軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

03-07 シグナス、進水

「なんだい? これは?」

オールとは似ても似つかない部品に、マルシアは首をかしげる。仁は、

「まあ見てろって。礼子、組み立てを手伝ってくれ」

「はい」

重い部品を礼子に持ってもらいつつ、双胴船に取り付けていく仁。程なく、それは完成した。

「さあ、できたぞ。浮かべてバランスを見たら走らせてみよう」

それは、双胴船の中央船体後部に取り付けられていた。

一番後ろには水車があり、水車横には丸い輪が取り付けられている。その輪にはV型の溝が付いていて、しなやかな材質のベルトが掛かっていた。

そのベルトは、もう一つの輪との間に掛かっている。

もう一つの輪には、L字に曲がった棒が左右互い違いに突き出しており、その少し後ろには座席が、そして少し前には取っ手が付いていた。

もうおわかりであろう、仁が作ったのは、自転車式にペダルを漕いで水車を回すタイプの推進装置である。観光地の池や湖でよく見かけるあれだ。

が、初めてそれを見るマルシアは、

「こんなんで進むのかい?」

心配そうであった。

「論より証拠、まあ試してみようぜ」

そこで、ゴーレムのアローにも手伝わせて、船を海に浮かべる。そして、

「それじゃあ、俺が操縦するから、礼子、ペダルを踏んでくれ」

「え? 大丈夫かい?」

まだ心配そうなマルシアだが、仁は笑って、

「ああ。任せてくれ」

「おと……お兄さま、準備できました」

「よし、出発だ。最初はゆっくりいくぞ」

「はい」

礼子がペダルを踏む。すると水車が回り出し、水を後ろへと掻き出す。その反動で船は前に進んでいく。

「おお! 動いた!」

そして、海水浴エリア外へと出た船は、徐々に速度を上げていった。

「うん、まずまずだな」

「お父さま、もう少し速くしますか?」

「いや、これくらいでいい。礼子、今の 魔素変換器(エーテルコンバーター) 出力はどのくらいだ?」

「はい、おおよそ5パーセントです」

「そうか、思ったより効率が悪いな。水車の形状を変えてみるか」

そして仁は、操縦席に座ったまま、 変形(フォーミング) を使う。物理的接触があれば、3メートルくらいの距離ならば使えるのだ。距離に反比例して効率が悪くなるが。

「お、今度は少しいいみたいだな」

何度か微調整して、最初に比べて3割以上速度向上が見込めた。

「よし、一旦戻るか」

Uターンしてドックへと戻る仁。出迎えたのは喜色満面のマルシアであった。

「ジン! すごいよ! あんたは天才だ!」

手放しの誉め言葉に、仁は照れ、礼子は誇らしげ。

「あと1つ追加したら完成だな」

「まだ何か足りないのかい?」

仁の物言いにマルシアが聞き返した。

「ああ。水車から水しぶきが飛んでくるんで、それを防ぐカバーを付けたいんだ」

水車が高速回転すると、遠心力で水しぶきが四方八方に飛び散ってしまい、礼子も仁も背中を濡らしてしまっていたのである。

「これをこう、して。 変形(フォーミング) 。よし、完成だ」

「じゃあ、あたしが乗ってみてもいいかい?」

乗りたくてうずうずしているマルシアを見て、仁は苦笑しつつ、

「ああ。その前に、オーナーであるマルシアがこの船にも名前を付けてやってくれよ」

「ん? そ、そうか。それじゃあ……『 シグナス(白鳥) 』ってのはどうだ?」

「いいんじゃないか? それじゃあ、『シグナス』って名前に合わせて、…… 表面処理(サフ・トリートメント) 」

「あ? あああ?」

双胴船の船体が、今までの木の色から、シグナスの名にふさわしい白色に変わった。

「な、何したんだい!?」

「単に色素を抜いて白くしただけだよ」

要するに漂白である。実は防水処理なども施してあるのだが。更に仁は、

「アロー、ちょっとこっち来い。よし、 鍍金(プレーティング) 」

青銅から不純物を分離した際に出たニッケルをアローの表面にメッキする。これでアローは銀灰色となり、腐食にも強くなった。

「す、すごいな! ジン、もういいのかい? いいんだろ?」

もはや一刻も早く乗ってみたそうなマルシアを見て、

「ああ。気をつけてな」

「よし! 行ってくる! アロー、頼んだよ!」

「ハイ、オマカセクダサイ」

「『シグナス』、進水!」

マルシアが最優先の命令権を持つだけあって、アローとマルシアの連携は最初からスムーズであった。いきなり飛ばし始めるマルシア。

船尾から水飛沫を跳ね上げ、水上を滑るように走っていく。それを見送った仁は、

「あー、やっぱり水車ってえのは効率は良くないな」

そう独り言を言っていた。それを聞きつけたのは礼子。

「お父さま、あれでもまだ不満なのですか?」

礼子には、先代 魔法工学師(マギクラフト・マイスター) 、アドリアナ・バルボラ・ツェツィから伝わる知識があったが、その中には今回仁が作ったような推進機関は無かったのだ。

「ああ。オールみたいに往復運動でない分の効率は良くなってるけど、あんなに 飛沫(しぶき) が上がったらやっぱりな……」

そう、飛沫とか、波とかが出来ると言うことは、その分だけエネルギーをロスしているということ。現代地球の知識を持つ仁は、スクリュー推進にしたかったのである。

「だけどな、スクリューを回すにはいろいろ問題があるんだよなー」

まず、回転方向がペダルとは90度変わること。そして回転数が足りない事。スクリューは高回転でないと効率が悪いのである。

「 傘歯車(ベベルギヤ) がまだ作れないからな……」

今のところ、仁は歯車を作れないでいた。歯車は2枚以上が噛み合う物なので、精度が要求されるのだ。

ベアリングのボールは、重さというパラメータを管理すれば良かったので作れたのだが、歯車の場合は、モジュールとかピッチとか、インボリュート曲線とか、今のところちょっと手が出ない。

「工作機械を作らないと駄目って事だよな」

一応、そういう工場に勤めていたので、旋盤やフライス盤は使ったことがあり、おおよその構造は知っているのだが、今のところ時間が無くて再現できてはいないのである。

「ま、研究所でのこれからの課題、だな」

しばらくすると、水を蹴立てて『シグナス』が帰ってきた。

「おかえり」

仁が桟橋で出迎えると、興奮気味のマルシアが、

「ジン! すごいぞこの船! あたしもこんなに速い船は見たことがない!」

「そりゃあ良かった。で、何か不満点とか、気になった点は無いのか?」

仁がそう尋ねると、

「ああ、推進には不満はない。あるのは船体だな。もう少し小回りがきくといいんだが」

双胴船は、細長い船体を並べているため、直進性は良くても、小回りがききにくいのである。

「うーん、でも競技に小回りは必要無いんじゃないか?」

「まあ、そうだけどね。基本、港を出て、折り返し地点の島をぐるっと回ってゴールまで戻ってくるだけだからね」

でも、と言ってマルシアは付け加える。

「より良い船体を目指すのは悪い事じゃないだろう?」

そう言って笑うマルシアに、

「その通りだな。満足したらそこで進歩は止まっちまうからな」

仁も同意したのである。

そろそろ夕暮れ、風も凪いだ。仁達はその日はそれで終わりとしたのであった。