作品タイトル不明
21-14 父娘
日が沈み、夜になった。
迎賓館の一室には、未だ昏々と眠り続けるマルシアと、それを見守るロドリゴの姿があった。
不意に、寝たままのマルシアが身じろぎをした。
「う、ん……」
はっとして、ロドリゴは娘の顔を見つめる。
「は、あ……」
マルシアの目が開き、口から溜め息が漏れた。が、まだその視線は定まらない。
「こ、こ、は……」
二度、三度と瞬きを繰り返すと、ようやく目の焦点が合ったようで、視線がはっきりとした。
「……マルシア」
ロドリゴが呟くようにその名前を呼んだ。
「……え?」
ゆっくりと首を傾け、声の主を見つめるマルシア。その目が見開かれた。
「……父、さん?」
こくりと頷くロドリゴ。マルシアは目蓋を閉じた。
「は、ははは……なんだ、夢か」
自嘲するような口調で呟くように言う。
「……あたしも、まだ独り立ちできていないんだね……」
「マルシア」
そんな娘に、再度声を掛けるロドリゴ。マルシアは目を開ける。
その時、ドアが開いた。
「……あ、マルシア、気が付いたか」
「……ジン?」
入って来た青年を見たマルシアは、またしても驚きに目を見張る。
「マルシアさん、身体の具合、どう?」
「……エルザ……?」
「ああ、よかった、気が付いたのか」
「……ラインハルト……なんだ、やっぱり夢なのか……」
仁、エルザ、ラインハルトの顔を見て、マルシアは現実ではないと思ったらしい。
「マルシアさん、あなたは助かったんですよ」
「……え? レーコ、ちゃん?」
ベッドのすぐそばに、礼子の姿を見、マルシアの意識は今度こそ明瞭になった。
「じゃ、そこにいるのは……本当に……?」
マルシアは、ゆっくりとした動作でベッドに上半身を起こした。
「マルシア」
それを助けようと、ロドリゴはマルシアに向けて手を差し出した。
が。
ぱあん、という音が響く。マルシアがロドリゴの手を 叩(はた) いたのだ。
「何だよ! 何で今更帰ってきたんだよ!」
「マルシア……」
ロドリゴに背を向け、俯いたマルシアの、その肩が震えていた。
「……すまん。謝って済む事じゃないとわかってはいたんだ。お前にも、お前の母さんにも、私は酷いことをしたな。でも謝らせて欲しい」
マルシアからの返事はない。
「マルシア、君のお父さんは、もう酒も博打もやめて、今は立派な 造船工(シップライト) としてやってるんだ」
見かねた仁が口を挟んだ。
「そうなんだよ。ショウロ皇国の新造船『ベルンシュタイン』の建造に携わったし、その処女航海の一員として、このポトロックまでやって来たんだ」
ラインハルトも助け船を出す。
「彼は身体を壊していた。でも今は健康になった。貴女に会いたかったから」
エルザも拙いなりに援護射撃をする。それでもマルシアは顔を上げなかった。
「……」
沈黙の時が過ぎる。やがて、ロドリゴは溜め息を1つ吐いた。
「……お前の無事な顔を見ることができて良かったよ。こんな父親、恨んでいるだろうな」
それだけ言うと、部屋を出ていこうとした。
その背中に声が掛かる。
「……待ってよ」
ロドリゴの足が止まった。
マルシアは顔を上げ、お腹の底から絞り出すような声音で、叫ぶように言った。
「恨んでいるかって? 当たり前じゃないか!」
その目は涙で一杯だ。
「恨んでるよ! 恨んでないわけ、ないだろう! ……あたしと……母さんを捨てて逃げた癖に! 一番……いてほしかった時にさ!!」
「……」
ロドリゴは目を閉じ、背中でマルシアの恨み言を聞いていた。
「ばかぁ……」
怒声がいつしか涙声に変わる。
「マルシア……すまん」
ロドリゴは振り返り、よろめくように歩み、マルシアのベッドに手を付くと、頭を垂れた。
「謝ってももう遅いよ……」
マルシアのしゃくり上げるような声に、ロドリゴは顔を上げ、娘と正対した。
「ばか、ばか、ばか! 何でもっと早く帰って来てくれなかったんだ!」
「すまん……」
ぽかぽかと、力なくロドリゴの胸板を叩くマルシア。
「……でも……お帰り…………父さん」
涙でぐしゃぐしゃになった顔で、マルシアは僅かに笑ってそう言った。
「……ただいま、マルシア……」
ロドリゴも涙を流しながら、そんなマルシアの頭を、そっと、抱えるように抱きしめたのである。
仁たちはそんな2人を置いて、音を立てないよう気を付けて部屋を出た。
「……良かった」
ほう、と深呼吸をしたエルザが呟くように、その言葉を口にした。
「ああ、良かったな」
仁も頷く。
「やっぱり親子だな。エルザの言ったとおりだった」
ラインハルトもしみじみと言った。
「もう少ししたら、軽い食べ物を持って行ってあげた方がいいですね」
最後に礼子が、ごく当たり前のことを言ったので、仁たちは苦笑交じりの微笑みを浮かべる。
「ああ、そうだな。エルザ、何がいいだろう?」
「ん、ペルシカジュースと、麦粥でいいと思う」
微笑み合う仁たち。
ようやく和解できた父娘に幸あれというように、空には月が明るく輝いていた。
* * *
一方、マルシアの工房。
「そう、マルシアさん、無事だったのね!」
「良かった良かった。それを聞いて安心したよ」
ジェレミーとバッカルスも、戻って来たアローの報告を聞いて、胸を撫で下ろしていたのである。