作品タイトル不明
26-12 監督
体育館ほどもある工場。その閉ざされた扉を、ミイは預かってきた鍵を使い、開いた。
「中は定期的に掃除しているそうですので」
思ったより埃っぽくないと思ったら、ちゃんと定期的なメンテナンスはされているようだ。
仁は、興味津々で足を踏み入れた。
「おお……」
仁は意外なものを見た。工作機械である。
ただし、仁の知るそれとは大きく異なる。
が、それは紛れもなく工作機械であった。
「……ジン兄、これは?」
エルザからの質問に、
「工作機械だ」
と、短く返した仁は、周りが見えなくなったかのように、それらの間を忙しなく動き回り始めた。付いて行っているのは礼子だけ。
「あ、あの、ジン、様?」
その様子に面食らったミイが声をかけようとするが、エルザに止められた。
「今は何を言っても無駄。耳に入らない」
「そ、そうなんですか」
「ん。こっちはこっちで見学させてもらうことにする」
エルザはゆっくりと工作機械の一つに近付いていった。
「これは……旋盤?」
エルザの知識の中にも『旋盤』はある。要するに、回転体を削り出すための機械だ。
そこに置かれた機械は、旋盤というより木工 轆轤(ろくろ) に近かった。外側を削ることに特化した構造のようだ。
誰かがハンドルを回すことで、ワークと呼ばれる部材が回転する仕組み。
ワークの取り付けは、現代地球で一般的なチャックという爪で挟むのではなしに、木ねじ留めのようだった。
「木ね……じ?」
知識として知ってはいても、エルザは初めて見た木ねじ。
「ジン兄が夢中になるのも無理……ない」
その隣にあったのはバンドソーであろう。
金属製のベルト状に鋸刃を作り、それを回転させる機械。
また、穴空け専用のボール盤……機械式ドリルもあった。
いずれも、動力は人力のようだ、ハンドルが付いており、それを回す事で機械が動作する。
ボール盤のハンドルを、エルザはそっと回しながら、過去に思いを馳せる。
「でも、それならなぜ停止……あ!」
エルザは気が付いてしまった。そう、このハンドルを回すのは、人間ではないのだろう。
エルザの力では重すぎるハンドル。
「動力は、きっとゴーレム」
「俺もそうだと思う」
エルザの呟きに答えたのは、いつの間にか戻って来ていた仁。
「一通り見せてもらった。素晴らしい工作機械だ。動かないなんてもったいなさ過ぎる」
仁も、エルザが触れているボール盤のハンドルを回してみる。そして諦め、
「礼子、ちょっと軽く回してみてくれないか?」
と、最も信頼する娘に声を掛けた。
「はい、お父さま」
礼子はボール盤のハンドルに手を掛け、回し始めた。
「えっ!」
ミイは思わず声を出してしまった。それは、仁やエルザでは動かすのがやっとというほど重いハンドルが、まるで抵抗が無いかのように軽々と回転し始めたからだ。
「やっぱりな。礼子、もういいぞ」
仁はミイに向き直る。
「300年前に工場が止まったと言ってたけれど、それは当然だ。 魔素暴走(エーテル・スタンピード) という事件があって、それ以来空気中の 自由魔力素(エーテル) が激減したのだから」
そう言いながら仁は奥へ向かって歩き出した。
「おそらく、動かなくなったゴーレムたちは奥の部屋に片付けられているんだろう?」
「えっと、あの」
そこまではミイも知らないようで、答えに詰まっている。が、仁は構わずにずんずん歩いて行った。
礼子がそれに続き、エルザとエドガーもそれに続いた。ミイも慌てて後を追いかける。
正面奥にある扉は少し固かったが、礼子が力を込めると簡単に開いた。
「ええ……っ!」
そこには、仁が言ったとおり、数十体のゴーレムが埃を被って横たわっていたのである。
「ふうむ、やっぱり魔力不足だな」
仁はそんなゴーレムたちをチェックして回る。
「うーん、これでもない。こっちでもないな……」
そうして何かを探しているようでもある。
「ジン兄、何を探しているの?」
不思議に思ったエルザが尋ねる。場合によっては自分も探すのを手伝おうと思ってのことだ。
「うん、ここにあるのはほとんどが動力用ゴーレムなんだ。だが、職人ゴーレムや監督ゴーレムがいるはずだと思ってさ」
この工場で働いているのが全てゴーレムなら、そういった役割分担がなされているはず、と仁は考えたのである。
そして、監督ゴーレムを見つけられれば、いろいろな疑問にも答えてもらえるのではないかと思っている。
「お父さま、これではないでしょうか?」
部屋の端の方で探していた礼子が声を上げた。見れば、やや背が高く、帽子らしきものを被っている。
「ああ、そうかもしれない。……どうやって再起動させるかな……」
少し悩む仁。 魔素変換器(エーテルコンバーター) を改造しない限り、動くことはないだろうと思われる。そしてここには改造するための資材がないのである。
「お父さま、『 自由魔力素凝縮器(エーテルコンデンサ) 』を届けさせたらいかがでしょう」
この部屋の中程度の空間にある 自由魔力素(エーテル) 濃度を倍にできれば、おそらく再起動できるだろうからだ。
「それしかないか。……礼子、老君に連絡してくれ。ただし、そっと送らせろ」
「はい、わかりました」
部外者であるミイは入口近くでエルザを手伝っている。これなら 自由魔力素凝縮器(エーテルコンデンサ) が送られて来ても気付かないだろう。
そして1分後、礼子の前に 自由魔力素凝縮器(エーテルコンデンサ) が出現した。仁は早速それを作動させる。
そうそうすぐに 自由魔力素(エーテル) 濃度は上がらないが、とりあえず目の前にある監督ゴーレムがゆっくりと動き出したではないか。
どうやら、完全停止していたのではないようだ。
その場合は『再起動』しなければならないが、こうしてひとりでに動き出したと言うことは、パソコンで言う『スリープ』のような状態だったのだろうと思われる。
「……私は、今まで、止まって、いたので、しょうか」
仁の姿を認めるなり、監督ゴーレムは言葉を発した。
「そうだ。とある事故で 自由魔力素(エーテル) 濃度が3分の1以下に下がってしまい、お前たちの 魔素変換器(エーテルコンバーター) が役に立たなくなったんだ」
「そうでした、か」
「今、一時的に 自由魔力素(エーテル) 濃度を上げている。話を聞かせてくれ」
それを聞いても監督ゴーレムはあまり驚いた様子でもない。というよりも、理解し切れていないようだ。
「私は、指示、された、物を、作る、ために、作業ゴーレムと、動力ゴーレムに、命令する、ことしか、できま、せん」
「ああ、そうなのか……」
仁は軽い失望を覚えた。ここにあるゴーレムの 制御核(コントロールコア) には、それほど多くの情報は詰まっていないのだ。
思えば、教育用 自動人形(オートマタ) のアキツさえ、大した情報は持っていなかったのである。
「なら、お前に指示を出すのは誰だ?」
一縷(いちる) の望みを託した最後の質問。これは有効だった。
「はい、工場長、です」
「工場長はどこにいる?」
監督ゴーレムは黙って右腕を伸ばし、指で更に奥にある扉を示した。
「わかった」
仁は短く答え、
「礼子、行くぞ」
と、奥の扉を目指したのである。