

金属と木材でできた机が中央に鎮座し、その上には花瓶らしき物が載せられていた。活けられていたのであろう花は、最早跡形もなかったが。

「本棚の本には名前が書かれた物がありました」

「それには、やはり?」

「……はい、お母さまの名前が書かれていました」

「そうか……」

アドリアナがここに住んでいたことがあるというのは疑いようもない事実のようだ。

しかし、仁は小さな違和感を禁じ得なかった。

「……なあ、礼子」

その違和感をはっきりさせるため、仁は礼子と話し合ってみることにする。

「はい、お父さま」

「お前は、先代がここにいた、と思えるか?」

仁と礼子の間に、よい意味で遠慮というものはない。仁は直球で自分の感じた疑問を礼子にぶつけた。

「……はい。わたくしには……断言できませんが、何か違う、と感じます」

「そうか。やはりな」

「お父さまにはお分かりなのですか?」

「いや、俺にも分からない。だが、これだけは言える。ここには先代らしさが微塵も無い、と」

礼子は違和感の正体がわかり、疑念が晴れた顔をした。

「そうです、ここにはお母さまの匂いが……ありません!」

「だな」

仁は書斎の中央に置かれた机の引き出しをそっと開けてみた。そこには1冊の本が。

「本、か。思い出すな」

仁が初めてこのアルス世界に召喚され、目覚めた日。つまり、 魔法工学師(マギクラフト・マイスター) の後継者になった日。

「先代の知識が詰まった本を開くと……」

その内容が知識となって仁の頭の中に雪崩れ込んだのであった。

だが、今仁の目の前にある本はそのような物ではない。

「学術書……かな?」

手書きの学術書と思われた。

「昔……当時の技術が書かれているな」

仁はぱらぱら、とめくってみた。

丈夫そうな、魔獣の革と思われる皮紙が使われており、1000年保ったのも納得の品質だ。

「……ん?」

所々に、『シュウキ』という名前が散見されたのである。

それは、そこに書かれている技術が、『シュウキ』の協力によって完成されたことが述べてあった。

「書いたのがアドリアナ、なんだろうか?」

執筆者に関しては何も書かれていなかった。

それで仁はその本を一旦机に置いた。古い本なので、あまり乱暴に扱うとばらばらになるのではないかと心配したのである。

「礼子、他に何か手掛かりになりそうな部屋はないか?」

「はい、あります。……こちらです」

それはドアで繋がっている隣の部屋であった。

「ここは……客間なのか?」

仁が直観的に客間、と感じたのも無理はない。

荷物が散見されるが、生活感がなかったのである。

「ここにも本があるな。薄いけど」

本というよりノートといった方がよさそうな本であった。これにもまた、皮紙が使われていた。

仁はそれをそっと手に取って開いてみた。

「……何だって!?」

書かれていた内容に、つい大声を出してしまう仁。

それを聞いて、今まで静かにしていたエルザたちが飛び込んできた。

「ジン兄、どうしたの!?」

「ジン、いったい何を見つけたんだい?」

「おにーちゃん、何があったの?」

「仁、何を見つけたのか、教えてくれよ」

皆に言われ、仁はゆっくりと頷いた。

「ああ。別に秘密にするようなことじゃない。けど、ちょっとびっくりしたからさ」

そして仁は、本の見返し部分に書かれていた内容をゆっくりと口にした。

『この記録を見つけた方にお願いする。ここは我が最愛の女性、アドリアナが眠る場所である。願わくばそっとしておいていただきたい。大陸暦2231年、 筒井修基(つついしゅうき) 、これを記す。』