軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

20-25 父親

臨時乗員だけのその日は、簡単な航行試験のみとし、新造船『ベルンシュタイン』は新設された港へと戻って来た。

港とは言っても、大型船専用の桟橋である。臨時に、水深の深い場所を選んで桟橋を造ったのだ。

この後、本格的な港が建設されることになるだろう。

「ゆっくり、ゆっくり……」

微速前進と後退も、補助 噴射式推進器(ジェットスラスター) により、比較的簡単に出来、ベルンシュタインは無事桟橋に係留された。

タラップが掛けられ、臨時乗員が降りてくる。

先頭はラインハルト。クーバルト、クレイア、ゼネロスと続く。

そして町長のバリアル、宰相、魔法技術相と続き、一番最後にエルザが下りてきた。

ラインハルトが降りてきたときから激しかった拍手と歓声だったが、エルザが姿を現すと最高潮に達した。

ポトロックでのゴーレム艇競技の時には無表情で表彰台に登ったエルザであったが、さすがに、この熱狂ぶりには少し驚いたようだ。

仁が進み出て、タラップを降りるエルザを出迎えた。

最後の段を下りる直前に、仁は手を差し出し、エルザはその手を取った。

そして最後の乗員、エルザが地面を踏んだ時、進水式は滞りなく終わったと言えよう。

* * *

「……ふう」

ドレスを脱いだエルザは溜め息を1つ吐いた。

「……ベルンシュタインはいい船。ジン兄が参加しただけのことはある」

試験航行の間中、船の舳先に立っていたエルザは、新造船の素晴らしさを文字通り肌で体感していた。

「エルザ様、お召し物を」

「ありがとう、エドガー」

エドガーが差し出した、いつも着ている普段着に袖を通す。

着慣れた 魔絹(マギシルク) の肌触りが心地良い。

「エドガー、ジン兄のところへ、行こう」

「はい」

仁の部屋にはラインハルトに加え、ロドリゴが来ていた。

「やあ、エルザ、お疲れ様」

「ジン兄も、ライ兄も、ロドリゴさんも、お疲れ様」

笑い合う4人。

「 噴射式推進器(ジェットスラスター) は凄かったな! これからはあれが主流になるんじゃないか?」

ラインハルトは、乗船していたときの興奮がまだ冷めないかのように、早口でまくし立てた。

「まったくもって、ジン殿は凄い! 噴射式推進器(ジェットスラスター) は船に革命をもたらしますよ!」

「その事なんですが、当分は、あの 噴射式推進器(ジェットスラスター) は、皇国が直接建造する船だけに搭載することになりそうです」

ホテルに戻る前、非公式ではあるが宰相から告げられたのである。

「今夜のパーティーで発表されると思います」

一般の船に搭載されるのはまだ少し先のことになりそうである。

「そうですか……残念です」

少し肩を落とすロドリゴ。エルザは、その疲れたような横顔を見て、彼への治療を思い立つ。

「ロドリゴさん、ちょうどいいので、お身体の治療をしましょう。……ジン兄、いい?」

部屋の主である仁に確認を取るエルザ。仁に否やはない。

「ああ、いいとも。そこのソファを使うといい」

「ありがとう、ジン兄。……ロドリゴさん、そこに横になってください」

「え? ……いえ、昨日の治療で良くなりましたし……」

だがエルザは、前日のは治療といえるものではなく、その場しのぎだと説明し、ロドリゴを説得した。

そしてロドリゴは、言われたとおりにソファに横たわった。

「……エドガー、お願い。食道から胃、十二指腸」

「はい、エルザ様」

エドガーは透視機能を発動させた。CT、もしくはMRIのように人体内部を調べられる機能である。

「胃の右下方、幽門部近くに潰瘍があります。出血は収まっているようですが、かなり大きいです」

「……やっぱり」

昨日の治療では、部位も特定していなかったため、不十分だったのである。

「これならわかる。『 全快(フェリーゲネーゼン) 』『 治療措置(ハイルフェルファーレン) 』」

エルザがかざした手が淡く輝き、その温かな光はロドリゴの腹部に吸い込まれていった。

「……エドガー、確認を」

「はい。……潰瘍は消えました」

「……良かった。『 診察(ディアグノーゼ) 』……少し肝臓が弱っている。『 治療措置(ハイルフェルファーレン) 』」

再度の診察で、肝臓の不調も見つけたエルザは併せて治療した。

「……これで、大丈夫。もう、不規則な食生活は、駄目。お酒も、ほどほどに」

何度も治癒魔法を使ってきたエルザは、魔力的にも成長し、治癒魔法の使用可能回数も少し増えていた。

が、仁は大事を取って、持ち込んでいた蓬莱島産ペルシカジュースをエルザに差し出した。

「ありがとう、ジン兄。……もし、良かったら、ロドリゴさんにも」

「わかった。ロドリゴさんもどうぞ。身体にいいんですよ」

すっかり顔色がよくなったロドリゴは、仁が差し出したペルシカジュースを素直に受け取り、飲み干した。

「……ありがとうございます、エルザさん。……これで、娘の顔を見ることが出来そうです」

「……お嬢さん?」

仁は、そういえば家族を捨てて逃げて来たと言っていたな、と、いつぞやの風呂での会話を思い出していた。

「あの、つかぬ事を伺いますが、お嬢さんの、名前は?」

「はい、マルシアといいます」

予想どおり、やはりその名前だった。

「マルシア……」

「マルシアさん?」

「え? 皆さんご存知なんですか?」

不思議そうな顔のロドリゴ。それはそうだろう、遠く離れたエリアス王国、さらにその南端のポトロックに住むはずの娘の名前をなぜ知っているのかと思うのが当たり前だ。

「ええ、よく知っていますよ」

もう新造船の建造という大仕事も終わったことであるし、良い機会なので、仁はマルシアのことを掘り下げることにした。

そして仁とラインハルトは、どうしてマルシアを知っているのか、を交互に話し、説明した。

ロドリゴはじっとそれを聞いていたが、マルシアがレースに出て、その優勝賞金で店を建て直したと言うところでついにはらはらと涙を落としたのである。

「……マルシアは、あの 双胴船(カタマラン) 、お父さんが遊び心で作った、って言ってましたっけ」

「……そう、ですか……あの子、が……」

そして、奥さんが亡くなっていたことを聞いてまた涙する。

「……女房にも……苦労掛けっぱなしで……」

「それでも帰りたいんでしょう?」

仁が声を掛けた。

「マルシアは、お父さんの話をしたとき、本当に懐かしそうな顔をしていた。きっと許してくれますよ」

「そう、でしょうか……」

顔に手を当て、すすり泣くロドリゴ。

「血の繋がった、親子。その絆は、切れるものじゃない」

一言一言噛みしめるようにエルザも助言した。

「父に、裏切られたと思ったこともあった。でもやっぱり、父は、父」

「……」

ロドリゴは黙って俯いていた。

「それに、今回の新造船開発に加わり、名前が残ることになったわけですから。胸を張って帰れますよ」

ラインハルトも励ましの言葉を掛けた。

「そう……でしょうか」

再び同じ言葉を呟いたロドリゴは、顔を上げ、仁たちを見回し、彼等が心底そう思っていることを知る。

「……帰りたい……帰って、マルシアの顔を見て、一言でいい、謝れたら……と思っています」

「ベルンシュタインに乗って、大手を振って帰ればいいんですよ。きっと、ポトロックでは大歓迎されるでしょう。そうすればマルシアだって……」

「……」

無言で頷くロドリゴ。

仁たちは、この父と娘が、再び家族として暮らせたら、と願うのであった。