軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

20-12 1日目の終わり

仁は、風属性魔法で水を動かそうとした場合、どれほど非効率かを簡単に説明していった。

「……つまり、対象とする『分子』の大きさが違うんです。水分子は空気分子より数倍大きくて、言うなれば砂と砂利くらい違います」

ここで仁が言っている水分子という用語は正確さを欠いている。水分子H2O一個の大きさは、酸素分子や窒素分子とそう違うわけではない。むしろ軽いくらいだ。

防水透湿性素材が、水蒸気を通すが水は通さないというのは、通常、液体の水において、水分子はH2O単体でいるのではなく、数個あるいは数十個集まったいわゆるクラスター状態になっているので、見かけ上の大きさが大きくなっているからこその機能である。

つまり単体である気体の水分子は通す大きさの穴であるが、クラスターとなっている液体の水分子は通さないわけだ。

水属性魔法は、このクラスターに働きかけるのだが、風属性魔法ではクラスター内の水分子一個一個に働きかけてしまう。つまり、効率が非常に悪いのだ。

一個一個に働きかけたからといって威力が上がるわけでもない。まさに無駄遣いである。

閑話休題。

仁は、原子・分子の基礎知識が無い面々に対し、比喩や実例を挙げ、なんとか納得させることに成功したのである。

「……いや、ジン殿、説明感謝する。正直、よくわからない部分もあったが、肝心な、 風魔法推進器(ウインドスラスター) が水を被っても使えることと、その場合は 魔力素(マナ) の消費が増えること、この2点は理解できた、と思う」

クリストフが感謝の意を述べた。他の面々も、少し疲れたような顔で頷いたのであった。

切りもよかったし、そろそろ定時になるということで、1日目はそれで解散、ということになった。

「案内が前後して申し訳ないが、宿舎はこちらで用意させてもらっている」

クリストフに案内されて、というよりも全員が同じ方向へ歩いて行く。向かう先は湖畔に建つホテル。こぢんまりした雰囲気の良いホテルである。

「この計画が終わるまで、国で貸し切りとしているのだ」

参加者は現場責任者のクリストフから、護衛の兵士まで、このホテルに泊まることになると言うことだった。

皆、個室が宛がわれている。部屋は2階で、ラインハルト、仁、エルザの並び順だった。

部屋は全てワス湖を向いており、眺めが良い。

「ふうん、リビングと寝室の2間か」

部屋に手荷物を置き、見回す仁。礼子は室内の確認をしている。

「お父さま、お手洗いとシャワー室も付いています」

湖畔ということで水が豊富なためか、その点ではそこそこ設備もいいようだ。だが、仁は大浴場の方がいい。

そこで替えの下着を持って風呂に行くことにした。と、廊下でラインハルトやエルザとも出会う。

「やあ、ジンも風呂かい?」

「ああ、そうだ」

「僕もさ。一緒に行くか。エルザも入り口まではな」

「ん」

男女別なので、エルザも浴室のある1階までは一緒だ。

「おお、なかなか広いな」

「ショウロ皇国南部は入浴の習慣があるからな。温泉でこそないが、寛げるぞ」

他の者はおらず、仁とラインハルト貸し切り状態である。2人は手足を伸ばし、のんびりと湯に浸かっていた。

「なあ、ロドリゴを……どう思う?」

貸し切り状態なのをいいことに、仁がラインハルトに話しかけた。

「うーん、人は良さそうだな」

「そういうことじゃなくて、だな」

「……マルシア嬢との関係、だろう?」

マルシアは、かつてポトロックでゴーレム艇競技が行われた時の仁のパートナーである。

「……彼女の行方不明になったという父親じゃないかと思うんだが」

「僕もそう思う」

ラインハルトも、マルシアの事情は聞いて知っている。

「……どうするかなあ」

「本人がどう思っているか、だよな」

「もう少し様子を見るか」

「……ああ、それがいいかもな」

その時、脱衣所に誰かが入ってくる物音がしたので、この話題はそこまでになった。

一方、女湯の方には先客がいた。

「あ」

「あら。……エルザさん、よね」

クレイア・アルトマンである。

「今日は、お疲れ様」

「ふふ、ほんとにね。初日から疲れたわ」

笑いながら身体を洗っているクレイア。エルザは身体を流しながら、彼女を横目で見やった。

エルザの鼻のあたりまでしかない小柄な身長にも関わらず、そこそこある胸に、不公平感を覚える。

お湯に浸かっていると、身体を洗い終えたクレイアも入って来た。

「あー、広いお風呂ってやっぱりいいわね」

誰とも無しに呟くその声に、エルザも、うん、と返事をする。

「エルザさんは船に詳しいの?」

「え、うん。……ポトロックでゴーレム艇競技に出たから」

その言葉にクレイアは驚いたようだ。

「へえ! 凄いじゃない。噂に聞いたことあるわ。エリアス王国でも指折りの技術者が集まるって」

「そう、かも。私はライ兄……従兄のラインハルトとチームを組んだ、から」

「ええ? ……ああ、そうか。同じランドル姓だと思ったら、従兄妹同士だったのね。……で、ジンさんとはどういう関係?」

「……ジン兄、とは……」

エルザは一瞬言葉に詰まった。先日、エルザの気持ち『だけ』は仁に伝わった……ような気がする。そしてその直後、危機に際して仁は抱きしめてくれた。指輪ももらった。

だが、肝心の仁の気持ちは聞いていない。

「……一番弟子、で、義理の、妹」

今はまだ、それ以上のことは自信がない。

「へえ、一番弟子! 魔法工学師(マギクラフト・マイスター) の!」

だが、クレイアは一番弟子、という方に食い付いてきた。

「今日、凄かったものね! あの『 変形(フォーミング) 』の速さ! 正確さ! それに知識だってものすごいわ。やっぱり世界でただ1人の 魔法工学師(マギクラフト・マイスター) よね!」

仁をベタ褒め、というより尊敬の念を示すクレイア。その発言を聞きながら、エルザは嬉しいような、悔しいような、もやもやする気持ちを抱いていた。

「頭、洗わないと」

気分を変えようと、エルザはお湯から上がった。クレイアも一緒に出る。

「あ、頭ならあたしが洗ったげる。ね、洗いっこしましょ!」

「え?」

初対面にも関わらず、馴れ馴れしいクレイアのような性格の子は、エルザはちょっと苦手である。

が、面と向かって言うわけにもいかず、

「……いい。自分で洗うから」

とだけ言ったのだが……。

「あらー、遠慮しなくていいわよ。ここの髪洗い液、わりといいのが置いてあるわよ?」

話を聞かず、エルザの後ろに回ると、手桶に汲んだお湯を頭から掛けてきた。

「ちゃんと目を瞑っていてねー」

そんなことを言いながら、髪洗い液をエルザの頭に振りかけてきた。

「はーい、洗うわよー」

そして、思っていたよりも優しく、丁寧な手つきでエルザの髪を洗い出したのである。

「痒いところない?」

「……ん」

もはや、為す術もなく、流れに任せるしかないエルザであった。

「きれいな金髪ねえ。ストレートで、透き通るようで。あたしなんてこんなゴワゴワの赤っ毛だから羨ましいわー」

などと言いながら髪を洗い終わると、

「お湯で流すからまだ目を開けちゃ駄目よ」

と言いながら、手桶の湯で洗い流してくれる。

やってもらうとすれば、侍女であり乳母であり、そして実の母であるミーネからであったエルザだが、このクレイアにやってもらった感想は『意外と悪くない』であった。

「そ、それじゃあ、今度は、私、が」

「あら、ありがとう」

慣れない手つきながら、それなりに器用なエルザは自分がしてもらったようにクレイアの頭を洗っていった。

確かに硬い髪であったが、手入れは悪くなく、汚れてもいなかった。

「あー、すっきりしたわー。ありがとね」

エルザに礼を言うと、クレイアは湯船に向かった。

それからエルザは自分の身体を洗い、もう一度湯船に入る。

クレイアは長湯好きらしく、まだお湯に浸かっていた。

「……ねえ、男の人って金髪の子の方がいいのかな?」

「……はい?」

エルザにはえらくハードルの高い質問が来た。

「あたしはこんな赤っ毛だしさ、金髪の子見ると羨ましくて」

「……赤毛だけど伯爵夫人になった人、知ってる」

エゲレア王国にいる友人を思いだしながらエルザがそう言うと、

「えーっ! ほんと? ……うーん、やっぱり胸? 胸なのかしら?」

「……私と大差ない」

言ってからなぜか悲しくなるエルザ。

「ふーん……やっぱり顔なのかしら……」

そんなエルザの心中も知らず、無邪気に考え込むクレイアであった。