作品タイトル不明
19-28 仁の予想
「あとは経過を見て、時々治癒魔法を、かければ」
エルザは額の汗を拭った。
「先生、おありがとうございます……」
「助かりました、恩に着ます……」
「命の恩人です、ありがとう……」
患者たちはエルザに感謝の言葉を言う。
そのエルザは、患者に注意事項を伝えるのを忘れない。
「生魚は食べないこと、ちゃんと火を通して」
「死にたくなければ、お酒はもう呑んじゃ、駄目」
そしてこれで終わり、と、エルザは宰相たちに向き直った。
「いや、お見事でしたな、エルザ嬢。さすがは 国選治癒師(ライヒスアルツト) です」
パウエル宰相も惜しみない賛辞を口にした。ボーデマンは悔しげな顔。
「お疲れでしょう、お部屋にお戻りください」
少し丁寧な口調になった宰相である。
『 物理障壁(ソリッドバリア) 』を解除し、仁たちは与えられた部屋へと戻った。
* * *
「……」
「ジン兄、どうしたの?」
部屋に戻って以来、難しい顔をして考え込んでいる仁を訝しみ、エルザが声を掛けた。
「……ん? 俺の考えすぎかもしれないけれど、どうにも気になってな……」
「なにが?」
そこで仁は、考え悩んでいた内容をエルザに話すことにした。
「誰かわからないが、王様をエルザに治されたら困る者がいる、と言う前提での話だぞ?」
「うん」
「……そいつは、エルザに毒を盛ったが、失敗した。あれ以降、毒という仕掛けはしてきていない。とすると、別の手を取ると思われる」
「……ん」
そのあたりはエルザにも理解できる。
命を狙われている自覚はあるが、友人であるリースヒェン王女の父王を治すというエルザの意志は健在であった。
「……こういう時って、な? パターン……お決まりの手、ってやつがあるんだよ」
現代日本で、TVドラマやマンガを見ていた仁ならではの発想だ。
「……それって?」
心配そうなエルザの顔を見つめながら仁は答えた。
「……患者を狙うんだよ」
「……なぜ、そんなことを?」
「エルザを直接害しようと思っても守りが堅くてできない。それなら、発想を変えて、エルザの信用を落とせばいい。……どうだ?」
それを聞いたエルザは青ざめた。仁が言わんとするところが理解できたらしい。
「……私が治療を失敗して、患者さんの容態が悪化したことに、する……」
仁は無言で頷いた。
「……ひどい! そんなの、許せない!」
珍しく激昂するエルザ。そんな彼女を仁は優しく宥める。
「大丈夫だ。だから俺も悩んでいたんだが、見張りを付けたから」
「蓬莱島で準備したっていう、増援?」
「そうさ。『サム』っていうんだ。彼等を2体、護衛に回すことにしたから」
結果から言うと、仁のこの判断は大当たりであった。
『ゴシュジンサマ、アヤシイオトコヲ、ムリョクカシマシタ』
その日の夜の9時過ぎ、サム1から、怪しい男を無力化した、と連絡が入ったのである。
仁が見に行くことは警備の関係上できないので、こっそりと礼子に現場へ行ってもらい、『 知識転写(トランスインフォ) 』で黒幕を調べさせることにした。
「わかりました、すぐに戻ります」
礼子が離れても、エルザのエドガーもいるし、『 隠密機動部隊(SP) 』も護衛に付いているから心配はない。
そして礼子はものの5分も経たずに戻って来た。
「これが転写した 魔結晶(マギクリスタル) です」
「よし、礼子、また読み取りを頼む」
「はい、お任せください」
一度行っているので、手順はもう把握している。すぐに礼子は転写した記憶を調べ終えた。
「……駄目です。『仮面を付けた男』に『 催眠(ヒュプノ) 』をかけられていたようです」
黒幕の正体はわからなかったが、間接的な情報が手に入った。
「『 催眠(ヒュプノ) 』だって?」
それは、かつて『 統一党(ユニファイラー) 』が、信者を増やすために使った魔法。使えるのは極々一部のはずだ、と仁は知っている。
「セルロア王国の人間とか、な」
「ジン兄、それって」
「……ああ。この王城にいるセルロア王国の者。……リオネスとか言ったっけ? アーサー王子の家庭教師だな。他にもいるのかもしれないが、容疑者の一人と言っていいだろう」
「……父と、マルカスの関係もある。可能性は高いと思う」
かつて、エルザの父、ゲオルグ・ランドル子爵は、魔族に操られていたマルカス・グリンバルトに唆され、常軌を逸した行動を取った。それを思い出したエルザは顔を顰め、我知らず唇を噛んでいた。
「明日、エルザが治療した患者の容態が良くなっていたら、きっとお呼びがかかると思う。十分休んでおいた方がいい」
エルザの心中を推し量った仁は、労るように言葉をかけた。その言葉に、エルザも顰めた顔を緩めた。
「うん、そうする。……ジン兄、おやすみなさい」
「ああ、おやすみ」
エルザは自分の寝室へと消えた。
残った仁は、『サム』たちの報告を確認する。
『カンジャノ ヨウダイハ アンテイシテイマス』
『サイショウハ エルザサンニ チリョウヲシテモライタイト オモッテイルヨウデス』
『リオネスニハ イマノトコロ アヤシイソブリハ ミラレマセン』
次々に入ってくる報告。
治療した患者の予後がいいというのは朗報だ。
明日、それを確認したなら、きっと王様の治療を行うことになるだろう。
そして、今のところリオネスにおかしな振る舞いはないという。
「……複数、いる可能性もあるな……」
探偵は苦手だ、と苦笑しつつも、エルザの安全のため、そしてリースヒェンのため、仁は全力を尽くすつもりでいた。
* * *
そして13日の朝が来た。
仁たちが朝食を済ませた後、女騎士を伴ってリースヒェン王女がやって来た。
「ジン、エルザ、おはよう。エルザ、パウエルから聞いたぞ。昨日は腕の冴えを見せたそうじゃな。 妾(わらわ) もその場にいたかった」
「……畏れ入ります」
恐縮するエルザ。そしてリースヒェン王女は訪れた目的を口にする。
「それでじゃな、アーサー兄がジンやエルザと話がしたい、と言うておるのじゃが」
「……構わないけど」
断る理由もないので、仁は承知する。女騎士がその旨を伝えに出て行った。
数分後、アーサー王子がやって来る。もう1人、壮年の男を伴って。
「ジン殿、エルザ嬢、おはようございます。今日は、このリオネスが君たちと話をしてみたいというのです。迷惑でなければ、しばらく付き合ってやってください」
「ええ、いいですよ」
答えながら仁は警戒の度を強める。エルザには『 魔法障壁(マジックバリア) 』を展開するよう小声で伝えた。
『 物理障壁(ソリッドバリア) 』や『 障壁(バリア) 』だと、物質が透過できないため、その存在を気取られてしまうが、魔法のみを防ぐ『 魔法障壁(マジックバリア) 』ならその懸念はない。
このような場で、直接攻撃は仕掛けてこないだろうという考えに基づいた仁の指示であった。
「まずは初めまして、と挨拶させてもらおう。私はリオネス・アシュフォード。聞いているかもしれないがセルロア王国の出身だ」
リオネスは見たところ40そこそこ。茶色の髪、茶色の目。背は高く、がっしりしている。
「ジン・ニドーです。『 魔法工学師(マギクラフト・マイスター) 』を拝命しております」
「エルザ・ニドーです。『 国選治癒師(ライヒスアルツト) 』です」
仁とエルザも自己紹介をした。
「さて、聞いてみたい事が幾つかある。いいかね?」
「ええ、どうぞ」
仁は内心で身構えながら返事をした。