作品タイトル不明
19-21 応援
翌朝、エルザは朝食を済ませたあと、呼び出しが掛かるのを待っていた。
が、9時を過ぎ、10時になっても迎えはやってこない。
部屋を出ようにも、廊下には衛兵4名がいて、エルザが勝手に出歩くことを禁じていた。
そして、11時になろうとした頃、ようやく扉が開いた。
「エルザ、と言ったな。来い。一緒に父王の所へ行くぞ」
やって来たのは第1王子、エドモンドであった。
「は、はい」
若干緊張して立ち上がるエルザ。彼の粗野ともいえる振る舞いにはどうしても慣れないのだ。
「ふん、さっさと仕度しろ」
「も、もうできて、います」
「それならいい。来い」
振り返ることなくエドモンド王子は廊下を歩き出した。エルザとエドガーはその後を追う。
前日と同じ道を辿り、エルザはアロイス3世の寝所へと着いた。
「……昨日、お前が治療を施した直後、父の容態は良くなったように見えた。だが、今朝になると元のような顔色だ。なんとかしろ。いや、なんとかしてくれ」
エルザはその時、ぶっきらぼうに言ったエドモンド王子の横顔に、ほんの小さな哀しみが浮かんでいたような気がした。
が、今は患者を診るときと思い直し、寄生虫に意識をおいて診察を行っていく。
「『 診察(ディアグノーゼ) 』」
調べるのはもちろん肝臓周辺である。が、肝臓には見あたらない。そんなはずはない、ともう一度。
「『 診察(ディアグノーゼ) 』『 診察(ディアグノーゼ) 』『 診察(ディアグノーゼ) 』」
今度は更に詳細に、区分けして調べていくことにした。
「……これ、は」
肝臓ではなく、その下に付いている胆嚢、その胆管に何かが いた(・・) 。
「『 診察(ディアグノーゼ) 』」
もう一度、胆管を詳細に診察した結果。
「……いた。これは……」
10ミリくらいの大きさをした扁平な楕円形をした もの(・・) 。寄生虫に間違いない。
「エルザ、何か分かったのか!?」
診察の途中に顔色を変えたエルザに気が付いたエドモンド王子。彼はエルザの肩を掴み、急き込んで尋ねてきた。
「え、ええ。……陛下の胆嚢に、寄生虫を発見、しました。おそらくは、これが原因です」
「何? きせいちゅう? それはいったい何だ!?」
だが、エドモンド王子は『寄生虫』というものを知らないと見え、首を傾げた。
「お前! いい加減なことを言っているのではないだろうな……」
そこまで口にしてから、真剣そのもののエルザの顔に気が付き、口を噤んだ。
「……すまん。言い過ぎた。お前は真剣に父の容態を診てくれているというのにな」
エドモンド王子は謝り、掴んでいたエルザの肩から手を放した。
「……寄生虫、というのは、人間の身体の中に巣くう小さな生き物、です」
「……ふむ。野山には、血を吸う虫がいるが、そういう類のものか?」
「はい。その認識で、結構です。それで、その巣くった虫が身体の内部を食い荒らしたり、毒素を出したりしているので陛下のお身体が悪くなられたのです」
「で、治すことはできるのか!?」
「……」
胆管に巣くった寄生虫を除去するには外科的手術が必要となる。
それができるのは……。
「私の兄、ジン・ニドーと話をさせて、ください」
* * *
正午。
エルザは仁と話をしていた。
いや、正確には、2人の他に、ハンナ、リースヒェン第3王女、エドモンド第1王子、アーサー第2王子、パウエル宰相も同席している。
少し早めの昼食の後、お茶会的な雰囲気で集まったのであるが、話されている内容はお茶会とは程遠いもの。
「ショウロ皇国で行われた技術博覧会をごらんになった方はご存知でしょう」
と前置きをおき、仁はミニ 職人(スミス) を1体、テーブルに置いた。
「ハジメマシテ、ミナサン」
「……おおっ!」
技術博覧会で見ていたリースヒェン王女以外のクライン王国勢は皆一様に目を見張った。仁は更に続ける。
「ミニ 職人(スミス) は、人間の数倍の精密動作ができます」
実際は数十倍であるが、少々割り引いた説明をする仁である。
「……『 麻痺(パラライズ) 』と、『 痛み止め(シュメルツミッテル) 』を重ね掛けし、『 殺菌(ステリリゼイション) 』処理したミニ 職人(スミス) が、数秒で患部の寄生虫を取り出します」
その説明をエルザが引き継ぐ。
「寄生虫を取り出すと同時に、『 全快(フェリーゲネーゼン) 』をかけ、傷口を治します。以上が治療のあらまし、です」
「……」
聞いた者たちは皆無言。ハンナも半ばは理解できているのか、神妙な顔つきである。
「……なるほど、話を聞く限りでは上手くいきそうだ。だが、その治療法の実績はあるのか?」
これはエドモンド王子。当然の疑問であろう。一国の王に不確かな治療を許可するわけにはいかない。
魔族に施された 操縦針(アグッハ) を取り出す際に同じような手順での処置を行っているので、その手順に問題は無いと思われる。
が、治療を行う当のエルザは今回が初めてだし、何より魔族の情報をここで出すわけにもいかない。
実際の外科的手術を行うのはミニ 職人(スミス) なのだが、王国側の者としてはやはり実績が気になるのだろう。
「……それでは、僕から提案があります」
今度発言を行ったのはアーサー王子。
「王国内にも、同じような治療を必要とする者は何人かいるでしょう。その者たちに今の治療法を試し、問題がなければ父王にも治療を行ってもらう。ということではいかがでしょうか」
仁としては、王の治療を行う前に人体実験をしろと言われているようで今一つすっきりしないが、この世界としては至極当然の考え方である。
「うん、それはいいな! さすがだな、アーサー」
「……兄上はもう少し思慮というものを覚えて下さい」
「ふん、思慮は配下がすればいいのさ。上に立つ者は、信頼し、評価し、そして決断ができればいいのだ」
「……こほん」
兄弟のやり取りに水を差すべく、パウエル宰相はひとつわざとらしい咳払いをすると、結論を口にした。
「……それでは、エルザ嬢には、こちらが指示した病人を診察し、同じような病気であったなら治療していただく、ということでよろしいか?」
王子とは言え、未だ王太子は決まっておらず、この場では宰相が立場上、最も上にいることになる。
「わかりました」
エルザもそれでいい、と頷く。
「それでは、こちらとしましては患者を捜しますので、見つかるまではエルザ嬢におかれましてはお待ちいただくと言うことで」
次いで仁に向かって。
「ジン殿の接待役はリースヒェン殿下にそのままお願い致してよろしいでしょうかな?」
「うむ、ジンとハンナの相手は 妾(わらわ) が責任を持とう」
「……よろしくお願いいたします。では皆さん、そういうことで」
これで、非公式ではあるが、クライン王国の命運を左右しかねないような会議は終わりを告げた。
「エルザ嬢は、適当な患者が見つかるまではジン殿たちとご一緒いただくということでよろしいですな?」
それに関しても異論はなかった。
とにかく、クライン王国国王の治療について目処が立ったということで、宰相の顔も久しぶりに明るさを取り戻し始めていた。
「エルザ、お疲れさん」
離宮に与えられた客室に引き上げた仁は、まずエルザを労った。
「……ジン兄のアドバイスのおかげ。ありがとう」
エルザは仁に礼を言う。
「昨日、寄生虫の可能性を示唆してもらえなかったら……と思うと」
「うん、出発前にエドガーを改良しておいて良かったなあ」
老君を通じて会話ができるというだけでも大きな利点である。
「あの『手術』、大丈夫か?」
「うん。私は傷口を塞ぐだけ、だから」
実際に難しい作業を担当するのはミニ 職人(スミス) であり、彼等は魔族領での経験を共有しているので信頼できた。
あとは王国の人々に信用してもらうための実績作りといえる。
「人助けだから、頑張る」
「うん、頑張れ」
「おねーちゃん、がんばって」
エルザの決心を、仁もハンナも応援していた。