軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

26-29 黒髪の賢者

「なあ、グースは、あの塗料について詳しいのか?」

「ん? 『トキソコ』の樹液か? まあ、簡単なことなら、分かる」

「聞かせてくれないか?」

「いいとも」

グースは、ジンに簡単な説明をした。

トキソコは木である。秋になると紅葉する。

トキソコの木や樹液に触れると、人によってはかぶれることがある。

幹を傷付けると樹液が出るが、その樹液があの塗料になる。

採取した樹液は、ゴミを取り、桶などに保存する。その際、空気に触れないよう、防水性のある皮革で蓋をする。

などである。

「俺の知る限り、それは『うるし』っていうなあ……」

「ほう、『うるし』、か。その昔、トキソコの樹液を『るおし』と呼んだこともあるそうだし、地方によっては『うろし』と呼ぶこともあるらしい。よく似ているな」

グースはさすがに博識である。

仁は知らないが、実際の所、『うるわし』『うるおし』が『うるし』の語源という説もあるのだから、この名称が似ていても不思議ではないといえる。

それはともかく、仁としては、フソーのうるしに興味を持った。

「俺の知っているうるしって真っ黒なんだよな。で、薄くした金箔貼ったり、金粉……だっけか、蒔いて絵を描いたりするんだ」

「ほう、それは豪華だな。そんな技法、もっと北の方にあったような気もする。俺は行ったことないんだが」

「やっぱりあるのか」

「……それって、触るとかぶれるのかい?」

「え? あ、サキか」

仁とグースの話に割り込んできたのはサキであった。

「くふ、お邪魔だったかい?」

「いや、そんなことないぞ」

仁は即座に否定する。そして部屋を見回して、

「エルザとハンナは?」

と尋ねた。

「2人とも台所で片付けの手伝いをしてるよ」

「サキは手伝わなかったのか?」

「……ボクの場合手伝うというより邪魔をすることになるからね」

仏頂面で返事したサキに仁は頭を下げた。

「なんか、ごめん」

「いいさ。ほんとのことだし」

そんなサキに、グースは向き直って答えた。

「で、仁には話したが、かぶれるぞ。体質にも寄るが、木の下を通っただけでもかぶれる人がいるそうだ」

「そ、それは怖いね……器でもかぶれるのかい?」

だとしたら自分は……と、少し怯えているサキである。

「はは、大丈夫さ。乾燥したトキソコはかぶれたりしないよ」

「それを聞いて安心したよ……」

ほっと溜息を漏らすサキであった。

* * *

エルザとハンナは台所で手伝いをしていた。

「済みまっしぇんね、お客しゃんに手伝っちもろうて」

村長の奥さんと息子の嫁さんらしき2人の女性がエルザたちに礼を言う。

村長の奥さんはリッツェといって50代半ば。息子の嫁はセパレィ、20代そこそこに見える。

エルザはリッツェと洗い物をしていた。

「宿賃代わり、です」

「宿賃はせっけんばもろうちいるけんね」

「でも、気持ちですので」

「ジンしゃんはよか嫁しゃんば持っちいるね」

「え”」

方言での一言だったが、意味は分かった。エルザは顔を真っ赤にする。

「ま、まだ嫁じゃ、ない、です」

「そーかね。でも『まだ』っちことは、『もうしゅぐ』っちことばいね」

それにエルザが何か言い返そうとした時、洗った食器をセパレィと一緒に拭いていたハンナが声を上げた。

「食器、拭き終わったよー!」

「おお、ハンナちゃん、ありがとね」

「このお皿、軽くてきれいだね!」

ハンナたちが主に使っていたのは焼き物……陶器の皿や、ただの木製の器だ。

仁もいろいろと生活用品を作ってくれてはいるが、カイナ村では従来の食器類を使う家が多かった。

陶器は汚れにくく洗いやすいが重く、また割れやすい。

木製の器は軽いが汚れが染み込む。

だが、ここの器は、トキソコの樹液……『うるし』を使って、汚れにくくかつ美しく仕上げられていた。

「はは、ありがとさん。村ん産物じゃけんね、そう言うてもらえるっち嬉しか」

セパレィは嬉しそうに笑った。

「そいにしてもハンナちゃんもエルザしゃんも色ん白くてきれいやね。髪ん毛なんてきらきらやし」

今度はちょっと羨ましそうにハンナの髪にそっと触れるセパレィ。

「うーん、でも、おにーちゃんみたいに黒い髪、っていうのもいいんだけどなー」

「黒か髪……」

セパレィはふ、と遠い目をした。

「ジンしゃん、あん人は、伝説ん賢者のごたぁだね」

「え? でんせつのけんじゃ?」

ハンナは聞き返した。仁がこの地へ来た理由の一つが、『 賢者(マグス) 』のことを知るためである、ということを知っていたからだ。

「そー、伝説ん賢者。そん人はね、ハンナちゃんみたいに白い肌で、うちらのごたぁに黒か髪やった、と伝わっちいるんちゃ」

「ふーん……」

ハンナは、戻ったら仁にこの話を聞かせてあげよう、と思った。それで更に尋ねてみる。

「そのけんじゃさんって何した人なの?」

そうすると、セパレィは、んー、とちょっと思い出すようにしてから口を開いた。

「フソーん国ん人にいろいろなこつ教えてくれたとばい」

「たとえば?」

「こん器にトキソコん樹液ば塗るこつげな、紙ん作り方げな、それに……」

今に伝わるさまざまな文化文明の多くは賢者が伝えたもの、とセパレィはハンナに説明した。

「ふうん、けんじゃ、ってえらかったんだね」

セパレィはハンナに微笑みかけた。

「そうばい、えらかったとよ」

「ねえ、そのけんじゃ、ってどこからきたの?」

仁が知りたそうなことを質問してみるハンナ。

「どっからっちいうても、わかっとらんとよ」

それを聞いたハンナはがっかりした。

「そうなんだ……」

その様子を見たセパレィは、ハンナを元気付けるように肩を叩き、

「こん村でなく、町へ行っちみれば詳しい人のおるかもしれんけんね」

と言ってくれたのである。

「町……?」

「そうばい。シクロ湿原ん北にあっけんナデっちゅう町なら、太かから人もうんとこさいて、中には詳しい人のいるっちゃ」

「ナデ町か……」

「ハンナちゃんたちゃ北へ向かっちいるんやろう? ならきっち知っとう人に会えるちゃ」

「うん、ありがとう、セパレィさん!」

ハンナはこの情報を一刻も早く仁に教えてやろうと駆けだしていったのである。

そんなハンナの背中を、セパレィは微笑ましそうに見つめていた。