作品タイトル不明
22-18 吹きだまり
「ご主人様、どうやらチカグワ湖に突き当たったようです。どうしますか?」
ちょうどその時、ランド1が、チカグワ湖に達したことを告げる。
仁は助かった、とばかりに操縦席に近付き、外を見つつ指示を出した。
「左回りに湖を迂回して反対側へ出よう」
「わかりました」
北緯は既に60度を越えており、外気温もマイナス40度以下。水銀が凍ってしまっているので正確にはわからないが、マイナス50度くらいになっているのではと思われた。
風も強く、北西の強風が積もった雪を巻き上げ、地吹雪となって荒れ狂っている。
そんな中、カプリコーン1はチカグワ湖の湖岸線に沿い、反時計回りに回り込んでいた。
「そろそろ日が暮れるか……」
冬、高緯度地方の昼は短い。まして厚い雲に覆われているので、午後3時というのに既に夕暮れのようだ。
「ゆっくり、揺れが小さくなるよう歩き続けてくれ」
仁はランド1に指示を出した。停止したら、雪と氷に覆われてしまうだろうからだ。
こうした、一晩中操縦を任せられるのも、ゴーレムであるランド1ならではだ。
ルート確認も赤外線モードの他に、上空のスカイ1が誘導しているので安心できる。
このようにして、仁たちはゆっくりと目的地に近付いてくのであった。
* * *
真夜中のこと。
不意に、カプリコーン1が傾いた。
座席をフルフラットにして眠っていた仁たちが転げ落ちる。
「うわあっ!」
「きゃあっ!」
「あいたっ!」
「ふぎゃっ!」
左に傾いたため、4人ともそちらに固まって転がって行ったのだ。
「お父さま、大丈夫ですか?」
礼子が車内灯を明るくしてくれる。
「あいたたたた……」
「……ジン兄、大丈夫?」
一番下になっていたのが仁。その上にエルザ。そしてサキ、シオン。これは寝ていたときの並び順だ。
「ジ、ジン兄、ごめんなさい」
エルザは仁がクッションになり、壁にぶつからずに済んでいた。壁には断熱性のあるクッション材が貼ってあるとはいえ、ぶつかればそれなりに痛い。
「い、いったいどうしたんだ?」
わけがわからないまま仁は起き上がった。
外は真っ暗、まだ夜明けは遠いようだ。
「雪崩れに押し流され、吹きだまりに嵌ってしまったようです」
ランド1が謝罪した。
明かりも何もない闇の中、赤外線の視界と上空からの誘導だけで進んでいたカプリコーン1。
右手側の斜面から雪崩が発生し、巻き込まれたようだ。湖に落ちなかったのは幸運だったが、吹きだまりに嵌り込んでしまった。
「脱出できそうか?」
「いえ、いろいろやっていますが、無理なようです」
カプリコーン1は未だ左に45度ほど傾いだままで、脚部も踏ん張りが利いていないようだ。
「うーん、駄目か」
通常動力だけでは脱出不可能のようだ。
「ジ、ジン! どうするの!?」
ランド1との会話が聞こえてしまったようで、シオンが真っ青になって操縦席まで飛んできた。
「え? ああ、大丈夫だよ。こういう時のための装備があるから」
「ほ、ほんと?」
「本当だって。……ランド、『 力場発生器(フォースジェネレーター) 』で脱出だ」
「了解」
こういう時のために取り付けた 力場発生器(フォースジェネレーター) の出番である。
「え? ふぉーすじぇね……? なにそ……」
シオンが疑問を口にし終わらないうちに、 力場発生器(フォースジェネレーター) が起動した。
「きゃああ!」
生じた浮遊感。
まず、左に傾いでいた機体が水平に戻り、次いで雪を蹴散らして上昇を開始。かなり深く埋もれたようだ。
「な、何が起きてるの?」
シオンは何が何だかわからないでいる。
「後で説明するからちょっと待っててくれ」
仁は挙動に注意を払っていた。
カプリコーン1はそのまま雪の上に出ると、静かに前進し、吹きだまりを避け、ゆっくりと着地した。
「脱出完了しました」
「ご苦労さん」
こんなこともあろうかと取り付けておいた 力場発生器(フォースジェネレーター) が、大いに役立ってくれた。
再びゆっくりと前進し始めるカプリコーン1。
「どうだ、動作に異常はないか?」
「はい、大丈夫です。どこにも異常は見られません」
雪崩れに流され、吹きだまりに落ち込んだダメージはないようなので仁も安心する。そしてシオンに向き直った。
「簡単に言うと、重力魔法で浮いて脱出したんだよ」
その説明に顔を顰めるシオン。重力魔法と 力場発生器(フォースジェネレーター) は違うのだが、細かいことは今は問題ではない。
「……簡単すぎるわよ……でもまあ、わかったわ」
再び、ゆっくりと進み始めるカプリコーン1。
一同、落ち着いたところで仁が時計を見ると、おおよそ午前4時。
もう一度寝ようかとも思ったが、眠くなくなってしまった。
「あー、すっかり目が覚めちまったな」
昨夜寝たのは午後9時頃、7時間は寝たようなので、2度寝は諦める仁。
他の面々も同じようで、フルフラットにしていたシートを戻し、腰掛ける。
少しリクライニングさせて、眠くなったら仮眠すればいい、くらいの気持ちで、真っ暗な外をぼんやりと眺めるのであった。
外が薄明るくなってきた頃、仁は少しうとうとしたようだった。
「晴れたわ!」
シオンの声。仁は目を開け、外を見てみる。
と、雲が切れ、青空がのぞいているではないか。そして朝日が雪面を照らしている。
「……きれい」
しみじみとした声音でエルザが呟いた。
「うん、綺麗だ。それ以外に言葉がないよ」
仁がエルザの言葉に同意する。
「この景色が見られただけでも来た甲斐があったというものだね!」
サキも窓から見える景色に心を奪われているようだ。興奮気味の声がそれを物語っている。
カプリコーン1の左側には、おそらくチカグワ湖であろう、平らな雪原が広がり、右側には台地と山が見えていた。
雪面は朝の光を浴びてダイヤモンドの粉を撒いたようにきらめき、樹氷は自然の造形美を見せつけるように聳え立っている。
「どうやら湖を回り込んだようだな。あの台地がツスル台地、山がギールツェ岳だろう」
台地の上に、伝説の 古代(エンシェント) 竜(ドラゴン) が棲む地があるかと思うと、期待に胸が膨らんだ。
「晴れているうちに台地に登ろう。 力場発生器(フォースジェネレーター) を使え」
「わかりました」
この厳寒の地での晴天は貴重すぎるほど貴重である。外気温計は相変わらず凍り付いている。
力場発生器(フォースジェネレーター) を作動させたカプリコーン1はゆっくりと上昇を開始。
次第に高度を増すカプリコーン1の窓の外には絶景が広がっている。
朝日に照らされて金の砂のように大気中を舞っているのはダイヤモンドダストであろうか、と仁は思った。
約5分でツスル台地の上に到着した。雪の深さは3メートルほど。カプリコーン1といえど、かなり歩きにくい。
「とりあえず、ギールツェ岳の麓を目指してみよう」
おそらくゴンドア大陸の最高峰、ギールツェ岳。いい目標になる。
時速5キロほどで、カプリコーン1は進んでいった。