作品タイトル不明
20-10 議論白熱
「動力は、ジン殿ならよくご存知のこれを考えている」
クリストフが広げた図面を見た仁は頷いた。確かによく知っている。
「『 風魔法推進器(ウインドスラスター) 』ですか」
『 魔法型噴流推進機関(マギジェットエンジン) 』とは異なり、反動がない風魔法を使って推進力を得るために、空気取り入れ口より噴射口の径を小さくすることで、風速を上げて推進力を得るものだ。
「そうだ。本来熱気球の推進機関に使われているこれを船に使おうというわけだ」
水魔法に変えて水中で使う型式も考えたそうだが、噴射側の径が細いため、水草やゴミが詰まりやすいだろうということで、そのまま空中で推進力を発生させることにする、とクリストフは説明した。
仁のように、結界で固体を吸い込まないようにする、との発想は出なかったようだ。
だが、仁もこれで問題無いとは思う。現代地球でも、水草や藻の多い場所でも走るためにプロペラで推進するタイプの船があるのだから。
「この 風魔法推進器(ウインドスラスター) を3基から4基使おうというわけだ」
「なるほど、いいですね」
開発者である仁が頷いたので、クリストフは破顔した。
「……と、いうことで、推進器にはこの 風魔法推進器(ウインドスラスター) を使うという前提で船体の検討を進めてほしい」
「そうなりますと、取り付け位置が問題になりますね。双胴船の2つの船体の間、というのはどうでしょう」
すかさずロドリゴが発言する。
「うむ、悪くないな」
「……あたしは、もう少し高い位置がいいと思うわ。理由としては、整備のしやすさと、 風魔法推進器(ウインドスラスター) の向きを変えることで進行方向も変えられると思うから」
「なるほど」
操縦性に劣る双胴船の欠点をカバーできるアイデアであった。
「いや、それでは甲板上に吸い込み口が来るわけで、万が一乗員が吸い込まれたらどうする?」
今度は危険性を指摘する意見が出た。
「それなら吸い込み口の前に網でも付ければいいのでは?」
「いやいや、あまり高い位置で推進力を発生させると船の挙動が不安定になりかねないぞ?」
こうして、のっけから議論は白熱した。
一歩、いや、半歩引いたところから会議に参加している仁は、こんな雰囲気もいいもんだ、と 暢気(のんき) に構えていた。
ところが。
「だから、安全を期すならやり方を工夫すればいいって言ってんのよ!」
「違う、そんな考え方じゃ推進力が落ちるだろう、と言ってるんだ」
「工夫すればいいのよ!」
「しなくてもいいことをする、それを無駄と言うんだ!」
「何が無駄よ? 工夫してこその技術者でしょ?」
次第にヒートアップしてきた。主にクレイアとゼネロスの2人が。
一方のクレイアは赤毛で、雰囲気がどことなくビーナに似ている、などと、仁は2人の言い争いを眺めながら思ったりしていた。
「……とりあえず討論はそこまでにしてもらおう」
放っておけばいつまでも続きそうなやり取りを、半ば強引に押し止めるクリストフ。
「ここは、 風魔法推進器(ウインドスラスター) の考案者、ジン殿の意見を聞いた方がいいと思うのだが」
その言葉に、出席者は一斉に仁の方を向き、仁は少し気圧された。が、技術的な話なら仁の土俵である。
「効率という点からしたら、流路、風の通り道はできるだけ真っ直ぐにした方がいいと思います」
それを聞いたゼネロスは勝ち誇ったような顔をし、それがまたクレイアの癇に障るようだ。
「うぐぐ……」
悔しそうに小さな拳を握り締めたクレイアは、仁とゼネロスの顔を交互に睨み付けたが、それ以上は何も言わず、席に座り直した。
「ですが、方向転換時だけ、流路を枝分かれさせるという考えはいいと思いますよ」
仁の補足に、今度はうれしそうな表情を見せるクレイア。
「それならば、この 風魔法推進器(ウインドスラスター) 、ですかな? これは、2つの船体を繋ぐ甲板部分の下に設ければいいと思うのです」
今度はロドリゴが口を開く。
「いや、そうなりますと、やはり双胴船は今回の用途には向きませんね」
反論が聞こえた。それを口にしたのは、シモス町の 造船工(シップライト) 、クーバルトだった。
「なぜならば、そのためには強度が要求される。そうなると今回計画されている用途の1つ、『輸送』という意味で不利になります。船体の重量増加はそのまま積載量の低下に繋がるでしょうし」
「なるほど……」
ロドリゴは、素直に他人の意見を聞く度量を持ち合わせているようだった。
更にいろいろな意見が飛び交ったあと、一同が考え込んで静寂が訪れた、その時。
「さて、初日からいろいろ意見が出て、喜ばしい限り。時間もちょうどいいので昼食としよう」
クリストフが、ぱん、と1つ手を叩いて言った。
昼食はすぐ近くのホテルからの出前であった。
会議室とは別に用意された談話室に出前が届けられる。
湖畔らしく、川魚中心の定食。もちろん、熱を加えてある……というか塩焼きなので寄生虫の心配はない。
仁もエルザもラインハルトも、その味には文句がなかった。
「……いや、驚いたな。のっけから白熱している」
食後のお茶を飲みながらラインハルトが言った。仁も頷く。
「ああ。でも面白いな。こうした開発に関わるというのはいろいろためになる」
「……ジン兄でもそんなこと、思うの?」
不思議そうな顔のエルザ。
「ああ。そりゃあな。違う考えの人間というのは、時には思い掛けないことを指摘してくれる。そしてそれは往々にして、自分が見逃していることだったりするんだ」
「で、ジンとしては、双胴船についてどう考えているんだい?」
「うん、それなんだが」
ここで仁は声をひそめる。
「……俺のいた世界では、大型の双胴船は少なかった記憶がある。メリットもあるがデメリットもあるからなんだろうな」
それを聞いたラインハルトは技術者というより、為政者としての立場で答えることにした。
「確かに、予算を出す側として考えると、何もかも新機軸、というのは避けてもらいたいだろうしな」
「ライ兄、それ、どういうこと?」
その意味を測りかねたエルザが質問をした。
「うん、そうだな……建造・運用実績、といえばわかるかい? 個人で作るならともかく、民からの税を注ぎ込んで、実績のないものを簡単に作るわけにはいかない、ってことさ」
現実にも、いきなり今までに無いことをするのではなく、それまでの実績にプラスアルファする、という慎重な手法が採られているのだ。
「……なんとなく、わかる」
「だろう? 大金を注ぎ込んで散々テストした後、『あんまり使い物になりませんでした』では許されないんだよ」
エルザは仁の方をちらと見た。
「……そう言う意味で、ジン兄は、反則」
「はは、手厳しいな。でもその通りだと思う。ラインハルトは俺と同様、工作馬鹿ではあるが、俺と違うのはそうした政治的な目を持っている点だからな」
くすっ、と笑うエルザ。
「じゃあ、ジン兄、ライ兄、2人とも、双胴船には反対?」
「そうだな。残念だが」
2人とも異口同音に答えた。
「……そうかね、残念だ」
背後からの声に仁が振り向けば、お茶の入ったカップを手にしたロドリゴが立っていた。
「ああ、ロドリゴさん。俺は何も双胴船を否定しているわけじゃないんです。ただ……」
だが、苦笑を浮かべながらロドリゴは仁の言葉を遮った。
「いやジン殿、別に文句があるわけではない。貴殿の言うことは理にかなっているし、ラインハルト殿の言い分ももっともだ」
ロドリゴはけして独り善がりな技術者ではないようだ。40代半ばという年齢もあるのだろう。
「私とて今回のような大型船は造ったことがないからね。ジン殿が言われた、波によって船体各部に掛かる力が変わる、という事に今更ながら気が付かされたよ。脱帽だ」
「……おや、面白そうな話ですね」
そこへクーバルトも加わった。
「そうなると、大型船を設計する際に必要な条件は何でしょうね?」
手にしたカップのお茶を飲み干したクーバルトは、仁たちの顔を順に眺めてから問題提起を行った。
「安定性、復元性、強度、居住性、運動性、保守性、燃費……いろいろありますね」
これは仁である。その言葉を聞いたクーバルトは目を丸くした。
「ははあ……! さすが 魔法工学師(マギクラフト・マイスター) ですね。即座にそれだけの答えが返ってくるとは。私も、この話が来てからずっと考えていたのですが、同感ですね。……それに保守性にまでは気づきませんでしたよ」
そこへクリストフもやって来た。
「興味深い話に花が咲いているようだが、その続きは会議室でお願いしたいものだね」
一同に異存はなく、仁たちも冷めたお茶を飲み干すと、揃って会議室へと移動したのであった。