作品タイトル不明
20-16 深まる謎
「これは……」
声に出しながら、ジョンは小屋の奥へ足を進めた。
「やはり、自転車ですね」
車輪は鉄。地面を噛むようにブロックパターンが刻まれている。パターンの角が取れて大分丸くなっているところを見ると、相当使われているのだろう。
フレームは軽銀のようだ。サスペンションはないが、サドルが重ね板バネまたはリーフ式サスペンションと呼ばれる構造で支えられているので、座り心地はまずまずなのだろう。
このリーフ式サスペンションとは、長さの違う板状のバネを重ねた構造で、サスペンションでありながら、ダンパーとしての減衰効果も得られる利点がある。
それはさておき、ジョンが注目したのはチェーンである。
正確にはローラーチェーン。自転車やオートバイのほとんどは、これを用いて後輪へ駆動力を伝達している。
働きは単純だが、構造は複雑。外側プレート、内側プレート、ローラー、ブッシュ、ピンがそれぞれ多数組み合わされてできあがっている。
「異民族がこんな物を……?」
仁なら作れるだろうが、まだ作っていない物でもあった。
また、魔族領にも自転車はなかった。『 始祖(オリジン) 』も自転車は作っていないようだ。
「ああ、それに気が付いたんか?」
背後からの声に振り向けば、マヤであった。
「それな、うちらの足として使われててな、自転車いうんやけど、前回来たテンクンハンいう 魔法技術者(マギエンジニア) はお手上げだ、と言うていたんや」
「そうですか……」
見ると、ブッシュとピンが幾つか無くなっている。ピンが折れてチェーンが切れたものと思われた。
「明日でいいと言うたけど、どうや? 直りそうか?」
ジョンは、信用を得るにはここだと考え、頷いて見せた。
「そうか! それは助かるわあ。ありがとさん」
「今日はもう暗いので、直すのは明日ですけどね」
「うんうん、そんなんかまへん。直してさえもらえれば。明日、頼むで!」
嬉しそうにそう言ったマヤだが、思い出したように、
「ああ、そうや、晩御飯ができた、って呼びに来たんやった」
と言ってジョンを手招きしたのである。
夕食はマヤの家に用意されていた。マヤは一人暮らしらしい。雰囲気からすると、オリヴァーと相思相愛のように見えたが、質問はしないでおくジョンである。
献立は麦粥と僅かな野菜炒め。野菜は貴重品らしい。
「……どうや? 美味いか? 味、薄くないか?」
ジョンの口中に装備された分析機能によると、塩分が少なめ、という結果が得られている。もちろん仁の好みと比べて、だ。
「ええ、大丈夫。薄味ですが美味しいですよ」
「そか、良かったわ。塩は貴重なんでな」
やはり内陸では塩は貴重なのだろう、とジョンは推測する。そこへ、マヤが気になる一言を付け加えた。
「このところ、輸送が滞り気味なんでなあ……」
その内容については、ジョンも敢えて突っ込まなかった。まだ時期尚早と考えたのである。
宿泊は、マヤの家の隣にある宿舎だった。ジョンのような訪問者用の施設らしい。
ショウロ皇国から来るのか、旅してきた異民族が使うのかは定かではないが。
オリヴァーはマヤの家に泊まるらしい。扉のところからジョンを見たオリヴァーは、ちょっとだけ照れくさそうな顔をしていた。
とはいえ、1人で寝るのは都合がいい。
ジョン=老君は、蓬莱島から炭素鋼を少量転送させたかったのである。
ローラーチェーンの部品は、焼き入れされた炭素鋼なのだ。
現代地球では更にいろいろな元素を添加して強度や耐摩耗性や耐腐食性を向上させているが、見た限りではあの自転車のチェーンは単純な炭素鋼、それもS45C程度のもの。
(S45Cは、炭素量0.45パーセントの炭素鋼でしたね)
老君は、ジンから得た知識を確認し、素材を準備する。ストックしてある純鉄に、炭素を『 添加(アッド) 』で加え、『 均質化(ホモゲナイズ) 』で均質化して完了。
ジョンの魔力をマーカーにし、1キログラムほどのS45Cを転送したのである。
* * *
翌朝、朝食もそこそこに、ジョンは修理を開始した。穴の空いた鍋類はすぐに直し終えた。問題はチェーンである。
大きさが揃っていなければ用をなさない。慎重に『 変形(フォーミング) 』を行っていく。
幸い、無くなった部品数は少なかったので、2時間ほどでチェーンの修理は完了した。
他の部品類もチェックし、整備していくジョン。
その過程で、更に驚いたことに、車輪と車軸の間にはボールベアリングが使われていたのである。
( 御主人様(マイロード) 以外にこの技術を持った 魔法工作士(マギクラフトマン) が……そんな過去に?)
そして老君ははっと気が付く。
(まさか……初代様?)
そう、初代 魔法工学師(マギクラフト・マイスター) であるアドリアナ・バルボラ・ツェツィならば、この精密加工は可能であろう。
(でも、地球の工学知識は……)
仁が受け継いだアドリアナの知識には、現代地球の科学・工学に関するものは無かったはずである。類似の技術は幾つかあったが、類似、という範疇を超えるものではなかった。
ゆえに、老君は結論した。これを作ったのはアドリアナ・バルボラ・ツェツィではない、と。
(では、いったい誰が? ……これは、また謎が一つ増えましたね……)
* * *
「いやあ、あんた、ジョン言うたか? いい腕やなあ! おおきに、ありがとさん」
2台の自転車が直ったのを見たマヤは、それこそ躍り上がって喜んだ。
「これ、1台はあたいの物なんや。ありがとな」
「いや、ジョンさん、お見事です。あの自転車ですが、前回来てもらった 魔法技術者(マギエンジニア) が匙を投げたほどの物だったんですよ」
「確かに、素晴らしい作りでした。私としましては、誰があれを作ったのか興味がありますね」
それはジョン=老君の本音であったが、その一言は新たな扉を開くことになった。
「ほうほう、興味がおありのようですな」
ジョンたちの背後から声が掛かったのである。
振り向けば、そこにいたのは40代前半と思われる壮年の男性。筋肉質のがっしりした体格、鋭い目つき。髪は焦げ茶色で、目の色はグレイだった。短い顎髭を生やしている。
一番ジョンの目を惹いたのはその肌の色。マヤに比べ、ずっと浅黒く、魔族の従者だったルカスやネトロスに通じるものがあった。
「私はダローと言います。この集落の長です」
ダローと名乗った男にはほとんど訛りがなかった。
「ジョンさんと仰いましたね? 本当に自転車に、いや、そういう技術に興味がおありですか?」
これは、更に踏み込んだ地域への誘いに違いないと、老君は判断した。
「ええ、もちろんです」
なので、即答する。
「そうですか、ふむ」
ジョンの答えを聞き、ダローは顎に手を当てて考え込んだ。
その後、探るような目つきで質問を発した。
「そのために、国へ戻れなくなるかも知れなくても、ですかな?」
そこで言葉を切り、くるりと後ろを向いた。
「今なら、まだ考え直せます。よく考えて下さい」
そう言われても、ジョン=老君には、答えは一つしかない。
「考える必要なんか無いですね。はっきり言いましょう。私は、私たちが異民族と呼ぶ人たちと会ってみたいと思っています」
その言葉と同時に、十数人の男たちがジョンを取り囲んだ。手には棍棒のようなものを持っている。
「あなたは、ショウロ皇国の間者ではないと証明できますか?」
どうやら、ここまではショウロ皇国の間者も嗅ぎつけてはいるようだ。
「……できませんね。おそらく、何を言っても完全には信用してもらえないでしょうから。逆に、どうしたら信用してもらえますか?」
ここが分かれ目である、と、ジョン=老君は交渉に期待することにした。
「……貴方が間者でないというなら、これを見てもらえますかな?」
ジョンの言葉に応じ、ダローはポケットから虹色……いや、玉虫色に輝く 魔結晶(マギクリスタル) を取り出した。
自然に点滅する光。老君は、催眠系の魔導具であるとすぐに察した。但し、効果はごく弱く、恒久的な催眠状態に置くことはできない。
「……」
老君は、知識に基づいて、ジョン・ディニーに、催眠に落ちたふりをさせることにした。
脱力し、目の焦点が合っていないような表情を作る。
「……質問に答えろ。お前の名前は?」
「……ジョン・ディニー」
「出身国は?」
「……エゲレア王国」
これは予め決めてある設定だ。ショウロ皇国ではない国なら、行動や知識に多少の不審点があってもおかしくないだろうから。
「ここまで来た目的は?」
「……未知の世界が見たかったから」
「お前は工作員か?」
「……工作員とは? わからない」
これは最も危険な答えであった。催眠状態での思考力がどのくらいになるのか、比較例が無いからだ。
が、その答えで問題は無かったらしい。
「異民族について、何を知っている?」
「……ハリハリ沙漠の西にいて、過去、ショウロ皇国を狙っていたと聞いた」
「お前の家族は?」
「……いない」
「祖国に戻れなくなってもいいのか?」
「……構わない」
こうした質問が10分間ほど繰り返され、ジョンは問題なし、と判断されたようだ。
「1、2、3で手を叩いたら目が覚める。今までの質問は忘れている。……1、2、3」
ダローが手を叩き、ジョンは目が覚めたふりをした。