作品タイトル不明
22-16 福音の氏族領
およそ3時間北上したカプリコーン1は一旦停止。目の前には凍てついた川。ここで仁たちは昼食を摂った。
周囲は見渡す限りの銀世界。カプリコーン1の脚部も1メートル以上雪に潜っている。
「だんだん雪が強くなってきたな」
外を見ながら仁が呟いた。
「ほんとね。この中は暖かいけど、外はどのくらい寒いのかしら?」
「およそマイナス25℃くらいだな」
外気温計を見て仁が答えた。
「ええと、温度計だっけ?」
前回乗ったときに説明したことをちゃんと覚えていたようだ。さすが森羅氏族、と仁は感心した。
「ええと、水が凍る温度を0℃、沸騰する温度を100℃として目盛りを決めた道具よね」
「そのとおり。だけど、マイナス40℃くらいになったらもう使えないんだ」
使っているのは水銀なので、極低温には弱い。水銀の凝固点はマイナス37℃である。
それ以下の場合、ペンタンなどの有機液体を着色した物を使うのだが、仁はまだ生成分離できていない。
「ふうん、でもやっぱり便利ね。さすがジン」
「そう、ジン兄は凄い」
エルザがそんなことを言って仁を更に持ち上げた。
「さて、出発するか」
動き出すカプリコーン1。止まっている間に20センチほど雪が積もっていたが、歩き出すとそれも振るい落とされた。
前回同様、川を渡る。凍っている上、浅いためまったく問題は無し。
そして夕刻、『福音』の氏族の居住地に到着した。
以前来た時にポジションを記録してあるので、老君の誘導で辿り着けたのである。
「おお、ジン殿、ようこそ」
アレクタスが出てきて、カプリコーン1と知り、仁が来たことを悟ったようだ。
以前張っていた隠蔽の結界は使われていなかった。が、風避けの結界を使っているため、雪も吹き込んで来ず、まずまず住みやすい環境になっている。
結界内の気温は外気温計ではマイナス3℃、外より20℃以上高かった。
「お久しぶりです」
仁はカプリコーン1から出て挨拶をする。面と向かっているせいか、 身代わり人形(ダブル) で接していた時より若干言葉が丁寧になっていた。
そして、エルザ、サキ、シオンは、アレクタスの妻、ミロニアがエスコートしてくれている。
「今日はどうしたのですかな?」
「実は……」
中に招き入れられながら、仁はアレクタスに説明をした。
「ふむ、『 古代(エンシェント) 竜(ドラゴン) 』の抜け殻を探しに、ですか」
「ご存知ですか?」
「確かに、聞いた事はあります」
ということで、夕食を御馳走になりがてら、話を聞く事に。
とはいえ、仁も手土産として、小麦粉50キロを持って来ていた。もちろん蓬莱島から 転移門(ワープゲート) 経由で送らせたもの。
これを使ってパンを焼いてもらい、スープやシチューと共に食べれば、豪華な夕食となる。
「なんだかかえって悪いみたいですわね」
とは、ミロニアのセリフ。
「そちらがジン様の婚約者でエルザさん、ですね。優秀な治癒師だとか。もしよろしかったら、あとで義父を診てやっていただけないでしょうか?」
義父、とは氏族長、福音のファビウスのことである。
「ええ、私でよければ」
「そういえば、ファビウスさんがいらっしゃいませんが、具合が悪いんですか?」
と仁が聞けば、ミロニアは心配そうな顔で頷く。
「ええ、一昨日から腰の調子が悪くて、伏せっていますの」
「……それは心配、ですね。では、食後に」
「是非お願いします」
シオンはおとなしい。やはり半ば伝説だった『福音』の氏族に囲まれているからか。苦手意識はそうそう簡単には消えないらしい。
で、サキはと言えば、見るもの聞くもの皆珍しいとみえて、きょろきょろしっぱなし。まるでお上りさんである。
そんなサキに、アレクタスが話し掛けた。
「サキさんは、優秀な錬金術師だとか。どのようなものに興味がおありですか?」
「え、ええと、まだ修業中の身でして。今は、よろず万象を見聞きすることで精一杯ですよ」
その答えはアレクタスの気に入ったようである。
「ほう、謙虚なのですな。まったくもって、この世界には、分からないことの方が多い。頑張って下さい」
「……ありがとう、ございます」
サキの顔が少し赤い。柄にもなく照れているようだ。
そして会話は進んでいく。聞きたかった情報、 古代(エンシェント) 竜(ドラゴン) について。
「 古代(エンシェント) 竜(ドラゴン) らしきドラゴンの噂は、ここよりもっと北の地にいるらしいと聞いたことがあります」
古代(エンシェント) 竜(ドラゴン) に付いての情報はあまり変わらなかった。が、新たに土地の情報が得られる。
「『始まりの地』を越えて更に北へ向かうと、湖に突き当たります。我々は『チカグワ湖』と呼んでいます」
「そこに 古代(エンシェント) 竜(ドラゴン) が?」
「いえ、それを回り込んで、更に北へ。するとテーブル状になった台地、ツスル台地があり、その上に 聳(そび) えるギールツェ岳付近に棲むと聞いたことがありますね」
かなり詳細な情報だ。仁には地形図があるので、今の情報とあとで照らし合わせれば、ルートの算出も楽になるだろう。
「助かりました。明日、行ってみます」
「ですが、冬の間、北の地はほとんど毎日吹雪いています。気をつけて下さいよ」
「わかりました。気を付けます」
こんなことを予想し、寒冷地仕様にしてきたのだから。
そして言葉通り、夕食のあと、エルザと仁はファビウスの居室を訪れた。サキはアレクタスの案内で、居住地の中を色々と見て回っている。シオンはカプリコーン1の中に戻ってしまった。
「おお、ジン殿、お久しぶり。そちらがエルザさんですな。ファビウスです、よろしく」
「エルザ、です。よろしく」
ファビウスは俯せになって寝台に横たわったまま、挨拶をした。身体を動かすと激痛が走るらしい。
ミロニアから話がなされていたので、すぐに診察に取りかかるエルザ。
「……腰痛がひどい、というのですね? ……『 診察(ディアグノーゼ) 』」
診察をしたエルザは愁眉を開く。
「ああ、腰椎の圧迫骨折です。脊髄の損傷はなさそうですので、治ります。……『 快復(ハイルング) 』」
骨折を治す外科的治癒魔法である。
加齢と共に、カルシウムの代謝が減り、骨密度が下がる傾向にある。つまり、骨がすかすかになるのだ。
こういう時に無理な姿勢で重い物を持ったり、急激な運動で力が加わったりすると、骨が折れることがある。
ファビウスの場合は、それが脊柱、すなわち背骨に起こったのであった。
身体に外傷が見られないため、外科的疾患であると知らずに、内科的治癒魔法を掛けても、一時的に楽になるだけで、根本的な治療にはならないのである。
だが、エルザの治療は適切であった。
「仕上げ、です。『 治療措置(ハイルフェルファーレン) 』」
最後に、内科系の高度治癒魔法を掛け、カルシウム代謝をできるだけ正常に戻して、治療は完了した。
「おお、楽になった。身体を動かせる」
「エルザ様、すごい! ありがとうございます!」
ファビウスを治したエルザも、『さん』から『様』へと格上げになったようだ。
「カルシウムを含む食品を摂るよう心掛けて下さい」
小魚やチーズ、豆類を勧めるエルザであった。
それから、全快したファビウスも交えて、和やかに談笑する一同。サキとアレクタスも戻って来て合流した。
珍しい物を見せてもらってきたのだろう、サキは上機嫌だった。
仁はファビウスにも 古代(エンシェント) 竜(ドラゴン) のことを聞いてみた。
「なるほど、ジン殿はその 古代(エンシェント) 竜(ドラゴン) の抜け殻を探しに来られたのか」
「ええ。場所についてはアレクタスさんから聞きました。カプリコーン1も、耐寒装備は十分してきたつもりですので、明日、行ってみます」
「北の地の寒さは尋常ではない、気を付けなさるがよい」
「ありがとうございます」
「しかし、エルザ殿はお若いのに素晴らしい腕をお持ちだ。ジン殿が羨ましい」
「あ、ありがとうございます」
褒められて照れるエルザ。
「あれ、シオンは?」
シオンの姿がないことに気が付き、不思議そうに思う仁。それには礼子が答えた。
「お父さま、シオンさんはカプリコーン1の中です」
「え? どうしたっていうんだろう」
気になった仁は、話を続けている人たちに、疲れたから休む、と言い置いて、礼子を連れてカプリコーン1に戻った。
そこには、座席の上で体育座りをしているシオンがいた。
「シオン」
「あ……ジン?」
「どうした? なんか元気ないじゃないか。具合でも悪いのか?」
だがシオンは首を振った。
「ううん、そうじゃないの。ただ、ちょっと、居心地が悪くて」
その言葉を聞いた仁は、思い当たるところがあった。長いこと謎だった福音の氏族になじめないのも無理はない。なんといってもシオンは14歳相当、まだまだ子供なのだ。
「そう、か。ルカスもいないし、他の氏族の中に1人、というのは心細いよな」
「そ、そんなじゃなくて……」
仁は顔を赤らめて慌てるシオンの頭に手を置き、ぽんぽん、と軽く叩いた。
「すまん。気づかいが足りなかったな」
「ジ、ジンのせいじゃないわよ……」
仁はそんなシオンに気配りが足りなかった、と反省した。
2人の様子を、戻って来たエルザとサキが見ていた。エルザは複雑な表情。サキは苦笑を浮かべていたのである。