軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

26-04 自転車

それからマヤは、集落の水源である井戸、それに食糧貯蔵庫を見せてくれた。

井戸は深井戸で、仁が見ても感心する出来のポンプが取り付けてあったし、貯蔵庫は雪室であった。

それが済むと一行は集落内に戻って来た。

「さあいよいよお待ちかね、自転車を見てもらうわ」

マヤは仁たちを集落の片隅へと導いていく。

「ここがあたいの家なんよ。で、これが自転車や」

「おお……!」

仁は目を見張った。間違いなく自転車である。

タイヤサイズは24インチくらいか。大きさはママチャリと呼ばれるものに近い。鉄製のブロックパターン付きタイヤがついている。

フレームは三角形を組み合わせたダイヤモンド型なので、乗る際には脚を後ろから回さないと跨げないだろうと思われる。

そう思ってマヤを見ると、ちゃんとズボン姿であった。

変速機構はないが、聞いたところによると急坂はないので十分なのだろう。

サドルにスプリングが付いているので乗り心地はそこそこかと推測される。

特筆すべきはブレーキだ。ちゃんとリムを挟んで止める方式で、パッド部分は革だろうか。グリップに付いたブレーキレバーからワイヤーで操作する構造になっていた。

荷物を積むための荷台もある。大きさはママチャリだが、全体的には実用車だ。

「……すごいな。いったいいつ、誰がこれを作ったんだ? ……チェーンもしっかりしているし、サドルの構造だって……」

「……あのー、ジンはん?」

「材質だって吟味されている。ちゃんとリムにスポークが張られてるし!」

「あのー……」

自転車を夢中になって調べている仁に、マヤが話し掛けるが、まったく耳には入っていない様子。

それを見たエルザが助け船を出す。

「……マヤさん、ジン兄がああなったら、しばらく放置しておくのが利口」

「あはは、ジンは相変わらずだね!」

「おにーちゃん、子供みたい」

サキとハンナも仁の様子を見て笑っているので、マヤは溜め息をつきながら苦笑いを浮かべた。

「はあ、なんや知らん、ジンはんって変わってるんやな。ま、ええわ。お茶でも御馳走するわ。そこに座って待っててや」

外に置かれた縁台にエルザたちを座らせると、マヤは家に入ってお湯を沸かし始めた。仁は相変わらず自転車を弄くり回している。

「……軸受けにガタが来てるな。グリスも塗ってないじゃないか。あーあ、錆が浮いてるよ。『 表面処理(サフ・トリートメント) 』」

とうとう整備を始めてしまったようである。

「うわ、本当にボールベアリングが入ってる。けどちょっと減ってるな……調整だけでもしておくか」

「くふ、あんなジンの姿、初めて見たよ」

「ん、懐かしいんだと、思う」

「おにーちゃん、楽しそう」

そこに、マヤがお茶を淹れてやって来た。

「お待たせやでー」

ちゃんと仁の分もあるようだ。

「お父さま、お茶だそうですよ」

礼子が仁に声を掛けると、仁はようやく手を止めた。

「うん、わかった。……まあ、こんなものかな」

汚れた手を『 浄化(クリーンアップ) 』で綺麗にする仁。

「マヤさん、自転車の整備もしておいたから」

「ほんまか? おおきに、ありがとさん。まあ、お茶でも飲んでや」

「ありがとう」

仁はまず一口、お茶を飲んで渇いた喉を潤した。

「……麦茶? いや、これはハトムギ茶か」

「ハトムギ? ちゃうよ、ヨクニン茶や」

ハトムギ、と言った仁を否定し、ヨクニン、という単語を口にするマヤ。

「ヨクニン? ……ヨクイニンか!」

「へ? ……あ、ああ、そうだったかも知れへんな。ヨクイニン茶や」

ハトムギは皮を剥いた種子をヨクイニンと呼んで薬用にする。イボ取りに効果があるとされ、ニキビや吹き出物、美白の効果もあるという。

仁がいた施設の女の子たちが、一時凝っていたので知っていたのである。

「でも、美味しい」

「うん、おいしいね!」

「肌にいいのか……興味深いね!」

エルザたちも美味しそうに飲んでいた。

お茶の後マヤは、仁が整備したという自転車に乗ってみた。

「うわ! ほんまや! なんや、ペダルが軽いわ!」

「初めて見たけど、不思議」

「……ジン、なんであれ、倒れないんだろうね?」

「おもしろそう! あたしも乗ってみたい!」

2輪しかない自転車が倒れずに走る光景は、知識として知っているエルザとサキにも不思議に映ったようだ。

「ハンナはまだ足が届かないから無理だな。後ろに乗せてもらえるようあとで頼んでみよう」

サドルの高さから言って、ハンナには無理だろう、と仁は判断した。

こういう場合、フレームの横からペダルを踏み込む三角乗りという手もあるのだが、いきなりハンナには無理だろう。

「ジンはん、おおきに! ごっつ調子ええわ!」

「そりゃあよかった。少しでいいから乗ってみてもいいかな?」

ニコニコ顔で戻って来たマヤに頼み込む仁。

「そりゃええけど、ジンはん、自転車に乗れるのん?」

「ああ、大丈夫だ」

「ほな、どうぞ」

女性陣が大丈夫なのかと見守る中、仁はといえば、片側のペダルに足を乗せ、もう片方の足で地面を蹴って自転車を発進させた。

その勢いが無くならないうちにサドルに跨った仁は、楽しそうにペダルを漕ぎ始めた。

「おお! ジンはん、うまいやん」

「ジン兄、上手」

「くふ、ボクも乗ってみたいなあ」

「おにーちゃーん!」

ハンナが仁に向かって駆け出した。仁は一旦自転車を止め、ハンナを荷台に座らせる。現代日本と違い、2人乗りを咎めるものはいない。

「しっかり掴まってろよ」

声を掛ける仁。掴まっていないと発進の時、転げ落ちる危険性があるからだ。

「うん!」

ハンナの返事と、腰に回された手の力を感じた仁は、ゆっくりとペダルを漕ぎ始めた。

「わあ!」

馬とはまた違った爽快感に、ハンナが歓声を上げる。

座布団も敷かずに、鉄製の車輪が付いた自転車の鉄製の荷台に横すわりしているのでお尻が痛いのではないかと、仁はゆっくりとした走りにとどめていた。

「おにーちゃん、ありがとう!」

付近をぐるっと1周してきてハンナを降ろす仁。

「マヤさんにもお礼を言うんだぞ」

「はい! マヤさん、ありがとうございました!」

マヤはにっこり笑ってハンナの頭を撫でた。

「ええんよ。ハンナちゃんはええ子やね」

すると今まで黙っていたエルザが仁に向かい、

「ジン兄、私も乗せて」

と言った。仁は頷き、マヤをちらと見ると、

「ええよ。みんな乗せたげて」

と笑って許可してくれたのである。

それで仁はエルザを、その次にはサキを。

果ては持ち主のマヤまでを後ろに乗せて走り回る羽目になったのであった。

「いやあ、誰かの後ろに乗るなんて初めてやったけど、楽ちんやなあ」

とはマヤの言葉である。

仁も、久々に乗った自転車を楽しめて上機嫌であった。