作品タイトル不明
21-10 心配
「どうぞ」
「ありがとう」
仁たちが商談用の応接区画でマルシアを待っていると、店の女の子がクゥヘを出してくれた。
「君も工房の人?」
仁が尋ねると、女の子は頷いた。
「はい、ジェレミーと言います。この夏から働いております」
「さっきの男の人は?」
ついでなので、応対してくれた男性のことも聞くことにした。
「あの人はバッカルスさんです。営業を担当されてます」
「ありがとう」
仁が礼を言うと、ジェレミーと名乗った女の子は、仁をじっと見つめて、思わぬ質問を口にした。
「あの、間違ってましたら申し訳ないんですが、もしかして、ジンさんとおっしゃいませんでしょうか?」
「確かに、俺は仁だけど」
仁が質問を肯定すると、ジェレミーは途端に嬉しそうな顔になった。
「やっぱり! あの、あたし、競技見てました! それで、貴方の顔も覚えていたんです! お会いできて光栄です! そうしますと、そちらがレーコさん!」
「そうですが」
「うわあ! やっぱり!」
はしゃぐジェレミーを見、彼女の言う競技、というのはゴーレム艇競技だろうな、というか、それしかないよな、と仁は考えていた。
「表のシグナスもジンさんが手掛けたんですよね?」
「あ、ああ」
「ですよね! ……バッカルスさん、バッカルスさん!」
ジェレミーははしゃぎながら出て行ってしまった。
「……なんというか、賑やかな子だな」
「ですね」
少し呆れ気味の仁と、取り残されたロドリゴ。
しかしすぐに喧噪の主は戻ってくる。
「おおお、本当にジンさんだったんですか!」
「え?」
先程の男である。暗い金髪に緑の目をしており、仁と同年代に見える。
「僕はバッカルスといいます。営業担当ですが、いずれは 造船工(シップライト) になりたいと思っています」
自己紹介をするバッカルス。
「しかし、ここに『MJR』の『J』と『R』がおいでになるなんて、感激です!」
バッカルスまでそんなことを言い出す。聞けば、ジェレミー共々、あのゴーレム艇競技を観戦していて、勝ちっぷりに憧れたのだという。
「イオ島から戻る途中でのぶっこ抜きは凄かったですね!」
「トップに立った後、一度も譲らない速さ! 感激しました!」
「……ありがとう」
しばらく、2人の賛辞を聞かされたり質問に答えたりしていたが、気が付けば正午になってしまっていた。
「……遅いですね」
さすがに少し気にし始めるジェレミーとバッカルス。
「外出というのは何なのかな?」
ロドリゴが口を開いた。ジェレミーとバッカルスは一度顔を見合わせた後、仁に向かって尋ねてきた。
「あの、ジンさん、この方は?」
「この人は俺の知り合いで……」
仁が説明しようとしたところ、いち早くロドリゴが自己紹介を行った。
「私はロドリゴといって、 造船工(シップライト) です。『ベルンシュタイン』で先日この町にやってきたのですよ」
「えっ! 『ベルンシュタイン』! ショウロ皇国から来た大型船ですね!」
「やっぱりジンさんのお知り合いだけのことはありますね!」
その説明に2人とも納得したと見え、詳しく話してくれることとなった。
「一応、まだ秘密なんで、他の人には話さないで下さい」
と念を押してから、バッカルスが話し出した。
* * *
3ヵ月ほど前、噂が流れてきた。
それは、セルロア王国で巨大な船を作っているというもの。長距離、長期間の航行に耐え、多くの荷物を運べるという。
それを聞いて、マルシアは発憤した。
「個人の工房でどこまでやれるかわからないけど、負けてらんないね!」
と。
そして1ヵ月ほど掛けて、新型船の設計を行ったという。
さらに、1月半掛け、それをマルシアは作り上げた。
その試作船のテストや改良を、ここ半月の間行っていたのだそうだ。
「ふむ、どんな船か聞いてもいいかな?」
バッカルスは仁を見、それからロドリゴの顔を見た。明らかに 躊躇(ためら) っている。
「双胴船の設計って誰が最初に行ったか知っているかい?」
思い切って、仁は尋ねてみた。
「え? はい、い、いいえ。マルシア店長かジンさんじゃないんですか?」
どうやらマルシアは、店員には父親のことを話していないようだ、と仁は思った。
「違う、実は、ここにいるロドリゴさんなんだ」
「えっ! そ、そうだったんですか!?」
「初めて聞きました!」
驚く2人。だが、それを告げたのは正解だったようで、バッカルスは新型船の設計図を見せてくれたのである。
図面が描かれた板をのぞき込む仁とロドリゴ。
「これは……」
それは 三胴船(トリマラン) であった。仁が蓬莱島で実用化した『ハイドロ』『ストリーム』などに近い。
「動力は……水車駆動か」
中央の船体後部に取り付けられた水車。駆動するのは、図面から見たところゴーレムである。
動力として、また、水夫として役立てられる、という思想らしい。
「ふうん、大きさは……8メートルくらい、か。仮眠も取れるように船室もあるんだな」
「ジン殿、こんな大きな船をゴーレム1体で動かせるものなのでしょうか?」
ロドリゴの当然と言える質問。
だが、仁は、自分が作り出したマルシア専用のゴーレム『アロー』の性能を知っている。
しかも、別れ際に出力を倍にしていたのである。
「……動かせますよ」
であるから、そう答える仁。だが、その心中は穏やかではなかった。
「とはいえ、この構造で水車駆動を行ったら、水車や軸受けはともかく、ベルトが保たないだろう」
そう口にすると、バッカルスが答えた。
「ええ、ですから、ベルトを2本にし、予備も積んでいます」
「なるほどな。だが……」
問題はそれだけではない。
「予備の駆動方法は?」
水車が故障した際、何か船を動かす方法があるのか、ということ。
仁の場合は、以前、即席の外輪船で車軸が折れた時、工学魔法で水車をパドルに変形させたことがあった。あれは礼子がいたからこそで、通常は別系統の推進器を持つ必要がある、と仁は考えている。
そうでないなら、救命艇を乗せておかねばならない。
だが、マルシアの場合は?
「それは……」
言い淀むジェレミーとバッカルスの様子から、非常用の推進手段は無いようだ、と仁は察した。
「危ないな……」
事故が起きると決めつけるわけではないが、心配なものは心配である。
「い、今までは、ちゃんと予定した時間通りに戻って来られていたんです!」
ジェレミーがフォローするが、かえって帰還が遅いことを心配させるだけだ。
「ジン殿、マルシアは……」
ロドリゴも心配そうだ。そんな時、礼子が口を開いた。
「あなた方は、『海流』を知っていますか?」
そして返ってきた答えは。
「海流、ですか? 海が流れる? ……いえ、存じません」
「海は満ち引きするだけでしょう?」
であった。それを聞いた仁ははっとする。
赤道付近から始まり、エリアス王国のある半島付近をかすめ、崑崙島と蓬莱島のある海域を北へと流れる暖流があるのだ。
が、エリアス半島の南、赤道よりさらに南にある島のせいで流れがねじ曲げられ、ちょうどイオ島付近くらいまでは海流を感じられないほど弱まっているのである。
だが、マルシアが向かっていたと思われるイオ島より東の海域では、急激に暖流の影響が強まる。
つまり、マルシアが向かっていたと思われるイオ島付近の海域には、南から北へ向かう暖流が流れている。
「こいつに流されたとしたら……」
仁が作り上げたアローと言えども、8メートルの船を暖流に逆らって航行させるのは苦しいだろう。まして、その性能を十全に発揮できない駆動機構では。
嫌な予感がした仁は、物も言わず、外へ飛び出した。