作品タイトル不明
22-24 閑話41 セルロア王国の技術
場所はセルロア王国。
時間は少し遡って、3457年の6月21日のこと。
その日は、ショウロ皇国で技術博覧会が行われ、仁が飛行船を発表していた日。
「ふむ、『飛行船』だと?」
「はい。球形ではなく、細長い、いわば卵のような形にした袋の中に、何か軽い空気を入れて浮かび上がるようです」
セルロア王国からは、ステアリーナら参加者の他にも、情報収集のために潜り込んでいる者が数名おり、仁の飛行船についての情報を本国に送っていたのである。
「ふうむ。……生意気にも、我が国にない技術を開発したというか」
セルロア国王、リシャール・ヴァロア・ド・セルロアは不機嫌であった。
「……ランブロー! 我が国でも、それと同じ物……いや、より優れたものを開発せよ!」
「は、仰せの通りに」
第一内政省長官、ランブローはその命令を受領し、さっそく動き出した。
第一技術省長官、ラタントはその意を受け、技術省は総力を上げることになる。
「うむう、軽い空気とはいったい何だ?」
熱飛球を所有する国であるから、軽い空気を集めることで空に浮かべるということまでは知っているのだ。だが、そんな空気(気体)は知られていなかった。
技術省は、軽い気体探しから始めることとなったのである。
そんなある日。
「長官、この者が話があると」
進み出たのは、昨年技術省勤務になった若い錬金術師。
「あの、ヌバリ鉱山の奥に溜まった液体に、鉄を浸すと、軽い気体が出てきます」
「何? それは本当か?」
「はい。何度か試してみました。ですが……」
「ですが、何だ?」
「その気体は……燃えるのです」
「ふむ。だが、火を近づけなければいいだけだ。さっそく実験してみよう」
ということで、数日掛けて、ヌバリ鉱山の坑道奥に溜まった液体を取り寄せてみる。
その液体が鉄を溶かすというのは本当で、運んでくるためには、金または銀製の容器が必要であった。
「ふむ、確かに鉄が溶けるな」
銀の容器に溜まった液体に屑鉄を浸すと、細かい泡を出して鉄は溶けていった。
「この泡が、軽い空気だというのだな?」
そこで、熱飛球に使われている素材……セルロア王国では、麻に軟質魔導樹脂を染み込ませた布……で、直径50センチほどの半球を作り、発生した気体をそこに溜めてみた。
「おお、確かに浮くな」
すると、その半球は、手を放すとゆっくりと天井へ漂っていったのである。
「ふむ、これで気体の問題は解決できたな」
蛇足ながら、この液体は、硫酸そのもの、もしくは硫酸を含む酸性の液体であったと思われる。希硫酸は金や銀、条件次第では銅も溶かさないが、鉄や亜鉛は溶かし、水素を発生するのである。
亜鉛は鉄よりも産出量が少なかったため、彼等は屑鉄を用いて水素を発生させることを選んだ。
気嚢は麻に軟質魔導樹脂を染み込ませたもの、それは熱飛球と変わらない。
まずは全長15メートル、2人乗りの試作機が完成したのが9月の29日であった。
「ほほう、これは面白い」
試作機を見たセルロア王リシャールは上機嫌になった。
「進むにはどうしている?」
「はっ。風魔法を自らに使うことで進みます」
「ほう、面白い考え方だな」
図らずも、エカルト・テクレスの大型船推進と同じ考え方を彼等も思いついたのである。
「これにより、熱飛球の倍の速度を出すことができます」
「ふむ、それは飛球部分の形にもよるのだな?」
「御意」
「よろしい。この試作は成功したと認めよう。次は大型のものを試作し、量産に移れ」
「はっ」
こうして、セルロア国王リシャールの許可が下り、技術省では、全長60メートルの飛行船を建造することになった。
飛行船は、一般的にいって、大きいほど効率良く浮かび上がることができる。
具体的に言うと、浮力が大きさの3乗にほぼ比例するのに対し、重量増加はそれより緩やかだからである。これは気嚢内部が空洞だからだ。
セルロア王国技術省の総力を上げ、飛行船は11月2日に完成した。
「ほう、これは凄いな」
完成した飛行船を見、国王リシャールは珍しくも称賛した。それほどまでに、60メートルの飛行船は見事だったのだ。
「これは我が国の秘密兵器だな」
同型機の量産を命じる国王リシャールであった。
* * *
3458年、1月7日のこと。
「そ、そんな! この船を造るために、私がどれだけ苦労したことか!」
「やかましい! 国王陛下の命令である!」
セルロア王国南部の町、クゥプの大商人、エカルト・テクレスの屋敷に押し入った兵は、家財道具一切と、彼が心血注いで建造した大型船『ブリジット』を強奪したのであった。
「ほほう、これがその船か」
ナウダリア川を遡り、首都エサイア近くに運ばれてきた『ブリジット』。
それを見た国王リシャールは、その日1日機嫌が良かった。
「やはり我が国の技術力は際だっておるな」
「は、陛下。かの大型船も、同じものを2隻建造中でございますれば」
「うむ、楽しみにしておるぞ」
* * *
そして、運命の1月10日。
「何? 昨日、レナード王国の領内で、 魔結晶(マギクリスタル) とゴーレム500体が発見されただと?」
「は、エゲレア王国に送り込んだ間諜からの報告です」
「ふむ……奴等にくれてやるのは惜しいな。国境付近にいるのは……第2辺境兵団に命じて、 魔結晶(マギクリスタル) とゴーレムを確保させるがよい」
「御意」
身を翻して命令を伝えに行こうとする側近。だが、国王リシャールは呼び止める。
「待て。それだけでは足りぬ。我が国からも、彼の国へ調査隊を派遣せよ」
「はっ」
今度こそ、側近は駆け出した。
そして、ゴーレム500体が発見されたというソルドレイク遺跡には第2辺境兵団が。
また、旧レナード王国調査には、第1辺境兵団が派遣されることになったのである。
* * *
「何だと!?」
1月26日、国王リシャールを憤慨させる連絡が入った。
「第2辺境兵団が全滅……だと? それも、地底から湧き出した魔物のせいで? ふ、ふざけるな!」
「いえ、陛下。これはエゲレア王国からの正式な通達ですので」
明らかに機嫌の悪くなった国王を見て、少し冷や汗をかいている第一内政省長官である。
「いずれ、兵たちの遺品を送り届けるとか言っております」
「うぬぬ……。魔物のせいなどであるものか! エゲレア王国の連中が襲ったに違いあるまい!」
「とは申しましても、証拠がありませぬ」
青ざめた第一内政省長官が説得するが、リシャールの激昂は収まらない。
「エゲレア風情がふざけおって……」
そこへ、伝令が駆け込んできた。
「陛下! 第1辺境兵団より鳩による連絡! 『エルラド遺跡にて、大量のエルラドライトと過去の遺物を発見せり』とのことです!」
「おお、そうか!」
この報告により、リシャールの機嫌は若干良くはなった。そして1つの決断がなされる。
「よろしい。来たる2月22日、建国記念式典に各国首脳を呼ぶとしよう。そこで我が国の威勢を見せつけてやるのだ!」
だが、これがセルロア王国の一大転換点だと、誰も気付くことはできなかったのである。