軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

21-09 マルシアの工房へ

翌朝、仁たちは迎賓館の大食堂で『ベルンシュタイン』乗組員達と再会した。

とはいえ、直接の顔見知りは、ロドリゴ、クレイア、ゼネロスくらいのものだったが。

「ジン殿、お久しぶり! 気が付いたことも多々ありますが、総じて船旅は快適でしたよ」

仁たちの顔を見るなり、ロドリゴが言った。

「ジンさん! 推進器の故障はありませんでした! 素晴らしい腕ですね!」

クレイアがきらきらした眼で仁を見つめながら言った。

それを見て、仁の隣にいたエルザは思わず半歩仁に近寄ったし、ゼネロスは顔を歪めた。

「それは良かった」

一人仁だけはマイペースに答える。

いや、ロドリゴも、少し気もそぞろな顔で付け加えるように言った。

「船長……いえ、艦長もいろいろとメモを取っておられたようです。機会があったらご覧になって下さい。きっと参考になると思います」

「艦長?」

言い直したことに気が付いたラインハルト。

「あ、ええ、艦長です。『ベルンシュタイン』は暫定的に海軍旗艦、軍艦扱いですので」

「ああ、なるほど」

船と艦の境界は曖昧なところがある。

ショウロ皇国では、軍用の大きな船は『艦』と呼ぶことにしたそうだ。

閑話休題。

「ロドリゴさん、マルシアには会いましたか?」

彼の顔を見て、仁が一番聞いてみたかったことである。

「いえ、その、……まだ、なんです」

少し俯いて答えるロドリゴ。

「『ベルンシュタイン』が着いたときも、見に来てはいないようでしたし」

心なしか覇気がない。そんなロドリゴに、仁は元気づけるように言った。

「そうですか……あ、でも、忙しいだけかも知れませんよ? 隣町で店を出して、繁盛していると聞いていますし」

「ええ、それは、私も」

そのくらいはロドリゴも聞いて回って把握していたようである。

「あ、そうだ、この後、一緒に行ってみませんか?」

「え? 一緒に……って、マルシアの工房へ?」

「他にどこがあるんですか。それに、ロドリゴさんなら場所を知っているでしょう?」

「ええ、そりゃ、まあ……」

元々自分の家であり工房であったのだから、分からないはずがない。

「ならちょうどいい。そうですね、9時に玄関ロビーで、ということで」

「あ、はい」

こういう場合は、半ば強引に進めた方がいいと、仁はロドリゴがつべこべ言い出す前に大食堂を後にしたのである。

実を言うと、仁はマルシアの消息を詳しく知り得る立場にいた。

仁自身は忘れかけていたのだが、 統一党(ユニファイラー) 騒動以来、『カトレア』と『ロータス』という名前の 隠密機動部隊(SP) をマルシアに付けていたのである。

彼女等を管理している老君に尋ねれば、簡単にマルシアの様子がわかるはずなのである。

「まあ、元気でやっていればいいさ」

だが仁としては、事ここに至った今、自分でマルシアを訪ねていくことにしていた。ゆえに、カンニングのように、事前に様子を聞くことを良しとしなかったのである。

大怪我とか病気とか、事件に巻き込まれていないことだけわかっていれば、あとは自分で聞き回ってみるつもりであった。

今わかっていることは、マルシアも新型船の開発に打ち込んでいて、かのゴーレム艇競技で折り返し地点となったイオ島あたりまで、1泊2日のテスト航海を何度もしているということである。

(どんな船なのか、それも楽しみだな)

仁は、楽しみは後に取っておく方なのである。

* * *

「と、いうわけだから、俺はこの後マルシアの店に行ってみる」

仁はラインハルトとエルザにそう告げた。

「うーん、僕も行ってみたいが、この後、大使としての仕事があるからな」

「私も。残念」

仁は済まなそうに笑いながら言った。

「悪いな。今日の所は俺と礼子、それにロドリゴさんで会いに行ってくる」

「ん。よろしく伝えて」

「僕からもよろしく、と。いずれ時間が出来たら会いたい、とも」

仁は頷く。

「よしわかった」

そして玄関ホールへと向かったのである。

玄関ホールにはロドリゴがそわそわしながら待っていた。日時計を見ると、まだ約束の時間には15分くらいある。

「済みません、お待たせしてしまって。ロドリゴさん、早いですね」

仁が言うと、ロドリゴは首を振る。

「あ、え、い、いいえ。落ち着かなくて、あれからすぐここに来てしまったので……」

その気持ちがなんとなく察せられて、仁は内心で微笑んだ。

「それじゃあ行きましょうか」

2人は迎賓館を出た。仁はショウロ皇国でもらった家紋入り『帝室名誉顧問』のローブを羽織って、一目でショウロ皇国からの賓客だとわかるような格好で。

礼子はといえば、顔パスに近い。迎賓館に泊まっている侍女服姿の少女など、『名誉従騎士』の礼子以外にいないのだから。

その礼子もまた、仁の家紋入り黒マントを羽織っている。

ロドリゴは許可証のようなものを門衛に見せていた。

「ここは変わっていませんね……」

懐かしそうな顔で、ロドリゴはポトロック通りを歩いて行く。

この通りは、ポトロック市を横に貫く目抜き通りである。

高級商店街の連なる街区を抜け、北大通りと呼ばれる通りとの交差点を右へ。そのまま真っ直ぐ行くと海が見えてくる。

海沿いの通りとぶつかり、左に折れれば、かつて仁たちがゴーレム艇競技の時借りていた貸しドックが見えてきた。

「ああ、懐かしいな」

仁も思わず呟きを漏らした。

「おや、ジン殿もこのあたりをご存知で?」

「ええ、ほら、前にお話しした、ゴーレム艇競技の時に借りていたドックがそこだったんですよ」

仁が指差すそこには、今はまったく別の船が浮かんでいたが。

「そうですか。……私も見てみたかった」

港内にも、双胴船が幾つも浮かんでいる。小型船としては、安定重視のこのタイプは使いやすかったのだろう。

彼等の船『 白鳥(シグナス) 』と同様の水車駆動の船も幾つか見かける。

「マルシア、頑張ったんだなあ」

もちろん、仁が作ったものには遠く及ばないが、それなりに実用的な小改造がなされているのが見て取れた。

水車の径を小さくしたのは、ゴーレムの力不足に対するためだろうし、ベルトが左右2本掛かっているのは耐久性を上げるためだろう。

そしてロドリゴも、自分が思いつきで作った双胴船と同じ型の船が多数浮かんでいるのを見て、目に涙を浮かべていた。

無言のままゆっくりと海沿いの通りを歩く仁、礼子、ロドリゴの3人は、いつしかポトロック町からポルトア町に差し掛かっていた。

そして。

「ここが私の……いえ、『元』私の工房でした……おお!」

そこには、看板代わりに立てかけられた双胴船が。言わずと知れたゼッケン35、『 白鳥(シグナス) 』である。

仁が施した『 表面処理(サフ・トリートメント) 』は今も有効で、その白さは強い紫外線を受けても失われることはなかった。

「ああ、懐かしいな」

「お父さまが手掛けた船ですものね」

仁と礼子はしばし『 白鳥(シグナス) 』を眺め、そっと撫でてみたりして感慨に 耽(ふけ) る。

仁の目で見ても、少しも傷んでいないことが見て取れた。あの時と同じ性能で走ることができそうだ。

ロドリゴはというと、一目散にマルシアに会いに行ったと思いきや、工房の前を行ったり来たりしていた。決心がつかないらしい。

仁としては、いい歳をして、と思わずにはいられないのだが、父と娘というのはいろいろ複雑なのだろうと思い、ロドリゴの背中を押してやることにした。

すなわち、自分が先に工房に足を踏み入れたのである。

「いらっしゃいませ」

出てきたのは若い男性。従業員らしい。

「えーと、マルシアに会いたいんだけど」

仁が言うと、その男性は済まなそうに言った。

「申し訳ないのですが、店長は今、外出中でして……予定ではもうすぐ戻ってくるはずなのですが」

それを聞いた仁は少しがっかりした。老君経由で聞いた情報では、1泊2日の試験航行でも、朝の8時には戻っていると聞いていたのだから。今は午前10時である。

「それじゃあ、待たせてもらおうかな? ……ねえ、ロドリゴさん?」

店の外から中をのぞき込んでいたロドリゴに声を掛ける仁。ロドリゴは弾かれたように背を伸ばした。

「そ、そうですね!」

というわけで、仁とロドリゴ、それに礼子は、工房内、応接区画で待たせてもらうことにしたのである。